出すことのない手紙

出すことのない手紙を書く。宛先はまだわからない。

彼女は私だ、そして彼は私だ。(1)

2021-06-22 07:08:58 | 今日の能書き
   昨年11月16日、渋谷のバス停で60代のホームレス女性Oさんが撲殺された。彼女はバスの運行が終わったあと、毎日のようにバス停の小さなベンチに座った。そこで夜を過ごし朝になると姿は消えた。殺害された時の所持金はわずか8円だけだった。その金額に息をのむ。どうやって生きていけるのだろう。

   事件から5日後、逮捕されたのは近所に住む46歳の男だった。男は、無防備の彼女に対して後ろから石の入ったビニール袋で頭を殴りつけた。男は警察の調べに対して、『殺すつもりはなかった。ただバス停のベンチから消えて欲しかっただけだ。』と供述した。

  職を失い、住む場所を失い、夜をバス停のベンチで過ごす事が、死に値するような大きい罪なのだろうか。もちろんそんなはずは無い。人生の歯車が少し狂っただけで、(例えば失業とか病気とか)当たり前の生活から転げ落ちることは誰にでもありうる。私もけっして例外ではない。

  記者の追跡調査によって彼女の経歴が少しずつ明らかになってきた。2月に失業し、住まいも失い、たどり着いたのがわずかな庇で雨をしのげる渋谷区内のバス停だった。そして出身地の広島まで出向いた記者は、彼女が若いころ劇団で活動していた事や、カメラに向かって微笑みかける彼女の写真を見つけた。その1枚の写真に記者だけではなく、私も大きな衝撃を受けた。その時まで、被害者Oさんは輪郭のぼやけた曖昧なシルエットだった。しかし、写真を見たとき、姿がくっきりと現れ、固有名詞を持つ一人の人として目の前に立ち上がった。

(引用) 雨宮処凛 『東京・渋谷のホームレス女性殺害事件~深刻化する女性たちの窮状』

  「2020年12月夜、約170人が東京・渋谷の街をキャンドル片手に静かに歩いた。その光景は、まるで葬列のようだった。この日開催されたのは、『殺害されたホームレス女性を追悼し、暴力と排除に抗議するデモ』… デモの日、渋谷の街をキャンドルを持って葬列のように歩きながら、殺された女性のことを考えた。ある女性が掲げていたプラカードには、『彼女は私だ』とあった。『他人事じゃない』。この日、多くの女性が口にした。非正規で働いてきた女性、コロナで仕事を切られた女性たちも多く参加していた。」

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