青みかんと準惑星

小ネタ乗せようかと思ってます。
時々二次系の下書き・・・

10年目の嵐 56

2008-04-23 00:16:20 | 二次系
萌々子の父親…。野梨子の夫…。
こんな男だっただろうか。
服は品が良いが、どこか頼りなげで風采が上がらない。
「萌々ちゃん、大きくなったね」
隣の男がにこりとしながら言った。
萌々子は誰なのかわかっていない様子だった。
チチオヤが口を開く。
「覚えていないのは無理ないね。こちらは小さい頃萌々ちゃんにバイオリンを教えてた先生だよ。萌々ちゃん、バイオリンを習ってたのは覚えてるかい?」
「なんとなく…」
困惑した表情を浮かべる。
しばらく、沈黙した後、萌々子は口を開いた。
「父さまも、菜々子に会いにきたの?」
チチオヤは首を横に振る。
「萌々ちゃんとは偶然ここで逢ってしまったけど、君達に会うつもりはなかったんだ。彼が、チケットを入手してくれて、僕を誘ってくれたんだ」
センセイを見ながら、彼、と言った。違和感を感じる。
「君のお父さんは合わせる顔がないと何度も言っていたのだが、成長した娘の姿は一度見ておいても悪くない、と説得したんだ」
「僕は君達を捨てたからね…。でも二人ともこんなに立派に育っていてくれてよかった」
安心したようにチチオヤは言った。萌々子の顔が一瞬曇る。
「私たちを捨てて、何を選んだの?女?」
萌々子は声を抑えて言った。興奮しそうな自分をコントロールしている。
萌々子は愛に飢えていた。元凶はチチオヤにある、と言っても過言じゃないだろう。
ここで、暴れるのか?
俺は警戒した。が、予想外の展開に呆気にとられていた。
「元妻とは政略結婚でした。それなりにうまくやっていくはずだったけれど、僕は妻を抱くことができませんでした」
チチオヤはセンセイを見た。何か話すのをためらっているようだった。センセイはチチオヤを見て頷くと衝撃発言をした。
「君のお父さんは僕の恋人だったんだ」
「ええっ…!」
萌々子は驚きの表情をする。俺も驚いた。
「今から思えば僕が妻を抱くことが出来なかったから、彼女はあんなことを…」
「あんな?」
萌々子が尋ねると、チチオヤは苦笑いをした。
「いや、女性として寂しい思いをさせてしまった、と思って。捨てた、と言うより、怖くなって逃げたんだよ。女である野梨子から。家族としては、君達娘や、野梨子も愛していた」
その話を聞いて萌々子はしばらく黙っていた後、「私は母さまと父さまが愛しあって生まれた子ではないの?」と尋ねた。
「僕は野梨子を家族として愛していたよ。ただ抱けなかっただけだ」
萌々子の顔色が変わる。
「じゃあ、私はどうやって生まれてきたの?」
チチオヤは萌々子をじっと見つめた。言うべきかどうか迷っているようだった。
萌々子がそれを察して口を開いた。
「体外…受精なのね?母さまを一度も女として、愛さずにDNAだけ、残すために…」
チチオヤは苦渋に満ちた表情で頷いた。
「母さまは、父さま…が、ゲイだと知ってて、結婚したの?」
そこまで知ってたらたいしたものだ。だが、当時の男嫌いの野梨子なら有り得るかもしれない。
しかし、答えは予想を裏切るものだった。
「野梨子は知らなかったよ。僕は彼女を騙したんだ」
その瞬間、萌々子の平手打ちがとんだ。
「最低…」
吐き捨てるように言う。
チチオヤはうなだれ、センセイが庇うように肩を抱いた。
「許してやってくれ。家出したあとも祐介は君達のことを忘れたことはないんだ。」
そういいながらチチオヤの上着の内側のポケットから財布を引き抜いた。
慣れてる…、と感心してる場合じゃない。
財布を開け、中から縁がボロボロになった写真を取り出した。
萌々子が受け取り、俺も覗きこんだ。
「これは…」
はっとした顔をして萌々子はチチオヤを見た。
一枚目の写真は海に連れて行って貰ったらしい、砂浜で水着姿の萌々子と菜々子が写っていた。まるまるとした姿で、やっと一人で立てるくらいの頃だ。
もう一枚を見て、萌々子は口元に手を当てた。
「これ、私…。この服覚えてる」
「萌々子なのか?」
尋ねると萌々子は頷いた。
チチオヤに抱き上げられた黒地に花柄のワンピース姿の女の子の写真。チチオヤは着物姿で茶道家と言う雰囲気を醸し出していた。
「この写真は、外出しようと言う日に萌々ちゃんが押し入れに隠れて眠ってしまったことがあって、皆で探したんだよ。一時間近く探して僕が見つけて…。野梨子に写真を撮って貰ったんだ。見つかった記念に。野梨子は呆れていたけどね」
当時のことを思い出して、楽しそうな笑みを浮かべた。
萌々子はしばらく、写真をじっと見ていた。
目から涙があふれてくる。
その涙に、気づかない様子で、ずっと、その写真を見ている。
表情はだんだん和らぎ、安堵したような顔をしていた。
チチオヤが萌々子の肩を抱き、一緒に泣いている。
なんとなく、俺もほっとする。
何かが解決したわけではないが、ここには、ちゃんと親子がいるように見えた。
野梨子と萌々子の間にはなかった、絆があるように見えた。
もう、ここにいる必要はないな、と思った瞬間、個人用の携帯が鳴った。

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だいぶ前に書いていたのですが、ちょっとアップする時間がなくて。
4月も終わってしまうので、急いでアップしてみました。