トルコから石灰棚を眺めながら生活する日記

ラム子のロカンタ(日本食食堂)、
ゴールデンレトリバーとカンガル犬との日常を綴ります。

夫の誕生日

2017-06-25 20:51:17 | 日記
今日のパムッカレ

本日、6月25日は夫の誕生日。
そして、トルコの祝日砂糖祭初日。

夫の誕生日にあたって何かしたいと考えた挙句、昨日が断食最後の日ということもあり、
義兄たちと協力して、断食後の食事を500名ほど、振る舞うことにしました。




数日前から、いきなり夏日になったので、
ケントのタライも復活です。

ところで、

小林麻央さん、本当に残念でした。

気丈にも舞台を続けていた海老蔵さん。
私も一度も食堂を閉めることはしませんでした。
最初は、社員の給料を払わないといけないという使命のような
ものがあったけれど、実際、自分のためには
仕事を続けて正解でした。
どこかで、悲嘆を遠ざけないと、気が狂いそうでしたから。


小さなお子さんを残し、さぞかし無念だったことでしょう。
運命は残酷、その一言に尽きます。

心からご冥福をお祈り申し上げます。




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ラインスタンプで綴るISAとラム子のストーリー

2017-06-16 22:48:42 | 日記
今日のパムッカレ

●●年前の6月に私たちはトルコ、パムッカレで出会った。
そして、遠距離を経て、トルコ移住3年後に私たちは結婚した。




喧嘩もいっぱいしたけれど、いつもすぐに仲直りした。


私たちには、子供がいなかったけれど、いつも、どこへ行くのも一緒だった。


自撮りも大好きだったな。子供っぽいところもあった。


ISAは働き者で、いつも朝から晩まで働いていた。
今までずっと順調だったのに、ストレスいっぱいの出来事が立て続けに起こった。

アルコール、タバコはだいぶ前に絶ったけれど、ストレスを軽減出来るなら
ときには、アルコール、タバコも必要だったのでは?と思う。


そして、2016年8月31日朝、突然倒れ、帰らぬ人となった。


前日まで、元気で普通だったのに、私の前から忽然と消えるようにいなくなった。






で、今、ここ。















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イスタンブールへ飛ぶことにした。

2017-06-10 19:16:04 | 日記
今日のパムッカレ


イスタンブール領事館から、イズミルにて、領事出張サービスがあるというお知らせを
いただき、来年の1月に切れるパスポートを申請するとにしたのだ。
事前にイスタンブールへ送付し、受け取りはエーゲ海の港湾都市イズミルでと
目論んでいた。

イズミルへは、車で片道3時間。朝晩しかフライトがないイスタンブールより
手っ取り早い。最近、食堂も忙しいので、あまり留守にしたくなかったのだ。
それに、イズミルでシーフードでも食べようかと、一泊くらいしちゃおうかな
なーんて、いろいろと、夢を膨らませていたら、領事館から一報が!!!

なんと、私のパスポート申請書がまだ届いていないとのこと

まあ、ギリギリで送っちゃったし、しかも、あてにならない郵便局。
郵便局のスタッフは、翌日には到着すると言い切ったが、
水曜日に送ったので、木曜日には到着するだろうと考えていた私が甘かった。
木曜日に到着することはなかった。

ああ、ここはトルコだった。

金曜日の午前中に到着しないと、
翌週の水曜日イズミルで、受け取れないのだ。
通常は申請書類到着後、受領まで一週間以上は必要なのに、
領事館員の皆さんが、私がイズミルで受け取れるようにと
せっせと、準備をしてくれていたのに・・・。
申し訳ありません。


今回、イズミルに行くなということだな、
イスタンブールへ行けってことだな。
じゃ、イスタンブールで五味の寿司か、シャングリラホテルの飲茶食べ放題かな?
と、気分はイスタンブールへ。

トルコ歴15年目で培われた気持ちの切り替え、
諦めが早くなったとも言う?
でも、夫のことは引きずっている・・・。



五味の寿司は独りぼっちでも平気だけれど、飲茶食べ放題は
確か二人以上だったよね。お友達探さなきゃ!

先ずは、航空券だわ。


デニズリの病院近くで、
エフェス似のワンコに出会った。


次回は何か持って行ってあげるから!
トルコの野良犬はフレンドリー。人間を恐れずに近寄ってくる。



くちゃいケントを●か月ぶりに洗った。


久しぶりに世界一高い弁当を作った。
慌てていたから、パンダが不良顔になっちゃったわ。



















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ケント今年4回目の癲癇発作

2017-06-01 00:51:05 | ケント
昨日のパムッカレ


5月26日夜9時半ごろ。
前回の発作は2月28日
3か月ぶりの癲癇発作。

早い就寝につこうとしたところ、甥から呼び出しがあり、
ケントが真向いのレストランで、発作を起こしていると
言われ、大急ぎで、そこに向かった。

そこには、中国人女性に頭を抱えられたケントがいた。
他の中国人女性たちも心配そうに見守っていた。

どうやら、ケントが真向いのレストランで物乞い中に発作が
起り、近くにいた中国人女性に助けを求めたようだ。
発作は3分間程度。彼女たちのジーンズがケントの涎で
汚れてしまった。ごめんなさい、そして、謝謝


ここのところ、ツーリストが少しずつ戻って来たもよう。
食堂には、連日、多国籍のツーリストがやってくる。
やはり、一番は中国人の少人数グループが多く、
忙しい日々を送っています。





2週間ほど前にケントを電動バイクに乗せて、14キロ先の動物病院へワクチン接種に行った。
久しぶりの癲癇発作はワクチンが誘発したのかな?
ケントを両足で抑えながらの走行はきつかった。もう2度とケントを乗せて遠出はしないことを決意した。

エフェスが失踪し、夫と死別し、そして、ケントに万が一のことがあったら、
気が狂いそうだけれど、そのとき、日本の母が生きていたなら、
今度は母に尽くす機会をケントが与えてくれたと考えるようにする。

自分はいつ死んでもいい。でも、ケントだけは、置いていけない。
そして、夫と私の遺産の整理のために、遺言を残すことにした。
私がトルコで外国籍のために、公証人役場での遺言は認められないようだ。
日本の家族は、トルコでの私の資産を放棄するとのことなので、
スムーズに夫家族が相続が出来るように、弁護士に委ねることにした。
一人大嫌いな夫の兄家族にびた一文行かないようにするために。

追記
バスチケット代3,500リラを踏み倒し、夫が催促すると、バスオフィスのガラスを全部割ってやると
脅した男が、今度、日本人と結婚するんだって。
おめでたいことです。

そういえば、あのクマ面男、ケントの発作時に同じレストランにいたっけ。

3,500リラって、日本円に換算すると、10数万円だけれど、
トルコの物価からすると、35万円相当。
夫を死に至らしめた原因であるストレスの一つです。














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嬉しい再会

2017-05-16 14:30:52 | 日記
今日のパムッカレ

昨夜、数年ぶりに日本からのお客様に再会しました。
3回目かな?
ブログで夫の訃報を知り、
5年前に撮影して下さった写真をフォトフレームに入れて、
プレゼントしてくださいました。

クスリの副作用で、体重が、一気に15キロ増量したころから、
私は写真に映るのを避けてきたせいか、
夫とのツーショットが、殆どないので、
大変嬉しいです。


昨夜


5年前


こうやって、いつまでも、記憶に留めていただき、心から感謝しています。
この仕事が辞められないのは、こういう感動が味わえるからなのですよね。


ケントが近所のレストランで物乞いしていたとき、
日本人の皆さんが、通りがかったところ、
ケントが、気づき、一緒に食堂に来たようです。
ケントは、皆さんのこと覚えていたんだね。
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幸せの図

2017-05-15 17:58:02 | 日記
今日のパムッカレ







家族......羨ましいな。
私もこんな家族に憧れたっけ。
子供は出来なかったけど、夫さえいれば、良いと思っていた。
時々、記憶がフラッシュバックされる。
幸せ気分のときに、頭を過った不吉な予感。
このまま私達は、一緒だよね?
こんなに、何もかもうまくいっているときに
抱いた不安。もともとネガティブ思考の私だからかと、
一蹴したっけ。


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味覚がおかしい人達

2017-05-12 23:03:14 | ラム子のロカンタ(食堂)
今日のパムッカレ

残念ながら、日本食というと、寿司、天麩羅しか思い浮かばない外国人が多いようだ。
一括りにしては申し訳ないけれど、うちに訪れる欧米人は、味覚が????な人ばかり。

日本食は醤油をかけるべしと、先入観を持っている人が大半。
また、白米をどうやって食べていいか分からないから、取り敢えず、醤油をかけるのだ。
味がないと食べられないからだ。

トルコでも、キッコーマン醤油は買えるけれど、非常に高い。
一リットル23リラ、800円ほど。トルコの物価から考えると、2,300円気分。

100ml 230円なわけだわ。

先日、トルコ在住のアメリカ人夫、ギリシャ人妻、幼児と赤ちゃんという構成の家族がやってきた。
一日目、チャーハン、韓国料理の鶏肉と野菜の煮込み、ナスと牛肉のピリ辛炒めを注文。


その家族の注文分を配膳したところに、中国人グループがやってきたもんで、慌しかったため、
気にならなかったけれど、醤油をもっとくれと言われ、そのまま渡したのだ。

二日目、欧米人一家は、また、チャーハン、韓国料理の鶏肉と野菜煮込み、そしてオムライスを
注文した。

配膳後に、ギリシャ人の奥さんが、醤油をくれと言う。
テーブルには、卓上醤油があるので、きょとんとしている私に向かって
奥さんが、私たちは醤油を大量に使うのよ。だから、醤油をもっとちょうだい、と。

チャーハンは12リラ、日本円で400円ほど。
1リットル23リラなら、100mlは2.3リラ。200ミリリットル以上を使おうとしているのだから、
醤油だけで5リラは飛ぶ計算になる。気分は500円ですよ!!

チャーハンは、トルコの食材で作れるので、安く提供しているのだけれど、
たった12リラのチャーハンに醤油分5リラを使われると、赤字ではないものの、痛い。

チャーハン、韓国料理、オムライス、いずれも、日本人だったら、醤油はかけないでしょう。
醤油に飢えた長期バックパッカーなら、
チャーハンに醤油をかけたがるかもしれないけど。
しっかりと味付けがされている料理に醤油なんてかけたら、塩っ辛くなるでしょうに。
それに、一生懸命に作った料理を醤油まみれにされて、悲しくなった。

葛藤はあったものの、トルコで、口に出さないと気が済まなくなってしまった私は、
思わず、言ってしまった。

「それ以上、醤油を使うと、追加料金を取ります!」と。

欧米人家族は呆れた顔していた。
彼らにとってみれば、醤油も塩も大差ないのだろう。

それだけ、塩分を取って、乳飲み子に影響は無いのだろうかと、余計な心配もした。
明らかに200ミリリットル以上の醤油を一食につき消費しようとしているのは、
奥さんのほうだったから。

醤油を皿になみなみついで、残す人もいる。
また、倒してテーブル中に醤油まみれにする人もいる。

中国の醤油のほうが安いので、味覚のおかしい人には、中国の醤油に
しようかしら。






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最後だとわかっていたなら

2017-05-07 03:23:24 | 日記

私がお邪魔しているブログから、転載です。



ノーマ・コーネット・マレックさんというアメリカの詩人(すでにお亡くなりになっています)が、10歳で亡くなってしまった息子さんへ送った詩。アメリカの同時多発テロ後、世界中に広まったようです。


“最後だとわかっていたなら”

あなたが眠りにつくのを見るのが 最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう

あなたがドアを出て行くのを見るのが 最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう

あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが 最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう

あなたは言わなくても わかってくれていたかもしれないけれど
最後だとわかっていたなら 一言だけでもいい・・・「あなたを愛してる」と
わたしは 伝えただろう

たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら、
わたしは今日 どんなにあなたを愛しているか 伝えたい

そして わたしたちは 忘れないようにしたい

若い人にも 年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめられるのは
今日が最後になるかもしれないことを

明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず
もし明日が来ないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから

微笑みや 抱擁や キスをするための
ほんのちょっとの時間を どうして惜しんだのかと
忙しさを理由に その人の最後の願いとなってしまったことを
どうして してあげられなかったのかと

だから 今日 あなたの大切な人たちを しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること いつでも いつまでも大切な存在だということをそっと伝えよう

「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を
伝える時を持とう。そうすれば もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから

以上転載終了




isaが、亡くなったあの日も同じように朝が来て、
いつものように、寝ている私に口付けをしてくれた。

まさか、私の人生感を根底から覆すような出来事が、
待ち受けていたとは!
能天気な私は、夫を失う前に、この詩に出会っても
果たして、本気で自分に置き替えは、しなかっただろう。


人間、自分に降りかかって来なければ、
所詮他人事なのだ。

私を含め、死別を経験し、後悔のどん底にいる 人達の切実な気持ちを
この詩は、代弁してくれている。






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生まれて初めての〜

2017-04-27 01:50:57 | 日記
今日のパムッカレ

生まれて初めて、ガーデニングをした。
基本、虫が大嫌いなので、土いじりは避けて来た。

オヤジ(夫のこと)は、毎年この季節になると食堂やオフィスに花を植えていたのだ。
なので、今年は私が意思を受け継ぐことにした。



オヤジ、喜んでくれたかなあ・・・。

こんなんでも35本植えた。
腰が痛くなったよ。


昨年、オヤジが植えた薔薇が満開です。
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新車がやってきた!

2017-04-18 14:05:33 | 日記
今日のパムッカレ

トルコで運転するか悩んだ。
運動神経も鈍く、運転も上手い部類に入らない私が果たして左ハンドル、マニュアルを
こなせるかどうか、不安だった。

夫の形見の自動車。7人乗りなんて、私には不要。
売却するか悩んだけれど、とりあえず、ケントが生きている限りは、
病院へ行くために使うから、残すことにした。

ATVは去年、売却したので、どうしても、村内移動のための車両が必要だった。
これから、暑くなるので、墓参りだって、徒歩はきつい。

というわけで、これ、買った!



電動モーターバイク。これなら、強制保険加入義務もないし、毎年税金を納める必要が無いのだ。
しかも、免許証も要らない。
一応、トルコの免許証は持っているけどね。

ケントを一度乗せて走ったけれど、今ひとつ安定感が無かったのか、その後ケントは乗りたがらなかった。


オヤジ(夫のこと)とは、よくバイクに一緒に乗ったケント。
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あなたも私も裁判所♪

2017-04-15 11:49:29 | 日記
今日のパムッカレ

日本でどれだけの人が裁判所に関わったことがあるのかな?
トルコでは、裁判所は日本より、もっと身近な存在である。

だいぶ前に日本から若い弁護士夫婦が来てくれ、別れ際に
名刺を渡しながら、「何か困ったことがあったら、相談してください。
あ、でも、日本じゃ、弁護士事務所に相談する人は特殊ですからね~」と。

確かに、私の家族も親戚も弁護士にお世話になったという話は耳にしたことがない。

ところがトルコでは、とにかく裁判所、弁護士に介在してもらうことが多いのだ。
勤務先や近所とのトラブル、相続関係、遺産問題、土地売買などなど。

トルコ人いわく、日本より違法がまかり通るから、
そのために裁判所に訴える人が多いからとのこと。
庶民の最後の砦のような存在なんだな。


で、先日、夫の相続法手続きで、4回目裁判所に出向いたときに、
近所の人、二組発見!

あら、あなたも?あら、どうしたの~?と、私の同行者である義姉と会話していた。

ところで、
夫の相続手続きの行方はというと、
毎回、裁判官に、日本からの回答が来ていないから、結審は、後日ね~と
次回出廷月日を指定されるのだ。

で、
今回もそうだろうと、3月日本へ帰国したときに、在東京トルコ大使館と外務省へ
電話で問い合わせをしたのだ。外務省のほうでは、前例が無いのか知らんけれど、
チンプンカンプンのようで、トルコから相続関係の質問書など知らないような
答えが返って来た。つまり、トルコの裁判所から、そういった質問書は届いていないのだ。
多分ね。

私は、一か八かではったりをかけることにした。
トルコの裁判所が日本の外務省へ、外国人の相続関係について、問い合わせを入れていると
鼻から信じていない。もしも、事実でも、日本のお役所がそのことに関して
半年以上も音沙汰なしだなんて、考えられなかったから。
日本を馬鹿にするんじゃない、トルコじゃないんだから!

裁判官が、日本から回答が無いから~と、始まったので、
「先月日本へ帰国した際に、外務省に出向き確認したら、そういった質問書はトルコから届いていない
とのことですが?」と、言ってやった。

同行してくれた甥っ子が、私の台詞をリピートし、「かれこれ、申請してから7ヶ月も経っていますよ!」
と、援護射撃をしてくれた。

うろたえる裁判官を目にして、してやったりと、ほくそ笑んだ私。
山積みの書類を手で掻き分けながら、(見るからに動揺しているのが読めた)

次の結審は6月だと言うので、6月は日本へ帰国するから、7月にとお願いした。
じゃ、次回7月で、最終決着させます、だって。
インシャッラー

子供がいない場合、例え夫婦で築き上げた財産であっても、妻だけのものにはならない。
夫の両親と3人の相続となる。高齢の義父母に何かあったら、その相続権利は、必然的に夫の兄弟たちになる。
そうなると、売るにもややこしくなるので、早いところ、決着をつけたいのだ。

半年以上の裁判所通いで、トルコ語での法律用語も覚えたから、
トルコで裁判する日本人にもアドバイス出来ちゃう?

トルコでは、結審が出るまでは最低2年はかかると言われている。
もともと、審理する案件が多いのと、昨年のクーデター未遂事件に関わった人間が
フェットラーギュレン派だとされ、政府がフェットラー派とされる裁判官を
一掃したため、裁判官不足となってしまったからだそうな。


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守りたい

2017-04-11 15:01:01 | 日記
今日のパムッカレ

最近はツーリストも増え、日照時間も長くなってきたので、
閉店時間が遅くなってきた。

いつもなら、オヤジ(夫のこと)が隣のオフィスにいたので
心強かったのだけれど、オヤジ亡き後、ちょっと心細い。

透析を受けるために早起きする義兄に、隣のオフィスで、閉店まで待ってもらうのは
心苦しいので、私は大丈夫と帰ってもらっている。

閉店後、後片付けで残っていると、食堂のドアの入り口だったり
厨房の入り口だったりと、まるで私を見守ってくれるかのように
ドンと座っている4つ足のオッサンがいる。
頼りなさそうだけど、私を待っていてくれる誰かがいるだけでも
気分が違う。

内心、母ちゃんから、夜食を期待しているのかも知れないけど。

夫が存命中も、ケントは夫の仕事が終わるまで、私と一緒に
家に入らなかった。


週一で眉毛揃えるのと、産毛抜きのために美容院へ行くと
ケントも必ずついてくる。



4つ足のオッサンに何かあったら、私は壊れそうだな。
日本の家族が悲しむだろうから、後追いはしないけど。

もうこの人生が終わったら、何にも生まれ変わりたくない。
無になりたい。もしも、夫との続きが、出来るなら、話は別。

夫が、存命中にたまに、この人がいなくなったら?と
頭に過ぎったことがあった。まさか、そんなことは、無い、
私より先に逝くことはないと、打ち消していた。

ケントを譲り受けたときから、ケントの最期を覚悟して、
大事に大事に育てて来た。ケントを守れるのは、私しかいないのだからと。

夫に対しては、世界で、誰よりも、何が何でも、私を守ってくれる存在だと
確信していた。結婚する時だったか、忘れたけど、
夫に質問した。

私は友達も家族親戚もいないトルコへ嫁に来た。
だから、あなたは、1番私の味方になってくれなきゃ
困る。親より、私を優先出来るか?と。

夫は、当たり前だよ、と答えてくれた。
そこで私は、じゃ私達に子供が出来たら、
子供より私を大切にしてくれる?と馬鹿なことを聞いたら、
夫は、うーーん、子供かな、だって。
そりゃ、そうだよね。
でも、嘘でもいいから、そりゃ、ラム子が一番に決まっているじゃないか!と
言って欲しかったな。


右側がisa そして、左側にケント。川の字で寝ている。


私はisaに守ってもらうことばかり考えていた。
私がケントと同じようにisaを大事にしていたら、と思うと悔やまれてならない。
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トルコで人生初だらけ

2017-04-05 16:27:26 | 日記
今日のパムッカレ

トルコに来てから、人生初体験ばかり。
犬を飼ったのも初めてだったし、
ラジオ、テレビ出演、雑誌取材(レトリバーファン♪)を受けたり。

裁判所に通ったり、弁護士雇ったり。
夫と死別したり。あ、これは、普通、何回も経験しないよね。

手術入院でハラキリもしたっけ。
ビジネスクラスにも乗れたね。


で、今回、人生初めて、畑を耕した。
トウモロコシの種を撒くんだ。オヤジのトレーナー上下を着用し作業中♪

手前からレタス、ほうれん草、ねぎ。
これらは、便利屋さんを雇って、耕してもらい、種を撒いてもらった。


去年はオヤジ(夫のこと)がやってくれたんよね。



あんなに、元気だったのになあ・・・。


陸亀が歩いていた。




これからも、どんな人生初体験が待ち構えているのかな?
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幸せの図

2017-04-03 10:15:47 | 日記
今日のパムッカレ


お肉屋さんが、ケントのために持ってきてくれた大量の骨






居候ワンコにも、ちゃんとあげましたよ。ケントのいないところでね。


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新顔と衣替え

2017-04-01 09:39:19 | 日記
今日のパムッカレ

私が留守中に新顔が居候していた。




衣替えの季節、もうオヤジ(夫のこと)の服を入れ替えることもないんだな。

毎年、この季節になると、オヤジは大量の花を買ってきては、鉢植えに勤しんでいたっけ。

去年の画像


でも、どこかで死を予感していたのか、昨年バラの苗を地中に埋めた。
おかげで、私は上のような作業をしなくて済んだんだ。




ミニisaもジャケットを脱いで、春の装いとなった。



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