波々日記

内に“動愁生疑”を起こすingな日々から解き放たれて

3月も半ば

2017-03-15 16:44:28 | 雑感
仕事が多忙なこともありまして、ツキイチ更新な感じのブログです(汗)


はい、もう3月中旬です。
だいぶ陽が伸びてきたなと感じます。

「折伏闘争」の2月、何事もなく静かに去り、
あ、そういえば明日は3.16。
昔は、時間とお金を浪費して、アルバムやら報告みたいなお届けものを作って本部に届けたものですが、
あれっていい迷惑だったんじゃないかと思いますね。

全国からたくさんたくさん届けられ、後日、「先生からです」と押印が届くのですが、
実際にセンセイが見ているわけないですよね。
バリ活時代、内心そう思っていても言えませんでしたが。

結構、そういうお届けものを頼まれる立場でしたが、心の中では、いやだなぁ、面倒だなぁといつも思っていたものです。

今だって、とても和歌や人革、長文の提言など執筆できるはずないとわかっていながら、
誰も口に出さないし、疑問にも思わない?のでしょうか。
忙しすぎて自分の頭で考える時間ないですものね。
考えようとすると「疑わずにとにかくお題目よ」ですから。

でも、座談会とかに出ても、功徳の体験とかほとんど聞きませんね。
小さな会合で語られる功徳の話も、え??それが功徳ですか?むりくり思い込んでるだけな感じで。

私にも功徳の体験ってないので、したことありません(いつも断る)。
祈って何か好転したことがありません。
ほぼ非活になるまでは、自分の祈り方がよくないとか、題目が足りないとか、自分が理由と思って自分を責めたりしましたが、本当に祈ってなんでもかんでも解決したら、
全国、全世界の人が信心して題目となえてますよね。

こんなことを私が思っているなんて、亡くなった母が知ったら悲しむかもしれませんが、
信心していなかったら、もっと自由に、いろいろなことができたのに、と思います。
いいか悪いかはわかりませんが、まったく違う人生になっていただろうな、と思います。