世界中の注目を集めたフランスの都市暴動は、車両8500両以上と公共施設100ヶ所以上を焼損(17日の国民議会におけるド・ビルパン首相演説)しつつ、3週間に渡って仏全土で猛威を振いました。事件から1ヶ月経った現在、依然として緊急事態法に基づく宣告は適用されているものの、複数の政府当局者や研究者が、今回の事件の原因や対策について少しずつ言及をはじめています。
無論、今回の暴動事件それ自体は、原因が何であれ許されるべきものでは全くないことは言うまでもありません。実際、一部の「若者」らが放火を繰り返したのは所得水準が低い人達が暮らす地区なのであって、それだけに放火、焼損による被害を最も強く受けるのは他ならぬ「若者」ら自身やその家族であり、高級住宅街にとめてある車を狙うならともかく、社会の一番弱い部分を狙って犯行に及ぶその卑劣な態度には同情の余地はないと言えるでしょう。一部には暴動発生当時のニコラ・サルコジ内相の「社会のクズ」発言を問題視するむきもあるようですが、低所得者層にとって生活、仕事の上で極めて重要な自家用車を破壊したり、幼稚園や小学校、体育館といったソフトターゲットを狙う卑劣な放火を行う「若者」らは、少なくとも「クズ」と呼ばれても致し方の無い行いを行ったことは否定しようがありません。この種の事件では、日本ではよく「事件の原因」がしばしば行為を正当化するために語られますが、個人的には、こうした考え方は一見合理的でいて実は隠された情緒主義に過ぎないと思っています。
とはいえ、他方で、こうした事件の原因を探ることは、同種の事件の発生を防止するという意味で、フランスだけでなく日本にとっても有意義なことだと思われます。そこで、今日はこのフランス都市暴動について、私なりの総括をしてみようと思います。
私を含めて、リヨンに住む大多数の日本人にとって、今回のような事件がフランスのような先進国で起きたことは、全くもって思いがけないことでした。実際、私の友人であるリヨン在住の日本人学生は、自宅近くで放火され黒こげになった車を3台も(!)見掛けたこともあり、外出時は「普段の3倍気をつけるようにした」と言います。また、別のある友人は、「フランス人はよく『社会的連帯』(ソリダリテ)という言葉を好んで使い、週35時間労働制に代表されるような比較的高い水準の労働条件と社会福祉制度を築いてきたという印象があったが、今回の事件で、実際は思っていたより社会階層間の格差が大きかったことを知って、驚いた」と話していましたが、なるほどたしかに、フランス社会保障制度の「理想」と「実態」はやや乖離しているという指摘は、あたっているかもしれません。成功した一部の人、手厚い保障に守られながらストを続ける公務員に比べて、一般のフランス国民の所得水準はそう高くないのが実態ではないでしょうか。日本も昔ほどは「一億総中流」ではなくなってきているのかもしれませんが、それでもフランスの上下格差よりは均されている気がします。
他方、リヨン在住の少なくない数の日本人が、濃淡の差こそあれ、今回の事件で外国メディアが伝える情報と実際の状況との間に隔たりがある、とも感じたようです。同じく私の友人のある女子学生は「日本にいるたくさんの友達が、こちらの状況を心配して電子メールを送ってくれた。どうも、彼女達にしてみれば、テレビで流れた映像を見て、フランスがある種内戦状態のようになって、凡そ全ての街という街で若者と治安部隊が衝突していると思ってしまったようだ。実際は、私の住んでいる地区など、比較的平穏だったのだが・・・」と語っていました。これは例のベルクール広場における衝突事件にもいえることで、報道では「若者と治安部隊が衝突、警察が催涙弾を発砲」となっていましたが、実際の警察当局の見解では「警察は催涙弾を発砲していない。当日は独仏のサッカー試合が予定されており、若者らの騒乱に備えて広場に部隊を配備はしたが、本格的な衝突には至らなかった」のだそうです。
また、今回の事件を巡っては、フランスの各メディアは、模倣犯を増やして騒擾を拡大しないよう、少なくともある時期からは物的損害についての詳報を流さないようにしていたそうですが、こうした仏メディアの報道姿勢は、少なくとも日本のマスコミよりもなかなか謙抑的だなと感じました’何しろ、日本の報道機関は、こういう事件を得てしてより扇動的に、よりセンセーショナルに採り上げるきらいがあるので・・・)。むしろセンセーショナリズムに陥っていたのは外国メディアで、ある仏人の友達に言わせれば「イラク戦争に派兵せず、国内で大型テロ事件も起きていなかったフランスに対する、米英メディアのやっかみが扇動報道を拡大した」という側面もあるようです。そういえば、事件に際して、トルコから来たテレビクルーが仏メディアの取材に答え、「フランスはトルコのEU加盟を巡って人権問題を喧しく指摘してきていたが、今回の事件で当のフランスもまた人権問題を抱えていることがわかった」と言っていたのが印象的でした。
・ ・ ・
今回の一連の事件の原因については、既に多くの有識者が、フランスに定住した移民とその子孫が仏社会への円滑な統合に失敗したことが事件の発生に大きな役割を果たした、と指摘しています(事件をフランスの「同化政策の破綻」と捉える有識者もありますが、私としては、「同化政策そのものが破綻した」というより、「同化政策が十分に実施されなかった」というほうが実態に即していると思います)。ある有識者によれば、特にフランスに単純労働者として移住してきた移民一世に被差別意識が強く、これが二世、三世(といっても、いずれも仏国籍を持った仏国民ですが)への教育や意識、態度に重要な影響を与えている、ということが言えるそうです。
(その2に続く)
ブログ記事拝見しました。大変良く整理された適切な総括と思います。フランスのこれからの政策がどれだけ事態改善につながるか、注視してゆきたいと思っています。
old-dreamer様がご自身のブログで「受入国と送出国が相互に関わる移民政策」ということを書かれていたかと思いますが、全く以ってその通りだと思いました。結局、地球上に極端に貧困な地域や極端に豊かな地域があるというのは、やはり健全ではないのだと思います。
それでは。
基本は治安維持が先に来ますが、
そろそろ落ち着いて、移民問題を
しっかり考える時期が来たのでしょう。
教育の偏りほど、将来の格差を助長するものはないかもしれません。
これは日本にもいえることですよね。
補足ですが、私も安保闘争の頃は生まれていません^^
本やビデオや参加者の話を聞いて・・・ブルブルでした。
日本のマスコミはセンセーショナルな報道だけしておいて、その後は何事もなかったかのような顔をしていますね。
私も「フランスにだって人権問題はあるじゃないか」というトルコ人の指摘が印象に残りました。移民受け入れに伴う同化政策はきわめて難しい作業です。精神論になってしまいますが「国をともに作ろう」ということで受け入れるのか「労働力を補うためにちょっと人手を借りよう」ということで受け入れるのか、根本の姿勢が問われるんだと思います。とりわけ、日本で移民政策を論じる場合は。
この問題を巡って最近のフランスでは、「暴動は組織化されたものではなく、たまたま同時多発的に発生した」とする仏政府情報部の見解と、「日常から犯罪行為に手を染めているグループが深く関わっている」とするニコラ・サルコジ内相の見解の相違が話題になっています。個人的には、どちらの側面もあってなかなかどちらか一方が正しいとは言えないと思いますが・・・
それでは。
私にとっては、思いがけないことではなく、フランスじゅういつどこで起きても不思議ではないことです。私自身数週間前、昼間に催涙ガスを吸い込むはめになりました。少し認識が異なるようなので、書かせていただきました。
また、サイトのほうも拝見致しました。
>催涙ガスはこの1年で何回も使用されています。移民相手ではなく、フランス人の若者達に対してです。
そうなんですか・・・まあ、一口に「パリ」「リヨン」といっても中心街から郊外の住宅団地まで環境も様々、治安も様々で、私なぞは比較的静かなところに住んでいるためか、「暴動発生」と聞いて意外感がありました。また、警察の警備手法が日本とこちらとで違う(仏人の友人いわく、こちらでは機動隊の警察官は個人でも催涙手榴弾を持っていて、わりと普通に使うらしいです:その点、日本の機動隊は、部隊としては持っていても個人装備ではなかったと思います)ことも原因の一つかもしれませんね。
それでは。