MARU にひかれて ~ ある Violin 弾きの雑感

“まる” は、思い出をたくさん残してくれた駄犬の名です。

手強い終楽章

2012-03-18 00:00:00 | 私の室内楽仲間たち

03/18 私の音楽仲間 (373) ~ 私の室内楽仲間たち (346)



              手強い終楽章




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                  手強い終楽章
                名は体を表わす?
              作る人、壊す人、伝える人
               ユーモアだけじゃないさ





 ハイドンの 『日の出』 四重奏曲 (変ロ長調 Op.76-4)、
今回は第Ⅳ楽章、Finale です。



 「どうせまた "塗り絵" が始まるんだろう?」

 …はい、そのとおりなんです…。



 前回、前々回と、第Ⅰ、第Ⅲ楽章についてお読みいただき
ました。

 その際、二つの音符に色が着いていましたね。 それぞれ
日の出日の入りで、上昇、下降します。



 これが各楽章の冒頭に現われるわけですが、どうもそれは
単なる偶然とは言えないようです。




 [譜例]は、第Ⅳ楽章の冒頭で、ViolinⅠのパート譜です。
変ロ長調、2/2拍子です。



 見にくくて恐縮ですが、日の入り日の出を繰り返している
様子が解ります。 ただし、これまで "半音主体" だった音程
は、"全音主体" に変わっています。

 また、その上下が組み合わさった、3つの音符のモティーフ
も、引き続きここに登場しています。
                            ↓



                      ↑
 二段目になると、スラーの四分音符の数は3つに
増えます。

 また装飾音符、トリルも目立ちますね。 テンポは
それほど速くありませんが、忙しく動き回っています。



 いずれにせよ、「ViolinⅠが音楽の主役だ」…と
考えてもよさそうです。

 他のパートは "単純な伴奏形" か、"白玉音符
の延ばし" でもやっているのでしょうか?




 ところが次の[譜例]をご覧いただくと、どうもそう
ではないようです。



 これは最初の数小節のスコアですが、どのパートの
動きにも趣向が凝らされていますね。 それが複雑に
噛み合っているのが解ります。

 これは、前作の『皇帝』四重奏曲 (Op.76-3)、その
第Ⅱ楽章にも通ずるものです。

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                 ↑
 2小節目のチェロには、3つのスラー音符が、すでに
見られます。



 そうして全体を見てみると、気になるのは Violin の装飾音
です。 音符の数は3、4と一定ではありませんが、まんざら
これらの "スラー音符" と無関係とは言えないようです。

 ところで、最初の Viola パートには "" が書かれていま
すね。 これ、何でしょうか?




 装飾音符やトリルは、この後でも頻出します。 次の
[譜例]は、[譜例 ②]の後、10小節ほどしてからの
部分です。





                     ↑ 
 ところが、Violin がトリルを繰り返している間に、チェロ
が大事な動きをしているようです。

 そう、"日没モティーフ" が、やはり何度も顔を出して
います。 ここは、音楽が "一区切り付く" べき箇所で、
"締め" に当る大事な部分です。

 よく見ると、ViolinⅠも "日の出日の入り" を繰り返し
ています。 またトリル自体も "音程の上下" ですから、
"頻繁な日の出、日の入り" と考えてもよさそうです。




 さて、ここにも "" が、Viola に書かれていますね。



 最後の4つの音符だけは、チェロとユニゾン (オクターヴ上)
で、同じ動きをしています。 ですから、ここはパート譜を
一応 "疑ってみる" べき箇所だと考えられます。

 実は、先ほどの[譜例]の冒頭の "" も、「やはり
疑わしい」…と、私は考えています。 音符は3つありま
すが、モティーフの音符は、最初の2つだからです。



 [譜例]では、これが "日没モティーフ" に変わった
わけです。




 ちなみに、ハイドンの弦楽四重奏曲では、作者の手による
原典のスコアは残されていません。



 それは印刷工程を巡る、当時の習慣によるもの。 写譜屋
たちがパート譜を作ってしまえば、スコアはお払い箱で、行方
不明になるのがオチだったのです。

 この曲の場合は、まだマシな方で、ハイドン自身が彼らに
命じて、後からスコアを再構成しました。 しかし、その元と
なったパート譜も、写譜ミスで誤りだらけの上、各演奏者が
勝手に "スラーを書いたり消したりした"、いい加減なもの
でした。

 今日のスコアでも "数々の不一致" が見られるのは、その
ような事情が尾を引いているからだと思われます。

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 話を元に戻して、この第Ⅳ楽章の冒頭の音楽。 どうも、
単に "ViolinⅠだけが活躍する音楽" ではなさそうですね。
各モティーフが複雑に噛み合っているので、掛け合いの
面白さを聞かせることが、演奏者には求められます。

 もしそれが、作曲者の狙いならば。



 そうなると、まず4人がそれを理解した上で、各々のバランス
を調整しなければなりません。 目立たせる音、遠慮すべき音
を区別して。 ですから、書かれている f、p を正確に演奏する
だけでは、ハイドンの意図は伝わらないでしょう。



 私たちの音源をお聞きいただいても、やはりそれはうまく
行っていません。 "ほとんど通すだけ" で精一杯ですから、
その点はどうかお赦しください。

 貴方がもし、この曲のスコアをお持ちで、ご自分の前に
開きながらお聞きになったとして…。 どのパートの、どの
音を "聞かせたい"、あるいは "小さくしたい" とお考えで
しょうか?

 4人の音量バランスを調整する指揮者、あるいはミキサー
として。




 演奏例の音源]は、楽章の冒頭から、34小節目まで。
譜例は3つありますが、その先まで続きます。



 説得力のある演奏に聞えないのは、単に演奏技術の問題
だけではありません。 音楽の構造を4人で理解するのも、
"練習のウチ" です。

 第Ⅲ楽章のメヌエットが大変 "解りやすい音楽" だったの
に比べて、この楽章は、何と手の込んだ労作なのでしょう!



 「どうかね。 お前も、手こずっとるようだな?」

 …そんなハイドンさんの声が聞えそうです。









            (この間に2小節あります)








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