玄倉川の岸辺

悪行に報いがあるとは限りませんが、愚行の報いから逃れるのは難しいようです

「判決が不当とは思わない」のに控訴?

2008年10月02日 | 光市母子殺害事件
懲戒請求煽りだけでも弁護士として恥さらしなのに、意味不明の控訴をしたらまさに恥の上塗りだ。
せっかく "good loser"になれる機会を得たのに、無意味な訴訟を続けるのは愚かである。

asahi.com(朝日新聞社):橋下知事「判決が不当とは思わないが…」控訴の意向
 山口県光市の母子殺害事件をめぐり、橋下徹・大阪府知事が知事就任前の07年5月、テレビで繰り広げた発言で2日、知事敗訴の判決が出た。

 橋下知事は「原告の皆さん、光市母子殺害事件の弁護団の皆さん、大変ご迷惑をおかけして申し訳ありません」と頭を下げた。「私の法令解釈、表現の自由に対する考え方が間違っていたとの判断を重く受け止めます。判決が不当とは思わないが、三審制ということもあり、一度、高裁にご意見をうかがいたい」と述べ、控訴の意向を示した。


広島地裁の判決文については共同通信が詳しく伝えている。

弁護団懲戒請求の判決要旨 光市の母子殺害事件
 山口県光市の母子殺害事件の弁護団懲戒請求をめぐる訴訟で、橋下徹大阪府知事に賠償を命じた広島地裁の2日の判決の要旨は次の通り。

 【名誉棄損】

 被害者を生き返らせるためだったなどと弁護団が許されない主張をしているという被告の発言は、正確性を欠いているものの弁護団の主張と著しく乖離しない。弁護士が主張を組み立てたという発言は、刑事事件では被告人が主張を変更することはしばしばあり、本件でも原告らが選任される前の弁護人の方針により主張しなかったことも十分考えられる。創作したかどうか弁護士なら少なくとも速断を避けるべきだ。弁護士である被告が真実と信じた相当な理由があるとは認められず、発言は名誉を棄損し、不法行為に当たる。原告らの弁護活動は懲戒に相当するものではなく、そのように信じた相当な理由もない。

 【それ以外の不法行為】

 弁護士懲戒制度は弁護士会の弁護士に対する指導監督作用の一環として設けられた。だが根拠のない懲戒請求で名誉を侵害される恐れがあり、請求する者は請求を受ける者の利益が不当に侵害されないよう、根拠を調査、検討すべき義務を負う。根拠を欠くことを知りながら請求した場合、不法行為になる。

 マスメディアを通じて特定の弁護士への懲戒請求を呼び掛け、弁護士に不必要な負担を負わせることは、懲戒制度の趣旨に照らして相当性を欠き、不法行為に該当する。原告らは極めて多くの懲戒請求を申し立てられ、精神的、経済的な損害を受けたと認められ、被告の発言は不法行為に当たる。

 被告は、多数の懲戒請求がされた事実により、原告らの行為は非行に当たると世間が考えていることが証明されたと主張するが、弁護士の使命は少数派の基本的人権の保護にあり、弁護士の活動が多数派の意向に沿わない場合もあり得る。

 また刑事弁護人の役割は刑事被告人の基本的人権の擁護であり、多数の人から批判されたことをもって懲戒されることはあり得ない。被告の主張は弁護士の使命を理解しない失当なものである。

 被告の発言は懲戒事由として根拠を欠き、そのことを被告は知っていたと判断される。被告が示した懲戒事由は「弁護団が被告人の主張として虚偽内容を創作している」「その内容は荒唐無稽(むけい)であり、許されない」ということであるが、創作と認める根拠はなく、被告の憶測にすぎない。また荒唐無稽だったとしても刑事被告人の意向に沿った主張をする以上、弁護士の品位を損なう非行とは到底言えない。

 被告は、原告らが差し戻し前に主張しなかったことを主張するようになった経緯や理由を、一般市民や被害者遺族に説明すべきだったと非難するが、訴訟手続きの場以外で事件について発言した結果を予測することは困難であり、説明しなかったことも最善の弁護活動の使命を果たすため必要だったといえ、懲戒に当たらない。

 【発言と損害の因果関係】

 発言は多数の懲戒請求を呼び掛けて全国放送され、前日までなかった請求の件数は、放送後から2008年1月21日ごろまでに原告1人当たり600件以上になった。

 またインターネットで紹介され、氏名や請求方法を教えるよう求める書き込みがあり、ネット上に請求書式が掲載され、請求の多くはこれを利用していた。掲載したホームページには発言を引用したり番組動画を閲覧できるサイトへのリンクを付けて発言を紹介、請求を勧めるものがあった。

 多数の請求がされたのは、発言で被告が視聴者に請求を勧めたことによると認定できる。被告は請求は一般市民の自由意思で発言と請求に因果関係はないと主張するが、因果関係は明らかだ。

 【損害の程度】

 原告らは請求に対応するため答弁書作成など事務負担を必要とし、相当な精神的損害を受けた。

 もっとも呼び掛けに応じたとみられる請求の多くは内容が大同小異で、広島弁護士会綱紀委員会である程度併合処理され、弁護士会は懲戒しないと決定した。経済的負担について原告の主張そのままは採用しがたい。

 弁護士として知識、経験を有すべき被告の行為でもたらされたことに照らすと、精神的、経済的損害を慰謝するには原告らそれぞれに対し200万円の支払いが相当だ。


まともで立派な判決だと思う。常識と筋道に沿っている。文句をつける所が見あたらない。その点において「判決が不当とは思わない」橋下氏と私の意見は一致する。
まったく一致しないのは橋下氏が控訴を望み、そしてその理由をまともに説明できないことだ。

控訴を望むのが問題ではなく、まともな理由がないことが問題なのである。
日本の裁判制度は多審制であり、下級裁の判決に不満があれば控訴・上告すること自体は正当だ(ちなみにWikipediaによれば、日本の裁判制度は「少なくとも2階層の審級制」であり「三審制」と呼ぶのは通称らしい)。
ところが、橋下氏の場合は「判決に不満があるから控訴」という正当な理由を示していない。「判決が不当とは思わないが、三審制ということもあり、一度、高裁にご意見をうかがいたい」とはどういうことか。これでは裁判すること自体を目的とした裁判を望んでいるとしか思えない。
仮に控訴が認められたとして、高裁も被告が「不当と思わない」地裁判決をそのまま踏襲するか、あるいは目的のない控訴を行って司法制度を愚弄した被告に厳しい判決が下されるか、そのどちらかになるだろう。

「判決が不当とは思わないけれど控訴」という発言自体が愚かしいのだが、橋下氏が弁護士であり、また大阪府知事でもあることを思うとますます呆れる。開いた口がふさがらないとはこのことだ。
私のような素人でも「目的のない訴訟を起こしてはいけない」とか「裁判所は『訴えの利益がない』訴訟を棄却する」ことくらいは知っている。裁判所は税金で運営される社会的インフラであり、無意味な訴訟で裁判官に無駄な仕事をさせるのは社会(納税者)からの窃盗に等しい。いたずらに訴訟を長引かせるのは相手側(この場合は今枝弁護士などの原告)への迷惑でもある。

仮に橋下氏が一般人で、「一般人は好き勝手に社会的財産を浪費していいんだ」とか「裁判を長引かせて原告に嫌がらせをしたい」と主張するのであれば、愚かで身勝手だと批判するけれどあきれ果てるところまでいかない。人間なんておよそ身勝手なものだ。私だってたいていの人に引けはとらない(自慢することじゃない)。
だが橋下氏は大阪府知事である。高い支持率を誇り、府政の建て直しを期待されている。財政破綻が危惧されている大阪のために、ときには熟慮し、ときには蛮勇を奮って(後者のほうが多いように見えるのが気になるが)「無駄な」事業の停止・予算カットに励んでいる。

その橋下知事が、「不当とは思わない」まともな判決を出してもらってなお控訴するとはどういうことか。
知事として大阪府の関わる訴訟について判断することもあるはずだ。担当者が「まともな(不当とは思わない)判決をもらいましたが、『三審制ということもあり、一度、高裁にご意見をうかがいたい』のです」という説明で予算(事務費・弁護費用等)を計上したら納得するのだろうか。「無意味な裁判を続けて無駄な仕事を増やし、予算を浪費するのはやめなさい」と叱るはずだ。「裁判は『お試し』や嫌がらせのためにやるものじゃない」と諭すはずだ。

橋下氏の「懲戒請求煽り」自体については、私はまったく同意も共感もしないけれど多少の同情はしていた。サービス精神の旺盛な人らしいし、「たかじんのなんでも言って委員会」という特殊な空気の流れる場所でつい「カッコいい」ことを言いたくなる気持ちはわかる。私もお調子者なので失言やカッコ付けには甘いのだ。後でちゃんと反省できればそれでいい。
その点、橋下氏が「原告の皆さん、光市母子殺害事件の弁護団の皆さん、大変ご迷惑をおかけして申し訳ありません」と頭を下げたのは立派である。「私の法令解釈、表現の自由に対する考え方が間違っていたとの判断を重く受け止めます」という反省もすがすがしい。橋下氏がそのまま会見を終えていれば私も気持ちよく拍手できた。
残念ながら、意味不明な「高裁にご意見をうかがいたい」発言で台無しである。謝罪も反省もポーズだけかと思ってしまう。橋下氏が自分の正しさを信じていれば戦い続ければいい。不当な判決を認めず控訴するのは当然の権利だ。しかし、謝罪し反省し「判決が不当とは思わない」のに控訴するのはまったく筋が通らない。
このままでは「自己満足と嫌がらせのために裁判を長引かせる卑怯者」ということになってしまう。橋下氏は本当にそれでいいのか。いったい何を考えているのだろう。またしても「カッコいい」ことを言っただけなのか。府民の負託を受けた知事なのだから、お調子者もいい加減にしてほしいものだ。

橋下氏個人の名誉については正直言ってどうでもいいが、彼の支持者と大阪府のために惜しむ。


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9 コメント

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はじめまして。検索から来ました。 (清高)
2008-10-02 20:18:13
橋下府知事が控訴するのは、おそらく賠償額を減額してほしいということだと思いますよ(和解して)。また、謝罪と取れるような発言をしたのは、大阪府知事としての社交辞令だと思いますが。
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Unknown (とおりすが)
2008-10-03 12:13:16
一般人ではなく、司法制度に詳しい弁護士が
無意味な控訴をすることに対し、

懲戒請求はできないのでしょうか。
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Unknown (うどん蹴りχ)
2008-10-03 15:07:57
初めてコメントします。
この発言をきいたときは「賠償金を値切りたいのかな」
ぐらいにしか思いませんでした。
おそらくご当人は、「なんとなくノリでそうした」程度で、
あまり深刻に考えていないのではないかと。
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Unknown (Unknown)
2008-10-03 15:41:17
別におかしくはないと思う。
↓と考えればよくあること。

> 判決が不当とは思わないが(納得もいかないので)、三審制ということもあり、一度、高裁にご意見をうかがいたい

そんなに変ではないと思う。
こんな事はよくあることだと思う。
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コメントありがとうございます (玄倉川)
2008-10-03 20:03:14
みなさんコメントありがとうございます。

>清高さん
「高すぎる、まけてくれ」というのが本音であればぶっちゃけてしまうほうが受けたんじゃないでしょうか。
ご本人が財政引締めを訴えているのですから「自分の懐も楽じゃない」と告白しても政治的マイナスにならず、むしろ大阪では好感を得られたと思います。
「謝罪は社交辞令」というのは一般論としてはそうです。私が気になるのは社交辞令にしては言葉が過剰なところです。
普通なら「判決は重く受け止める」「私自身いくつか反省すべきところがある」「控訴するかどうかはじっくり考える」で済ませるところですが、全面降伏のような謝罪と反省を並べた(なのに控訴するらしい)のは奇妙です。

>とおりすがさん
本当に「判決に不満はないけれど控訴してみたいから控訴する」という控訴状を出したら「濫訴」ですから、懲戒の対象になる可能性もありそうです。
まあ、実際に裁判所に提出する書類にはそれらしい理由を並べるのでしょうけれど。

>うどん蹴りχさん
やっぱりかっこ付けなんでしょうかね?

>Unknownさん
本当に「よくあること」なら、お手数ですが理由不明の控訴の実例を教えてください。
「控訴 理由」とか「控訴理由書」で検索してみましたが、みなさん切実な・本気の・怒りに満ちた・法律論を駆使した理由を主張してました(主張の正当性は別にして)。橋下氏のように「(なんとなく)高裁に聞いてみたい」という理由で控訴する人がいたらよほど珍しいと思います。
「不当とは思わない(でも納得いかない)」という心情論は裁判では通じません。一般人ならともかく橋下氏は弁護士なんですから、ハッタリでも「不当判決だ」と叫び法律論を展開しないとそれこそ「弁護士失格」です。
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Unknown (Unknown)
2008-10-03 23:18:36
> 本当に「よくあること」なら、お手数ですが理由不明の控訴の実例を教えてください。

それは「控訴趣意書」で明らかにされるんじゃないでしょうか?
おそらく、控訴するに当たり「控訴趣意書」にその控訴する理由がちゃんと記述されているかと思いますので、
それを読んでみてはいかがでしょうか?
そこに今回の判決自体には不当とは思わないが、納得がいかない理由が記載されていると思います。
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放言 (玄倉川)
2008-10-04 02:11:39
>Unknownさん
「よくあること」というご意見には明確な根拠がないとお認めになったものと理解しました。
根拠を示さなければ誰でも好き勝手なことがいえます。それこそ橋下弁護士が「懲戒請求を一万二万とか十万人とか,この番組見てる人が,一斉に弁護士会に行って懲戒請求かけてくださったらですね,弁護士会のほうとしても処分出さないわけにはいかないですよ。」と視聴者を煽ったのと同じ、無責任な放言というやつです。
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Unknown (Unknown)
2008-10-05 01:19:13
玄倉川は「控訴理由書」で検索して、なかったんでしょ?
だったら、橋下知事の言い分も当然その「控訴理由書(控訴主意書)」で比較されるべきでは?
「控訴理由書」ではなかったと文句言いながら、橋下知事の控訴主意書は全く無視では議論のバランスを欠きますね。

どうも玄倉川さんは、死刑問題になると前回同様バランスを欠いた進め方が多いですね。
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愚劣にして卑怯 (玄倉川)
2008-10-05 18:32:01
> Unknownさん
仮に橋下氏が実際に控訴するのであれば、裁判所提出書類でそれなりに形をつけるだろうくらいのことは最初からわかってます。
私が問題にしたのは記者会見で「判決に不満はない」と言いつつ「控訴の意向」を明らかにした例があるのかどうか、です。
Unknownさんは「よくあること」と言った。私は「よくあることなら実例を見せてください」とお願いした。
ところがUnknownさんは実例を示そうともせずごまかして揶揄するばかり。実に卑怯な態度です。
これ以上愚劣な書き込みを続けるのであればコメントを承認しません。
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