早稲田大学の松本和子さんが公的研究費の不正受給問題で懲戒処分を受けた。早稲田大学によると《懲戒解任相当と判断するが情状酌量を勘案し1年間の停職処分とします。ただし、退職勧告をすることとしました。》とのことである。6月末に既に松本さんは大学に辞表を提出しているとのことなので、もう受理されたのだろうか。
どのように研究費が扱われたかについて、YOMIURI ONLINEは《私的流用と認定されたのは架空のアルバイト代のうち投資信託購入にあてた915万円。一方、7月までの調査では、不正請求額は架空のアルバイト代や架空取引など約4000万円とされていたが、高額の分析装置を購入するため試薬など少額のニセ請求書を業者に作成させて受給した6025万円や、カラ出張代約47万円が新たに明らかになった。》と報じている。
一方、Asahi.comでは《不正受給が確認された研究費を私的な用途に使った事実が確認されなかったことなどから、教授会では、解雇ではなく停職に落ち着いたとみられる。》とのコメントを加えている。
二つの記事を比べてみると、前者は「私的流用と認定」されたものがあったと云うことだが、後者では「私的な用途に使った」事実が確認されなかった、とあって、私の地でいくと「どっちやねん」ということになる。「私的」の文字面は同じでも解釈が異なっているようである。
早稲田大学発表の「情状酌量を勘案し」を勘案すると、松本さんは研究費の扱いは不適切であったが、決して『私的目的に使用』したのではない、との判断が下されたのであろうと思う。
私は6月27日のエントリーで次のように記した。
《『アルバイト代』の金の流れは、その記録が銀行口座に残っているとのことである。このように堂々と記録を残しているのは、松本教授に『不正』という発想がもともとないのかもしれない。だからこそ投資信託という発想も素直に浮かんできたのだろうか》
さらにこのように続けている。
《最終的には利益も含めてすべてを研究費として使用するのだから『きまり』に反したことは悪いとしても、それ以外の何が悪いのか、私はすぐには思いつかない。このような『きまり』を作らなければそれまでである。松本教授の場合、『不正流用』した研究費をたとえ一部と雖も明らかな私用に使っておればこれは司直の裁きを受けるべきであると思う。それは今後の展開を見守るとして、》
すなわち松本さんは、研究費をたとえ一部と雖も明らかな私用に使ったのではないことが認定されたのであろう。まことにご同慶のいたりである。ただ惜しむらくは、ここまでいわゆる『きまり』を虚仮にしたのであるから、居直ってでもいい、如何に科学研究費の使い方の『きまり』が馬鹿げたものであるかをもっと天下に喧伝すれば良かったのではなかろうか。
私の現役時代とくらべると科学研究費の使い方が現在はかなり柔軟になってきたと聞く。しかし使い方の『きまり』は、あえていうが、科学研究の進め方に無知な『文系お役人』のとんちんかんな発想によるもので、実情にそぐわない。
このような例がある。
動物や植物材料から酵素を精製するとしよう。酵素を組織から取り出す過程で、『漉す』という操作をよくする。綺麗な絞り汁を得るためである。ガーゼで漉していたが、知恵者がいてパンティストッキング、いわゆるパンストをガーゼ代わりに使うことを思いついた。これが実にいいのである。戦後強くなったものの双璧の片割れ、丈夫でいて濾過効率がいい。ということで実験台の引き出しにパンストが鎮座することになった。そこで問題。
パンストを研究費で買うにはどうすればいいか。
研究室に『ご用聞き』がやって来る。薬屋さんだったり器具屋さんだったりする。便利屋さんを兼ねることが多い。そこで器具屋さんに「パンスト買ってきて」と注文したとしよう。二三日経つと持ってきてくれる。それには納品書・請求書がついてくるが、品名はパンストではなくガーゼとかに書き換っている。パンストではちょっとまずいかな、と研究者が「ガーゼか何かに書き換えておいて」と注文するからである。
厳密に言うとこれでも「付け替え」という行為になって、研究費の不正使用になる。しかしパンストと書いていると、もし事務方をこの書類が廻ると、「先生、これはまずいんじゃないですか」と云ってくるだろう。もし松本さんの書類に「パンスト 10本」がそのまま出ていたら、間違いなく『私用』と認定されてしまったのではなかろうか。なぜ事実そのものが書けないのだろう。
こういう比較的小額のものは、手元に現金さえあれば、便利屋さんを通さなくてもすぐに買いに行ける。百均ショップなどは小物の宝庫ではなかろうか。ここに「プール金」の有用性がある。出張したことにして旅費を、またアルバイトを雇ったことにして人件費をプールして、それを有効に使うのである。ところがこれがまた不正使用になる。研究目的に適っておれば、研究者が自由に使えるお金がなぜ認められないのだろう。
手元に現金を置くことが認められて、ものを買ったら領収書(レジのレシートでよい)を貰ってきて、何を買ったが分かるように記録を残しておけばそれでいいではないか。それなのに、見積書・納品書・請求書・領収書などの書類が一々必要とされる。その実体といえば、たとえばこれらの書類の日付欄は空白にしてもらって、あとで事務方から文句を云われないように辻褄合わせの記入をしたりする。たとえば見積書より納品書の日付が早いことはありえない、などの理屈である。それはその通りであるが、必要書類を領収書のみとすればそのような問題はそもそも発生しないのである。
ここに京都大学の科研費使用メモがある。昔とほとんど変わっていないなと思う。一般企業の方の目にどう写るのか分からないが、研究者にとっては極めて煩雑なものである。私が勤務していた頃は、昔の名残で、研究室に文部事務官が一名配属されていた。そのおかげで、事務的な用務からは解放されていたことが、どれほど有難かったことか。ということを思うと、研究費事務取扱のシステムを研究者から独立させることを真剣に考えるべきであろう。
研究者に本来そぐわない事務的な用をさせたうえ、時には非現実的な『きまり』を破ったからと懲戒的な処分を行う。この『きまり』は旧帝国陸軍の軍靴(ぐんか)である。こころは、与えた靴に足を合わさせる、である(ああ、古い!でもこんなことが自然と頭に浮かんでくる構造なんです)。研究者のニーズに合わせた科学研究費の使用法を今こそ研究者が中心になって策定すべきであろう。さしあたり日本学術会議などが中心になって出来ないものだろうか。文部科学省や厚生労働省の『お役人』にまかせるようでは絶対に駄目である。そして松本和子さんには強力な助っ人となっていただくとよい。
どのように研究費が扱われたかについて、YOMIURI ONLINEは《私的流用と認定されたのは架空のアルバイト代のうち投資信託購入にあてた915万円。一方、7月までの調査では、不正請求額は架空のアルバイト代や架空取引など約4000万円とされていたが、高額の分析装置を購入するため試薬など少額のニセ請求書を業者に作成させて受給した6025万円や、カラ出張代約47万円が新たに明らかになった。》と報じている。
一方、Asahi.comでは《不正受給が確認された研究費を私的な用途に使った事実が確認されなかったことなどから、教授会では、解雇ではなく停職に落ち着いたとみられる。》とのコメントを加えている。
二つの記事を比べてみると、前者は「私的流用と認定」されたものがあったと云うことだが、後者では「私的な用途に使った」事実が確認されなかった、とあって、私の地でいくと「どっちやねん」ということになる。「私的」の文字面は同じでも解釈が異なっているようである。
早稲田大学発表の「情状酌量を勘案し」を勘案すると、松本さんは研究費の扱いは不適切であったが、決して『私的目的に使用』したのではない、との判断が下されたのであろうと思う。
私は6月27日のエントリーで次のように記した。
《『アルバイト代』の金の流れは、その記録が銀行口座に残っているとのことである。このように堂々と記録を残しているのは、松本教授に『不正』という発想がもともとないのかもしれない。だからこそ投資信託という発想も素直に浮かんできたのだろうか》
さらにこのように続けている。
《最終的には利益も含めてすべてを研究費として使用するのだから『きまり』に反したことは悪いとしても、それ以外の何が悪いのか、私はすぐには思いつかない。このような『きまり』を作らなければそれまでである。松本教授の場合、『不正流用』した研究費をたとえ一部と雖も明らかな私用に使っておればこれは司直の裁きを受けるべきであると思う。それは今後の展開を見守るとして、》
すなわち松本さんは、研究費をたとえ一部と雖も明らかな私用に使ったのではないことが認定されたのであろう。まことにご同慶のいたりである。ただ惜しむらくは、ここまでいわゆる『きまり』を虚仮にしたのであるから、居直ってでもいい、如何に科学研究費の使い方の『きまり』が馬鹿げたものであるかをもっと天下に喧伝すれば良かったのではなかろうか。
私の現役時代とくらべると科学研究費の使い方が現在はかなり柔軟になってきたと聞く。しかし使い方の『きまり』は、あえていうが、科学研究の進め方に無知な『文系お役人』のとんちんかんな発想によるもので、実情にそぐわない。
このような例がある。
動物や植物材料から酵素を精製するとしよう。酵素を組織から取り出す過程で、『漉す』という操作をよくする。綺麗な絞り汁を得るためである。ガーゼで漉していたが、知恵者がいてパンティストッキング、いわゆるパンストをガーゼ代わりに使うことを思いついた。これが実にいいのである。戦後強くなったものの双璧の片割れ、丈夫でいて濾過効率がいい。ということで実験台の引き出しにパンストが鎮座することになった。そこで問題。
パンストを研究費で買うにはどうすればいいか。
研究室に『ご用聞き』がやって来る。薬屋さんだったり器具屋さんだったりする。便利屋さんを兼ねることが多い。そこで器具屋さんに「パンスト買ってきて」と注文したとしよう。二三日経つと持ってきてくれる。それには納品書・請求書がついてくるが、品名はパンストではなくガーゼとかに書き換っている。パンストではちょっとまずいかな、と研究者が「ガーゼか何かに書き換えておいて」と注文するからである。
厳密に言うとこれでも「付け替え」という行為になって、研究費の不正使用になる。しかしパンストと書いていると、もし事務方をこの書類が廻ると、「先生、これはまずいんじゃないですか」と云ってくるだろう。もし松本さんの書類に「パンスト 10本」がそのまま出ていたら、間違いなく『私用』と認定されてしまったのではなかろうか。なぜ事実そのものが書けないのだろう。
こういう比較的小額のものは、手元に現金さえあれば、便利屋さんを通さなくてもすぐに買いに行ける。百均ショップなどは小物の宝庫ではなかろうか。ここに「プール金」の有用性がある。出張したことにして旅費を、またアルバイトを雇ったことにして人件費をプールして、それを有効に使うのである。ところがこれがまた不正使用になる。研究目的に適っておれば、研究者が自由に使えるお金がなぜ認められないのだろう。
手元に現金を置くことが認められて、ものを買ったら領収書(レジのレシートでよい)を貰ってきて、何を買ったが分かるように記録を残しておけばそれでいいではないか。それなのに、見積書・納品書・請求書・領収書などの書類が一々必要とされる。その実体といえば、たとえばこれらの書類の日付欄は空白にしてもらって、あとで事務方から文句を云われないように辻褄合わせの記入をしたりする。たとえば見積書より納品書の日付が早いことはありえない、などの理屈である。それはその通りであるが、必要書類を領収書のみとすればそのような問題はそもそも発生しないのである。
ここに京都大学の科研費使用メモがある。昔とほとんど変わっていないなと思う。一般企業の方の目にどう写るのか分からないが、研究者にとっては極めて煩雑なものである。私が勤務していた頃は、昔の名残で、研究室に文部事務官が一名配属されていた。そのおかげで、事務的な用務からは解放されていたことが、どれほど有難かったことか。ということを思うと、研究費事務取扱のシステムを研究者から独立させることを真剣に考えるべきであろう。
研究者に本来そぐわない事務的な用をさせたうえ、時には非現実的な『きまり』を破ったからと懲戒的な処分を行う。この『きまり』は旧帝国陸軍の軍靴(ぐんか)である。こころは、与えた靴に足を合わさせる、である(ああ、古い!でもこんなことが自然と頭に浮かんでくる構造なんです)。研究者のニーズに合わせた科学研究費の使用法を今こそ研究者が中心になって策定すべきであろう。さしあたり日本学術会議などが中心になって出来ないものだろうか。文部科学省や厚生労働省の『お役人』にまかせるようでは絶対に駄目である。そして松本和子さんには強力な助っ人となっていただくとよい。