トルコから石灰棚を眺めながら生活する日記

ラム子のロカンタ(日本食食堂)、
ゴールデンレトリバーとカンガル犬との日常を綴ります。

真実を伝えるべきかどうか・・・

2017-02-21 17:54:01 | 日記
今日のパムッカレ



肉屋で骨をいただくことがケントの日課だった。

ところが!!

最近、その肉屋が、歩いて数分の距離のところへ
引っ越しした。



そんなこともつゆ知らず、ケントは肉屋の前でひたすら骨を待っている日々が続いている。




食堂で使う肉は電話で注文し配達してくれるので、
わざわざ出向かなくてもいいのだ。
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両親へ、ありがとう!の日

2017-02-20 00:02:39 | 日記


今日は結婚記念日。

11回目の結婚記念日を一人で迎えるだなんて
想像もしたことが無かった。


そして、今日は私の誕生日でもある。

両親へ
産んでくれてありがとう。
育ててくれてありがとう。
いつも見守ってくれて、ありがとう。
いつも応援してくれて、ありがとう。
トルコへ行かせてくれて、ありがとう。
isaと結婚させてくれて、ありがとう。


今、母は入院中だ。


大切な人を失って、後悔のどん底にいる私にどうか、
チャンスをください。親孝行出来るチャンスを。

















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ラム子の食堂がポケモンストップだった!

2017-02-18 17:18:53 | ラム子のロカンタ(食堂)
今日のパムッカレ

ラム子の食堂がポケモンストップだった!

そういえば、だいぶ前に、ここはポケモンがいっぱい出てくると言われた。
ポケモンGOのことは知っていはいたものの、何のことかさっぱり
わからなかった。

で、先日、ここはポケモンストップだと言われ、見せてもらった。


実は数年前に、食堂と釣り合わないから撤去しようと私が言ったら、
isaが、これは自分の母親(マリア様)だから、このままにしておくと
頑なに拒んだのだ。isaという名前はイエスキリストという意味。
ちなみに夫はイスラム教徒です。

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夫が私を守ってくれた

2017-02-17 22:44:10 | 日記
今日のパムッカレ

先日、人生2番目に最悪(一番最悪とは夫の死)というような出来事があった。
短気を起こした末の自業自得とも言えるようなことなんだけれど、
ここはトルコだからね、そして私は外国人。身の上をわきまえるべきだった。

いつも暴走する私に歯止めをかけてくれていたのは、他ならぬ夫。
そして、夫を失い、危機感ゼロの私に降りかかった顛末。

自分の浅はかな行動が裁かれるのか?と、不安な夜を過ごした。
ところが、一夜明けてみると、なんと、形勢逆転。


油断は禁物なので、気を引き締めていかないと。
念には念をと、保険(転ばぬ先の杖)をかけまくった。

前夜、ミニイサ人形を睨み、私を一人残していなくなり、
私は人生最悪の日々を送り、毎日苦しい思いをしているのに、
どうして助けてくれないの?と、恨み言を吐いていたのだ。
ところが、翌朝、奇跡が起こった。

ここトルコなのに、何もかもがスムーズに、しかも半日で手続きが
終了したのだ。
至るところで、夫の力を感じた。

夫がよく利用していた公証役場では、私が外国人のため、大使館経由で申請が必要なところ、
速攻発行してしてくれたのである。

そして、逆転ホームランへの一番の足掛かりは、夫がそう仕向けてくれたとしか
思えない事態へと発展してくれていた。


まだ、最終決着はついていないので、詳しいことが書けなくて
ごめんなさい。

その日は、私は守られていると、はっきりと思えた日だったのだ。

泥棒が私の部屋に侵入し、100カラットの指輪を盗もうとした。
ところが、その泥棒は、テーブルの上にあった1,000円札に目が眩み、
その千円札をポケットに入れたところで、
手に持っていた100カラットの指輪を落としてしまった。
でも、1,000円札が手に入ったことで安心しきった泥棒は、
うっかり100カラットの指輪を私の部屋に置いて来てしまったことに気づいていない。
そして、その千円札はなんと偽札であったために、結局は使えなかったのだ。
という例えでいいかな?

その泥棒さんは、欲をかきすぎたために、墓穴を掘り、私から何も取れなかったというオチ。










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遂にバレンタインシリーズ最終回

2017-02-14 23:17:46 | 日記
今日のパムッカレ

今日はバレンタインデー
もう2度と、夫からもらえないんだな。






















【訂正】父ちゃんに→父ちゃんを

【注】エコという名の画像リサイクル実施中!


本当にあと10年、いえ、ずっとずっと、画像使いまわししたかった。
(毎年、夫から花束を贈ってもらう場面だけ更新し、
ケントとエフェスの会話だけ、コピペして使いまわししていました。)


夫には内緒にしていたけれど、多分、知っていたかな?
日本のバレンタインデーは女性から男性に贈り物をするということを。
今日は私から、isaへ初めてのバレンタインデープレゼントだよ。






花屋に買いに行ったわけだけれど、
バラ一本15リラ!!日本円で500円くらいだけれど、
気分は1,500円。

花屋のおじさん、isaの訃報を知っているのかどうか知らないけれど、
私のことを覚えてくれて、かなりおまけしてくれたみたい。
何か申し訳ないことしちゃった。予算は50リラだから!!と
念を押した上に、あれもこれもと注文入れちゃったんだよね。
ごめんなさい


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思い出を拾い集める旅に出た

2017-02-07 20:26:52 | 日記
今日のパムッカレ

思い出を拾い集める旅に出る、なーんて
旅と呼べるものか分からないけれど、
夫との思い出の地へショートトリップした。

ちょうど、イズミル(パムッカレから3時間ほど)に
いわゆる冬休みが終わったので、イズミルの大学に
戻る姪に便乗し、その兄である甥に一緒に連れて
イズミルに連れて行ってもらったのだ。
私はホテルにケントと一緒に泊まり、
翌日、甥に迎えに来てもらい、パムッカレに戻った。

3年前の2月。結婚記念日&私の誕生日に訪れたホテル
そのときの記事はこちら➡と、こちら



まさか、3年後に一人で泊まることになるとは
まったく予想していたなかった。

ホテルの部屋で、ソチオリンピックの浅田真央ちゃんを見ていたっけ。
あれから、3年。2015年は食堂大改装で散財したから、
自粛した。そして、2016年も計画していたものの、頓挫。
それでも、いつかまた、行けたらとチャンスを狙っていた矢先に夫の突然死。
人生って、何が起こるかわからない。


3年前


3年前



今年


今年


3年前
ムール貝のピラフ詰めを夫と一緒に頂いた。


今年は、独りぼっちのムール貝をテイクアウト


今年レストランの名前と価格が変わっていたけど、メニューは同じ。


今年  イカリングてんこ盛り。この時点で、お腹いっぱい。


3年前


今年  お魚だけ、テイクアウトにしてもらった。
そういえば、3年前も食べきれずに、ケント用に持ち帰ったっけ。



独りぼっちのディナー


3年前



今年


3年前


3年前


今年



3年前


今年の独りぼっち朝食バイキング 



ケント、生まれて初めて、自分の部屋を当てた。
盲導犬に一歩近づけたかな?

思い出集めとは言いつつ、余計に辛かった。
ケントが一緒じゃなかったら、
行かなかっただろうな。








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エフェス失踪から2年

2017-02-04 22:00:13 | エフェス
今日のパムッカレ

エフェスが失踪してから、ちょうど2年経った。
死別も辛いけれど、生き別れも切ない。

今はどうしているのかな?
ちゃんとご飯を食べさせてもらっているのかな?
寒くないかな?
もう、二度と会えないのかな?

編みぐるみ師ののこちゃんが、
今度はエフェスを作ってくれた。
いつも、ありがとう!


ちょっとアルパカに似ているような気もする?
強面だけれど、優しさを兼ね備えた凛々しいエフェスの
特徴を掴んでくれていますね!




ケントにもしものことがあったら、私はこの編みぐるみたちを抱えて
泣いて暮らすんだろうなあ・・・。ケントを置いて逝くよりはいいか・・。




明日は夫との思い出の地へ行って来ます。
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ケント今年2回目の癲癇発作

2017-01-31 23:36:33 | ケント
今日のパムッカレ

1月28日土曜日夕方17時30分ごろ、ケント今年2回目の癲癇発作。
前回は1月8日。

朝から、アジア系で賑わった食堂。
ケントが台湾人と中国人の二つのテーブル、背中合わせの間でうずくまっていた。

なんでそんなところに?
と、思った瞬間、ケントが私に近づいて来た。
そして、徐々に身体全体が痙攣した。

日曜日は社員が休みなので、土曜日で良かった。
私が厨房にいたので、ケントは助けを求めに
お客さんの傍に寄って行ったのだ。

ケントの様子に不思議そうなお客さんたち。
ケントが落ち着いたところを見計らって、
PCで、癲癇を中国語でと入力し、

      『癫痫』
      Diānxián

画面を見せたら、納得してくれた。



前回から1カ月も経っていない。
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5回目の月命日

2017-01-31 23:16:44 | 日記
今日のパムッカレ

旧正月で、韓国人、中国人の旅行者が多い。
なので、食堂もちょっと忙しい。

今日1月31日は、夫の月命日。
昨日、お花を買って来たので、御墓にお供えした。



草ボウボウに見えるけれど、これは麦。
何となく、春の足音が聞こえそう。

昨夜は夢に夫が出て来た。


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私のNGワード

2017-01-27 00:45:33 | 日記
昨日のパムッカレ

予報は雪だったけれど、降らなかった。



私にとって、NGワードって何だろ?
来店してくれるお客さんの数だけ、
毎日のように、自己紹介を余儀なくされている。
トルコ人とは思えない風貌の私が
トルコで働いていることに興味津々のようだ。
日本人なの?どのくらいトルコに住んでいるの?
どうしてトルコにいるの?エトセトラ~。

今はあまり言われなくなったけれど、
よくお子さんは?と、聞かれた。
通常、【いないんですよ】と、言えば、
殆どそこで、会話が終わる。

数年前、東南アジアの国の中年男性から、
どうして?子供はいいよ!と不思議そうな顔をされた。

ああ、この人の周囲には、不妊症の人がいないんだな、と
思ったけれど、『そういう個人的な質問は非常に失礼ですよ』
と、言ってやった。



夫が死んで、2日目のこと。
非常識とは認識しつつ、
食堂は営業した。
夫の生死に関わらず、社員二人の給料は払わなきゃいけないから。

毎年冬にやってくるはずのトルコに移住した
フェティエ在住のイギリス人友人グループが
来店した。

そのうちの一人が、私に、『あなたは幸せ?』と聞いて来た。
びくっとした。一瞬、何と答えていいのか、戸惑ったけれど、
一昨日までは、幸せだったけど、今は不幸なの。
だって、夫が昨日、死んじゃったから、と私。

気まずい空気が流れた。
私もヤバいと思ったけれど、時すでに遅し。
幸いにも、飲食が終了していた。

それからも、お客さんに、よく夫のことを聞かれた。
なぜか突っ込んでくるのは、イギリス人。
もう、死んじゃった、って、言わないようにしよう。
相手に申し訳ない顔させちゃうもんね。




先日、一昨年の夏から去年の春先までよく来てくれたアメリカ人駐在員家族が久々に
来店してくれた。しばらく、アメリカに帰国していたみたい。
どう、調子は?と、従来通り。

私は涙が溢れて出て、また、口にしちゃった。
夫が死んじゃったんだと。

実は夫のことを聞かれて、辛いというより、
嬉しいのかも。夫のことを忘れて欲しくないから。
存在自体が無かったことになるほうが、悲しい。


この公園にケントと行くと、必ず夫が後を追って来た。
私の行動範囲は限られていたので、どこに行くにも夫は把握していた。
本当に幸せだったなあ・・・。



夫婦、どちらかが先に逝くのは、当たり前。
残ったほうが、伴侶を失った苦しみに耐えられるから、選ばれたんだそうな。
私は信じないな。だって、トルコだって、日本だって、
夫に先立たれるほうが遥かに多いんだもの。
夫は私が先だったら、どうしていたかな?

生前、私が先に死んだら、再婚していいからね!と、言ったら
夫は一生独身でいると、断言してくれた。

実際、夫が再婚するのは、嫌かも・・・。


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夫の形見

2017-01-23 00:43:40 | 日記
昨日のパムッカレ

夫は洋服こそ、大量にあったけれど、
意外に持ち物は少ない。

夫が長年使用していた小さなものを
形見として欲しいと甥や姪に言われ、悩んでいる。

長年愛用していたもの?
(土などを運ぶ)手押し車かな?
工具セットかな?


小さなもの? 歯ブラシかな?
結婚指輪?


夫は私が買い換えないと、永遠に同じ歯ブラシを使っていたっけ。

財布は私が一昨年日本で買って来たものだから、
長年には当てはまらないな。

時計は、日本の兄にあげた。
驚いたことに、日本の兄の腕にしっくりあった。

日本の兄は私が里帰りするたびに、帰り際、イサに何かお土産でもと言い、
私にお小遣いをくれた。 で、そのお金の大半は私の口座に・・・。
というのも、夫へのお土産は滞在中に買ってあったから。

実兄と夫とは、いい酒仲間だった。夫が断酒をしてからは、日本に一緒に
帰ってはいなかった。



夫の財布を探っていたら、懐かしい写真が!
私と最初に出会ったときの写真。
夫がずっと持っていてくれたのかと思うと、感無量。


ところで、私の近況ですが、
相変わらず、観光客が少ないトルコ。でも、アジア系はそこそこ来てくれているみたい。

日本人のお客様にきな粉餅のサービス♪



こちら韓国人3人組。
3泊4日の滞在中、朝食以外、浮気せずに、毎食、通ってくれた。
うちに来るために宿泊延長までしてくれた。


週末はトルコ人が来てくれる。こちら、美術を専攻している大学生。


夜、独りになると、寂しさと、心細さに襲われるけれど、日中は忙しいので、大丈夫。
少しずつ、立ち直ってきているような気がする。

【個人的な伝言】
Gで一緒だったT県のルーキーママ!
メールがKちゃんのdoccomoの携帯に送れないよ!!
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夫からのメッセージ

2017-01-11 23:26:02 | 日記
今日のパムッカレ

某国在住の友人が某国で有名な霊媒師に会って来たそうな。
予約して実現するには1年以上要するみたい。

実際、一番大切だった人を失くして、
改めて【あの世】って、あるのかな?
幽霊っているのかな?人は死後どうなるのかな?と
考えるようになった。

正直、死後の世界はあるのか?本当に見守ってくれているのだろうか?
この地球上で、毎日、何万人と人間は死んでいるのである。
じゃ、彼らが霊となって、いつまでも、地球上をうろうろしているの?
犬や猫、ネズミにアリはどうだろうか?

そう考えた末、死んだら【無】になるのでは?
というふうに結論付けていた。


さて、話は霊媒師に戻るとして、
霊媒師を通して友人の前に現れたのは、
一人は親族。そして、もう一人は赤の他人だったそうな。
その人は最近亡くなったとのこと。

友人の周囲に最近死んだ人はいなかったし、
亡くなったいきさつも私の夫と酷似していたため、
私の夫のことだと気づいたらしい。

亡くなった人は色々な人や物を媒介してメッセージを伝えようと
するんだそうな。

夫からのメッセージは
私に謝りたかった、急に逝ってしまって、申し訳ないとのこと。
そして、いつも私の傍にいて、毎朝、ベッドに座って
私の髪を撫ぜているんだそうな。
そして、友人にこの機会を与えてくれてありがとう、とお礼を言ったとのこと。

また、夫は、私に謎めいたことを言い残したらしい。
数字の12と家族3。
これが何を意味するのか、まったく心当たりがない。
いつか、明らかになるときが来るのだろうか???

半信半疑だけれど、この話を聞いて、気持ちが楽になったような気がする。
私も夫に謝りたかったし、心から愛していることを
伝えたかったから。夫がいつも私の傍にいるなら、
私がどんな思いで毎日過ごしているか夫は知っていることになる。

私もこんなチャンスを与えてくれて、心から感謝しています。
多分、高いお金を払って霊媒師に会ったのに、
便乗しちゃった私たち。




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道路の真ん中で骨を齧っている最中に車に轢かれる奴&ケント今年1回目の癲癇発作

2017-01-08 23:07:26 | ケント
今日のパムッカレ

ケント今年最初の癲癇発作。
昼の12時ごろ。
10分程度。私のところへ、助けを求めにやって来た後に痙攣が始まった。
今回は軽めのようだった。
前回は12月4日。

ところで、先月の話。
肉屋で骨を調達し、
道路の真ん中で、骨を齧っていたケント。

イメージ図


イメージ図



そこへ、ミニバスがやって来た。
そのミニバスが通過したときに、
ケントのキャンキャンキャンという鳴き声が
響き渡った。

どうやら、反対車線にうちのミニバスが駐車していたので、
そのミニバスはケントを完全に避け切れなかったようだ。

近所の人が一斉に飛び出して来た。

で、ケントは左足を上にあげて、クーン、クーンと鳴いている。


イメージ図

私が左前足を確認するも、出血も無く、潰れたようには見えなかった。
心配で駆けつけてくれた近所の人も病院へ連れて行こうと
言ってくれて、私も、義兄に動物病院まで運転をお願いしようと
思った矢先、今度は、右前脚を上げて、クーンクーンと
鳴いていた。

ん?

ミニバスが超至近距離でケントの傍を通過したので、
怖くて、パニックになったみたい。
すぐに、スタスタと歩き出したから。



もう、心臓がと止まるかと思った。


新婚甥っ子の新居にして。


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どうぞ、今年もよろしくお願い申し上げます。

2017-01-05 18:48:16 | 日記
今日のパムッカレ

生きていますよ。
まだコメント返しが終わっていないのに、更新するのが、
後ろめたいですが、お許しを。

日中は食堂で忙しくしているので、平気だけれど、
夜、一人になると、無性に寂しさが募ってくる。

日本から帰国後、22日、裁判所へ。
案の定、日本の外務省から相続に関しての
回答が無いからとのことで、次回3月に持ち越された。
私は日本大使館とばかり思っていたけれど、
外務省とのこと。ふーん・・・・

で、25日は夫の法事。
2,500人分の食事を用意した。
写真を撮り忘れたけれど、メニューはチキン、トルコライス、スープ、サラダ、そしてデザート。
本当は夫が好きだったキョフテ(牛肉団子みたいもの)にしたかったけれど、
どうしても人数と予算の関係でチキンになった。
次回の法事はキョフテにしてあげたいな。

夫は、よく私に、ラム子が死んだら、法事にはキョフテを焼いてやるからな、と口にしていたっけ。
また、日本は火葬だから、ラム子のことを裏庭で焼かなきゃね、と話していた。




我が家の車庫と裏庭を利用して、いわゆる出張サービス。







法事の前後日は天気が悪かったけれど、
日曜日だけは快晴だった。
夫は日ごろの行いが良かったんだね。



義兄たちは男性客を迎え、義姉達や私は女性客に一人一人挨拶した。
イスタンブールや首都アンカラからも、夫の友人や徴兵時代の戦友が集ってくれた。

11時開始で、15時ごろ終了したかな。
寒いのに、たくさんの皆さんにお越しいただき、感謝です。
日本じゃ2,500人をどうやって捌くのか不思議でしょうが、
みな挨拶と食事を済ませると帰っていくので、いつまでも
席に留まっている人はいないのである。



2003年トルコ移住前に亡くなった祖母の葬式には
母の着物を着た。そして、ラム子も結婚したら
喪服が必要になるだろうからと、母にワンピースの喪服を
新調してもらった。まさか、初めて袖を通す日が
夫の法事だったとは。

因みに夫の葬式は普段着だった。


30日は雪が降った。去年は暖冬だったけれど、今年は寒い。


食堂の庭が滑りやすくなっているので、
12mのマットを購入♪



31日大晦日はトルコではなぜかクリスマス(キリストを認めてはいるけれど、
生誕を祝うということはせず、余興だけ真似て、トルコも楽しもうというわけ)

年末年始にバイトしてくれる夫のオフィスの大学生と
二人ぼっち&1頭のクリスマス。




一昨日は夫の墓詣り




2016年、トルコにとって、私にとって最悪の年だった。
結婚10周年で、私の幸せは終わってしまった。

食堂の事業主として名義の書き換えをした。
(夫が死亡したら、すぐに名義の変更をしなきゃいけなかったみたい
で、罰金がたんまり来た。人が死んで、すぐにそんなことを考える余裕なんて
ないでしょ!トルコの行政業務はメチャクチャ遅いのに、罰金だけは素早い)


夫の名前が次から次へと消えて行くのが、辛い。

これからもトルコで暮らすことにした。
今後、トルコがどうなるのかはわからない。
でも、ケントがいる限り、戦火に見舞われても、ここにいる覚悟だ。
両親とケントを天秤にはかけられないけれど、
ケントも私の大事な家族だから。

末筆ながら、皆様のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。
そして、皆様にとって、笑顔溢れるよいお年となりますように・・・。



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帰って来ました!

2016-12-21 16:38:07 | 日記
今日のパムッカレ

トルコさみー

日本の家は日差しが入り、日中は暖房要らず。

塩抜き生活中(薬のせい)なので、毎日たらふくとは
言えずも、二日おきで、頂いた。
体重は2キロ増量。

昔は感じなかったけれど、豚肉が美味しい。

日本でたくさんの愛と優しさを貰って来た。
もうすぐ、50になるというのに、親というものは
生涯、子供を愛しんでくれるのね。
有難や~

私は4人兄弟の末っ子。
上の3人はしっかりしていて、
私だけ、いつまでたっても、親を心配させている。
私がいつでも、日本へ完全帰国してもいいように
整えてくれている。

高齢の自分たちの面倒を看て欲しいというわけでもなく、
ただただ、私のために。
そして、私が納得出来るまで、イサの供養をしてあげて欲しいと、
言ってくれた。

ごめんね。もう少しだけ、トルコに居させて欲しい。
イサの思い出いっぱいのトルコに浸り続けたいんだ。
私のライフワークとしていた食堂も手放したくない。

今日、ツーリストが、この食堂があって助かった、
と言ってくれた。(旅行者はトルコ料理に飽きている人が多い)

イスタンブールもカッパドキアも旅行者対象に展開していたアジアン料理レストランを
閉めてしまったところが多いらしい。






可愛くねー












父が趣味で始めたミカン




マイルが貯まっていたので、ビジネスクラスにアップグレード。
成田のラウンジで、豚骨ラーメン。意外にちゃんとしたラーメンでびっくり。
オイシカッタ


機内で緑茶。味は今一つだったけれど、急須が出て来たのには感動。さすがビジネスクラス



時々、私が悲しそうな顔をしていると、イサのことを思い出しちゃった?
と聞かれるけれど、仕事に集中しているときと寝ているとき以外はイサのことを偲んでいる。
死別を経験した人じゃないと分からないもんだ。

こう書くと、死別経験者以外は私の気持なんて分かるはずはない、
と非経験者を排除しているように聞こえるけれど、
そんなことはない。

私だって、死別を経験してやっと死別経験者の気持が理解出来たもの。
分からなくたって当然だ。

出産を経験したことのない人に、陣痛の苦しみが分からないのと同じ。

私は今まで、死別経験者の前でどんな態度を取っていただろうかと
反省している。


どなたかのブログから拾った言葉だけれど、
一人じゃないけれど、独り。

みんなみんな優しくしてくれるけれど、
それぞれ家族がいる。
私は独り。この孤独感と悲しみは一生続く。
時間が少し解決してくれるのだろうけれど、
このポッカリ空いた穴は誰にも埋められない。
唯一、イサが復活してくれたら埋まる。
日本に帰り、両親の元にいたときは、まるで巣に戻ったヒヨコの気分だったけど。
両親もいつまでも生きているとは限らないから、巣立ちをしないといけないね。

自分の心を楽にする方法は、
故人が喜ぶことをするのがいいそうだ。

今の私に出来るのは、イサの両親を大切にすることと、
食堂を続けることかな。


拾ったパンを美味しそうに頬張るケント。トルコの野良犬でさえパンを食べないのに!!

昨夏に食堂でバイトをしてくれた高校生のオスマンくんに、
夜ケントの傍で寝てくれるよう頼んだ。しっかりケントの面倒を看てくれた。
最初の晩、ケントは自分の寝床に帰りたい!とワンワン吠えたらしいけれど、
二日目からは問題なかったみたい。

食堂の社員もケントに朝夕のご飯そしてオヤツをあげてくれた。
ケントが二人に寄って行く姿を見て、ちゃんとしてくれたんだと
安心したと同時に感謝でいっぱい。ありがとう!!


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