萌えてばかりもいられない!

そんなに色々なことにやたらと深い造詣などいだけないから適当に綴っていこうかしらん

語ろうぜ!ガンダム、話そうぜ!エヴァ

2012-05-30 05:12:57 | プチ萌え
語れ!ガンダム。。。。そんな本のタイトルをコンビニで見かけた。

昔々、再放送でガンダムがブレイクしたときはまだ中学生(1年?)。
もちろんプラモデルは作りまくった。そして何故かゲルググあたりで、連邦のモビルスーツよりもジオン軍のモビルスーツの方が圧倒的に個性的で変化に富んでいて面白いことに気付いた。(風疹で休んでいるとき、プラモばかり作っていた)

ただ、当時からマニア的な人物、今で云うオタクがおり、プラモデル屋に行くと、ガンダムの1話から最終話までのタイトルを言えるとかいう子供がおり、行く度に「何話?」と聞かれ、適当に「32話。。。」と云うと、「強行突破作戦!」と即答。「19話」「ランバ・ラル特攻」「「じゃあ46話」というと、「残念、43話の脱出で最終回でした〜」と終始こんな感じ。

オタクが暗記知識で迫ってくるのは、本気でどうにかして欲しいと思った思い出。


で、そういう人間にはなるまいと思って過ごしていたところに、『ガンダム芸人』の出現。彼らは少し違って暗記よりも思い入れと全体の解説と面白さの伝道師としての立場を確立していた。


それより以前はエヴァンゲリオン。これはミイラ取りがミイラになった歴史あり。

当時「なんだか流行っているので、個人的に調査してみます」と云って、全てのLDを揃えてしまった。


TV版は最終2話から観たから、『これ舞台なの?』といった心象風景、静止画の数々。『何これ?』から『初めはどうだったのか?』を喚起されてしまった。



まぁまずはガンダム。

ヤマトからガンダムで話が異星人から侵略阻止から、大戦、新人類へ。
あくまで富野さんの描く未来予想図。
経済が成熟してくると人口は減ると思いきや、今のほぼ倍に、、、という設定。
政治の体制も今のものとほぼ変わらぬ選択肢。いやそれでも進んでいるのかもしれないが。。。
ジオンというジオニズムと、ザビ家の独裁で、ファシズム的に描かれる独立を求めるサイド3のジオン公国。これを単純な反乱国家と見做すのが妥当かは悩みどころ。
何故、戦争に突入する必要があるのか?が底辺で流れ続ける様々な問題を探知できるように物語は仕掛け続けられている。。。なので、主人公も単純なヒーローではなかった。逆に戦争出現の正当性を説くあまり、ジオンの主張・背景を強調する結果にもなって、それに靡く人々もしっかり出現した。ある部分で連邦軍ってどうなの?的な論考の出現だ。

そしてロボット。
人型、そのものがどこまで有効なのかは分からないけど、モビルスーツという武器を推し進める両軍。その選択はどうも全て玩具メーカーからの要請も存在した。
作りたいアニメにどこまでの自由度と束縛されるものがあるのか?というのも一つの歴史。


そして、提示されたのが、ニュータイプという新分類される進化した人類の出現。

どこまでも未来予想図のはずなのに。。。。どこかに人類の停滞や陥りがちな人類の業とでも云おうか?宿唖とでも呼べばいいのか?しかもそれほどそのニュータイプが戦争の道具でしか成り得ないという状態らしく、、、、(ファースト以降は本当に知らないのです)。そこにも脚本家の出現が欲しいかも?

セリフの端々から伺える「へぇ〜そんな未来になると・・・。確かに成りそうっちゃあなりそう。。。」という感想が妄想を呼び覚ましという循環を持っている物語であるため、マニアというか語るに相応しいアニメであることは事実。

「語れ!ガンダム」では、そういう部分に触れつつ、モビルスーツの人気投票だとかの柔らかいものも掲載されている。


そしてエヴァ。再編の映画版になって少し付いて行けてないが、前の映画版までは確実に監督の茶化しと大衆の想像力(妄想)の化かし合いに発展していた。


よく云われるテレビ版の放映に間に合わない状況から苦しんだ末に生まれた最終話。あれで完結かよ?の罵声(私は面白いエンディングと賞賛していたのだが)に、監督は最悪最低の人類の宗教的な帰結を映画化した。
謎めいた設定に解がないというのが一番の不満らしいけど、不満はその後の大きな需要に化けた。

逆に映画館で毒づく人間も出現。「こんなの観て、喜んでる奴の気が知れんわ!」と。


そして今の映画。再編も再編で別のストーリーになってしまっている部分も。。。

観て覚えている限りで云えば、あれも監督の「どうせ」に満ち溢れている気がしてならないのだが、もうそろそろ公開でしょうか?最終回。。。


エヴァの件はまた書きます。


単に。。。。日本のアニメーションは、ヤマトが一段上を示し、ガンダムがもう一段上を見せ付け、エヴァが昇華させた感が否めない訳でございますよ。

と俺今いくつだ?


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TECHNOPOLIS RYDEEN テクノ談義

2012-05-26 07:54:08 | No Music, maybe, No my Life!
TECHNOPOLIS RYDEEN


YMO - COSMIC SURFIN' ~ ABSOLUTE EGO DANCE (2011.08.07 夢の島公園陸上競技場)


YMO 11 LA FEMME CHINOISE 中国女@HURRAH, NY 01/11/1979



イモ欽トリオ - ハイスクールララバイ (サタネプ ベストテン! 2012.03.03)

実は長江健二さんのことが話題になり、、、、もちろんpadaさんの持論。日本のテクノの始祖と崇めました。
吉さんのラッパー日本の始祖説は近田春夫さんも申していたそうです。
しかもこの曲、作曲は細野治臣さんと!!なんだ!そうだったんか。。。いい音していると想った。


うなずきマーチ

こっちは大瀧詠一さんの作曲だし!と考えていたら。。。。



ザ・ぼんち 『恋のぼんちシート』

これは近田春夫さんの作詞作曲じゃん!!


テクノから漫才ブームを一巡した春の夜でした。
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寺田寅彦を想う

2012-05-24 05:18:56 | プチ萌え
以前、新聞に掲載されていたエッセイに、「分類の良し悪し」というタイトルのものがあった。
東大名誉教授 和田昭充氏の書いたものだが、趣旨はこうだ。

「人は全て二分法で物事を測る」というもの。括る(くくる)というのが正確なのかもしれないが、事象を分類したり、物事を捉えるのに、また便宜的に物事を理解するのに役に立つというのである。真偽、美醜、硬軟、、、、善悪?正否。。。。。(正の対は誤?)

自分を振り返ると、同じようなことが云える。

人を判ずる時に、「変わった人」「真面目そうな人」「面白い人」「運動家(スポーツ分野です。not思想家)」「歌好き」「仕事熱心」「いい加減」などと、相手に対するキーワードを一つぽっこりと当てはめて、丸呑みにしようとする傾向がある。

これも一つの分類法。記憶法の一種かもしれないけど。


そのエッセイは最終的に、こういう分類による「決め付け」の悪作用に話が拡がっていく。沃野はその二分されている境界線にこそあるという。

最終的に科学者が本質的か否か(非本質)という二分法で物事を捉えることがあるが、そもそもサイエンス研究は全て本質の探究であり、そんなものは自分が無知で、自然の奥深さを知らないと云っている様なものだと辛辣に言い放つ。(おそらく科学者には自身の立つ分野、領域という概念が横たわっているのだろう)

そこの最後に出てくる言葉が重く、科学の進歩を妨げるものは、科学者自身の「科学の使命と本質」の忘却にあると断ずる。謙虚であるべきだと。。。。。

と云った寺田寅彦の警告に心すべきであると締め括られていた。

もちろん、自分の人間分類法もいい加減。第一印象だけで捉えて全ての人が収まるわけがない。。。まぁどうでもいい話だけど。



で、寺田寅彦。。。。

えっ?誰だっけ?

は?夏目漱石の弟子?

うん?科学者?

そうだっけ?


と随筆集を買ってみることに今決めた。

科学者で文学を目指した人だとしたら、、、、まだまだ知らない世界が一杯あるなぁ。。。

読みたいものだらけで追いつかないよ。。。。


以下のリンクを貼っておきます。

寺田寅彦 地図をながめて




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12人の優しい日本人

2012-05-21 23:11:59 | 映画
久々にTSUTAYAに行くと、旧作1本7泊8日100円だと〜!

もちろん、寅さんでも借りて魂を鎮めるかと入ってみた。

借りたのは、第39作 寅次郎物語、日本沈没、12人の優しい日本人の3品。

このブログ内でも三谷幸喜作品については、折に触れ紹介してきたつもりだったが、大好きな「12人の優しい日本人」に対する記述がチロチロとしか見当たらない。

ステキな金縛りが法廷物だったのだけれど、not監督作品で、パロディでパロディじゃない仕立てに仕上がっている、この作品。逸品中の逸品。


公開当時はまるで知らず(1991年 大学在学中で映画、特に邦画が大好物だったにも関わらず、就職活動で映画への興味が若干ビジネスに捻じ曲がっていた頃のこと)、就職してしばらくした夜。眠れない目を擦りながら、点けっ放しだったブラウン管テレビに目をやると、なんだか喧々諤々と議論をしまくっているではないか?(後で見直したら冒頭の部分だった)。

何かと思ったら陪審員だという????
裁判員制度の話題もまだでていない頃のこと。12人の怒れる男達のパロディ映画かぁ。と高を括って観始めた。

確かプロットは「怒れる・・・」のものだが、テイストがまるで違う。
真面目に馬鹿な想像で決め付けたり、いやいやと頭(かぶり)を振って、相手に取り入らない。

有罪か無罪かの根拠を「フィーリング」としか言い様がないとした男性と、理由がなくちゃいけないんですか?という女性が最後まで皆の決め付けたストーリーに異を唱えるのだ。


議論とは、論点をここまで描き切りながら、皆が共有して出来ることが本当の理想だが、途中から議論に参加してくるメンバーに状況を話す時点で間延びしたり、ボヤけたりしてしまうことが多いのではあるが、
ここは映画の世界。

全ては皆の期待するエンディングを少し翳める様な飛行を見せつつも、意外な方面へと飛び立っていく。

もしまだ観たことがない人がいたら、お薦めします。
ちょうどステキな金縛りが最新作で並び、関連作品として、他の作品も並びだしているところです。



鈴木京香のラヂオの時間も今度見直そう!

と思った初夏の夜なのでした。

お休みなさい。

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写真で一言ならぬ、写真で記事一本

2012-05-13 07:18:27 | お出かけの記録
GWには、盛岡に居る親類(家内の従兄姉)の事業継承のご挨拶を兼ねた結婚御披露目会に参加してきました。

盛岡の手前中尊寺が世界遺産登録で大賑わい。

でも、盛岡にも名店があることを教えてもらい、家族で意気揚々とおでかけ!
到着してから御披露目会まで5時間もあるし!

ということで、白龍(パイロン)にじゃじゃ麺を食べに!!


うへぇ〜!!!!長蛇の列!!!

そこに義兄さんからのメール。
facebookで呟きも。

前の白乾児(パイカル)も美味しいよ。とのこと。行くなら餃子を土産に買ってきてほしいとのこと。

そこで全員餃子に私はじゃじゃ麺、義姉さんは五目餡かけ焼きそば、家内はタンメン、息子はライスという構成で食事をしてきました。


まずですね、餃子。今思い返してみてもあんな餃子、食べたことないってくらいの餃子でした。美味しかった。

野菜であの甘さがでるのかな。。。。とても不思議。お土産に買ってきてとねだる義兄さんの言ってる意味も分かります。少し甘いんです。どうしてああいう味の餡になるのか。。。
挽肉の部位の問題?

そこで次にじゃじゃ麺が届いた。

私はもう色々あるタレだの付け合せの生姜などをガシャガシャと混ぜて食べ始める。
そしてみんなにおすそ分け。

美味い!少し大人な味なので、息子にはわからないだろうけど、これは美味しい食べ物だ!辛い冷麺とかいうよりも味噌なのでね。

タンメンは普通だったけど、餡かけ焼きそばも美味しかった。

義姉さんは「一番の当たりは私だ!」と主張しまくり。。。

夜の会場では息子がはとこの男の子と意気投合。
二人で唄を歌いまくる、物怖じなし。

二次会のカラオケでも息子唄いまくり、、、誰に似たんだか。。。

三次会は家内の居ない家内の従兄姉連に加えてもらい、バカ田大学の校歌を熱唱しながらスナックに。

そして盛岡の夜は更けていく。。。。楽しい夜更かしでした。



翌日、正月にも行ったまつぼっくりにアイスクリームを食べに行きました。
小岩井の桜はちょうど見頃で天気は曇だったですけど、綺麗でした。
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お茶にお金を払うようになるまで・・・

2012-05-07 02:38:05 | 懐かしい思い出
烏龍茶の日本における歴史を調べてみたら、1981年に伊藤園が登場させたらしい。
1970年代には、ピンクレディーが美容のために飲んでいるということで話題にもなったらしい。
1981年2月に伊藤園が缶入りで登場させ、
1981年12月にサントリーも缶入りで登場させる。
1985年に伊藤園が緑茶も缶入りで登場させたときにとうとう烏龍茶も市民権を得て、広まっていったという。。。

私は、このお茶にお金を払うということを、駅で弁当屋さんから熱いビニール容器入れのものを購入することしか頭に入れておらず、お茶、ましてや水に、コーラやファンタやスプライトやチェリオと同等の価値を見出して、お金を払うようになるとは夢にも思わなかった。

これには突破口が存在して、確実に誰かが購入したのを見て、初めて自分達も購入してみようとなった飲み物であることが分かっている。。。。


それは忘れもしない、高校時代に組んでいたバンドで、小田原の太田ビルの地下でいくつかのバンドと合同でコンサートを開いたときのこと。
ボーカルが初めて、ステージに持ち込む飲料でも「ポカリスエット大流行」であったバンド内にサントリーの烏龍茶の缶を持ち込んで、度肝を抜いたところに始まる。

もちろん、他のメンバーの感想は、「よく買ったな!」という武勇伝めいたものであり、その後みんなで競うようにして烏龍茶を買い始めた。

この後、サントリーと伊藤園、どちらが本格か?論争が勃発!
このとき、本格とされたのは(最初に出したこともあって)伊藤園だった。


しかし、ボーカルが「烏龍茶って喉が絞まる」らしいので、『ステージで飲むのには不向きだ』と云い始め、止めるのもボーカルからだった。。。。

その年代は1984年から1985年の初頭であった。それまでは私はお茶類にお金を投じることをまるで良しとしていなかった。



次にペットボトルの登場はいつだったのか?何から始まったのか?ということを考察していきたい。

自分は缶入りで350ml缶でメローイエローやらセーフガード、マウンテンデューを購入するのが好きだったことから、缶での自動販売機、店頭購入が当たり前だったのが中学・高校時代だと思う。。。
1983年にコカコーラが前年に導入したものを全国展開しているらしく、中学の末期にはこれに出遭う可能性があった?本当?

それまでは醤油の入れ物だっただけだったそうだ。。。

コーラはペプシの300ml入りの瓶が出来る前はコカコーラの190mlの麗しい形のもの。味やブランドよりは量を採る小学生時代は、確実にチェリオかペプシ。ペプシは300mlや蓋の裏をめくると当たりや外れが出るものが流行り、スターウォーズや王貞治の756号の下敷きとかはペプシからのものだった。でも瓶。ペットボトルは500mlからスタートしている?だとしたらお得感は小学生の間でも響いただろうが、150円という少し値段もアップした感じがいつまでも自分の中では市民権を得にくい状態だったのだろうかと考える。

高校時代にバンドではポカリスエットだったと書いたが、これも缶だった気がする。

高校時代に、ペットボトルがあった?としたら。。。。セブンイレブンで見かけていたかどうか?という時分かぁ。。。家の裏にセブンイレブンが出来たのって・・・・中学時代?いや小学校時代?
お菓子屋さんだったうさぎやさんが本当に7時から23時(夜11時)の間開く状態でのコンビニを開業したのが、1980年〜1982年とかだったと思う。
中学時代には通学路にもセブンイレブンが登場するが、それ以前はうさぎやさんが一番初めだった。そこで見かけたのかなぁ。。。。

本当に復刻してもらいたいのが、当時のテレビ欄とか?いう新聞の後ろ面ではなくて、当時のコンビニの飲料の並びとか?の写真が見たい!

大学時代には、C1000タケダ、オリゴCCとか鉄骨飲料とかがブームだったし、高校時代まではラガービールが牙城だったビール業界に(飲んでませんよ)、アサヒがスーパードライを投入して、キリンは一番絞りに行き、サントリーは焼酎に行ってしまったのも大学時代。



時代を感じさせるものに、流行や時事があるが、コンビニの飲料の並びにはそこそこの時代が滲む様な気がしてならない、今日この頃です。
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我が愛しのSTAR WARS

2012-04-30 08:51:49 | おきにいりyoutube ニコニコ動画
アートが理屈を超えない世界 その1
何も考えずに見ていただきたい。

スターウォーズの効果音を必殺仕事人にしてみた



もしダース・ベイダーがハーモニカ奏者だったら



[MAD] スター・ウォーズ字幕乗せ換え遊び



『mixi中毒なルークとベイダー』



スターウォーズでホットペッパー





何も考えずに見ていただいたかしらん?
そう、それは良かった。とっても・・・・。(笑)
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美人がやさしいという理由(わけ)

2012-04-29 04:50:51 | プチ萌え
俵万智が日経新聞の夕刊のコラムに、美人が何故優しいのか?について、美人の友人に
まつわるエピソードを書いていた。

視点がそもそも歌人なので、最後までテンポよくそのコラムを読んだ。

どうして美人がやさしいかというと、まず美人にみんながやさしいからだというのである。

重いもの持っていれば「お手伝いします!」と駆け寄ってくる人がいて、道を尋ねれば、
「ご案内します!」と来た方向へ反転までしてくれるというのだ。

そういう親切を受けて育った美人は、親切をすることが当たり前だという感覚を得ていて、
本人も親切を普通にするので、さらに評判がよくなるというサイクルを持っていると。。。


俵万智さんは、自分はそうではないのでと引き取って、美人論のこのコラムを完結させていた。


美人というと独占欲が強く、全ての男を傅かせることに夢中な、あの嫌なイメージがあったが、
こう考えてくると、あれは真の美人ではないのだなと合点する。

テレビ画面の中で見る女優とは違い、普段の生活の中で親切が身についている(ついていた)人を
思い浮かべてみると、あぁなるほどと思い至る。

よく、「優しくしてもらいたいなら、自分から優しく接することだ」という格言を耳にするが、
多分あれ「自分がしてほしくないことを他人(ひと)にはしないことだ」という孔子の
「己れの欲せざる所は人に施すこと勿れ。」の逆の発想だろう?

人にやさしくとは、自分からのことで、人のやさしさを期待してのことではないのだろうと思いたい。
この場合、にわとりと卵ははっきりと分っている。
「やさしくしてくれないからやさしく出来ない」と受け取るのではなくありたいと
強く想ったゴールデン・ウィークの初日だった。
(『同じ月をみていた』の読後感想文です)

祈・ご冥福・土田世紀どの!


ブルーハーツ 人にやさしく

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facebookの手軽さ

2012-04-23 04:04:30 | おきにいりyoutube ニコニコ動画
facebookだと1日に数回の投稿が可能なのに、ブログだと数日に一度から1週間に一度とかの投稿頻度になっていた。

これ、どうしてかというと、手軽さが段違いだからなのである。

最近、ニュース記事やamazonの商品紹介、動画の下に、facebookやTwitterのマークを見かけることがとても多く、facebookやTwitterとの連携からグルメサイトなども変容を見せるようになっている。

食事に行った記録がそのまま地図登録され、投稿記事になり、他の人のブックマークを促すという大連携が、ここに来てかなりゴッソリと出来るようになってしまっているのだ。

人間なので、様々な感想が記事一つ、商品発見一つ毎に、ボンボンと飛び出すのを受け止めてくれるような世界が始まり、それを「いいね」というボタンが支え、コメントがあるなしでの反応よりも、手軽に『読んだよ。俺もいいと思った』という感じになっているのが引き寄せ合う形式なのだろうと感じてきた。

どこで飯食ったレベルが大半だったため、そういう記録投稿は向こうに委ねていこうか?とも思っていたが、最近グルメ記事もみんなで飽きがきたようで減りだした。

少し前はお花見記事。

私はニュース記事やyoutubeの共有公開記事が多い。

これを時系列的にこのブログで再現するには、リンクのコピペと一言添える感じ。。。
現にブログでこれ再現している人っているんだろうか?
これにコメントの応酬が加わるので、確かに時間とともに膨らむ傾向にはあるかな?

まぁやってみましょう。

4/1
バーベキューの写真アップ。

4/2
暴風雨接近。記事なし

4/3
Oasis - Don't Look Back In Anger - Wembley Stadium 2000

Imagineのオマージュ。今日の目覚めはコレです♪



嵐の後、多摩川べりを歩いています。北見方から二子玉方面を写してみました。これから小杉に抜けて南武沿線を北上します☆
写真は違うけど、これ。。。この後迷子になって電車で帰宅した!!


ベトナムの屋台 チャーハン 見事!

新所沢、南京亭の炒飯を思い出す。


【ビール泡好き朗報!】いつでもどこでも泡々ビールが楽しめちゃう♪ 泡立てジョッキが発売されるぞ〜




4/8花見


4/9 シェア

某幼稚舎の入学試験問題で解答時間制限が5分。問題はこうです。4人の男の子が図のように部屋の中に隔離されています。この4人にはあらかじめ次のことを知らされています。部屋に入っているのは全部で4人であること。黒いキャップを被っている人は2人、白いキャップを被っているのが2人。そして自分が何色のキャップを被っているかは知らされておらず、自分で自分の頭のキャップを手にして見るのは駄目。またA君とB、C、D君との間は壁で仕切られて相手が見えない。全員後ろを振り向いて見ることも絶対だめ。さて、ここまでの条件をこの4人に話した上で、自分が何色のキャップを被っているかわかった人は声を出して答えてください、と部屋の外から先生が問いかけるのです。ここからが問題です。しばらくの沈黙があった後、自分のキャップの色を当てた少年がいます。それはA、B、C、D4人のうち誰で、その理由はなぜ?という問題です。トンチでもなぞなぞでもありません。極めてまじめな問題なのですが、幼稚園生はすぐに答えてしまうのだそうです。

4/10疲れ始め
今日は早出の出社。2駅歩きました。乗り降りした駅はどちらも乗降客で溢れ返っています。電車通勤に戻ってもうすぐ1年。そんな通勤中の疑問。過密感からか、suicaをタッチした時に見える表示はいつも前の人のもの。『へぇ2万円もチャージしてるんだ!?』とか『もうすぐ定期切れますよー!』とか思うが、私の後ろにいた、あのお姉さんにも私のチャージ額は丸見えなのか…。『こいつはこんなものか』とか思われてんのかな?嫌だなぁ…。本気で表示タイミングを直して貰いたいと思うよ…。

4/13放送事故動画発見

放送事故 まとめ 1 修正版 ノイズカット版


放送事故 まとめ 2


2007〜2008にようつべにうpされた放送事故をまとめてみた ‐ ニコニコ動画


4/16
獺祭、三戸のどんべりを呑む。

4/17疲れマックス
今トボトボと帰路。こうなるとじいさんみたいに早起きな私は最高に(最低に)非効率な明日が待っている。二度寝にチャレンジしてみます☆

4/19

散歩。

4/21


ヤクルト-巨人観戦


いくつか抜いていますが、大体こんな感じで投稿。
リンクがコピー編集なのがパソコンを必要とさせるため、facebookが求めているのはスマホの機能からのリアルタイム感なのだろう。。。
もっと細かく色々なやりとりと記事拾いをしていて、リンクは記憶装置並みに。
EVERNOTEにはタスクを掲載しているが、振り返ることを義務化しないと危なっかしい。

カレンダー機能がもう少し充実してきて、会社で使っているカレンダーみたいに陰鬱なものばかりが載るようなことがないカレンダーが出来ないと使いづらい。
その点、楽しくできるようなものがあると便利かな?




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100,000年後の安全 感想

2012-04-22 07:00:49 | 日々の疑問
『100,000年後の安全』 予告編


つい先日、レンタルで借りてみた。
原発、、、、制御できない最終処分量。。。。
こう聞かされると、何故?となってしまう。
未だに蒸気機関、タービンでの発電で、それに使う熱量を得るためのエネルギーを何に求めるのか?という疑問。

その物質の無害化にかかる時間が100,000年。



キリスト誕生から2,112年。
邪馬台国の出現と滅亡から1,700年くらい?
武士という階級の政権奪取、今でいう軍事政権確立から800年。
世界大戦から100年。
もう一度の世界大戦から70年。
車や飛行機が発明されてどれくらい?
超電動が発見されてからどれくらい?
100,000年前とは、人類がまだネアンデルタール人だった頃のこと。

じゃあ100,000年後の人類ってどんななの?

安全、エネルギー、そして悠久の時、変化、進化、政情、エコ、生活習慣、経済、社会、文化、言語、氷河期、地震、災害、そして脳が求めるエゴ、欲、、、、これらの出現サイクル。。。。そう、そのサイクル、そしてまたエネルギーの模索。。。。

原子力の有害さを埋め尽くしても、10万年後の世代にその有害さを掘り起こさないように警告することができるか!
古代の碑文でさえ解読に苦心している現代の人間がである。。。

決して文律した法制も有効ではなく、その文字も変容を極める。
そして、人間の本来持つ好奇心を封印し続けることができるのか!?

忘れることを忘れるな!という国家に移った計画。

言語が仮に一定を保てたとしても、

廃棄物の有用性を見出して破壊を望む者の出現は防げるのか。
廃棄物を盾に世界征服を企む者の出現を拒めるのか。

様々なことを考えてしまう。

文明の滅亡はもしかしたら何度か繰り返されたのか?
もしかしたら、破滅の跡地に我々が何度目かの覇者として出現しているのか?
石油という資源は一体なんなのだ?
石炭という鉱物は何故あったのだ?

ウランは何故埋まっていて、
他のエネルギー確保できる物質はまだ見付かっていないのか?
他の物からも熱を取れる日がくるのだろうか?
今は、抜き取った資源の空洞はどのように埋まっていくのだろうか?とも思う。

疑問が疑問を呼び込み、内包されていたプレゼントの箱の中から、石炭、石油の次に、大きなつづらに入ったウランを制御できないレベルで選んだのは間違いだったのだろうか?と自問する。


今ある、その時間とともに、今と過去と未来を感じることも時には必要だ。
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美味しいものは手に入れちゃお!

2012-04-15 05:09:08 | プチ萌え
美味しいと感じるのは力である。
心が進んでいないときは、美味しいとも不味いとも感じることが出来ない。
美味しいと思えるのなら、それはそれはとっても幸せなことに違いないと思う。

それでは軽いものからレシピまでを紹介します。


まずはどん兵衛 関西だし

小田原で安売りしているので2袋買ったのだが、川崎に戻ってみたら売ってない・・・
えっ!嘘!じゃあ小田原に行ったときにもう一度・・・と思ったら今度は小田原でも売ってない!

最近、川崎でもチラホラ売っている店を見かけるようになりました。

5分煮込むので調理時間は少々かかりますが、まぁいいでしょ!




この前のバーベキューで美味しかったのは、鮭のホイル焼きともつ煮込み。

もつはサイボクのものを使用したと聞きました!Yeah!流石サイボク。もつ煮込みかぁ。。。

鮭のホイル焼きでは、鮭・酒・味ぽん・マヨネーズ少々・醤油少々だったそうな!




これは・・・鯨の軟骨の粕漬け。川崎で見かけた大九州展という催事で見つけました。探してましたよ、これ!美味しい!

佐賀県の名産で、武雄市と唐津市の知り合いが松浦漬け、南極漬け、この写真の玄海漬を見せたら二人で言い合いになってしまっていました。
どうも本道は松浦漬け・・・のようです。日本酒が好きな人は一緒にどうぞ。肴に。
日本橋の高島屋で売っています。松浦漬け。。。そこでしか多分買えない。
佐賀のアンテナショップが存在しないんです。武雄市出身の人は「鍋島」というお酒がいいですと薦めてくれました。それ、お殿様の名前じゃん!

松浦漬けを知らないという人は佐賀にはいないようで、それ以外を認める認めないというレベルの闘いでした。(^^;
ただ、一人はあれが鯨の軟骨だとは知らなかったと云っていました。そこはご愛嬌。



これは昨日の朝、駅前のスーパーでやっていた四国・中国フェアで購入したじゃこてんもの。じゃこてんには目がないんです、私。


4月23日&24日に川崎の小川町(チネチッタの周辺)で行われれるイベントの告知です。
5枚で3,500円のチケットを購入して食べ歩きをするイベントだそうです。

イベント告知ページ
お時間が許される方は、誘い合ってお出かけ下さい。もう私は行きたい店を絞り始めています。


そしてそして、とりあえずカレーのレシピを探していたら、その深淵さに愕然!
海軍カレーレシピ集ページ
大人数で作るので、隠し味には様々なものが登場するのを小分けサイズで書かれているので、チョイスが必要なものも存在するが、いくつかの隠し味をほんのり使い分けることで深みのあるものが完成するような気分にだけはまず浸れます!

缶詰を開けるときには、今晩カレーに使うので少し残しておこう!とかいう心がけで迫ると利用価値大だと思います。


自分と同じ隠し味を紹介しているものが存在しますので、私には共感度も大なり!



以前住んでいた洗足池の畔(ほとり)にこの前家族で花見に出かけてきました。
そこには勝海舟ご夫妻のお墓がありまして、久々に詣でてきました。


花見ではインドの青い鬼ビールとかいうのを呑んできました。coedo、銀河高原、青い鬼、コクではどれが一番だろう。。。。皆さんで呑み比べてください。


最近、家で料理をあまりしなくなった。またスープやらディップやらの本でも眺めてみることにしよう。。。


口絵写真は川崎は「銀座街の方」の天龍の五目やきそば、熱くて旨いので気をつけて食べてください。^^v
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サンドウィッチってどう考えても高くない?

2012-04-11 05:15:13 | 日々の疑問
サンドウィッチを選択すると、必ず何だか損した気分になる。
パンと具を適当に切って(適当ではないか...)挟んだだけなのに、
あの軽さ、手軽さをメリットとも取れなくもないが、手軽いのは、作る方もではないのか?と疑ってしまう。

お弁当を買うのとサンドウィッチ1個半(2個でもいいけど)のどちらが上だろう?
お弁当の半分サイズが無いから比較されないのかも知れないが、こうやって比べてみれば、コンビニでの購買の際に合理的にサンドウィッチを選択肢から外すことが出来るような気がしてくる。

こういうのはどうだろう。
サンドウィッチを2個買って、分解し、弁当の折り詰めに具とパンを並べてみて、果たしてこの値段でこういうものを本来買おうとしていたのかと再認識してみたら、あれ?と思わないのかと思う。

実はそれはおにぎりも一緒で、105円〜140円のものを3つ買って390円くらいにして、
具と飯と海苔を分解して再構成してみたら、おかずのしょぼい、ちんけな海苔弁が出来上がっていた・・・。ということにもなりゃしないか?とも思えてくる。多分こっちの方がサンドウィッチよりも上かも知れない。

だから多分これ、少量で販売するものに付き纏う、包装、シール表示、を一つずつに背負わせているからこそ起きていることなのではないか?とも思ってしまう。小ロットは高く付くのである。沢山おにぎりやサンドウィッチを買うのなら、弁当買った方がいい。
車の中で手軽に食べられるとかいうメリットととトレードオフな部分は仕方がないが、そうでもないシチュエーションなら、サンドウィッチやおにぎりを買う必要はない。

コンビニである程度の価格認識が拡がったところで、権兵衛のような小分けしてあるものをパックに詰めているので個包装を開放(排除)しているにも関わらず、値段はコンビニのおにぎりとさして変わらない商売が成立する。あの値段は別の価値観だとするかも知れないけど。。。

でも翻って考えれば、おにぎり一つは実は高価なものでもないのに、最低でも105円はするよな?という線に価格抵抗線が張られてしまっているのだろうと感じる。

豊食の時代だとしか言い様がないのは、得られるカロリーと値段がマッチしなさすぎてて、時にはダイエットというものを如何に美味しく成立させようとするのだろうかということにまで発展する。美味しさと健康、脂の排除と高価食材の使用など。。。

これが有事には一変してしまうはずで、手軽に高カロリー摂取が出来るものに豹変する。
生命維持が第一に昇格し、飢えが辺りに迫ってくれば、今までの価値観は全て覆ってしまうに違いない。反ヘルシー志向。

戦争がないことが全ての価値観を肥大化させてしまったともいえる。市場のメカニズムは暴走を止めることが実は極端に難しい。現代の世界の条件が、一つの環境変化で変わっただけで豹変するものだし、「それなら」という価値観がほとばしったのが去年の震災後だったはずだが、それもなんだか今ではまた落ち着きを見せているように思える。

かといって市場を度外視した世界に発展があるのかといったら、それは実証済みで”ない”という結論を人類は出したはずだ。

ソ連が崩壊し、中国が通貨の管理はするものの自由主義経済に一歩二歩踏み出している。(でも貿易国として体を為しているかと問われれば、それは否だと思う)美味しいものにはそれに対する対価を払おうという概念が常に付き纏う。

但し、暴走はどこかで破綻する。
昨今のコンビニを見ていると、幾分価格に柔軟に対応しようとしているかに見えるし、値引き販売や安心価格を謳ったPB商品が並ぶようになった。これが上手く行っている、行っていないというのではなくて、いくつかの部分では揉み合いの位置に落ちてきたとも考えられる訳だ。

コンビニの手軽さ、そのものが実は一番高価な買い物である。家から数十歩、数分の範囲にあれば、それは富山の置き薬・ホテルの設置冷蔵庫となんら変わらない類だった。

実はスーパーに比べて会計に並ぶ時間や赴く時間を節約できるということに納得して、値段を初めから諦めている代物なんだし、そこで売られている品物を分解して並べ替えしてみろという発想そのものに矛盾が生じているのかも知れないが、敢えて書く。

敢えて書くことに意味がある。

と思っている。


『じゃあ今日からお前は、コンビニでサンドウィッチとおにぎりを買わないんだな?』と云われると、



多分そうだ!。。。。。と答えざるを得ない。一旦の自分の中の結論はそうだったのだから。


でも時と場合による。。。。かな?

というのが正直なところです。

だって、コンビニが他の店舗より近過ぎて便利過ぎて困ってしまうくらい充実していて、そこでおにぎりやサンドウィッチが燦然と並んでいて「こっちこい」と云っている現実の中に居るのだから。。。そして相手もその「儲かる商品」の商品開発に余念がないからだ。




でも抵抗はするぜ!(と小声で宣言してみる。。。)

迫力ねぇーなぁ・・・。
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【今、君が落ちているのなら】 IKZOで救済プロジェクト!

2012-04-07 07:43:48 | No Music, maybe, No my Life!
あんまり堅苦しい記事ばかりが続くので。。。。
だんだん自分自身に嫌気が差してきた。。。。
自分もなんかぎこちないのは、、、そうか、あんまし笑ってないからだ!!

たまには心の底から是非笑ってやってください。

さぁどこまで耐えられるか、皆さん、頑張って下さい。


多分、AKBのフライング・ゲットと氣志團の完成度でぶっ飛ぶと思います!
こうしてちゃんと地雷を2つも公開しているんだから、出来れば初めから全部どうぞ!


さぁいってらっさい!

俺らワールドカップさ行ぐだ 【IKUZO×FIFA ANTHEM】


【吉幾三】 槇原 敬之  『 じいさんと もう恋なんてしない 』


【IKZO】 ベイ・マイ・ベイ・ベイ(BE MY BABY) 【COMePLEX】



俺らWE WILL ROCK YOUするだ



エヴァンゲリオン×吉幾三 残酷な農夫のテーゼ【IKZO】



【 IKZO x X JAPAN】 紅



【農ま農まイェイ!】恋いのマイアヒ【吉幾三×O-Zone】



IKZO X ZEP 「移民の歌」



【 IKZO x BonJovi】It's my life


【 IKZO 】 俺ら フライングゲット 【 AKB48 】


【吉幾三】one night 収穫祭【氣志團】


(MAD) Bomb A Head! m.c.A.T & IKZO(吉幾三)



吉幾三 崖の上のIKZO 




【KARA】 ミスター IKZO / Ikzo Yoshi feat. KARA



多分、ここまで合うんだから、元祖ラッパーだったんだと思うしかない・・・^^v
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唄は詩を求め、詩は歌なしでは成立しなくなった と思った話

2012-04-06 04:50:33 | No Music, maybe, No my Life!
詩人はいない。
今の時代に詩人という
職業だけでは生きていけないなと思う。
どうしてもその詩を、
その詩を音楽に乗せて謳い上げる素養がないと
この時代には残っていかない。
いけない。
もし詩人と名乗る人がいるならば、
どうか、その作品を音に乗せてみて欲しい!

音だ。
そうだ、音。
音を見つけて、自分の言葉を噛み締めてほしい。
そこで零れてしまうのなら、再考してほしい!
音の方がその言葉を求めていないなら、
逆に言葉の方を探すんだ!
もう戻れない。多分戻れないんだ。


元々音楽にはその毒性が仕掛けてあって、
ボブ・ディランあたりで「詩の独歩」をぶち壊し、
吉田拓郎あたりのフォーク世代がそれを踏み固めてしまって
きっと殺してしまったに違いない!
そしてその世界で色々な唄声が産声を上げ、
手を空に翳し、飛び立って覆い尽くしてしまった。

仕方がないことだけど、、、、


言葉と音を合わせるって、
まるで彫刻のように言葉と音を掘り出す感じかな?

間奏が邪魔なら間奏なんか要らない。
イントロが要らないなら
イントロなんて考えなくてもいい。
いつまでも終わりたくないなら、
それでもいいんじゃないか?とさえ思う
D.C.(ダ・カーポ)で延々と曲の頭に
戻しちゃえばいいさ。
Fineを書かなければその曲は終わらない。
聴く人の方が適当なところでFade outをしてくれる。
歌い疲れたら、止めればいいさ。
二度と同じメロディを繰り返さなくてもいい。
全ての縛りはなくなったんだとも思う。

でも唄う必要はあるんだ!
必要はあるはずだと強く思う。

もちろん孤高の詩人さんが居たら、
会ってみたい!

本当だ。

いや...読んでみたいの間違いか。




End

とここまでボブ・ディランの詩みたいに記事を書いてみました。^^v

下につけた動画たちに触発されて。


Kiyoshiro & Chabo - 君が僕を知ってる


[今までしてきた、悪いことだけで
僕が明日有名になっても
どうってことないぜ
まるで気にしない
君が僕を知ってる]・・・・か。

すごい賛美だ。こんな信頼関係がどこかに残っているんだと知ったら、、、
そう思えただけできっと涙が溢れ出てくるに違いない。


my back pages 2009

[Good and bad , I define these terms
Quite clear , no doubt , somehow.
Ah , but I was so much older then ,
I'm younger than that now.]

[善と悪を、しっかり定義できて、
それもかなりクリアに、、、、もう何の疑いも無く!

ああ、そんときの俺は今よりも大分老けていて、
今はあんときよりずっとずっと若いのさ・・・・・・か。。。。]



人生の境地を知るにはまだまだだと気付かされる。

真心ブラザーズ マイ・バック・ページ

真心がいい感じで意訳(ある意味完全に別の歌詞で真心が考えるボブディランが云いそうなこと?)して謳い上げてくれています。



詩人、、、、誰?杜甫?李白?高村光太郎、、、、

あぁ、吉本隆明だ、、、、そうだ読んでみるか。

詩には世界を凍りつかせる力が単体でもあることを証明してくれるかも知れないから。
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目黒に行こーよ!

2012-04-05 04:30:24 | 懐かしい思い出
思い出すことが多いお店が増えた。
昼も夜も、下手すりゃ朝さえも目黒で食事を済ませることが一番多かった。

呑んで語るも、昼にさっと平らげるも、それを横目に自作で工夫していた時も、出前を取ったことも、全てが懐かしい。

あの時代が二昔前?

信じられん。

まるで。。。

タイミングがいいとか、声をかける頃合いがいいだとか、色々あるが、そんなことより、同期友達や同僚との思い出が一杯あるのだ。

写真を撮るようなものさえも存在しない。


そんなことより喰らって、呑んで、語り合いたい場所だ。

どのお店というよりも、あの一帯の持つ雰囲気だ。


家内も目黒駅の傍に勤めていた。

なので、会社帰りに目黒近辺で帰りに食事をすることも多かった。


実はこの前、家族で目黒川の桜を見に、目黒に出かけた。


洗足池でひとしきり桜を鑑賞した後(食事・飲酒)だったので、お店に寄ることはなかったが、「あぁあの店ない!」とか「まだある!あの店!まだある!!!」といった感想が権乃助坂を下っていく途中に二人から洩れた。

時代は変わる。

今アルコタワーに入っている会社などを調べれば、時代を感じることもあるだろう。

昔の丸の内みたいに、頑として変わらない永遠のような場所もあったが、そこでさえも今では少しずつ様変わりしてきているようにも思う。


日本には老舗というものが多い。
不可侵なる強力で変わらないものと、変容を多数繰り返す表層を持たなければ、永続というのは確かに難しい。

経験が家訓を残し、二度と同じ過ちを繰り返さないという意思の下でないといけない訳だ。チャレンジはどの程度までが許されるのか。。。。
その判断は全てバランスの中にだけ存在するのだが、今それをここに書くのはどうもね。
またの機会に。

目黒川に出て、不動前までを川に沿いながら歩いたのだが、とても気持ちが寛いだ。


社内で声をかけて、目黒に行ってみようと思う。

今の場所からだとどうやっても遠回りな場所ですが、やはり初心に帰るにはぴったりの場所だと思います。
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