音の向こうの景色

つらつらと思い出話をしながら、おすすめの名曲をご紹介

シューマン カノン形式による6つの練習曲

2009-06-04 02:52:19 | ピアノ
 自慢ではないが、どうやら雨女らしい。子供の頃は、なにか行事があるときは、いつも雨が降った。小学校でも高校でも、修学旅行は6月に設定されていたので、もちろん、雨に見舞われた。高2のときは北海道旅行だったが、服装は基本的にレインコート。○○峠と名の付く場所の写真には、灰白色の無背景で石碑しか写っていない。摩周湖も霧雨で良かったのかもしれないが、2メートル先も見えない状態だったので、本当にそこに湖があったのかどうか、定かでない。
 小6のときは、バスで東北を回った。特に目ぼしい音楽イベントもないので、修学旅行にはさほど興味を抱いていなかったが、それなりに楽しく過ごしていた。龍泉洞、浄土が浜、奥入瀬、いずれも静かできれいだった。角館の武家屋敷を見学した日、強い雨が降った。バスの外は暗くなった。ところがその日、忘れ得ぬ事件が起きた。
 移動が長いので、バスの中では歌を歌ったり、ゲームをしたりする。雨で見学場所が減ると、なおさらそんな時間が増える。その日は、数人が「台湾のバナナ」という歌を歌っていた。キャンプなどで歌われる、単純な遊び歌だ。「台湾のバナナ、ピーナッチョ、バーナッチョ、カーバナッチョ、カーバナッチョ、ナチョ、ナチョ、ピ、ピピ!」。もしかしたら簡単な振りも付いていたかもしれない。とにかくこれを輪唱するのだ。先に歌い出した人は、全員が歌い終わるまで「ピ」の部分を繰り返して待っている。そして最後に全員で「ピピ!」と揃って終わる。
 雨のどんよりした空気を破って、突然誰かが、これをみんなで輪唱しようと言い出した。先生もガイドさんも関与していなかったので、なんとなく車内の気分が盛り上がった。まずは歌をみんなで覚えて、座席の縦列ごとに、順番に輪唱してみよう。今度は思い切って、横列ごとでやってみよう。10列ほどの輪唱にも成功した。私は輪唱などあまり好きではなかったが、なんだか楽しくなってきた。そしてとうとう、全員で輪唱しよう、というアイデアが出た。
 バス1台、1クラス分、約40名。全員で、一人ずつの輪唱。問題はどうやって進行を把握するかだ。6年生なりの工夫が総動員された。まず、輪唱の順番を決め、全員が歌い終わるまで数えるべき「ピ」の数を、点呼で確認した。最後に歌う人は1回、その前の人は2回・・というように。それぞれ各自の「ピ」の数を入念に確認した。さらに、どこまでが輪唱に加わっているのか可視化するために、まず全員が手を挙げて、歌い始めたら順に手を下ろす、というシステムが導入された。
 準備万端。全員が手を挙げる。端の人から順に、さっと手を下ろしながら、歌い始める。「たーいわんの」「たーいわんの」「たーいわんの」・・・張り詰めた緊張の中、だんだん「ピ」の声ばかりになる。それぞれが指を折りながら自分の受け持った「ピ」を数え、己と仲間を信じて最後の瞬間を待つ。息を吸って、「ピピ!」全員が声を揃えて叫んだときの感動。今思い出してもドキドキする。輪唱の凄みを味わった、一生に一度の体験だった。
 クラシック音楽の世界では、輪唱は「カノン」と呼ばれる。カノンの場合、まったく同じメロディーを重ねるとは限らないのだが、有名なパッヘルベルのカノンでは完全に同じ旋律がスタート時点をずらして始まっている。私のイメージでは、カノンは「時差通勤」といった感じである。
 さて、カノンと言えば思い出す、とても好きな曲がある。シューマンの「カノン形式による6つの練習曲」。もともとは「ペダルピアノ」(足鍵盤付きピアノ)という特殊な楽器のために作られた曲らしい。ピアノ三重奏版もあるが、私のオススメはドビュッシーの編曲した2台ピアノ版だ。あるとき、オランダの友人宅で1日中連弾した後、友人が「今宵の終わりに」この曲を弾こうと言った。それは、静かに夜を閉じる、すばらしい選曲だった。
 6つの小品はそれぞれとてもやさしく、美しく、穏やかに流れる。旋律は追いかけるが、焦った感じは一切ない。むしろ、カノンの形は問いかけ、応える。僕はこう思うよ。ほんと、私もそう思うよ。ときには横に並んで歩き、ときには少し議論する。そうかなあ? いや、そうかなあ? 
 口に出しては言わないけれど、かならず待っていてくれると知っている。かならず後から来てくれると知っている。どちらがエライというわけでもない。友達っていいなあ、そんな気持ちになる。雨の夜は、こんな穏やかなカノンはどうだろう。何気なく、誰かを信じられるというのは素敵なことだ。

2 コメント

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Unknown (パリのミノル)
2009-06-04 07:09:10
輪唱の興奮が伝わってきました! こういう体験というのは、いつまでも記憶に残って、臨場感を持って甦りますね。

カノン、というとバッハのゴールドベルク変奏曲のカノンを思い出します。私はVnなので弦楽三重奏版を弾いてましたが、ピアノ譜まで買ってきて勉強しました。本当に良く出来てますよね。バッハってスゴい!

アンサンブルって信頼なのかもしれませんね。
そうですよね (ブログ管理者)
2009-07-05 03:10:22
ほんと、信頼ですね。

音楽仲間っていいですね。

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