9月14日の民主党代表選に敗れた小沢さんは「一兵卒」という言葉がよほどお好きなようだ。この6月、鳩山さんと抱き合いで民主党幹事長の座を去ったときにも、「私自身は一兵卒として参院選の勝利に少しでも役に立てるよう微力を尽くしたい」と言い、代表選の後でも「一兵卒として民主党政権を成功させるため頑張っていく」と述べている。何故ここで「一兵卒」なる言葉が飛び出るのか、私は違和感を覚えた。「一党員」として、と言えばよいのに、「一兵卒」なる言葉が今や国民の大半を占める戦後世代に通じるとでも思っているのだろうか。
兵卒は兵士とも兵とも同じで、軍隊では最下位の階級。旧陸軍では兵長、上等兵、一等兵、二等兵の総称(広辞苑)である。軍服の襟につける階級章を伊藤桂一著「兵隊たちの陸軍史」(新潮文庫)の図版から借用するが、星三つの上等兵から一つずつ階級が下がって、一等兵は星二つ、二等兵は星一つになる。この著書に依拠してもう少し説明を進める。
大日本国憲法の下では《日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ兵役ノ義務ヲ有ス》ということで、いわゆる徴兵の義務があった。二十歳になると男子は徴兵検査を受けて、それに合格するとやがて「現役兵証書」が送られてきて、その指定に従って入営する。そして星一つの二等兵として兵隊としての第一歩が始まり、内務班が生活の場になる。入営したての二等兵は初年兵として扱われ、二年兵の最右翼の上等兵が初年兵係として班長を補佐して訓練に当たる。二年目になると二年兵となり、階級も一つ上がって一等兵になるが、五分の一足らずの成績優良者が星二つ増えて上等兵になる。そして二年が終わると除隊するのが一応の基本であった。このように兵の中にも階級の違いがあるが、軍隊においては命令を受けて行動するのみで、いかなる意味でも人に指図する立場ではなかった。この意味でも小沢さんが自らを「一兵卒」と称するのは実態にそぐわないのである。
兵卒のことにやや深入りしたのは、私の本題に係わる野間宏著「真空地帯」をここで持ち出すためなのである。
この文庫本は昭和二十七年十二月二十五日初版発行で私のは昭和二十八年一月三十一日五版発行とあるから、この当時として凄い売れ行きであったといえよう。これを私は高校三年の大学受験直前に買って読んでいたことになる(現在は岩波文庫で入手が可能)。帝国陸軍の「闇」を描いたものとして評判になったように覚えているが、♪僕は軍人大好きだ、今に大きくなったなら・・・、なんて歌っていた頃のイメージとは全然異なる軍隊生活の実相を知り、大きな衝撃を受けたものである。
木谷上等兵が二年の刑を終わって陸軍刑務所から自分の中隊に戻ってきたところから物語が始まる。もっとも刑を受けたことで彼は上等兵から星二つの一等兵に降格されているのである。そして新に内務班に入れられるが、彼が気にするのは昔の自分を知っている兵隊が残っているかどうかで、迎えに来た一等兵に探りを入れ、現役の三年兵が一番古いことを知る。
一方、木谷を受け入れた内務班では彼の正体が気になる。軍隊では星の数もさることながら兵隊年次がものを言うところで、軍隊の飯を一日でも多く食べた方が偉いのである。監獄と同じで、明治の時代から「徴兵懲役一字の違い、腰にサーベル鉄ぐさり」なんて歌があったそうである。一等兵の木谷に挨拶を強要した上等兵にしてみても、木谷の兵隊年次が分からないものだから彼の言葉、態度に不満があってももう一つ強く出られない。最初は病院帰りと言い繕っていたがやがて刑務所帰りとの話が漏れ出して、それだけに木谷の不気味な存在感が重みを増してくる。そして木谷が四年兵であることが明らかにされる場面が出てくる。木谷に敵意を抱きなにかとちょっかいを出していた上等兵に、ついに彼の怒りが爆発してぶつかっていく。《「おい、上等兵、くるか、きやがるならこい・・・・・四年兵にむかってきやがるならきてみい。四年兵いうてもやな、ただの四年兵とはちがうぞ・・・・・」》、と一撃で相手を床に押し倒すのである。
私は小沢さんの「一兵卒」に当初は違和感を覚えたが、この木谷の連想から、そうか「古年兵」であることを折りあるたびに思い知らそうとしているんだと受け取ると、私なりに納得がいくようになった。それどころか小沢信奉者と伝えられる多くの国会議員もその「古年兵」呪縛にはまっているのが真相のような気がしだした。隠然たる力でいつか何かをしでかしそうな不気味な存在、という呪縛が働いているのである。
木谷は将校が落とした財布を拾ったに過ぎないのに、師団司令部軍法会議で軍服から盗み取ったた冤罪で罰せられたのである。人殺しのような恐ろしい罪ではなかった。思想犯でもなかった。正体が明らかになるにつけ、小説の中の木谷は存在感が薄れていく。そして最後は策謀により外地への転属者に組み入れられ輸送船に乗せられて舞台から姿を消していく。
民主党代表選の前に西岡武夫参院議長の次のような見解が報道された。輸送船に乗らざるを得ない小沢古年兵の運命の予知だったのだろうか。
兵卒は兵士とも兵とも同じで、軍隊では最下位の階級。旧陸軍では兵長、上等兵、一等兵、二等兵の総称(広辞苑)である。軍服の襟につける階級章を伊藤桂一著「兵隊たちの陸軍史」(新潮文庫)の図版から借用するが、星三つの上等兵から一つずつ階級が下がって、一等兵は星二つ、二等兵は星一つになる。この著書に依拠してもう少し説明を進める。
大日本国憲法の下では《日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ兵役ノ義務ヲ有ス》ということで、いわゆる徴兵の義務があった。二十歳になると男子は徴兵検査を受けて、それに合格するとやがて「現役兵証書」が送られてきて、その指定に従って入営する。そして星一つの二等兵として兵隊としての第一歩が始まり、内務班が生活の場になる。入営したての二等兵は初年兵として扱われ、二年兵の最右翼の上等兵が初年兵係として班長を補佐して訓練に当たる。二年目になると二年兵となり、階級も一つ上がって一等兵になるが、五分の一足らずの成績優良者が星二つ増えて上等兵になる。そして二年が終わると除隊するのが一応の基本であった。このように兵の中にも階級の違いがあるが、軍隊においては命令を受けて行動するのみで、いかなる意味でも人に指図する立場ではなかった。この意味でも小沢さんが自らを「一兵卒」と称するのは実態にそぐわないのである。
兵卒のことにやや深入りしたのは、私の本題に係わる野間宏著「真空地帯」をここで持ち出すためなのである。
この文庫本は昭和二十七年十二月二十五日初版発行で私のは昭和二十八年一月三十一日五版発行とあるから、この当時として凄い売れ行きであったといえよう。これを私は高校三年の大学受験直前に買って読んでいたことになる(現在は岩波文庫で入手が可能)。帝国陸軍の「闇」を描いたものとして評判になったように覚えているが、♪僕は軍人大好きだ、今に大きくなったなら・・・、なんて歌っていた頃のイメージとは全然異なる軍隊生活の実相を知り、大きな衝撃を受けたものである。
木谷上等兵が二年の刑を終わって陸軍刑務所から自分の中隊に戻ってきたところから物語が始まる。もっとも刑を受けたことで彼は上等兵から星二つの一等兵に降格されているのである。そして新に内務班に入れられるが、彼が気にするのは昔の自分を知っている兵隊が残っているかどうかで、迎えに来た一等兵に探りを入れ、現役の三年兵が一番古いことを知る。
一方、木谷を受け入れた内務班では彼の正体が気になる。軍隊では星の数もさることながら兵隊年次がものを言うところで、軍隊の飯を一日でも多く食べた方が偉いのである。監獄と同じで、明治の時代から「徴兵懲役一字の違い、腰にサーベル鉄ぐさり」なんて歌があったそうである。一等兵の木谷に挨拶を強要した上等兵にしてみても、木谷の兵隊年次が分からないものだから彼の言葉、態度に不満があってももう一つ強く出られない。最初は病院帰りと言い繕っていたがやがて刑務所帰りとの話が漏れ出して、それだけに木谷の不気味な存在感が重みを増してくる。そして木谷が四年兵であることが明らかにされる場面が出てくる。木谷に敵意を抱きなにかとちょっかいを出していた上等兵に、ついに彼の怒りが爆発してぶつかっていく。《「おい、上等兵、くるか、きやがるならこい・・・・・四年兵にむかってきやがるならきてみい。四年兵いうてもやな、ただの四年兵とはちがうぞ・・・・・」》、と一撃で相手を床に押し倒すのである。
私は小沢さんの「一兵卒」に当初は違和感を覚えたが、この木谷の連想から、そうか「古年兵」であることを折りあるたびに思い知らそうとしているんだと受け取ると、私なりに納得がいくようになった。それどころか小沢信奉者と伝えられる多くの国会議員もその「古年兵」呪縛にはまっているのが真相のような気がしだした。隠然たる力でいつか何かをしでかしそうな不気味な存在、という呪縛が働いているのである。
木谷は将校が落とした財布を拾ったに過ぎないのに、師団司令部軍法会議で軍服から盗み取ったた冤罪で罰せられたのである。人殺しのような恐ろしい罪ではなかった。思想犯でもなかった。正体が明らかになるにつけ、小説の中の木谷は存在感が薄れていく。そして最後は策謀により外地への転属者に組み入れられ輸送船に乗せられて舞台から姿を消していく。
民主党代表選の前に西岡武夫参院議長の次のような見解が報道された。輸送船に乗らざるを得ない小沢古年兵の運命の予知だったのだろうか。
西岡武夫参院議長は23日、国会内で記者会見を開き、9月の民主党代表選に関連し「菅直人首相が続投を表明すれば、対抗する候補者は相当の覚悟が必要だ。党を去ることも選択肢に入る。敗者が勝者から党の要職か閣僚ポストを与えられるのは、挙党一致でもなんでもない、茶番劇だ」と述べ、首相の対抗馬として立候補する議員は離党の覚悟が必要だと強調した。
(産経ニュース 2010.8.23 19:48)