2日間で300キロ!

2010-01-31 23:03:43 | 今日の活動

 昨日、今日は、新春の集い、議会報告会、「しんぶん赤旗」のお勧めなどで、県内各地をまわり、走行距離は2日間で300キロにもなりました。
 昨日は、美里町、栗原市志波姫、若柳で「しんぶん赤旗」の拡大行動。初めて訪問したところも多かったのですが、好意的な反応が多かったようです。日曜版を2人の人に読んでもらうことになりました。夜は、大郷町で町議の方の議会報告会で、私も40分ばかりお話をさせていただきました。

 今日は、新年会ラッシュ。塩釜市で地域の新年会を3ケ所まわり、ごあいさつ。(写真)

 その後、鳴子で遊佐辰雄大崎市議の新春の集いに駆けつけました。150人近くの支持者のみなさんが集まり、旅館を借り切って盛大に開催していました。地域の有力者の方々がたくさん集まり、私もみなさんのテーブルを回って、ごあいさつをしました。













 


仙台市繁華街の商店会振興組合を訪問

2010-01-29 12:55:12 | 今日の活動
 今日は、風があるものの、日中は穏やかな天気です。
 午前中は、嵯峨さだ子仙台市議とともに、市内中心街の商店会振興組合を軒並み訪問しました。
仙台市議団では、12月定例市議会で、中小企業への融資の拡大、中心商店街への支援について、提言を行ない、嵯峨議員が質問に立ちました。今日は、その報告と参院選挙へのごあいさつを兼ねて、訪問しました。アポなしの訪問でしたので、役員の方とはお会いできませんでしたが、どこでも丁寧な対応をしていただきました。

「内需の拡大」というけれど…

2010-01-28 14:53:59 | 今日の活動

 いま、開催されている国会で、民主党の閣僚も、「外需から内需へ」といっています。「共産党と同じことをいっているのか」と思ってよく聞いてみると「アジアの内需は日本の内需」。どうも民主党が「内需、内需」といっているのは、実は日本の「内需」ではなく、中国などアジアの「内需」のようです。

 政府・経済産業省は、日米FTAにとどまらず、東アジアへの経済連携協定(EPA)にたいへん熱心です。経団連の会長も「経団連の提言した政策は、自公政権だけでなく、今回の緊急経済対策にも取り上げられた。(政府には)EPAの推進にも取り組んでもらっており、民主党政権になっても経団連の考えは反映されている」(フジサンケイ・ビジネスアイ 10.1.5)と述べています。

 しかし、肝心の日本の「内需」はどうでしょうか。今日の経済危機の最大の原因は、40兆円の需給ギャップであり、大量リストラ、賃金カットで雇用者報酬がこの10年間に27兆円も落ち込んでいることに最大の原因があります。また、小泉構造改革で、住民税・所得税の増税、社会保障の負担増などで、年間13兆円もの負担が国民に押し付けられたことがもう一つの原因です。そこを政策転換せずに、経済危機を打開することはできません。また、FTA、EPAを推進すれば、日本の農業は崩壊です。そうなれば、地域の経済が壊滅的な打撃をうけることは明らかです。

 今度の参院選挙では、経済政策で真正面からの論戦を行なっていきたいと思っています。


鳴子で全県地方議員会議

2010-01-26 21:22:11 | 今日の活動
 昨日、今日と鳴子温泉で共産党の宮城県地方議員会議が開催されました。私は主催者として、2日間参加し、地方議員のみなさんと勉強しました。
 地域経済の再生、2010年度地方財政計画の特徴と課題、国保税の改善運動の推進など、各講師や報告者のお話にたいへん勉強になりました。全体討論での各議員のみなさんの発言も教訓的でした。
 新政権が子ども手当の財源を口実に、保育行政等の国の責任の後退(民間保育所への国の補助も打ち切り、一般財源化する等)に踏み出そうとしていること、社会保障と地方消費税の拡充を口実に、消費税の大増税の布石が打たれ始めている(鳩山首相は、任期中は、消費税の議論もしないといっていたのが、閣僚の増税発言を容認している)など、今後、注意が必要です。
 
鳴子温泉は、今日は朝から吹雪でした。


泉区の新春の集い、夜は仙台民商の新年まつり

2010-01-24 00:14:34 | 今日の活動
 1月の土日は、新春の集い、新年会などが続きます。昼間は、泉区後援会の新春の集いに参加し、ごあいさつしました。

夜は、仙台民商の新年まつりに参加。共産党を代表してお祝いの言葉を述べた後、鏡開き(写真)。各テーブルを回って、みなさんにごあいさつをしました。

 さて、党大会から帰ってきてからこんな話をしています。党大会で「反共の壁が崩れている」と祝辞をいただき、大会の参加者に感動を与えた経済同友会の品川正治さん。最近、知ったことですが、実は、品川さん。私が大学卒業時に、就職が内定していた損害保険会社の社長さんだったのです。もちろん、当時私は、そんなことは知りませんでしたが…。「やはり、あのとき就職していた方がよかったかな…」なんてことは、まったく思ってはいません。民青同盟と日本共産党の専従を25年間、続けてきたことには、困難はあっても、いささかの後悔もありません。ただ、いま私が日本共産党の候補者として活動し、一方、品川さんが、経済界の立場から日本共産党を応援していることに、何か不思議な縁を感じています。