トルコから石灰棚を眺めながら生活する日記

ラム子のロカンタ(日本食食堂)、
ゴールデンレトリバーとカンガル犬との日常を綴っていました。

捨てられたゴル。゚゚(´□`。)°゚。ワーン!!

2020-08-24 14:09:37 | 日記
今日のパムッカレ

最近、首輪無のゴルがウロウロしているのを発見!
どうやら、餌をくれる人を追い求めて、徘徊していたものの、
ある食堂に落ち着いたみたい。

そのゴルがまた、ケントそっくりで、
遠目から見たとき、心臓が飛び出そうだった。

毛色、貧相な被毛。






近所の人に尋ねると、飼い主は不明らしい。
飼い主がいたら、絶対に探すだろうし、
1歳くらいの犬なので、自分の家へ戻るはずなのが、
餌をくれる食堂のオーナー一家に居ついて、
2週間が経つそうだ。

残念ながら、そのオーナー一家は、借家だから、
飼えないとのこと。
食堂にいるときに、ご飯をあげているらしいが、
パンは食べないのよね~と嘆いていた。

コロナ禍で、ツーリストも皆無な状況で、
幼児を抱え、犬を飼う余裕があるとは思えない。

みんな私が引き取るのが一番だと勝手なことを口にする。
私も捨てゴルを目の前にしたら、
心は揺れるけれど、冬には日本へ帰国するつもりだから
無理と言った。

その捨てられたゴルを取り巻く人々は
みな違う名前で呼んでいた。

で、井戸端会議の末、ケントにそっくりという理由で、
ケントと統一された。
(そうすれば、私が引き取ると思っているのかも

若いオスゴルだから、すぐ飼い主が見つかりそうだけれど、
それにしても、どうして捨てるかな。

赤ちゃんゴルは、もう可愛くてしょうがない。
動くぬいぐるみだ。
飼い始めたはいいが、成長するにつれ、吠える、トイレなど、
理想と現実に戸惑い、手放したと想像する。

ここは暑いけれど、乾燥しているので、
日陰は涼しい。
問題は、冬。雨が多いのだ。

ケントのように、パピー時代から、
犬用湯たんぽをあてがわれ、冷暖房完備で過ごして来た犬と
違って、極寒とはならないパムッカレなら
大丈夫かな?

うちの階下に私が外出中にケントが雨風が凌げるようにと
屋根を作り、犬小屋(これは昨日売っちゃった)も用意した。
結局、ケントはそこで過ごすことは無かった。
(以前、大雨が降り、ケントはどうするのかと
防犯カメラで見守っていたら、ケントは雨宿りに
近所のレストランへ駆け込んだのである

そこに置いてあげてもいいけれど、
食事もセットとなり、つまりは私が飼うことに繋がる。
そうなると、私は日本へ気楽に帰れないし、
あと10年、体力的に自信が無い。


早く優しい飼い主さんが現れますように・・・



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天国のケント、13歳になりました!

2020-08-22 14:42:36 | 日記
今日のパムッカレ



8月16日はケントの誕生日(推定)








事情があって、2個目のケ〜キ


ケントの1歳の誕生日




ケント2歳の誕生日
ケント、あちこちで喧嘩しまくり、何針も縫う怪我をし、2度目の全身麻酔手術のときに
ついでに去勢手術をしてもらった。

攻撃的な性格から穏やかになったものの、
去勢したことにより、肥満も加わり、
尿道が狭くなったことで、結果的に尿毒症を併発させ、苦しめてしまった。
ゴメンね、ケント。

去勢する時は病気知らずの若い時、
老犬になったときのことも考えないとね。
総合的に避妊手術は妥当だったと思っているけれど、
将来的に起こりうるリスクも
考慮して体調管理に万全を期すべきだった。






ケント3歳の誕生日








ケント4歳の誕生日


趣味のペットボトルの収集が功を奏し、数回、テレビの取材を受けたね。




(無断で)勝手にポスターに起用されたっけ。


ケント5歳の誕生日


ケント6歳の誕生日


ケント7歳の誕生日


ケント8歳の誕生日





 
ケント9歳の誕生日


この年、まさか父ちゃんが死んじゃうなんて、夢にも思わなかったね。







ケント10歳の誕生日








ケント11歳の誕生日



ケント12歳の誕生日






去年がケントと共に祝った最後の誕生日となってしまった





























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上書きされた悲嘆

2020-08-09 21:13:14 | 日記
皆さま、ケントと私へたくさんの温かいお言葉をいただきまして、
心から御礼申し上げます。

本来ならば、お一人お一人に返事をしたいところなのですが、
どうか、お許しください。

喪失感、虚脱感、後悔、自分への怒り、思慕が一気に
やって来ました。

近所の子供たちもお墓参りをしてくれ、号泣してくれました。
近所の人たちもケントは私を待っていたと。


友人がケントは食堂の看板犬だけではなく、
パムッカレの看板犬でもあったとメッセージを
寄せてくれ、感激しました。

ケントは村の人からも愛され、散歩に行くたびに
ケント、ケントと声をかけてもらいました。

13年間の犬生、世界中のツーリストから撫でてもらい、
可愛がってもらいました。
最期、辛い思いをさせてしまいましたが、
ケントは幸せな犬生だったと思っています。

いつものお散歩コース、人造池に私は一人で行ったことがありません。
そういえば、石灰棚もいつもケントと一緒でした。
なので、しばらく一人で行けそうにありません。

どこへ行くのも一緒。イズミル、フェティエ、カシュ、ファラリア、ボドゥルム、オリンポス、
カッパドキアも行きました。
ケント無の夏のバケーションは考えられず、ケント抜きのときは
100パーセント楽しむことが出来ませんでした。

日本への里帰りもいつも後ろ髪引かれ、断腸の思いでした。
ケントはお空に行ってしまったけれど、
今は私の心の中にいます。

夫が先日、珍しく夢に登場しました。
その晩、私は神様が夫、母、ケントのいずれかに
会わせてくれるなら、迷わずケントを選ぶと思ったからかな?
夫が嫉妬して出て来たのかも?

日本から帰国した私を見て、ケントは尻尾を振ってくれなかった。
私を忘れてしまったのか?意識が混沌としていたのか?
分からないけれど、あのいつもの笑顔を遂に見せてくれることは
無かった。

一瞬だけ、笑顔のようなケント

帰国した翌日から壮絶な闘病生活が待っているとは
夢にも思いませんでした。

13日間、私は尽くしたけれど、最期の日、私も力尽きてしまいました。
ケントの横に寝ないで、ソファベッドに横たわってしまい、
ケントの呻き声で目が覚め、最期に立ち会うことが出来たのは
本当に幸運だったけれど、ケントの傍で擦ってあげなかったことが
一生悔やまれます。


ただ、これは母のときも同じで、この苦しむ姿がいつまで続くのか
想像つかなかったし、たまたま、最期を見届けることが出来ました。
自分のシャワーもトイレも、まだ逝かないでくれと祈りながらの日々でしたから。

ケントの笑顔を見ることは叶いませんでしたが、
皆さんのおっしゃる通り、4か月、母ちゃんを待っていてくれたケントに
感謝し、供養して行こうと思います。

ケントの最期、4か月間、寂しい思いをさせ、全力で守ってあげられなかったけれど、
13年前、授かったときから、ずっと大切に大切に育てて来ました。
夫より大事にしていたと断言出来ます。

夫と共に生きた13年間、ケントとも13年間でした。
ケント、ありがとうね。
そして、ケントの成長記録を兼ね、ブログを始め、
多くの方と繋がることが出来たことを改めて感謝します。
ブログはまだ、不定期ですが、続けようと考えております。


この笑顔に会いたかった

母はイサに会ったら、殴ってやると言っていたので、
今頃、ケントがイサを殴ろうとする母を一生懸命に止めに入っているかな?
ケントの特技はゴミ拾いの他、喧嘩仲裁だったから。
コメント (10)
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