トルコから石灰棚を眺めながら生活する日記

ラム子のロカンタ(日本食食堂)、
ゴールデンレトリバーとカンガル犬との日常を綴ります。

夫の形見

2017-01-23 00:43:40 | 日記
昨日のパムッカレ

夫は洋服こそ、大量にあったけれど、
意外に持ち物は少ない。

夫が長年使用していた小さなものを
形見として欲しいと甥や姪に言われ、悩んでいる。

長年愛用していたもの?
(土などを運ぶ)手押し車かな?
工具セットかな?


小さなもの? 歯ブラシかな?
結婚指輪?


夫は私が買い換えないと、永遠に同じ歯ブラシを使っていたっけ。

財布は私が一昨年日本で買って来たものだから、
長年には当てはまらないな。

時計は、日本の兄にあげた。
驚いたことに、日本の兄の腕にしっくりあった。

日本の兄は私が里帰りするたびに、帰り際、イサに何かお土産でもと言い、
私にお小遣いをくれた。 で、そのお金の大半は私の口座に・・・。
というのも、夫へのお土産は滞在中に買ってあったから。

実兄と夫とは、いい酒仲間だった。夫が断酒をしてからは、日本に一緒に
帰ってはいなかった。



夫の財布を探っていたら、懐かしい写真が!
私と最初に出会ったときの写真。
夫がずっと持っていてくれたのかと思うと、感無量。


ところで、私の近況ですが、
相変わらず、観光客が少ないトルコ。でも、アジア系はそこそこ来てくれているみたい。

日本人のお客様にきな粉餅のサービス♪



こちら韓国人3人組。
3泊4日の滞在中、朝食以外、浮気せずに、毎食、通ってくれた。
うちに来るために宿泊延長までしてくれた。


週末はトルコ人が来てくれる。こちら、美術を専攻している大学生。


夜、独りになると、寂しさと、心細さに襲われるけれど、日中は忙しいので、大丈夫。
少しずつ、立ち直ってきているような気がする。

【個人的な伝言】
Gで一緒だったT県のルーキーママ!
メールがKちゃんのdoccomoの携帯に送れないよ!!
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

夫からのメッセージ

2017-01-11 23:26:02 | 日記
今日のパムッカレ

某国在住の友人が某国で有名な霊媒師に会って来たそうな。
予約して実現するには1年以上要するみたい。

実際、一番大切だった人を失くして、
改めて【あの世】って、あるのかな?
幽霊っているのかな?人は死後どうなるのかな?と
考えるようになった。

正直、死後の世界はあるのか?本当に見守ってくれているのだろうか?
この地球上で、毎日、何万人と人間は死んでいるのである。
じゃ、彼らが霊となって、いつまでも、地球上をうろうろしているの?
犬や猫、ネズミにアリはどうだろうか?

そう考えた末、死んだら【無】になるのでは?
というふうに結論付けていた。


さて、話は霊媒師に戻るとして、
霊媒師を通して友人の前に現れたのは、
一人は親族。そして、もう一人は赤の他人だったそうな。
その人は最近亡くなったとのこと。

友人の周囲に最近死んだ人はいなかったし、
亡くなったいきさつも私の夫と酷似していたため、
私の夫のことだと気づいたらしい。

亡くなった人は色々な人や物を媒介してメッセージを伝えようと
するんだそうな。

夫からのメッセージは
私に謝りたかった、急に逝ってしまって、申し訳ないとのこと。
そして、いつも私の傍にいて、毎朝、ベッドに座って
私の髪を撫ぜているんだそうな。
そして、友人にこの機会を与えてくれてありがとう、とお礼を言ったとのこと。

また、夫は、私に謎めいたことを言い残したらしい。
数字の12と家族3。
これが何を意味するのか、まったく心当たりがない。
いつか、明らかになるときが来るのだろうか???

半信半疑だけれど、この話を聞いて、気持ちが楽になったような気がする。
私も夫に謝りたかったし、心から愛していることを
伝えたかったから。夫がいつも私の傍にいるなら、
私がどんな思いで毎日過ごしているか夫は知っていることになる。

私もこんなチャンスを与えてくれて、心から感謝しています。
多分、高いお金を払って霊媒師に会ったのに、
便乗しちゃった私たち。




コメント (10)
この記事をはてなブックマークに追加

道路の真ん中で骨を齧っている最中に車に轢かれる奴&ケント今年1回目の癲癇発作

2017-01-08 23:07:26 | ケント
今日のパムッカレ

ケント今年最初の癲癇発作。
昼の12時ごろ。
10分程度。私のところへ、助けを求めにやって来た後に痙攣が始まった。
今回は軽めのようだった。
前回は12月4日。

ところで、先月の話。
肉屋で骨を調達し、
道路の真ん中で、骨を齧っていたケント。

イメージ図


イメージ図



そこへ、ミニバスがやって来た。
そのミニバスが通過したときに、
ケントのキャンキャンキャンという鳴き声が
響き渡った。

どうやら、反対車線にうちのミニバスが駐車していたので、
そのミニバスはケントを完全に避け切れなかったようだ。

近所の人が一斉に飛び出して来た。

で、ケントは左足を上にあげて、クーン、クーンと鳴いている。


イメージ図

私が左前足を確認するも、出血も無く、潰れたようには見えなかった。
心配で駆けつけてくれた近所の人も病院へ連れて行こうと
言ってくれて、私も、義兄に動物病院まで運転をお願いしようと
思った矢先、今度は、右前脚を上げて、クーンクーンと
鳴いていた。

ん?

ミニバスが超至近距離でケントの傍を通過したので、
怖くて、パニックになったみたい。
すぐに、スタスタと歩き出したから。



もう、心臓がと止まるかと思った。


新婚甥っ子の新居にして。


コメント (8)
この記事をはてなブックマークに追加

どうぞ、今年もよろしくお願い申し上げます。

2017-01-05 18:48:16 | 日記
今日のパムッカレ

生きていますよ。
まだコメント返しが終わっていないのに、更新するのが、
後ろめたいですが、お許しを。

日中は食堂で忙しくしているので、平気だけれど、
夜、一人になると、無性に寂しさが募ってくる。

日本から帰国後、22日、裁判所へ。
案の定、日本の外務省から相続に関しての
回答が無いからとのことで、次回3月に持ち越された。
私は日本大使館とばかり思っていたけれど、
外務省とのこと。ふーん・・・・

で、25日は夫の法事。
2,500人分の食事を用意した。
写真を撮り忘れたけれど、メニューはチキン、トルコライス、スープ、サラダ、そしてデザート。
本当は夫が好きだったキョフテ(牛肉団子みたいもの)にしたかったけれど、
どうしても人数と予算の関係でチキンになった。
次回の法事はキョフテにしてあげたいな。

夫は、よく私に、ラム子が死んだら、法事にはキョフテを焼いてやるからな、と口にしていたっけ。
また、日本は火葬だから、ラム子のことを裏庭で焼かなきゃね、と話していた。




我が家の車庫と裏庭を利用して、いわゆる出張サービス。







法事の前後日は天気が悪かったけれど、
日曜日だけは快晴だった。
夫は日ごろの行いが良かったんだね。



義兄たちは男性客を迎え、義姉達や私は女性客に一人一人挨拶した。
イスタンブールや首都アンカラからも、夫の友人や徴兵時代の戦友が集ってくれた。

11時開始で、15時ごろ終了したかな。
寒いのに、たくさんの皆さんにお越しいただき、感謝です。
日本じゃ2,500人をどうやって捌くのか不思議でしょうが、
みな挨拶と食事を済ませると帰っていくので、いつまでも
席に留まっている人はいないのである。



2003年トルコ移住前に亡くなった祖母の葬式には
母の着物を着た。そして、ラム子も結婚したら
喪服が必要になるだろうからと、母にワンピースの喪服を
新調してもらった。まさか、初めて袖を通す日が
夫の法事だったとは。

因みに夫の葬式は普段着だった。


30日は雪が降った。去年は暖冬だったけれど、今年は寒い。


食堂の庭が滑りやすくなっているので、
12mのマットを購入♪



31日大晦日はトルコではなぜかクリスマス(キリストを認めてはいるけれど、
生誕を祝うということはせず、余興だけ真似て、トルコも楽しもうというわけ)

年末年始にバイトしてくれる夫のオフィスの大学生と
二人ぼっち&1頭のクリスマス。




一昨日は夫の墓詣り




2016年、トルコにとって、私にとって最悪の年だった。
結婚10周年で、私の幸せは終わってしまった。

食堂の事業主として名義の書き換えをした。
(夫が死亡したら、すぐに名義の変更をしなきゃいけなかったみたい
で、罰金がたんまり来た。人が死んで、すぐにそんなことを考える余裕なんて
ないでしょ!トルコの行政業務はメチャクチャ遅いのに、罰金だけは素早い)


夫の名前が次から次へと消えて行くのが、辛い。

これからもトルコで暮らすことにした。
今後、トルコがどうなるのかはわからない。
でも、ケントがいる限り、戦火に見舞われても、ここにいる覚悟だ。
両親とケントを天秤にはかけられないけれど、
ケントも私の大事な家族だから。

末筆ながら、皆様のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。
そして、皆様にとって、笑顔溢れるよいお年となりますように・・・。



コメント (8)
この記事をはてなブックマークに追加

帰って来ました!

2016-12-21 16:38:07 | 日記
今日のパムッカレ

トルコさみー

日本の家は日差しが入り、日中は暖房要らず。

塩抜き生活中(薬のせい)なので、毎日たらふくとは
言えずも、二日おきで、頂いた。
体重は2キロ増量。

昔は感じなかったけれど、豚肉が美味しい。

日本でたくさんの愛と優しさを貰って来た。
もうすぐ、50になるというのに、親というものは
生涯、子供を愛しんでくれるのね。
有難や~

私は4人兄弟の末っ子。
上の3人はしっかりしていて、
私だけ、いつまでたっても、親を心配させている。
私がいつでも、日本へ完全帰国してもいいように
整えてくれている。

高齢の自分たちの面倒を看て欲しいというわけでもなく、
ただただ、私のために。
そして、私が納得出来るまで、イサの供養をしてあげて欲しいと、
言ってくれた。

ごめんね。もう少しだけ、トルコに居させて欲しい。
イサの思い出いっぱいのトルコに浸り続けたいんだ。
私のライフワークとしていた食堂も手放したくない。

今日、ツーリストが、この食堂があって助かった、
と言ってくれた。(旅行者はトルコ料理に飽きている人が多い)

イスタンブールもカッパドキアも旅行者対象に展開していたアジアン料理レストランを
閉めてしまったところが多いらしい。






可愛くねー












父が趣味で始めたミカン




マイルが貯まっていたので、ビジネスクラスにアップグレード。
成田のラウンジで、豚骨ラーメン。意外にちゃんとしたラーメンでびっくり。
オイシカッタ


機内で緑茶。味は今一つだったけれど、急須が出て来たのには感動。さすがビジネスクラス



時々、私が悲しそうな顔をしていると、イサのことを思い出しちゃった?
と聞かれるけれど、仕事に集中しているときと寝ているとき以外はイサのことを偲んでいる。
死別を経験した人じゃないと分からないもんだ。

こう書くと、死別経験者以外は私の気持なんて分かるはずはない、
と非経験者を排除しているように聞こえるけれど、
そんなことはない。

私だって、死別を経験してやっと死別経験者の気持が理解出来たもの。
分からなくたって当然だ。

出産を経験したことのない人に、陣痛の苦しみが分からないのと同じ。

私は今まで、死別経験者の前でどんな態度を取っていただろうかと
反省している。


どなたかのブログから拾った言葉だけれど、
一人じゃないけれど、独り。

みんなみんな優しくしてくれるけれど、
それぞれ家族がいる。
私は独り。この孤独感と悲しみは一生続く。
時間が少し解決してくれるのだろうけれど、
このポッカリ空いた穴は誰にも埋められない。
唯一、イサが復活してくれたら埋まる。
日本に帰り、両親の元にいたときは、まるで巣に戻ったヒヨコの気分だったけど。
両親もいつまでも生きているとは限らないから、巣立ちをしないといけないね。

自分の心を楽にする方法は、
故人が喜ぶことをするのがいいそうだ。

今の私に出来るのは、イサの両親を大切にすることと、
食堂を続けることかな。


拾ったパンを美味しそうに頬張るケント。トルコの野良犬でさえパンを食べないのに!!

昨夏に食堂でバイトをしてくれた高校生のオスマンくんに、
夜ケントの傍で寝てくれるよう頼んだ。しっかりケントの面倒を看てくれた。
最初の晩、ケントは自分の寝床に帰りたい!とワンワン吠えたらしいけれど、
二日目からは問題なかったみたい。

食堂の社員もケントに朝夕のご飯そしてオヤツをあげてくれた。
ケントが二人に寄って行く姿を見て、ちゃんとしてくれたんだと
安心したと同時に感謝でいっぱい。ありがとう!!


コメント (17)
この記事をはてなブックマークに追加

大忙しの12月

2016-12-07 18:36:53 | 日記
今日のパムッカレ

昨日は病院へ行って来た。
国立病院の予約が毎回満員御礼で、入れられず。
もう一度ネットで検索したら、個人クリニックを発見!
保険適用じゃないので、自費250リラ(日本円で7,500円だけど、気分は25,000円也

それでも国立病院へ予約無で行った場合、2日間は要するので、
背に腹は変えられずと、そのクリニックを予約。
パムッカレ大学病院の近くにあるので、どうやら教授は日中は大学病院に勤務し、
16時以降、個人クリニックで診察しているみたい。

明日から日本。
10日ほどの滞在。両親を安心させるために帰る。
私不在中、ケントのことは万全の体制で臨むつもりだけれど、
どうか、ケントに何も起こらず、無事に再会出来ますように。
夫のことも、ケントのように気を遣ってあげたら、死なずに済んだろうな。

ケントを数か月ぶりに洗った。バスルームの前に連れて来たら、すぐにシャンプーだと気づき、
逃げ回っていたケント。

22日は裁判所。多分、相続の件は、まだ決定は下されそうにないな。
来年に持ち越されそうな予感。

25日は夫のメウルットと呼ばれるいわゆる法事がある。
2,000人近くの食事を用意する。
たまたま、25日は日曜日で、香港から帰国する義弟に合わせたけれど、
25日はキリストの降誕祭。イーサは英語名でイエスキリスト。
偶然だけど、嬉しいな。

食堂は営業している。
私がいなくても、社員がしっかり切り盛りしてくれるので安心だ。





いつも日本へ帰国するときは、イサが国内線の空港まで送迎してくれた。
イズミルだったり、ここ数年はずっとデニズリだけれど、
いつも送ってくれ、イサは床屋さんに行き、そして迎えに来てくれた。
今年はイサがいない空港に降り立つのか・・・。
もう一度、一緒に日本へ帰りたかった。
コメント (7)
この記事をはてなブックマークに追加

ケント今年6回目の癲癇発作

2016-12-04 16:36:44 | ケント
今日のパムッカレ

昨日、夕方16時ごろケント、今年6回目の癲癇発作発生。
前回は10月26日、夜。

昨日は快晴。
なので、低気圧とは関係ないのかも?

昨日は、食堂の買い出しをしに、デニズリに一人で行った。
みんなに一人で行くな、クルマで行けと言われたけれど、
一人が気楽。夫以外の人を待たせて買い物をするのは気が引けるんだ。
夫が死んでからデニズリに一人で行くのはこれで2回目。

ランチはおひとり様バーガーキング。
夫不在で食べるのは初めてかも。

いつも2種類のバーガーキングを注文し、夫と取り替えっこをしていたっけ。

帰り、デニズリからパムッカレ行のバスに乗るのに、
停留所を間違えて、パムッカレ行のバスが通らないところで
ずっと待っていた私。途中で、人に聞くも遅し。
なんだかんだで1時間も無駄に過ごしてしまった。

で、パムッカレに到着し、家まで一直線の道を歩いていると
甥や近所の子供たちが集まって、私を見るや否や、
早く来いと手招きをしていた。ケント!と言う声が
聞こえ、大急ぎで走って向かうと
ケントが荒い息遣いで、伏せをしていた状態だった。



すぐに癲癇発作だとわかったけれど、
既に発作が治まったところだった。

みなケントが坂を転がり落ちるのを目にして
驚いたようだった。近所のおじさんは
ケントが車に轢かれそうにならないように
ガードをしていてくれたみたい。

私は子供たちに、ケントは癲癇発作があるから、
こんなときは、ケントを撫ぜてあげてね♪と
お願いした。

ケントのためにも、近所づきあいは大切に、
子供たちには怒鳴らず、優しくしておこうと、心の中で誓った。


ケント、私が発作時に傍にいなかったもんで、怒っていた。ごめんね~。
母子家庭だから、母ちゃん、働かなきゃいけないんだよ。
でも、道草していたから、帰りが遅くなっちゃったんだもんね。ごめんなさい。



コメント (3)
この記事をはてなブックマークに追加

オヤジが夢に出て来た

2016-11-29 01:55:19 | 日記
昨日のパムッカレ

なかなか私の夢に出てこないオヤジ(夫のこと)。
数日前、久々の登場。

で、ちょっと、あなた死んじゃうんだから、気を付けてと、
オヤジに声をかけた私。
オヤジの反応は???

忘れちゃった。

どれだけ、時計の針を戻したら、死なずに済んだのかな?
会いたい、会いたい、会いたい。
もう一度、会いたい。
一度でいいから、会いたい。

そして、言いたいんだ。
ごめんね、ありがとうって。
それだけ言いたい。
あなたと出会って幸せだったと、
ありがとうって、伝えたいんだ。

死ぬときは一緒だって、言っていたよね。
ごめんね、一緒に逝けなくて。
ごめんね、最後に手を握ってあげられなくて。
ごめんね、もっと優しい言葉をかけてあげられなくて。
ごめんね、大好きだよと、言ってあげられなくて。

ごつごつしたイサの手が恋しい。
運転中、いつも私の左手を握ってくれたっけ。


食堂に向かうオヤジ。このとき、何を考えていただろうか。まさか、数十分後に
自分が死ぬなんて、思いもよらないよね。
苦しんだときに、傍にいてあげられなくてごめんね。






ケントを見守ってね。犬命を全うさせてあげて。そのためには私は何でもするから。
そして、いつか、みんなで会えることを楽しみにしているから。
コメント (15)
この記事をはてなブックマークに追加

久々の外出

2016-11-27 23:07:08 | 日記
今日のパムッカレ

もしかして、オヤジ(夫のこと)抜きで買い物以外で外出したのは
今回初めてかも?

デニズリ市内の外れにあるロープ―ウエイに乗って来ましたよ。



メンバーはオヤジオフィスのスタッフの女性とその息子、食堂のスタッフの女性、義姉夫婦、そして私。
食堂は年中無休にしていたけれど、食堂スタッフは毎週土曜日休暇なので、私も休暇に便乗。
食堂は休業。たまにはいいよね~。

実はオヤジとは、甥っ子の結婚式の後に、出向いたものの、ロープ―ウエイの営業時間が終了し、
一緒に乗ることが出来なかった。ロープ―ウエイはどうでもよかったけれど、
いつも一緒のオヤジと行けなかったことに悔いが残っている。
一緒に見たかったな、いろんな景色をずっと。

所要時間15分ほどのロープ―ウエイ、料金は往復大人6リラ(180円ほど)
その更にサービスカーで山を登ること10分ほどで
ちょっとした公園があり、レストランもあり、乗馬が出来たり、遊具がある。また、宿泊施設もある。
日本の施設に比べたら、ちんけだけれど、トルコでたった6リラで意外に楽しめる。
デニズリの新名所である。


帰りはショッピングモールに行き、買い物をし、フードコートで
ランチをした。

このフードコートもオヤジの死後、初めて。
オヤジ以外の人と外食も珍しい私。
それだけ、オヤジとはいつも一緒だったんだな。


塩抜き生活しているんで、この日のケンタは、しょっぱく感じた。


これは、食堂にて。



パムッカレだけを見ると、ツーリスト大激減で景気が悪いように感じるけれど、
デニズリはあちこち、道路やらマンション建築ラッシュ。
そして、ショッピングモールは若者でごった返していた。
デニズリを見ると、トルコは景気は悪くないような気がするんだけど、
実際はどうなのかな?

コメント (7)
この記事をはてなブックマークに追加

日本のせいにするトルコ

2016-11-24 00:23:58 | 日記
昨日のパムッカレ


夫名義の相続関係で
裁判所の出廷命令で出向いているけれど、
もう嫌になっちゃう。

トルコの裁判所は鈍いとは聞いてはいたけれど、
11月9日に結審があるからと
出向いたものの、
アンカラの日本大使館から回答がないからとの話で
結審は来月に持ち越された。

ああ、別に内輪揉めやって、裁判やっているわけじゃなく
トルコでの相続上、通常の手続きで、裁判所が関わってくるのでご心配なく。
特に私は日本国籍なわけで、その相続は国同士の相互主義に
基づくらしく、そのため、裁判所が日本大使館に照会したとのこと。

で、アンカラの大使館に電話で確認してみると、
そういった裁判所からの照会は来ていないとのこと、
もしも、来たら、私に連絡をくださるとのこと。

日本大使館がウソをつくはずはない!
やっぱりトルコの裁判所、往生際が悪い。
自分たちの仕事の不手際を日本のせいにするのか!!

また、来月、裁判所に出向いても
結局、同じ言い訳をされそうだな。

日本大使館からの回答が来ていないと、
また言われたら、大使館のほうでは
そのような通知は届いていないそうですよ、
と私が言ったら、心象悪くするかな?

こんなんじゃ、いつまでたっても
遺族年金はもらえないし、イサの相続だって
出来ないんじゃないかな?

食堂などの事業所の名義変更を長期間しないと、
今度は罰金が課せられるんだそうな。
はあ?

トルコよ、ちゃんと仕事してくれ!




父ちゃんが肥しの草を食べるケント


御墓で私を待つケント

コメント (14)
この記事をはてなブックマークに追加

死亡(寿命)推定日

2016-11-19 20:18:37 | 日記
今日のパムッカレ

冬らしくなったパムッカレ。
2階の我が家と階下のオフィスの暖房(セントラルヒーティング)の管理は
夫の仕事だった。手動のために、一日数回、石炭を足したりの
作業が必要。

で、夫亡きあとに、誰がそれをするかが懸案事項だったわけだけれど、
何でも屋さんに頼むことにした。ついでに義父母の家の石炭ストーブの
管理も一緒にお願いした。

燃料が石炭の暖房器具は、最高に暖かいけれど、汚れるし、メンテナンスが面倒。

トルコでは、特に一戸建てに住んでいると、
男手の必要性をつくづく感じる。

ところで、
死亡推定日を推測してもらった。

死亡推定日http://seibun.nosv.org/sibou/

名前、生年月日、身長体重、食事に関して(普通、菜食、肉食)、
性格(普通、悲観的、楽観的)を選択、また、喫煙、飲酒の情報を入力するだけ。

私は18年後、11月28日死亡予定らしい。

で、夫は?

なんと、35歳、もしくは既に死んでいると出た。


だいぶ前、夫と遠距離恋愛していたころに、
興味本位で、夫のことをネットで占った。
すると、子供が出来にくいと出た。

実際、夫に問題はなく、不妊の原因は私にあったのに。

私は占いは信じないほうだけど、
18年後に死ぬのも悪くないかな。
でも、そうなると、18年も夫を失った悲しみを抱いて生きていかなきゃいけないのか・・・・。


最近、どこかのシェパードが遊びにやってくる。
とにかく、若いシェパードに付きまとわれ、逃げ回るケント。





コメント (8)
この記事をはてなブックマークに追加

塩抜き生活再び &婚姻解消届

2016-11-15 18:09:31 | 日記
今日のパムッカレ

私はイサの死亡届を戸籍がある役所か在外公館に3か月以内に提出しないといけない。

『●●●●●●●●により死亡したので、私の戸籍に婚姻解消事由として、 の死亡事項を記載願いたく、
●の死亡を証する書面を添えて申出します。』

婚姻解消になっちゃうんだ。
なんか、とてつもなく抵抗感があるんですけど。
トルコにはそんな届けはない!



ところで、
イサがいたときから、私は全身、痛い痛いと喚いていた。
で、やっと、病院へ行った。

やはり、持病が悪化していたのだ。
血液検査、最悪。平均値を多いに上回っていたり、下回っていたり。
で、案の定、ステロイド薬が復活した。
ステロイド剤は魔法のクスリ。
あんなに、辛かった痛みが一気に消えた。

ステロイドを恐れずに、もっと早く、ドクターに
身体の痛みを訴えていたら、もっとイサのことを
気にかけてあげられたはずなんだよね。



6年ほど前に、持病が悪化して、
入院し、5キロ減量。
ステロイド薬を服用中に20キロ一気に増量した。

でも、このステロイドさえ、絶てば元に戻ると余裕をかましていたら
とんでもない間違えだった。
体重は増える一方で、一向に減ることは無かった。

イサがいなくなって、9キロ痩せた。
今の体重から、+20キロだなんて、考えたくもない。

というわけで、今回は、是が非でも、塩抜きを頑張ろうと
思う。幸いなことに、心優しい友人が、ラインを通じて
私の体重を監督してくれることになった。
一緒に頑張ろうと言ってくれた。

私の病気は日本でもよくある。
トルコでも、患者がわんさか。
でも、なんと、デニズリ(トルコでは比較的大きな街)にも
関わらず、専門医が私の主治医一人となってしまった。
もう、毎回、患者ごった返し。

この持病を考えると、私は日本に帰ったほうが
いいんじゃないかとさえ、思っちゃう。
塩抜き生活は誘惑が多い日本より、トルコのほうが
頑張れそうだけどね。




キレイなお花を見つけたので、御墓に供えた。


相変わらず、骨を食べるケント


コメント (6)
この記事をはてなブックマークに追加

港区のけんとくん

2016-11-13 18:55:17 | 日記
今日のパムッカレ

港区の健仁(けんと)くん。

明治神宮外苑のイベント会場で展示品が燃えて、
幼稚園児の健仁くんが亡くなってしまいました。

たまたま、ケントと同じ名前だから
特に反応したわけじゃない。
違う名前でも、胸が張り裂けそう。苦しい。

以前は、どこぞのワンコが亡くなったという話を聞くと
涙を流しても、人間のニュースだと所詮他人事のように
見聞きしていた私。

今は違う。
恐怖の中、わずか5歳で命を落としてしまった健仁くんに思いを馳せ、涙を流す。
熱かったね、苦しかったね、パパママって叫んだよね。
こんな残酷な運命をどうして、5歳の子に課すのでしょうか?
この世に神なんて、いない。

ご両親の嘆き悲しみ、無念は計り知れない。
私の苦しみ以上で、ご自分を責めているはず、そして悔やんでいるはず。
なんで、助けてあげられなかったか、なぜ、あの会場に行ってしまったかと。

健仁くんを授かって、幸せだった5年間。
健仁くんの将来、未来が奪われたばかりではなく、
ご家族は一生悲しみを胸に生きていかなきゃいけない。

私は老夫婦を見ると辛いけど、
あのご両親はずっと健仁くんの面影を追って生きて行くのでしょうね。

ときどき、考える。
イサは私が先に死んだら、どうしていただろうかと。
私と同じように嘆き悲しんだかな?
気持ちの切り替えは素早い人だったから、イサは。

日本とトルコでは死生観が宗教上のこともあり、
違う。

トルコ語で、
Yapacak bir şey yok
することないよ。自分たちが出来ることはない。
(どうにもならないんだよ、生き返るわけじゃあるまいし・・のような
ニュアンス。)

英語だと
There's nothing to do.

多くのトルコ人にかけられた言葉。
私はあまり好きじゃない。
確かに嘆き悲しんだところで、死者が生き返るわけじゃない。

どうにもならないんだよ、と割り切ったほうが
気持ちが楽なんだろうけれど、
それでも、私は罪悪感を持ち、死者を弔いながら、生きていく。

健仁くん、また、優しいパパママの元に戻ってきて。
そして、今度は、今度こそ、パパママの元で
健やかに人生を全うして欲しい。

健仁くんのご冥福を心からお祈り申し上げます。
ご両親の苦しみが、1ygでも、
日々癒されるときが来ますように・・・。合掌

なかなか、私の夢に出て来ないイサ。
昨夜、夢だったのか、現実だったのか
こんがらがっているけれど、寝ているときにふっと
顔に息がかかった。まるで、イサが僕はここにいるよ、と
教えたかったかのようにと、私は思いたい。
でも、それは夢だったのかな?
現実だったら、いいな。



コメント (6)
この記事をはてなブックマークに追加

懲りないオッサン

2016-11-11 17:24:09 | ケント
今日のパムッカレ

先日、ケントが吐いた。
嘔吐物には砕けた骨と、血も混ざっていた。
吐き気がすると、家の中に入らないケント。

2年前にも骨の食べ過ぎで消化不良を起こし
排便が無ければ、開腹手術と、宣告されたのだ。


2年前の画像。開腹手術一歩手前。


翌日、
動物病院が開くのを待って、
ケントを連れて行った。

体温は平熱。
レントゲンの準備をするからと言われ、
外で待つことに。

病院の外を徘徊するケント。
あわよくば、排便さえあれば、と願っていたら、
やってくれました。

病院に戻って、排便しましたよ、と告げた。
レントゲンを断りたかったけれど、
出来ず。

レントゲンの結果、やはり、骨が詰まっているとのこと。
今晩食欲が無かったら、明日、点滴をします、とドクターから告げられた。

骨は食べさせないで、と言われたものの、
肉屋に勝手に行って、貰って来ちゃうんだもの。

前回より、元気なケント。
食欲はあった。
で、また、懲りずに肉屋から骨を貰い、咥えて来た。
流石に、取り上げた。

翌日、私に取り上げられることを恐れてか、うちから100m離れたところで
骨を食べていた。

まったく、懲りないオッサンである。



2014年、10月の画像。動物病院で一人&1頭で体重計に乗る。
ケント、39キロでした。ケント、手作りご飯にしてから、体重が減ったのに、また増量中


2年前も開腹手術一歩手前の重症だったのに、排便し、気分がよくなると、すぐにこの調子






診察、注射、レントゲン代で、100リラなり。今のレートで日本円だと3,500円だけれど、
トルコの物価からすると、1万円気分。

ケントちゃん、母ちゃんは父ちゃんを失って、かなり堪えているの。
ケントちゃんまでいなくなったら、母ちゃんは生きていけないんだよ。


コメント (11)
この記事をはてなブックマークに追加

2.7リラ(100円)

2016-11-04 00:05:46 | 日記
今日のパムッカレ

こちらもだいぶ初冬の装いになってきた。

週一くらいで、イサの御墓に出向いているけれど、
夫家族から、一人で行くなと言われてしまった。

でも、お花を植えるとか作業が無ければ、
私は一人で行って、イサと話がしたい。

確かにあの辺はひっそりとしているけれど、
イサの御墓は見渡しがいいところにある。
んまあ、ケントは全然頼りにならないけどね。


ところで、
2.7リラ、この数字何でしょう?


実は先月の我が家の電気料金。
まだエアコンを点けるわけでもなく、
21時ごろに食堂から家に戻り、
少しネットをして22時には床につく日々だった。

朝は6時半に起きて、階下のバスオフィスに出社。
イサ亡きあと、早朝と夜(オフィススタッフがいない時間帯)に
バスチケット発券業務を手伝っている。

なので、以前もそうだったけれど、
家には殆どいないのだ。

冷蔵庫もイサが死んでから電源切っちゃったし、
洗濯機を回すのもぐんと回数が減った。

それで、今月の電気代請求書2.7リラなりというわけ。
日本円で100円くらいかな。

イサがいたときは、
最低でも40リラは越えていた。
1,200円以上ね。

イサが死ぬ前の私は、
夜中0時に寝て、9時くらいまで寝ていた。
イサの死によって、寝坊していたことを
悔いている。今の生活スタイルはいいかも。

今は週一で温泉プ―ルで泳いでいる。
イサは私が一人で行くのを嫌がっていたけど、
私を置いて逝っちゃったんだから、
怒りたかったら、化けで出て来い!

イサ亡きあと、一人で出歩くのは、
温泉プールとお墓参りだけだけれど、
今までずっと車生活だったから、
今は公共のバスに徒歩。
同じ場所を通るにも、違った景色のようだわ。

来年あたりからは、オフィスの仕事はイサの兄弟たちに任せて
食堂だけ、ゆっくりのんびりとやろうと思う。

もう、いいよね。
二人のときは、色んな夢があったから、
がむしゃらに働いていたけど、
今はお一人様だから、何をしたいわけじゃないし、
ただ、日本の両親に頻繁に会いたいだけ。

そうそう、未亡人をボツイチとか言うらしい。
うーん、ブログ主さんも仰っていたけれど、
バツイチ、バツニはあっても、ボツ2って

保険金殺人の容疑者だったら、ボツ3とか
ありそう。






コメント (10)
この記事をはてなブックマークに追加