音次郎の夏炉冬扇

思ふこと考えること感じることを、徒然なるままに綴ります。

ワインレッドの林檎たち

2007-01-07 03:29:18 | 映画・ドラマ・音楽
またまた石原本ですが、これを買った理由は「ふぞろい」の瓦解についてだけでなく、玉置浩二との愛憎に紙幅が割かれていることにも興味があったからです。


四半世紀近くに渡って、安全地帯を聴き続け、玉置浩二に注目していた私にとって、昨年の初夏に刊行された『幸せになるために生まれてきたんだから』という玉置浩二の評伝は面白かった。たいがいの雑誌インタビューなどは目を通してきたつもりでしたから、彼について既に知っていたことも多々ありましたが、知らなかった事実も多く、特に衝撃的だったのは、一時彼が事務所やメンバーとの確執から心に変調をきたし、精神病院に入院していたということです。睡眠薬漬けで延々眠らされる治療に危機を察知して病院を抜け出した彼は、旭川の実家に戻って半年ほど引きこもりニート生活を送っていたというのです。メジャーになってから20年以上でアルバムをリリースしなかった年は数回しかないという多作の彼ですが、たしかに数少ない空白期なのです。「東京」に疲れた息子を癒し励ました母親と、金子プロデューサーの助けを借りて、後に「田園」を大ヒットさせるなど見事に復活を遂げることになるわけですが、その過程で、キティーからソニーに移籍した直後「カリント工場の煙突の上で」というアルバムをリリースしています。このアルバムは非常に内省的な作品で、死んでしまった故郷の旧友やじいちゃん・ばあちゃんのことを歌っている曲が多いことから、その中にある「西棟午前六時半」という曲も、てっきり母校の小学校のことかと思っていましたが、これが違うんですね。彼が入院していた精神病院では毎朝のラジオ体操が西棟午前六時半に行われていたのです。まあ興味深い半面、ミュージシャンの伝記はファンにとっては痛し痒しのところがあって、時には知らない方が良かったということもあるのです。

私はマーヴィン・ゲイが大好きで、学生時代に聴きまくっていました。各年代で名曲揃いなのですが、やはり彼の真骨頂はデュエットにあると思っています。貴公子だったマーヴィンは大変なモテ男でしたから、当時モータウンレーベルの女性アーチストでマーヴィンに恋をしなかった者はいないという逸話が残っているほどで、実際多くの女性シンガーとデュエットしています。日本で有名なのはダイアナ・ロスとの共演ですが、何といっても絶妙のコンビネーションと謳われたタミー・テレルとのデュエットが一番でしょう。今でも史上最高のデュエットと称される二人の掛け合いは、まるで歌で濃厚に愛し合っているかのようで、聴く人の心を揺さぶらずにはいられません。私はこの二人が奏でた珠玉のハーモニーを収録した三枚のアルバムをそれこそ擦り切れるほど(CDだから擦り切れませんが)聴いたものでした。

24歳の若さで脳腫瘍に冒されたタミー・テレルが亡くなったとき、マーヴィンは大変なショックを受けました。「もう愛の歌は唄わない」と音楽活動を休止してしまったほどです。二人の関係はプラトニックでしたが、曲の中では二人は最高のパートナーだったのです。しかし、マーヴィンが実の父親に射殺された後に出された彼の伝記を読むと、タミーの病気が酷くなってからは、当初は車椅子でレコーディングしていたものの、それも出来なくなると、タミーが以前吹き込んでいたソロの曲に歌をかぶせたり、挙げ句三枚目のアルバムは、ほとんどが影武者というべき別の女性シンガーが口まねで歌っていたというのです。(栗貫のルパン三世みたいなもんですね)これは衝撃的でした。3rdアルバムが好きだったのに・・・。

話を戻すと、『幸せになるために生まれてきたんだから』は玉置の少年時代のルーツを丹念に辿り、5年もの膨大な取材を経て生まれた労作です。著者の志田歩さんは、一橋大を出て自らもバンドを持ち音楽活動する異色のライターですが、かねてから玉置浩二の才能や類い希なる音楽性が正当に評価されていないことに問題意識をもっていたようです。初期の「ムード歌謡」路線が商業的に大成功を収めてしまったことや、今も尚TVや映画の監督から引っ張りだこという役者としての名声ゆえに、パブリックイメージが固定されてしまっている玉置浩二の音楽性を伝えたいというのが本書のコンセプトであり、玉置浩二自身がこの本の帯に「この人は僕が音楽人間だということをわかってくれてる」と推薦文を寄せていることからもわかるように、本人全面協力のこれは正史なのですね。したがって、極度の恋愛体質であった玉置の過去のラブアフェアについては一切触れられていません。たった一行「98年に薬師丸ひろ子と離婚した」という記述があるのみです。その意味で石原本は、そのボリュームはいささか物足りないものの、玉置浩二及び安全地帯の裏面史のワンピースを埋める役割は果たしています。

興味深かったのは、玉置が自分のために曲を作ってくれたというくだりです。「女としてこんなに誇らしいことはなかった」「どんな指輪よりも曲が嬉しかった」と述懐しています。まあ、そうでしょうね。どこに行っても「いーま以上そーれ以上♪」と流れていたのですから。でも、「ワインレッドの心」と「恋の予感」を石原真理子のために作ったというのは、玉置のリップサービスだと思います。

アマチュア時代から地元では有名なロックバンドで、ドゥービー・ブラザーズに影響を受けた大陸的なサウンドと、バラードを歌えば聴衆が静まり返るほどの歌唱力を見いだされ旭川から上京してきた安全地帯は、井上陽水のバックバンドを務めツアーに同行し、陽水から「洗練」を学んだはずでした。ところがデビューアルバムと3枚のシングルは全く売れずに鳴かず飛ばずの状況にあったのです。そろそろ先行投資を回収しなきゃならないキティレコードの星勝プロデューサーは、「次の新曲は作詞・作曲を井上陽水で行こうと思うんだが」と通告します。コンポーザーとしてのアイデンティティーが脅かされた玉置は「自分で作った曲でやれないのなら、バンドやめて北海道に帰る」と反発し、ほんの少しの間猶予をもらいます。追いつめられた玉置は、そこで部屋に缶詰になり、「ワインレッドの心」「真夜中すぎの恋」「恋の予感」「碧い瞳のエリス」を一気に作り上げました。これでどうだ!とばかりに捻り出した売れ線のメロディー群は80年代に一世を風靡することになるのですが、ワインレッドは巨匠陽水でさえ、歌詞の試作に大学ノート1冊を費やすほど呻吟を重ね、後に黄金コンビとしてヒットナンバーを伴走することになる作詞家の松井五郎も、「恋の予感」は20回書き直しても没をくらった(結局これも陽水の詞が採用)と志田本には書かれています。このように当時の安全地帯の売り出しは、キティレコードが総力を結集したプロジェクトであり、当時の玉置にはとても「彼女のために曲をつくる」余裕などなかったはずです。

ただ、石原真理子はワインレッドと恋の予感の他に、もう1曲挙げています。この曲には凄いリアリティーがあるのです。ワインレッドを含む安全地帯のセカンドアルバムは彼らの金字塔的作品で、私が自分のお小遣いで生まれて初めて買った思い出深いLPでもあります。ホーンセクションやピアノを入れる前の編成で、ギターバンドとしての安全地帯の魅力が詰まった歴史的名盤といえる一枚ですが、その中に収録されている「真夏のマリア」という曲がそうです。

「マリアというのは真理子のことなんだよ」と玉置は語っていたようですが、タイトルに名前をもじっていなくても、この曲は彼女に捧げたということが非常に納得できるものなのです。ドラムソロで始まるアップテンポなナンバーですが、「真夏」という題や、「輝くライム」「海」といったフレーズとは裏腹に、物憂げで煩悩を感じる曲で、「貴女の噂を気にしたら心が渇いてたまらない」という歌詞も意味深です。不思議な曲だなあと思っていましたが、ようやく20年来の謎が解けました。このことを教えてくれた石原真理子に感謝したい。ということで、薬師丸ひろ子にも何か書いてほしい。


こんなエントリーを書くのでも、「タミー・テレル」をググってみたところ、マーヴィン&タミーの3枚のアルバムに未発表曲を加えた2枚組の復刻版が出ているじゃありませんか!! 結構前に発売されていますが、知りませんでした。 早速アマゾンで注文しましたが、これもブログの効用ですかね。


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4 コメント

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Ain't no mountain high enough (マルセル)
2007-01-07 20:35:32
Marvin Gaye & Tammi Terrell - Ain't no mountain high enough
http://www.youtube.com/watch?v=wSKFB4OEBkE
Views: 88,024←YOUTUBE Best View
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名曲ですね (音次郎)
2007-01-08 11:55:04
>マルセルさん、初めて見る映像でした。感謝です。
イントロからジーンときました。
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「心もよう」井上陽水 (鏑木ハンカチ)
2007-01-08 15:22:13
玉置浩二って凄いミュージシャンだったんですね。初めて知った。



石原真理子もここまでは知らないような(笑)



井上陽水が出てました。歯医者の息子さん。3浪して歯学部コースだったが失敗。



その井上陽水は「心もよう」を好きな女の子のために書いた。最初の奥さんに!

アルバム「氷の世界」は全曲井上陽水/作詞作曲・星勝編曲。しかし「心もよう」は星勝の編曲がない。



ギターコピーしながら「心もよう」だけは他人に触られたくなかったか。ふと記憶に残りました。
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星勝は (音次郎)
2007-01-08 23:52:02
有能なプロデューサーですが、アレンジに癖がありますからね。
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