青みかんと準惑星

小ネタ乗せようかと思ってます。
時々二次系の下書き・・・

かささぎ

2017-07-10 00:21:27 | 二次系
おじさんの仕事についてきた僕たちは、佐賀にいた。
七つ釜をみたり、虹の松原をみたり、甘夏ソフトを食べたり。
こうして6人で旅行するのは、しばらくないかもしれない。

悠理は一週間後に渡米することになっていた。
1年間、大学を休んで留学をする。
留学といっても向こうの大学に行くわけではない。
おじさんの知人の所にお世話になるという感じだった。
日本語のない環境において、英語に慣れさせるというおばさんの策略のようだった。
悠理の場合、身振り手振りでなんとかしてしまうのではないか、と思ったが、おばさんが怖いので僕たちは何もいわない。
悠理は進級すれすれの単位しかとってなかったので、休学についてはあまり気にしていないようだった。
来年、卒論、就職活動などがある。
といっても、僕と野梨子は就職活動は行わない。
僕はまだ卒業はしないし、野梨子も修士課程へと進学をする。

来年は忙しくなる。

悠理が戻ってきたときには、旅行にいくのは難しいだろう。

おじさんとは空港で分かれ、僕たちはレンタカーを借りた。
3列シートの車で、魅録が運転し、隣に悠理、可憐と美童が真ん中、僕と野梨子が後ろに座っていた。
野梨子は疲れたのか、僕に身体を預けて眠っている。
僕は旅館へ向かう車の中から、窓の外をみた。
海が凪いでいる。
きらきらと水面が光っていた。
こんな景色は僕一人で見るのではなく…、と妄想しかけて、やめる。
僕が何をどう言おうとも、悠理の留学は変更にはならない。
たった1年だ。
僕たちの気持ちがたった1年で、離れるはずがない。

僕と悠理は今年の4月から付き合っていた。
悠理に付き合わされて、夕食の後に格闘の映画を見に行った。格闘のはずだったのに、半ばからはホラーとなり、最後はR15のラブロマンスだった。
B級なんてものではない、B級にも及ばない。
悠理はかなりホラーシーンでおびえていて、僕の手をずっと握っていた。
そして、ラブシーンがかなり甘美で、悠理が僕から手を離そうとしたので、僕は悠理の手を握り返した。
はっとした顔で僕をみる。
僕はそのまま軽く悠理に口づけた。
僕は、高校生の頃から、悠理のことが好きだった。
その日、僕は悠理を家に帰さなかった。
口づけし、抱擁し、飽くことなく体を交わした。
僕は翌日には、付き合っていると皆に言いたかったが悠理のほうが恥ずかしがっていたので、話していない。

あれから三か月。
そして悠理とはしばらく会えなくなる。
いますぐにでも抱きしめたいと思うが、考えないように窓の外を眺めていた。

旅館につくと、笹が飾られていた。
そうか、明日は七夕だった。
そんなことをふと思う。

「お風呂に入ってから夕食にするでしょ?」
可憐が皆に聞く。
「そうですね」
「じゃあ、夕食は6時半で」
可憐がフロントの女性に伝えた。
男性部屋、女性部屋で鍵を2つもらう。
2つの部屋は、隣同士だった。
女性のほうが角部屋をとる。
「夕食時にね」
可憐が声をかけて、僕たちは一度分かれた。

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ネタ帳はネタ帳です。
七夕にアップしたかったんですけど、頭の中だけで、文字化が進みませんでした。

ゼラニウム

2017-05-13 19:00:14 | 二次系
野梨子のすすめで、悠理は自分の部屋でアロママッサージを受けていた。
もちろん、家にエステティシャンを呼んだ。
どうも、最近疲れているせいか婦人科系も乱れ気味でイライラする。
ゼラニウムがよいですわ、と野梨子がいうので、ゼラニウムを使ってもらった。
紙パンツ1枚で、ベッドの上に防水シートみたいなのを敷いて、その上からシーツを敷いてうつ伏せに横たわる。
オイルが落とされて、ローズっぽい香りがして、ぬるぬると肩甲骨に塗られてマッサージをされる。
あまりにも心地よくて、すぐに眠りに落ちた。
マッサージが終わり、施術者に起こされる。
施術者が、ホットタオルで身体を拭いてくれた。
悠理がガウンを着て椅子に腰かけると施術者はベッドの上を片づけて出て行った。
悠理はそのまま、ベッドに横たわる。
眠い・・・。
即、眠りに落ちていた。

清四郎はノックをして、悠理の部屋に入った。
今日は宿題を見る予定だった。
甘くまったりした香りが鼻腔をつく。
ふと見ると悠理がガウン一枚で眠っていた。
「悠理」
清四郎がゆする。悠理は起きない。
その変わり、ガウンがはだけた。右側の胸の谷間があらわになる。
甘い香りが清四郎を誘う。
肌もつやつやピカピカだった。
触りたい・・。
悠理はよく眠っている。
少しくらい触っても…。
清四郎は胸のふくらみを直接触った。
やわらかくてマシュマロのようだった。
首筋に口づけると、悠理は「んんっ」と甘い声を上げた。
でも、まだ、眠っている。
こんな恰好で、こんな香りをまとわせているほうが悪いんですよ。
清四郎は悠理の顔を眺める。
そして、胸の突起物を口に含み、ゆっくりころがし始めた。

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この後は想像にお任せ。

符合が行き詰っているわけではなくて、たまに違うのも・・。

符合 8

2017-05-07 23:09:49 | 二次系
朝霧とは、会社から電車を一本乗り換えた、閑静な住宅街のある駅で待ち合わせた。
駅前のロータリーもゆとりがある。
駅の改札を出たら、そこで待つように指示された。
電車を降りて少し待っていたら、朝霧が迎えにきた。
いつもの通勤時と変わらない服装をしていた。
朝霧がいつも変装をしているため、一瞬、違う人が出てきたらどうしよう、と鮎子は思ってた。
「川中さん!」
朝霧が鮎子に声をかける。鮎子は一礼をした。
「車で来ましたの、こちらへ」
手で示されたほうをみると近くに少し大きめの黒い車が停車していた。朝霧が運転していたわけではなく、かつ、会社の車でもなかった。
家の車?!
さすが、取締役は違う…。
ドキドキしながら、鮎子は促されるままに、車に乗る。勿論、運転手がいた。
乗り心地のよい立派な車だった。
「すごい車ですね!」
鮎子がいうと、朝霧は微笑んだ。
5分ほどで、和風の大きなお屋敷の敷地の中へ、車は入っていく。
鮎子の気持ちは昂揚し心臓がドキドキする。
一体、ここは…。
お屋敷の敷地と言っても、表からではなく、裏から入る。
「お客様は表から入られるのですが、今日はこの車ですから裏から入りますわね。」
野梨子が言い、鮎子は少し興奮しつつ、頷いた。
何処かの城のように10台くらい停められそうな駐車場の隣に屋敷と隔てるための塀がある。
塀には監カメラが取り付けられている。
映画の中の家みたい。
嘘みたい。
すごーい。
朝霧が苦笑していることにも気づかずに鮎子は夢中で朝霧の敷地をみていた。
駐車場に車を止め、車を降りたあと、朝霧に案内されながら、鮎子は屋敷の中に入る。
廊下から見える庭が凄い。日本画の風景画のようだった。
朝霧社長の家って、凄い。お金持ちだ。
鮎子は感心した。
少し歩いていると、着物を着た少しお歳をめした品のよい男性が近づいてきた。何処かで見覚えのある顔だった。
「ノリコ、お客様かい?」
ロマンスグレーに着物を着た男性が朝霧に声をかける。
「ええ、父さま。わたくしの秘書の川中さんですわ」
朝霧は鮎子を紹介した。
父さま?
朝霧社長じゃないけど…?
「そうかい。」
父さまと呼ばれた男性は鮎子のほうを向いた。
「はじめまして。川中さん、ノリコを頼むよ。ノリコは落ち着いて見えるが、やることは大胆だからね」
「ま…!父さま!」
父さまと呼ばれた人が笑う。
鮎子は、この笑顔で、やっと気づいた。
白鹿清州!!!
「取締役…、一体?」
すこしおどおどしながら、朝霧を見る。
「ごめんなさいね、説明するより先に、父に遭遇してしまって。わたくしの父の白鹿清州ですわ。」
朝霧は苦笑しつつ、父を紹介した。
「ノリコの父の白鹿です」
うわぁ…。
鮎子は舞い上がる。
「川中ですっ…!!ずっと、ファンでした。お目にかかれて光栄です。画集も持ってます!」
舞い上がってたので、それ以上は言うことができなかった。牡丹と雄鶏の件についての感想は、…舞い上がり過ぎて飛んだ。
会ったら絶対に感想を言うと決めていたはずなのに、と後ほど思うが、いまはそれどころではなかった。
清洲はニコニコしながら、鮎子に言う。
「画集はノリコに渡してくれれば、今度サインしてあげるよ」
「ほんとですか?!」
鮎子がそういうと、清州は頷いた。
ヤッター!!
「じゃあ、父さま。わたくしたちは仕事の話しがあるので、これで。川中さんの画集は、今度お持ちしますわ」
朝霧は清州に微笑んだ。
清州は頷き、鮎子たちがきた方向へ歩いていく。
「画集、今度持っていらして。珍しく父さまが主体的に言ってますから。」
「はい!」
夢のよう…。
鮎子は舞い上がるが、野梨子が続けたので、現実に引き戻される。
「ところで、わたくしの仕事部屋ですけど、離れにあるので、もうしばらく歩きますわ。」
朝霧は鮎子に微笑んだ。
デカイ家だ…。
鮎子は驚くしかなかった。


少し歩いたところで、スーツを着ているが消毒薬臭い背の高い男性が正面から近づいてきた。若いのにいまどき珍しいすだれ頭をしている。
若干、怒ってる感じだ。
鮎子のことは眼中に入っていない。
「ノリコ!」
無視して通り過ぎようとした朝霧を呼び止める。
「今日はどうなさいましたの?昨日の今日ですわ。油断しまくりではありませんこと?まだいますわよ。週刊誌の記者。」
挑むように朝霧が言った。
何だか、取締役、怖いな…。
ちょっと緊張する。
「…昨日、車の鍵をおじさんの部屋に忘れたんですよ。取りにきただけです」
男は鍵を見せた。
「それでは、さっさとお帰りになって。」
「ノリコ…!僕は、その週刊誌の件で、怒っています。何故、即否定したんですか?」
朝霧は冷たい視線を男性に送った。
更に緊迫する。
怖い…と鮎子は思う。
何故、こんなところで、こんな怖いやり取りを…。
「実際に行われていないことを書かれていたから即否定しただけですわ。全くありえませんことよ。わたくしが、セイシロウとともに一夜を過ごすなんて。」
「近いうちにあるかもしれないじゃないですか。僕は君にプロポーズをしましたよね?」
それを聞いて朝霧が更に怒り気味になった。殺気を感じる。
「…あれの何処がプロポーズなんですの?!父さまと深夜までお酒を飲んで、酔っ払って。あなたがお飲みになったものを片付けてるわたくしに呂律の回らない口で何か言ってただけじゃないですの!。あれがプロポーズだなんて、ありえませんから!そして朝帰りを週刊誌にとられるなんて、マヌケ窮まりないですわ!」
朝霧が大きい声で怒るのを鮎子は初めてきいた。
穏やかな取締役を怒らせるなんて、セイシロウ、スゲー。別の意味で感心する。
しかも、朝霧は毒を吐いている。
「酔っ払ってないときに言ったら、受けて貰えますか?」
セイシロウは朝霧の怒りを収めようとするかのように静かに問う。
「酔っ払ってなくとも、受けられません!!」
朝霧はぴしゃりと言った。
「第一、あなたにはずっと想っている方がいらっしゃるのだから、その方を探して、ちゃんと自分の想いを伝えるべきですわ!」
セイシロウは一瞬怯む。
「あなたはいつも彼女のことを考えていますわ…。それに気づいてないなんてことは、ないですわよね?」
そこまでいうと、朝霧は、一瞬、だまりこんだ。セイシロウも険しい顔をする。
「寂しいからと言って、わたくしを代役にしないでくださいな。セイシロウ。ユウリはきっと、見つかりますわよ。」
セイシロウと呼ばれた男は、朝霧を少しの間睨みつけると、それ以上、何もいわずに去って行った。
「行きましょう。」
朝霧に促されて歩きだす。
いろいろな人に遭遇するなあ。まるで、RPGみたい。
広すぎて不思議な家だ、と一般庶民の鮎子は思う。

トータルで二分くらい歩いたところに朝霧の部屋があった。実際はいろいろ遭遇してるので、10分以上はかかった。
朝霧の部屋は洋室だった。
役員室のように、デスク、パソコン、応接セットがあったが、小部屋は勿論、存在しておらず、大きな本棚があった。
デザインや絵画、美術に 関わる本がおいてあった。
応接セットのソファに座るよう、促される。
「何からお話ししようかしら」
向かいに座った朝霧がいう。
「取締役は、何者なんですか?」
担当直入に聞いた。「何者…ねぇ。」
朝霧は苦笑し、少し考えこんだ。
考えるほどのことなんだろうか、と鮎子は思う。
でも、こんな迷路みたいな家に住んでるから、万人にはよくわからないことが起きてるんだろう…。


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だいぶあいてしまいました。。。
なかなか書く時間がなくて。

符合 7

2017-03-27 23:27:50 | 二次系
朝霧とデパートを出て、地下にある近くのイタリアンに入った。
料理がくるまで朝霧と天気の話しやシロの話しをしていた。
朝霧のオススメのランチセットを注文したが、少し高め設定であるため、鮎子は財布の中身が不安だった。
一万円は入ってたと思うけど、一体いくら入ってたのか…。
話しをしてても気もそぞろだった。
サラダとスープが運ばれてきて、サラダのレタスを一口食べる。
「おいしい!」
鮎子はおいしくてびっくりする。レタスは勿論しゃきしゃきで食べやすいサイズだったが、何よりドレッシングが鮎子好みだった。
「よかったですわ」
朝霧はおいしそうに食べる鮎子を見ながら嬉しそうにした。
「ところで、川中さん、入社試験の面接の際に話していらしたこと、覚えていらして?」
唐突に朝霧が尋ねる。
「入社試験、ですか…?」
「ええ、面接のときに話してた志望動機ですわ」
覚えてない訳がない。
入社してから同期と面接の志望動機の話しをしたら、普通、そんなことをいう人いないよ、とみんなに言われた。
「はい、覚えています」
覚えてると答えたくなかったが、素直に答える。
「かいつまんで、話してくださる?」
朝霧はニコニコしながら鮎子に聞いた。
かいつまんでって…。
困惑しつつも、鮎子は答える。
「白鹿清州画伯に会えるなら、なんでもします!、です…」
ホホホ、と朝霧は笑う。
「今でも、それは変わりませんこと?」
「はい。」
鮎子はきっぱりと言った。雄鶏や牡丹の作者に会って想いをつたえたられたら、思い残すことはない。
…死んでもよい、まではいかないが、人生の目標を達成したようなものだった。
「それを聞いて安心しましたわ」
朝霧は運ばれてきたパスタに手をつけながら、続けて鮎子に言った。
「わたくしの仕事は全てが秘密事項だけど、守れるかしら?」
この職場になったら、守るしかない。
しかも、この状況で「守れない」と答えるのは、おかしい…。
「もちろんです」
必然的に鮎子は答えた。
「そう。それは、良かった!」
朝霧は晴れやかな笑顔を向けた。
余計に嫌とは言えない。
嫌という必要性もないが。
「川中さんの秘書への配属は、最初から決まっていたことですのよ。」
「どういうことですか?」
「あなたの、面接のときに語った清州愛を見込んで、わたくしの仕事のお手伝いをして貰うことを考えてましたの。ただ、お手伝いいただくには、多少はこの会社のことを知る必要があったので、最初の配属はデザイン部でしたのよ」
鮎子は朝霧の話しを某然としながら、聞いた。
最初から、決まってた…。しかも、志望動機が決めてだったとは。
裏を返せば、あのインパクトのある(と同期に言われた)志望動機がなければ、入社できなかった、ということだ。
落ちまくっていたので、びしょ濡れでもうけなければならなかった。
第一志望はこの会社だったが、他の会社、例えば第二志望別の画廊を経営している会社の一次試験が受かっていたら、びしょ濡れの状態では受けなかったかもしれない。
人生って、何がきっかけで好転するかわからない…。
本当に好転してるのかどうかわからないが、とりあえずは第一志望に入ることはできなかった。
恐いなあと鮎子は思う。
「ちなみに今日の夜は空いているかしら?」
特に用事はないので鮎子は帰ったら寝るだけだ。
「はい。空いてます」
「いろいろ詳しく話させていただきますわ。その前に、会社で一応、NDAは取り交わさせていただきますわね。」
「NDA…ですか?」
個人で秘密保持契約を結ばさせられるとは、思ってなかった。
「ええ。先程も申し上げましたとおりわたくしの仕事は全て秘密なんですの。川中さんだけではなくてよ。部長以上、わたくしに関わる秘書の方、特定の課長職以上はすべて結んでおりますわ。秘書の方でも、わたくしとは一切関わらない方は結んでおりませんのよ。つまり、その方には話してはならない、ということですの」
「えっ、そうなんですか…!」
鮎子はことの重大さに気づき、衝撃を受けた。
もしかしたら、やばい会社に就職したのかも、と今更ながら思う。
好転なんてしてなかったのかも…。
「心配なさらなくとも大丈夫ですわ。遠田課長も契約をかわしてますから、何かあれば、遠田さんにお話しになればよろしいわ」
はい、としか言いようがなかった。
課長に相談と言われても、知ってしまったからには事態は変わらない。
パスタもデザートもおいしかったはずだが、衝撃が大きすぎて、よく覚えてなかった。

昼は朝霧にご馳走になり、申し訳ないと思いつつ、お財布にはありがたいと思った。
会社に戻ってから朝霧の支度をして、いなくなってから掃除の続きをしていたら、総務課長の矢代がやってきた。
「川中さん、NDA」
「はい」
NDAの用紙を貰った。
甲と乙で書かれ、会社をやめてからもとか、裁判所名等、いろいろ書いてあった。
「何かわからないことや、条文で不都合があったら、僕のほうに言って。」
「はい。」
返事をしたものの、さっぱりわからない。日本語で書かれているが宇宙語のようだ、と鮎子は思う。不利にならないのかどうかも言い回しが難しいところがあり、わからない。
遠田課長に内容確認してみよう。
鮎子は思う。
朝霧が言ってた相談が、このことを意味するのか、わからないが、相談が必要ということはわかった。

遠田にNDAを解説してもらい、鮎子は押捺し、総務課長に提出した。
何か、慌ただしい、と思う。
朝霧は、会議から戻ってきて書類の決裁を終えると、鮎子に待ち合わせの時間と場所を告げて先に帰ってしまった。
まあ、鮎子は従業員なので、自由に帰るわけにはいかない。
と言っても、明日の予定を確認し、かつらと衣装の準備が終わると仕事がない。
執務室に戻ると佐藤主任、阿部しかいなかった。
「皆さん、いらっしゃっらないんですね」
佐藤主任に鮎子は声をかける。
「今日、塩崎アート株式会社の元常務がお亡くなりになったから、通夜に半沢たちは行ったのよ」
塩崎アート株式会社は鮎子の第二志望の会社だった。
元常務と言われても、わからない。
弔事報告の資料を見せて貰う。
そこには塩崎康隆(長男、42歳)と記載があった。葬儀会場、喪主も記載があった。喪主は塩崎勝也と記載がある。塩崎アートの社長だ。死因は、病死、とだけ記載がある。
「お若いのに…、何の病気だったんですか?」
「さあ、詳しいことはわからないわ。」
「病気になって、常務をやめたんですか?」
「よくわからないけど、5年前に会社をお辞めになったのよ。仕事ができる方と評判だったけど、その頃から病気だったのかしらね」
佐藤が答える。
「今日は朝霧取締役も行かれるんですか?」
約束があったから聞いてみた。
「いえ、朝霧取締役はいかないわ。今日は専務が行かれるし、明日の葬儀は社長が行かれるわ。香典は包まれたようだけど」
「そうですか。朝霧取締役は親しくない方だったんですね」
鮎子が何の気無しに呟くと佐藤が苦笑いした。
「気になるなら、取締役に直接確認するとよいわ」
「ありがとうございます。聞いてみます」
そうは言ったものの、たいして興味はなかった。

席につき、鮎子は塩崎アートを検索する。
社長は塩崎勝也、副社長は塩崎郁也、常務の一人に塩崎槇也となっていた。やっぱり塩崎経営なのか、と思う。
あっ…。
常務に一人、気になる名前があった。
八鹿陶子とある。
白鹿じゃなくて、八鹿…。
変わった名前。
鮎子の興味はそこで終わった。

符合 6

2017-03-26 00:01:56 | 二次系
デパートに着くと、上のほうの階の一角で、発表会準備が行われていた。
少し茶色がかった髪をアップにした大人の色気ムンムンとしたスタイルの良い女性がエレベーターを降りた鮎子たちに近寄ってきた。
黒の少しラメの入ったスーツを着ており、胸元が開いていてセクシーだった。タイトのミニスカートから見える脚がスラッとしていて綺麗である。ハイヒールをはいているため、脚も更に長く見えた。
綺麗だけど、宝石屋というより水商売みたい…。鮎子は思う。
朝霧はエレベーターの中でコートを脱ぎ、すでに地味な受付嬢モードだった。眼鏡かけて、いつもよりさらに地味なスーツを着ている。低めのパンプスをはいていたため、朝霧の身長がいつもより低く感じた。
鮎子と地味さは大差ない。
「可憐、こちらが川中さんですわ」
朝霧がにっこり微笑みながら可憐に鮎子を紹介する。
鮎子は慌ててバッグから名刺を取り出した。
「川中です。よろしくお願いします。」
可憐に名刺を渡す。
「黄桜可憐です。ジュエリーAKIの副社長をしています。よろしくお願いします」と言って可憐も鮎子に名刺を差し出した。
「ちょうだいいたします」と鮎子が名刺を受け取ると「今日は忙しいところ、お手伝いにきてくれてありがとう」といい、可憐は鮎子に微笑んだ。
おじさまたちにモテそうだな〜と鮎子は思う。
「可憐、わたくしたちは、入口近くのあそこの受付で座っていればよろしいのかしら?」
朝霧が挨拶が済んだところで聞く。
”受付”と書かれた札の立てられたところに机と椅子と紙袋がおいてあった。
「今日は招待状をもったプレスの人だけが来る予定なので、彼らにパンフレットと粗品を渡してほしいわ。」
「わかりましたわ。」
朝霧はそう言って、にっこり微笑んだあと、真顔になった。
「ところで、若者向けブランドの新作発表会ですわよね?その服装、殿方向けのものみたいですわよ。」
ビシッと朝霧がいうので可憐が苦笑いした。
「わたしは裏方よ〜。今日は母が挨拶をして、スタッフがAKI〜KA-LEN(あき、かーれん)ブランドと商品の説明をするわ。かわいらしい感じの子よ。だいたい、わたしがかわいらしい感じの服を着て、かわいらしいジュエリーを身につけてって、似合うと思ってるの?」
朝霧はプッと吹き出し口を押さえた。
可憐がかわいらしい感じの服を着たところを想像したようだ。
実は鮎子も想像し、笑い出しそうだったところを堪えた。
「そうですわね。変なことを聞いて申し訳なかったですわ。」
カチンときたような顔を可憐はした。
「悪かったわね。かわいらしいものが似合わなくて。」
「そんなことは言ってないですわ。可憐は今の服装の方がよくお似合いですことよ。自信を持って。」
朝霧に言われ、可憐はため息をつく。これ以上言っても仕方ないと諦めた感じだ。
「はいはい。ありがと。…じゃあ、ノリコ、受付よろしくね」
可憐はそう言って、会場の中に入って行った。
ん?ノリコ?
莉子の聞き違いか?
鮎子は聞き違いとして、片付けることにした。

受付を終えると鮎子たちは後ろのほうの席でプレゼンを一緒に見せて貰った。
高いもので50万円ほどであったが、若い子向けということもあり、数万円〜十数万円のものがメインのようだった。
自分へのご褒美にボーナス時に買う、彼氏からの誕生日またはクリスマスプレゼントに貰うような感じのものや、普段使いにできるようなものがあった。シンプルだったが、少し捻りのあるデザインが魅力的で、最初、鮎子はここに来ることを気乗りしなかったのに、終わった頃にはすっかり感化されて買う気満々になっていた。
ある程度人がはけたところで、朝霧と鮎子が会場を出ようとしたときに、プレスの相手をしていた可憐が呼び止めた。
「ノリコ!」
ノリコ?
やっぱりノリコと言ってる?
「今日はホントにありがとう。助かったわ」
「どういたしまして。よろしいんですの?お客様のお相手しなくて。」
「いいのよ。二人にはお礼を言わないといけなかったし。川中さんにはこれを。」
可憐は手に持ってた小さい紙袋を鮎子に渡した。
「今日はありがとう。少しだけどお礼です。」
「ありがとうございます。なんですか?これ。」
薄いピンクのKA-LENの小さな紙袋の中にラッピングされた丸い箱が入ってた。
「ノベルティーグッズよ。AKI〜KA-LENの非売品のバッグチャーム。是非使ってね。KA-LENも買いにきて。」
可憐は鮎子ににっこり微笑んだ。
「はい、是非!」
鮎子も笑顔で答える。
すでに買う気満々である。
朝霧はそんな鮎子を微笑ましくみている。
「ところでノリコ。」
可憐が朝霧に話しかける。唐突だったので、朝霧はびっくりした顔をする。
「セイシロウと付き合ってるの?昨日の朝のスポーツ誌に載ってたけど。まさかよね?」
朝霧はみるみる不快そうな顔になる。
鮎子は地雷踏んだか、と思う。
こんな不快そうな朝霧をみたことがなかった。
「その話しは、ここでは必要なくてよ、可憐。別の機会に話しますわ。今日はこれから仕事もあるので、失礼します。」
朝霧は鮎子に帰ると目で促した。
朝霧がエレベーターの方へスタスタと歩いていく。鮎子はついていく。
ついていきながら可憐の言ってたことを鮎子は考えてた。
ノリコとセイシロウという人が付き合っている?
朝霧取締役がノリコなの?
で、付き合ってるということは、朝霧取締役の彼氏がセイシロウ?
スポーツ新聞に載るなんて、セイシロウって有名人なの?
そもそも朝霧取締役は朝霧夏実という名前がある。それに加えて莉子とノリコの名前ももつ。
一体なんで?
取締役は何者?

エレベーターに乗り込むと朝霧が口を開いた。
「食事をしてから、帰りましょう」
「はい」
「近くにおいしいパスタを食べられるお店がありますのよ」
鮎子を見ずに朝霧は言った。黙り込む。
エレベーターの中は朝霧と二人きりだった。
沈黙に耐えられず鮎子は朝霧に話しかけた。
「あ、…朝霧取締役。」
「何かしら」
「先程、黄桜さんが、取締役のことをノリコと呼ばれてましたよね?」
思いきって聞いてみる。
莉子と同じように「別名」と言われるのではないかと思っていた。
が、反応が違ってた。
「その話…。ここで話すのは、難しいことよ。」
朝霧は困惑した笑顔を浮かべた。

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ちょっとずつ・・・
ちなみに清×野ではないので、ご注意ください。

符合5

2017-03-20 23:13:41 | 二次系
昔から絵に関わる仕事をしたいと鮎子は思ってた。しかしながら、鮎子には絵心は全くなかった。自分で「下手だ」ということは認識していたが、中学・高校は美術部、大学では絵画サークルに入っていた。いつか青繍展に出品できれば、と夢をみていた。
鮎子の実力では青繍展に出品するのは到底無理だったので、大学在学中にデザインに関わる資格をいくつか取得した。
この会社を鮎子が受けたのは、青繍会所属の作家のマネジメントをしているからというのが理由だった。
もしかしたら、あの人に会えるかも…と、淡い期待を抱いていた。やっぱり未だに会えたことはない。展覧会や美術館に、普通にお金を払って行かないと作品にも会えない。
超有名な作品は複製画もしくは本に掲載されている写真でしかみることができない。ただ鮎子が好きなのはそれらの超有名作品ではなく、それほど有名ではない雄鶏の掛け軸と薄い桃色の牡丹の掛け軸だった。家から電車一本で行ける範囲の美術館に収蔵されている。

最初にその絵を見たのは、小学三年生の時だった。
暑い夏の日だった。
父と妹の早苗は、父の実家に行ったので、母と鮎子の二人で出かけた。まだ4歳の早苗を連れていけなかったため、鮎子だけを美術館に連れて行ったというのが本当のところだ。時折、母の仕事の関係で、祖母が保育園に早苗を迎えに行くことがあったため、早苗は祖母に懐いていた。そのため、喜んで父と二人で出かけて行った。
鮎子はお出かけ用の薄い水色のワンピースを着て、麦藁帽子を被った。母は日傘を持ち、足首が見える丈の白いパンツに鮎子と同じような色の半袖のブラウスをきていた。
駅までバスで行き、電車に乗りかえ、最寄駅でおりて、そこから徒歩で美術館へ向かった。母と二人きりで出かけることがなかったので、鮎子は嬉しく思っていた。
最寄駅でおりてから徒歩で美術館へ向かう道はとても暑かった。鮎子は汗びっしょりになった。美術館につくと母がタオルで鮎子の顔などを拭いてくれた。美術館の中は涼しくて、生き返る、と鮎子は思った。
いろいろな絵を母と二人でみていると、雄鶏の掛け軸が目に止まった。
茶色の雄鶏が掛け軸の中心に描かれ二羽書かれていた。艶やかな羽の色と鮮やかなトサカの赤、流れるような尾羽の優美さをもった鶏が二羽、少し重なって書かれていた。黄色の嘴に鋭い眼光の鶏一羽はこちらを向き、手前のもう一羽は地面を啄んでいた。
掛け軸から、今にも雄鶏が飛び出てきそうだった。
そこから少し離れたところに牡丹の掛け軸があった。
牡丹は鶏とは異なり、優雅で気高かった。掛け軸の真ん中に大きな牡丹が書いてあった。かしんの雄蕊は黄色で、雌蕊は官能的に濃い赤の強い紫で、かしんを取り巻く花びらの下のほうは桃色で、花びらの先端に向けては薄い桃色をしていた。
幾重にも花びらが重なりところどころ濃い桃色が混ざり、翡翠色の茎、少し濃いめの緑の葉と合っていた。小学生ながら天上の世界の花みたい、と鮎子は思った。
絵を見終え、美術館内にある喫茶店でお昼を食べた。鮎子はナポリタンとクリームソーダを頼み、母は日替わりのスパゲティーとコーヒーを頼んだ。
鮎子は初めてのクリームソーダを飲み、おいしくて感動した。
その後、喫茶店近くの売店で、雄鶏と牡丹のポストカードを買ってもらった。
家に帰ってから、それを見ながら一生懸命真似しようとしたが、全く似もしなかった。
それにポストカードは所詮ポストカードだった。
本物ではない。
飛び出しそうな感じも、天上の花であるような感じもしなかった。
鮎子は時々ねだって、母に美術館に連れて行って貰った。
いまは、母を連れて行く。鮎子の母は別の画家のシルクロードの絵が好きだったということを鮎子は最近知った。

そんな訳で、念願叶って入った会社だったが、よりによって秘書…もとい雑用係。
配属されて一週間ほどだが既に辞めたくなっていた。
でも、次の仕事の目処がたっていなかったため淡々と掃除をする。
「川中さん、おはようございます。」
ドアを開け、朝霧が入ってきた。マスクをし、少しグレーの色のついた眼鏡をかけてきた。今日は明るいブルーのスプリングコートを着ている。髪はおかっぱである。出社時はいつもこうだった。
「おはようございます。」
挨拶をしてから時計をみる。
まだ8時40分だ。
「随分早いですね。今日はデザイン部との打ち合わせが午後2時からですよ!」
鮎子がびっくりしてそういうと、朝霧が眼鏡とマスクを外して微笑んだ。
今日は化粧が薄いな、と思う。いつもは目元がもっと濃かった。
あれ…?
以前、どこかでこんな雰囲気の人にあったような…。
「川中さん、これから、外出いたしますわ。」
「はい。」
出社して早々、外出かあ…。
あ、かつら…。
外出するのだから、かつらの準備をしなければと思い、急いで掃除用具を片付け、手を洗ってきた。
戻ってくると朝霧はスプリングコートをきたままスマホをいじっていた。
「いま、準備いたします。」
鮎子は声をかけ、小部屋に入ろうとした。
「川中さん、準備は結構ですわ。今から一緒に外出するんですのよ。」
「はい?」
「今日は川中さんにお手伝いいただきたいことがありますの。それで、今から外出いたしますわ。」
「はい…。では、外出の準備をしてきます…。」
鮎子はバッグとコートを取りに執務室に戻った。

朝霧と鮎子はタクシーに乗った。
「銀座まで。」
朝霧は運転手に言った。
銀座?何しに?
「取締役、銀座で何があるんですか?」
「ジュエリーの新作発表会よ。」
「ジュエリーの新作発表会…?」
「そう。正確にはセカンドラインみたいなものかしら。若い女性…20代〜30代をターゲットとしたブランドね。学生というより大人女子向けかしら。いま、莉子もコラボしようと考えている、ジュエリーブランドですわ」
「莉子が大人女子?」
「そうですの。大人女子向けですので、Rico(アールアイシーオー)でリコにしようと考えてましたわ。背伸びしたいティーン向けのものも作るつもりですの」
「そうなんですか。」
こんな話しを朝霧から聞くのは初めてだな、と鮎子は思う。だいたい、いつも朝霧は忙しそうで、鮎子とはほとんど会話しない。
「ところで、発表会に行くなら莉子の格好しなくてよかったんですか?…それに私じゃなくて連れて行くならマネジメント部の課長とか…」
鮎子がコラボしようと思ってるブランドなんか見に行っても、役に立たないのではないか、と思った。
「何か勘違いをなさってるようですわね。」
そう言って、朝霧はクスクスと笑った。
「まあ、いまのわたくしの言い方では勘違いなさるわね。」
「はい」
一体、何?
「今日の目的は、受付ですの。」
「受付ですか?!」
「ええ。友人にジュエリー発表会の受付を頼まれましたの。スタッフの方が三人いらしたらしいのですが、三人中二人が昨日の夜に食べたお弁当で食あたりになったらしく、急遽、今朝、受付を頼まれましたの。」
「はあ…」
「それで川中さんと二人で行こうと思いましたのよ」
朝霧はニコニコしながら言う。
ホントに私は雑用要員…。
そう思いながら苦笑する。
秘書に配属されてから、テンションが下がることばかり、と鮎子は思った。

銀座のとあるデパートが近づくと、朝霧はバッグから黒ぶちの眼鏡を取り出した。
眼鏡をかける。
どこかで見たような…。
あ…!!
「…あ、朝霧取締役!!」
「どうかなさいました?大きな声だして」
朝霧が怪訝そうに鮎子をみた。
「朝霧取締役って…、あのときの…」
朝霧は真顔で鮎子を見つめた。
「受付の方だったんですね!!」
朝霧は何のことだろう?という顔をして、少しだけ顔を横に傾けて鮎子をみる。
「私の入社試験で受付にいた、タオルを貸してくれた方だったんですね…!!」
鮎子の顔を見ながら朝霧は苦笑いをした。
「…今頃、気づきましたの?」
それに驚いたようだった。
「はい…。全く、わかりませんでした。」
朝霧は鮎子に笑顔を向けると「三枝さんには、黙っててくださいね。シロにも」と言った。
「はい。…シロもですか?」
「シロは時々、田嶋さんと役員室の小部屋に遊びに来ますのよ。わたくしを見ると遊び相手と勘違いするようですの」
朝霧は困ったような顔をしたあとに、微笑んだ。

符合 4

2017-03-19 00:37:41 | 二次系
「川中さん。」
「はい。」
遠田が鮎子の傍にきて声をかけ、鮎子は返事をした。
「朝霧取締役が出社したから、行きましょう。」
「はい。」
急いで鮎子は立ち上がる。
時計をみると午前10時を指していた。
取締役は10時出社なのかな、と思う。
遠田がドアを開け役員室の通路に入り、鮎子も続いて入る。
通路を挟んで左側に社長室があり、右側に役員室が二つ並んでいる。正面にも通路があり、その向こうには役員室が六つ並んで設置されている。
朝霧は一番手前の秘書側の部屋、社長室の反対側に位置していた。ちなみに社長室には秘書がすぐにいききしやすいように裏から出入りする入口となるが、通常の取締役は表のみとなる。
「失礼します」
タブレットを持った手とは反対の手でノックをし遠田が声をかける。
いつの間にタブレットを…。
鮎子はびっくりする。
「はい、どうぞ」
中から返事があり、ドアをあける。
朝霧夏実がマスクを外していた。
ダークグレーのスーツに、中は白いブラウスを着ていた。赤い口紅で、少し化粧は濃いめだった。まつげはバサバサである。
それだけでもいつもと違うが、一番違うのは…。
髪形がおかっぱ…!!
鮎子は思わず凝視する。
「おはようございます」
遠田に促されるように、鮎子も「おはようございます」と凝視したいところを我慢して挨拶をした。
「おはようございます」
丁寧に朝霧は挨拶をした。
応接セットのソファに座るよう、促される。
「遠田課長、今日は11:00〜、デザイン部と打ち合わせでしたかしら。」
「はい。10:50にマネジメント部の澤村課長がお迎えに参ります。」
遠田はタブレットを見ながら答えた。タブレットにはスケジュール管理ツールが入っているようだ。
「わかりました」
遠田は続けてスケジュールを話す。
「2時から部長会議がございます。部長会議終了次第、デザイン部で例の稟議書の説明をしたいとのことでした。」
朝霧がメモをとりながら、頷いた。
少し緊張しながら鮎子はやり取りを聞く。
私の仕事はこんなことをするのか…。
「ところで、遠田課長。」
「はい。」
「川中さんには引き継ぎが終了していますの?」
「いえ、川中さんは本日からですので、まだ引き継ぎをしていません。鈴木さんもつわりで休暇ですので…、すみません…」
遠田の声が徐々に小さくなっていった。
「あら、そう。仕方ないわね。」
あっさりと朝霧は言う。
意外とドライなのかも、と鮎子は思う。
「川中さん、引き継ぎはされてないけど、お手伝いして貰うわね。」
そういうと朝霧は鮎子ににっこりと微笑んだ。

30分後、鮎子は混乱&疲れきって、席に戻った。
(朝霧取締役が…!!)
席に戻ったところで、阿部がニコニコしながら「川中さん」と声をかけた。
「社内でも、情報漏洩はいけない、という話し、わかって貰えたかしら?」
鮎子はうんうんと何度も頷いた。
「まさか、朝霧取締役が…」
「それ以上は言っちゃだめよ」
クスクスと笑う。
「戻ってきたら、また、お手伝いしないといけないと思うから。それまで、マニュアルは熟読しててね。」
「はい。」
まさか、朝霧取締役が、莉子さんだったなんて…!!絶対に三枝には言えない。
莉子さんが小声でしかしゃべらずマネジメントの澤村課長を通して喋るのも、同一人物とわからないようにだったんだ…。
声を発したらわかる人にはわかる。
この衝撃事実、誰かに話したいけど話す訳にはいかない。
貝のように口をつぐまなくちゃ…。
鮎子は変な秘密を抱え、気が重くなった。


莉子になるために、朝霧は取締役室で着替えをする。
そのため他の役員室より、少し広くなっている。
入口から入ると、入口から正面にではなく、少し右にずれて執務机と応接セットがあった。
左のほうは仕切られていてドアがある。三畳ほどのスペースに縦長のロッカーと化粧台が置いてあった。ロッカーの中には、取締役用と莉子用のかつら、衣装、埃取りに使うコロコロが置いてあった。私服は、コートかけのようなところにかけてあり、靴も近くにおいてあった。
今日は濃紺のワンピースがかけてあった。

先程の手伝いで鮎子は、取締役の専属と言われた訳が、わかった気がした。
先程、朝霧が打ち合わせに行く前に、かつらをつけるための手伝いを行った。
その際、朝霧に「今日の莉子の衣装はあとでクリーニングに出してくださいね」と言われた。どうやら、マネージャーのような雑用仕事をしなければいけないらしい、ということがわかった。
朝霧が会議に出かけてから、遠田と二人になった。その際、「この小部屋の清掃は、川中さんの仕事だから」と遠田に言われ、小部屋の鍵を渡された。
「掃除、ですか…?」
ちょっとびっくりする。
掃除のおばさんは…?普通いるよね?
遠田は戸惑う鮎子に静かに言った。
「この部屋の秘密を部外者に知られてはいけないからね、専属の君が掃除しなければならない。取締役が莉子であることは知られてはいけない。」
「そうですか…」
ちょっと納得いかないけど、そう言われると仕方ない。
朝霧が莉子だとばれてしまうのは、掃除のおばさんでも駄目だということか。
「掃除用具は課のキャビネにあるから。あとで教えるね。」
「はい。」
「通常、朝、出社後の掃除になるから。朝霧取締役は9時半〜10時頃の出社だから、それまでに掃除をして貰えれば大丈夫。鍵はわたしの席の後ろのキャビネにしまう場所があるから。帰りはそこにしまって、キャビネも鍵かけて帰ってね。」
「はい。」
とりあえず鮎子は返事をした。
確かに朝霧一人で莉子準備や着替えなどをやるのは大変だと思った。
でも、何故、朝霧のままデザインを発表しないんだろう、どうしてコスプレの必要があるのか、鮎子は疑問に思う。
別に取締役がデザインを発表しても、会社としては問題がないのでは?とも思った。
一方、これ以上、首を突っ込まないほうが平凡に過ごせるのではないか、と思う。
だいたい正体を隠すなんておかしい…。
でも、いずれにしろ、なるようにしかならないか、と鮎子は思う。
それにしても、なんで私が雑用係なの?!
それが一番解せなかった。

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少しずつ、解明中・・

符合 3

2017-03-11 13:08:50 | 二次系
4月5日から鮎子は新しい職場に配属となった。
1日は入社式などで忙しいから、少し後に来てくれ、と言われた。
数日の間、前の職場の引き継ぎと雑用をやっていた。
今回、鮎子の配属された職場は総務部秘書課だった。
濃紺のセットアップスーツをきて、黒いバッグを持ち、髪はきっちり後ろに結わえた姿で鏡の前に立ち、苦笑する。
まるで、リクルート…。
いつもより少し早く家を出る。
初日から遅刻はできない。
会社のビルにつき、エレベーターに乗り込む。朝が早いから、鮎子一人だった。
デザイン部より一つ下のフロアになるだけなのに、エレベーターに乗り、少しドキドキした。
総務部には総務課、秘書課、庶務課があり、総務部と役員と会議室でワンフロアを使っていた。
お堅いイメージの課に自分は馴染めるのだろうか、と不安を感じる。
エレベーターを下りると通路があり、正面が会社の入口となっている。
中に入ると受付があり、右手のほうに会議室受付の向こうに総務部、左手のほうには社長室や役員室があった。
総務部に来たのは、入社当時の書類やり取り以来だった。
総務部内の部屋に入ると、一応、パーティションで3課が仕切られている。
「おはようございます」と総務課に声をかけながら、秘書課のほうに向かう。
会議室のほうには庶務課、中央に総務課、社長室の隣に秘書課があった。
秘書課と社長室、役員部屋への通路は繋がっているため、ドアが設置されている。
「おはようございます。川中鮎子です。よろしくお願いします。」
鮎子は秘書課の遠田肇課長に挨拶する。
まだ、遠田以外は出社していない。
「おはよう、川中さん。今日からよろしく。聞いてると思うけど朝霧取締役専任だから。」
「はい」
「それから、川中さんの席は、そこのドアの前。」
遠田が席を指差した。
社長や役員の部屋へ行くドアの前だった。かろうじて机とは、ずれてはいるが、出入りが激しいと仕事に集中できない感じだ。
鮎子は席に行き、座る。
課長の席はひな壇にあり、会話するには少し遠い。課長の隣の席は部付の部長(部部長)で、係長二人が課長の前、主任二人、担当五人、鮎子という感じだった。総務部長と部付の部長は違う。総務部長と営業部長は執行役員だ。だが、どちらも役員室にはおらず、各執務室内のちょっとしたパーティションで区切られたところにいる。この二人には秘書はいない。
鮎子が会話もせず、手持ち無沙汰気味にしていると、遠田が役割分担表を持ってきた。
役員は社外監査役をいれて全部で10人いた。そういえばと、入社時に先輩から聞いた話しを思い出す。
朝霧和馬社長と朝霧聡子専務は夫妻で、取締役の朝霧夏実は娘という話しだった。
朝霧夏実が最終的には実権を握るのだろう。朝霧一族の会社ね、と鮎子は思う。
役割分担表に記載されている一覧を見ると、笹木裕一部部長と岡本恭輔主任で社長、遠田課長と松本怜香担当が古川憲一常務(販売、実店舗経営、関係会社管理、アーティストマネジメント、営業)、泉田俊次係長と小崎直樹担当で佐藤洋子常務(デザイン、商品企画)、園田馨係長と矢野瑞稀担当で平林佳雄常務(総務、経理、人事)だった。朝霧専務他の役員対応は、社外監査役含め、佐藤真美主任、半沢文典、鈴木絵美、高橋留理、阿部遥で行っていた。
ただし、朝霧夏実だけは、鮎子になっている。
他はあまり具体的に誰が誰、とは書いていなかった。
「課長、私以外の担当の方は主担当がないんですか?」
席が遠いので、遠田に近づいてから聞いてみる。
「正、副はあるんだが、あまりきっちり決めると休めなくなるからね」
「私は…?」
「川中さんが休みのときは誰かが大変するから大丈夫」
「そうですか。」
でも、朝霧取締役からも言われたし、やっぱり専任って休みづらそう、と思う。
「川中さんの前の担当は、総務課にいる鈴木里奈さんなんだが、妊娠中で対応できなくなったんだよ。相田さ…鈴木さんはまだいるから、不明なことがあれば、聞きなさい。」
「鈴木里奈さん、ですか。」
誰、それ。旧姓を言われてもわかんない。
「あとで紹介するよ」
「はい」

始業時間になり、チャイムがなると、秘書課では朝ミーティングが行われる。
皆、ひな壇の近くに椅子を持っていく。
「ミーティングの前に、本人から配属になった川中さんを紹介します。川中さん、こっちへ」
遠田に言われ、鮎子はひな壇のほうに移動した。
「本日から配属になりました川中です。デザイン部にいました。秘書は知識も経験もないので、ご迷惑をかけることもあると思いますが、よろしくお願いいたします。」
鮎子は深々と頭を下げた。
暖かい拍手があり、鮎子は椅子の場所に戻る。
個人の予定確認が行われながら、鮎子に紹介された。
鮎子はにこやかな顔をしつつも、憂鬱になる。
皆、話し方も何もかもすごくきちんとしていた。
私にやっていけるかしら、と、予定を聞きながら思っていた。

予定確認が終わると、席に戻った。
遠田が鮎子のそばにやってきた。
「鈴木さん、休みみたいだから、出社してから、紹介する」
「はい」
前任者が休みで、引き継ぎなどはできないようだった。
鮎子は遠田にマニュアルを渡されたので、とりあえず読むことにした。
よくわからない…と思いつつ読んでると「よっ」と肩を叩かれ、びっくりする。
三枝だった。
「どうしたの?」
「今日から、と言ってたから、見にきた」
ニコニコしながら言う。
そしてこっそり「女子ばかりかと思ってたら、男性も多いんだな」と耳打ちする。
「差別的だなぁ」
鮎子は呆れる。
「だって、秘書って、美人というイメージあるだろ?」
まあ、それは。テレビのイメージとして。
「ところでさ、今日、莉子さんが来るみたいなんだよ」
ん?
一瞬、みんなに見られたような?
「そうなの?…もう少し小さい声で喋ってくれない?注目浴びてるよ。」「ごめん、ごめん」
三枝が静かに笑う。
「デザイン部に川中いなくなったから、来たら呼んで!と頼める人もいなくなっちゃった」
「杏香ちゃん、いるじゃん。杏香ちゃん、三枝のファンだから教えてくれるよ」
「嫌だよ。弱み握られるじゃないか」そういいながら顔をしかめる。
私はいいのか…?
莉子のことは弱みだったのか…?
とりあえず言葉を返さず、三枝を見つめた。
三枝は困ったような顔をして「じゃあ、ま、そういうことだから」と言って帰って行った。

三枝の姿が見えなくなってから、隣の席の阿部遥が、鮎子に声をかけた。
阿部は鮎子の二年先輩だ。目が大きくてかわいらしい顔立ちをしている。ショートカットがよく似合っている。
「川中さん。」
「はい。」
「いまのは彼氏?」
「いえ、同期です。」
即否定する。彼氏に見えるか?あれが?
「そう。仲良しなのね。」
阿部は微笑んだ。
「川中さん、会社の情報を外に流してはいけないことは、情報取扱規程とかに書いてあるから知ってると思うけど。」
「はい。」
返事はしたものの、よく覚えてない、と鮎子は思う。積極的に社内のことを社外の人に話すことはないが、規程を熟読をしたこともない。
「秘書は特にデリケートな情報にも触れるところだから、社内の人とは言っても、情報漏洩には気をつけてね。」
「はい。」
今のは秘書で聞いた情報は三枝にも話してはいけない、ということか。
規程を熟読しないとまずいな、と鮎子は思う。


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若干、自分で設定がわからなくならないように、こまごまと不要な人まで設定書いてます(汗)
ちなみに、フィクションなので、会社の設定はファンタジーと思ってください。

符号 2

2017-03-05 23:16:48 | 二次系
春になり、もうすぐ入社式だった。
鮎子はすでに三年目になる。そして、気落ちしていた。
4月から、デザイン部から取締役の秘書に異動になる。
せっかくデザイン部の仕事にも慣れてきたたところだったのに、これからひとりで仕事を任せてもらえそうだったのにと、上司から内示を受けたときには、がっかりした。


雨の中就職活動をした会社に鮎子は受かった。
その会社は絵画や陶芸、その他骨董品販売など、アートに関わることを手広くやっていた。鮎子はデザイン部に配属された。
子猫を連れてきた三枝も受かっていた。三枝はアーティストマネージメント部に配属になった。アーティストマネージメント部はタレント活動する作家のマネジメントをする部署だった。タレント活動している人以外にも、青繍会という美術団体所属の作家についても、マネジメントを行っている。
土日がなく、ローテーションで休暇を取る、忙しい部だった。
ちなみにあの子猫は「いつでも人がいるから」という理由で何故か会社で飼われていた。すでに成猫になっていた。シロと名付けられた。洗ったら、真っ白な綺麗な猫だった。
長期休暇のときは一応、三枝の家にシロを連れて帰るのだが、マネジメント部の田嶋美紗に会えないのが寂しいらしく、ミャーミャー、悲しげに泣くと言う。猫は田嶋に子猫の時から餌を貰い溺愛されていたので、田嶋を親のように思っていた。三枝が連れて帰るときは四苦八苦し、顔に傷をつけることもあった。
そんな三枝であるが、長身で爽やかな容姿をしているため、意外とモテ男で、デザイン部の女子には隠れファンが何人かいた。隠れではないファンもいたが…。
ただ、三枝はたまにしか作品を載せないある女性デザイナーに憧れているため、ファンは眼中にない。
鮎子には、あと二人、同期がいたが、もういない。
一人は入社一年目で公務員を受け直すために辞めてしまい、もう一人は鮎子とともにデザイン部に配属されたが、去年の夏に取材先でカメラに魅了され、12月で辞めてしまった。

「川中」
鮎子が異動のショックでぼんやりしてると後ろから、三枝に声を掛けられた。
「何?」
「莉子さんは?」
「来てないけど。」
「今日、こっちに寄るって、噂聞いたんだけど…」
「誰から?」
「課長から」
マネジメント部の課長が、莉子の連絡係をしている。莉子は高校生に人気の売れっ子のデザイナーだが、滅多に姿を現さない。
コスプレもどきをしているため、年齢も不詳だった。
金髪ロングヘアにいつも黒い大きなサングラスをし、真っ赤な口紅をつけていた。
身体のラインがわかる黒のジャケット、ミニスカートを着、黒のハイヒールをはいていた。
サングラスをかけたまま小さな声でマネジメント部の課長に喋り、課長が皆に伝えるという不思議な会議を時折行う。課長以外は、莉子の声を聴いたことがないのではないか、という状況だった。
三枝は、そんな不思議ちゃんな莉子に憧れ、追っかけみたいな感じだった。本人曰く、才能に惚れたと言ってるが、鮎子は単に三枝がコスプレ好きだと思ってた。
「莉子さんが来たら教えるから、とりあえず戻ったら?邪魔だし」
「酷いなあ」
鮎子はしっしっと三枝を追い払った。

三枝が去って10分程経ってから、取締役の朝霧夏実がダークグレーのセットアップスーツを着て黒髪のロングヘアをなびかせながらやってきた。朝霧は濃いめの化粧をしているせいか、30歳くらいに見えたが、実際の年齢は不詳である。
しかも黒やダークグレーのスーツにいつもマスクをつけているため、不審者にも見える。背が低いため、ハイヒールを履いている。ロングヘアにはある程度身長がないとバランスが悪い。
朝霧はデザイン部の部長室に入って行った。
10分ほど経ち、鮎子は部長室近くに座っている庶務担当の女性に呼ばれる。
もしかして、朝霧さん付なのかな…。
鮎子はぼんやり考えながら、部長室に向かった。

鮎子は部長室のドアをノックし「失礼します」と入る。
朝霧が部長の部屋の応接セットのソファに座っていた。50代前半のおされ部長は朝霧の向かい側に座っている。
本人はオシャレ風と思ってるが、グレーベージュのチェックのスーツに水色シャツ、ミッキーマウスの赤のネクタイに赤のフレームの眼鏡はペテン師のような感じである。
朝霧と部長を街中で見たらかなり怪しい感じだ。
鮎子は想像をして笑いそうになったが、我慢をする。
「川中さん、こちらに座りなさい。」
部長の隣に鮎子は座る。
「朝霧取締役、こちらが取締役の秘書になる川中鮎子さんです。」
部長は鮎子を紹介した。
「川中です。よろしくお願いいたします。」
「朝霧です。これからよろしくお願いしますわね。」
眼は微笑んでるが、マスクをしてるから表情はわかりづらい。
「休みが取りづらい仕事になるけど、大丈夫かしら?」
まだ仕事してないうちから駄目とは言えない。
「大丈夫です。」
朝霧は「それはよかった、頼りにしてるわね。」と鮎子に行った。
「はい。」
返事をしたものの、このマスクマンとうまくやっていけるのかしら、と鮎子は不安に思った。

---
まだまだ途中

符合 1

2017-02-26 21:30:01 | 二次系
空はどんよりと黒く垂れ下がり、突然強い雨が降ってきた。
古い団地の自転車置き場トタン屋根が、バチバチと激しい音を立てていた。
道路に当たる雨の音も大きくて、雨の音しか聞こえない状況だった。
鮎子は前方から当たる雨でびしょ濡れになりながら、団地から駅に向かう道を歩いていた。
差している傘は顔から上をかろうじて雨を防御している状況だった。
きちんとピンでとめてひとつに結んだ髪は、背中のほうだけ、濡れている。
「なんでこんな日に…。」
独りごちた。
雨の音で周りには聞こえない。
今から就職試験だというのに、すでにずぶ濡れだ。
家に戻るにしても、すでに15分も歩いている。電車時間を乗り換え含めて計算をして家を出てきたので、戻るにも戻れない。
また、大学に通う際は自転車で向かう道だが、ヒールに傷がつくのが嫌で、今日は歩いて駅に向かっていた。
出掛けに「レインコートを着ていけば」と母に言われたのに「今は夏だし、蒸すから」と取り合わなかった。
出掛けは降り始めで雨もポツポツだった。甘くみていた。
もちろん替えの靴も持たなかった。
足元はぐっしょり濡れていて、靴を脱いで裏返したら、大量の水が零れ落ちそうだった。
足が重い。
雨が靴の中に入り込んだせい、だけではなかった。
こんな格好で試験を受けるのが、躊躇われた。
一次試験が筆記だけとはいえ、試験官などは自分のことを奇異の目でみるだろう。
足取りが重い。
手持ちの金額はお昼代と交通費含めて三千円。
朝、母から、追加で二千円貰った。
就職活動でバイトもままならない。
そこまで裕福ではないので、月の小遣いは一万円と決まっている。
早く試験が決まればよかったのだが、なかなか決まらない。
お金は出ていくばかり。
こんなずぶ濡れの服でもそのまま試験に行くしかなかった。
可能性を捨てる訳には行かなかった。
とりあえず駅に着いたらストッキングとタオルを買おう。昼は二百円くらいですませればなんとかなる。千円は予備にとっておかないと…。
鮎子は重い足をひきずりながら、駅に向かった。


電車を降りて試験会場に着く頃には、雨は止んでいた。
電車に乗っている間に乾いてくれないか、と思ったが、そううまくは行かなかった。

試験会場には20分前に到着した。
会場は雑居ビル四階にあるのレンタル会議スペースだった。一階と二階には画廊が入っている。3階が会議室をレンタルしている会社、鮎子の知らない会社が入っていた。
試験の受付は、会議室入口手前付近に机と椅子が置かれているだけだった。そこに黒のスーツに白いシャツを着た一人の小柄な女性が座っていた。
黒髪のボブで黒ぶちの眼鏡をかけた童顔の女性だった。
鮎子が名前を伝えると、女性は驚いた顔をし、何か言いたそうにしたが、鮎子が視線をそらすと席を立ち、「こちらへどうぞ」と中に案内した。
恥ずかしくて俯きながら、鮎子は後をついていった。試験会場に何人いるのかということなどは全く確認できていない。
「あっ…」
鮎子は椅子をみて席に座るのを躊躇した。
椅子は布地だった。
ずぶ濡ればかり気になって、そこまで気が回らなかった。
「気になりますわよね?」
女性が声をかけた。
「はい。椅子を濡らしたら、申し訳ないです…」
鮎子は消え入りそうな声で女性に言った。
「少し、お待ちになっていただけますか?」
そういうと女性は外に出た。鮎子は後をついていく。女性はどこかに電話をかけ、タオルを頼んでいた。鮎子は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「大丈夫です、申し訳ないです。私は通路でも、何処でも大丈夫です。」
電話をしている女性に話し掛けるが、無視される。
どうしよう…。
おろおろしていると、女性は電話を切って、鮎子のほうを向いた。
「あなた以外にも、同じように濡れたまま試験に来る人がいないとも限りませんから、気になさらないで。」
女性は微笑んだ。
かわいらしい顔立ちだった。まだ二十代前半と言った雰囲気だった。
薄化粧にもかかわらず、大きな瞳と長いまつげで、華やいだ雰囲気があった。
鮎子は一瞬、みとれてしまった。
お人形さん、みたい…。
「何か?」
女性に言われて我に帰り、「なんでもないです」と慌てて答えた。
こんな人がいるんだ、と鮎子は思った。鮎子は切れ長の奥二重で平凡より少し綺麗と言った感じの顔立ちで、パッとした顔立ちではない。そこそこ交際を申し込まれたりするものの、目立つ存在ではない。彼氏はポツポツといたが、長続きはせず、いまはいない。
所作の一つ一つも美しいこの女性は、きっと、素敵な彼がいるんだろうな、と鮎子は思った。
ふと、エレベーターのほうをみると、髪の薄い、俗に言うバーコード頭の六十代くらいのおじさんが、おりてきた。
手にはタオルがたくさん入ったカゴを持っていた。20枚くらいはありそうだった。
女性はおじさんに「ありがとう」と礼をいうとタオルを預かった。
鮎子に三枚ほど、渡した。
「これを椅子の上に敷いてお使いください」
鮎子は恐縮しながら礼を言い、タオルを受け取った。
おじさんがエレベーターのボタンを押して乗り込むのと同時に、エレベーターから一人の青年が降りてきた。
「あら…!」
女性が声をあげる。
青年は鮎子より酷かった。
服が泥だらけだった。
そして、片手に薄汚れた子猫を持っていた。手の平の中に子猫が収まっていた。
「三枝です。三枝翔(かける)です。ゴミ集積所にこの子が捨てられていて、かわいそうだと思って近づいたら、集積所脇の側溝の段差に躓いて転びました。こんな格好で、受験は難しいですか?」
女性は途中から吹き出してコロコロと笑った。我慢できなかった。
「格好以前に、猫を連れての受験はできませんわ。猫はわたくしが預かりますので、まずは顔を洗ってきてくださいな。」
そういって女性はタオルを三枝に渡し、猫を受け取った。そして猫の体ををタオルで包んだ。
「川中鮎子さん、タオルあって良かったでしょ。」
そういうと女性は鮎子に微笑んだ。
同意するように、猫がミャアとないた。
---
かなり途中。。。