玄倉川の岸辺

悪行に報いがあるとは限りませんが、愚行の報いから逃れるのは難しいようです

「偽装認知」の怪

2008年12月06日 | 日々思うことなど
いまさらこんなことを言うのもなんだが、国籍法改正反対派が問題にする「偽装認知」ってなんなのだろう。
黒い影と周辺の騒ぎばかりで、実体を見たものは誰もいない。

前の記事で、「国籍法改正反対運動(の空騒ぎ)が起きるまで『偽装認知』なんて言葉を聞いたことがない」と書いた。それはまぎれもない実感なのだが、あるいは単に私が無知だったせいかもしれない。世の中では実際に「偽装認知」の問題が起きていて多くの人が困っているのかもしれない。だとしたら大変だ。
というわけでちょっと調べてみた。

私は地方に住む一般人なので、関係機関や事情通から直接情報を得ることはできない。こんなとき頼みの綱はgoogleだ。
「国籍法改正運動」が起きる前の情報を知りたいと思ったが、「日付指定」条件で一ヶ月とか三ヶ月「以内」の検索はできても「以前」ではできない。検索結果を日付順にソートすることもできない。たいへん不便なので超絶的技術力を誇るgoogle様には何とかしてほしいところだ。

仕方がないので「"偽装認知" -blog」で検索した。国籍法問題に限らず、ネットで騒ぎ(政治運動・サイバーカスケード・ネットイナゴ・煽り・炎上)がおきると雑音やデマを増幅するブログ記事ばかり増えて一次情報にたどり着くのが難しくなる。ブログ記事にも有益なものがあるだろうが、9割はクズだと思って間違いない(スタージョンの法則)。もしも実際に偽装認知なる行為が横行しているのであれば、ニュースサイトでそれなりに取り上げられているはずだ。
だがほとんど何も見つからない。国籍法改正について「偽装認知のおそれ」を問題にする最近の記事ばかりで、実際に行われた偽装認知について知ることができたのは二件だけ。

偽装認知で中国人ら逮捕 在留資格の取得図る - 47news

偽装認知 ~不法滞在 新たな手口~ - クローズアップ現代 放送記録
NHK「クローズアップ現代」:中国人の偽装認知問題……NHKはここまでウヨクになったか! - Letter from Yochomachi

共同通信は2004年の記事、クローズアップ現代は2005年の番組だ。
…ネットで、国会で、あれだけ大騒ぎしている「偽装認知」の実例がたったこれだけ。なるほど、私が国籍法騒ぎ以前に「偽装認知」なる言葉を知らなかったのも無理はない。
読売・朝日・毎日・産経、新聞社のウェブサイトでも検索してみたが、改正法案がらみで偽装認知のおそれについて書いた記事はあっても実例をあげたものはひとつもなかった。有料サービスで過去記事を掘り出せば見つかるかもしれないが、どうも望み薄に思える。実例があれば国籍法記事の中で引用するだろう。

もちろん、情報収集のやりかたとしてgoogle頼りというのはお手軽すぎる。本気で調べるなら関係機関に電話したり新聞の縮刷版を調べたりすべきだ。私はそこまで根性がないのでやらないが(おい)、熱心に反対運動をしている人たちならちゃんと調べていることだろう。さいわい、国籍法改正反対派が作ったまとめサイトがある。そこなら偽装認知の実例が網羅されているはずだ。
もし自分が「代理出産」について情報を集めたまとめサイトを作るとしたら、日本国内で行われた実例(根津医師によるもの)は最重要の情報である。読者に「代理出産」の問題点を実感させるために実例ほど効果的なものはない。
さっそく国籍法改正反対派のまとめサイトに行ってみよう。

国籍法改正案まとめWIKI - トップページ
国籍法改正案まとめWIKI 2 - top.page

…おかしい。
「知識・資料」の項目をひととおり眺めてみたが、偽装認知の実例はひとつもない。あるのは「反対運動」の理論と情報ばかり。反対派は「運動」には熱心でも実例には興味がないのだろうか。私には理解できないことだ。
しかたがないので反対派に対抗する側のまとめサイトも見てみた。

e-politics - 国籍法改正

こちらにも実例はない。もっとも、反対派の誤解を解くことが主な目的なので、無視されている(あるいは存在しない)実例が取り上げられないのは無理もない。


たぶん国籍法改正反対派は
「これまでの国籍法は厳しくて偽装認知をやりたくてもやれなかったのだ」
「改悪されてザル法になれば何千件という偽装認知が起きるのは間違いない」
というだろう。だが本当にそうだろうか。
これまでの国籍法でも、胎児認知という形であれば偽装によって国籍を取得することができた。生後であっても、母親が日本人(遺伝的父親とみなされる男性)と結婚すれば準正手続きによって日本国籍が得られる。

HASEGAWA LAW OFFICE 婚外子の認知と国籍
一般的に、以下の場合に日本国籍を取得することができます。

胎児認知の場合、子は出生により、日本国籍を取得できる。
生後認知の場合は、母親の国籍を取得できる。
しかし、生後認知の前又は後に、両親が正式に婚姻し、その後、法務局で「準正」の手続きをとった場合、日本国籍を取得できる。

偽装認知が本当にそれほどうまみのあるものなら、これまでの国籍法でもやろうとおもえばできたはずだ。実際に2004年の共同通信記事、2005年のNHK「クローズアップ現代」で実例が見られる。ところが、そのあと偽装認知が継続して行われたり増加しているという話は聞かない。新聞でもテレビニュースでも取り上げられない。それはつまり、悪質外国人にとって偽装認知は割に合わない、やる価値のない方法だということを意味しているのではないか。
偽装認知なるものは、たぶんいろいろと手間のかかることなのだろう。日本人協力者を見つけ、認知が不自然にならないような移動・居住の事実を作りあげ(偽装し)、破綻のないシナリオを作って関係者に覚えこませなければならない。そこまでやっても窓口で怪しまれたら切り抜けるのは難しい。電話一本でできる振り込め詐欺とは違うのである。実務経験豊かな弁護士がこう言っている。

「観光ビザで女を入れるケースは山ほどみていますが、認知を利用した人身売買って、正直、みたことも、きいたこともないです。」
「いままでだって認知された子は日本人の子として在留資格「日本人の配偶者等」でちゃんと日本に上陸できるわけですよ。で、性的搾取をする目的でわざわざ認知をして、日本に幼児を連れてきたなんてニュース(実話ナントかはダメよ)、1件でもきいたことあります?
 
 あるわけないです。子どものホームレスもおらず、義務教育就学率ほぼ100%の日本で、性的搾取の目的で外国人の子どもを上陸させるなんていうのは、あまりにも危険すぎるからです。」

ほんとうは人身売買のことなんてどうでもいいくせに~“No pude quitarte las espinas” - いしけりあそび -

そんなところだろうと思う。中国人もフィリピン人もコロンビア人も、もちろん日本人も、「偽装認知」が楽に儲かる手段であればもっとしっかり(というのも変だが)がんばっているはずだ。最近はぜんぜん実例がない、数年前に何件かあっただけ、という実例の少なさは「偽装認知のおそれ」なるものの実体のなさを明らかにしている。

「2000年問題」とか「BSE問題」とか結果的に空騒ぎに終わった事件を思い出す。大きな違いは、2000年問題もBSE問題も専門家がリスクを警告し一般人が過剰反応したのに対して、偽装認知騒ぎは専門家(実務者)がリスクはないと言っているのに素人が大騒ぎしたことだ。ネットが普及すれば「普通の人たち」のリテラシーが上がると言われてきたが、今のところはデマを増幅する力のほうがずっと強いようである。


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10 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (読者)
2008-12-07 02:44:21

ここで書かれていましたし
偽装認知過去5年摘発件数僅か三件らしいですw

陰謀論的なビジネス云々言う人って現行の未婚で出生前認知で国籍生まれた子供付与出来たはずなんですけど(DNA無しでも!!)

それには反応しませんしDNA入れてもこうなること推奨してもこうなることは目に見えていると思うんですけどね・・・。
国籍法改正反対論における陰謀論の本質的かつ致命的な矛盾 - モトケンブログ
http://motoken.net/2008/12/05-094803.html#comment-1918
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偽装認知摘発件数 (仲@ukiuki)
2008-12-07 19:15:24
ごぶさたしています。

先月27日の参院法務委員会の会議録に、偽装認知事件として警察庁が把握しているものの数が記されていました。
平成15年(2003年)から19年(2007年)までで3事件だそうです。
ですので、これ以上探しても1件増えるだけで終わってしまいます。

ネットでのデマの増幅と流通に、あらためておそろしさを感じたというよりも、「あきれ」の方に強く傾いてしまう今日この頃です。。。
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脱力 (玄倉川)
2008-12-07 19:42:34
読者さん、仲@ukiukiさん、情報ありがとうございます。

「三件」ですか…。
それであの大騒ぎ。
いやもうまったく、何と言っていいかわからないくらいの脱力ネタですね。
デマや扇動って本当に怖いです。
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Unknown (読者2)
2008-12-08 11:53:28
はっきり事件とできたのが3件くらいなのでは?
(といっても、何か根拠があるわけではありませんが)

知らない間に、偽装で紛れ込んでいるのでは?という恐怖心が、今回の騒動の根底にあるような気がします。
今回成立した国籍法も前のも、同じくらいのザル加減でしょうけれど、今回の法で、前より少し厳格にしておけば、恐怖心が和らぐ、そう感じた人が、多くいたのではないでしょうか。
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Unknown (PTB)
2008-12-08 22:12:58
はじめまして。
れっきとした日本人男性を父に持ちながら、出生後認知であるために法の下の平等を享受できない子がいるのは事実ですので、実体のない恐怖心との釣り合いをとるために犠牲にして良いとは思えません。
いや、実態があったとしても出生後認知の子の日本国籍取得は速やかに認めるべきで、それを利用した犯罪を防ぐ手立ては別に講ずるべきでしょう。
旧国籍法が違反していたとされる憲法十四条(平等権)の精神が民主国家にどれほど重要なものか理解していない人が多いのではないでしょうか。
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コメントありがとうございます (玄倉川)
2008-12-09 02:02:05
>読者2さん
偽装認知に限らず、どんな事件も報道されるのは主に摘発された事例ばかりです。
それなのに、特に国籍法の場合だけ大騒ぎになる。実態がほとんどないのに。
やはり国籍法改正反対運動には特別な(「異常な」という言い方は避けます)パトスが働いていたのでしょう。

>PTBさん
まったくおっしゃるとおりです。
同意だけのコメントはかえって失礼かもしれませんが、「憲法十四条(平等権)の精神が民主国家にどれほど重要なものか」というご意見には大きくうなずくほかありません。
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Unknown (あべし)
2008-12-09 16:41:41
実際立件されたのがそれだけというだけで、実態はどうなのかはわからないですね。
現状でも不法滞在している外人が増加しているわけで、国籍まで与えてしまっては生活保護まで支給することになってしまう。
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心配のタネ (玄倉川)
2008-12-09 19:32:28
>あべしさん
「根拠はないけど(示せないけど)危険があるかもしれない」という論法ならどんなことでも言えます。
明日には首都圏直下型地震が起きるかもしれないし、きのう新型インフルエンザ患者が入国したかもしれないし、北朝鮮が核を搭載したノドンの発射準備を進めているかもしれない。世の中には心配のタネがたくさんあります。冷静に考えれば偽装認知の問題は危険物リストのずっと下のほうに置くのが正解です。
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ご存知かもしれませんが… (fukuchanM)
2008-12-11 11:08:01
こんにちは。いつも楽しく読ませてもらっています。たまたま別のサイトで「改正国籍法、何が問題なのか」というのがあったので、紹介させていただきます。ドイツで今回のような改正例と再改正があったようですね。既にご存知かもしれませんが…
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せっかくですが (玄倉川)
2008-12-11 19:22:20
fukuchanMさん、コメントありがとうございます。
ドイツでの「偽装認知」「DNA鑑定」については、中央大学の奥田安弘教授が国会で説明したことで間違いないのだろうと思います(以下に引用してあります)。私は素人なので検証はできませんが、奥田教授の言うことは完全に筋が通っており理解しやすいものです。
ご紹介していただいた記事を書いた鳥羽賢氏は経済学部を卒業した元化粧品輸入会社社員ですね。民法や国籍法について詳しい知識があるとは思えません。私は鳥羽氏より奥田教授の意見を信用します。

-------------- 引用開始 ----------------

 一部の報道では、今回の国籍法改正が成立すると仮装認知が増えるおそれがあるとして、ドイツにおける今年三月の法改正を取り上げております。しかし、このドイツの法改正は国籍法の改正ではありません。国籍法の方は、相変わらずドイツ人父親による認知だけでドイツ国籍の取得を認めております。今年三月に行われたのは民法の改正でありまして、ドイツの官庁が認知無効確認の訴訟を提起できるようになった、そういう内容でございます。

 すなわち、ドイツの民法では、改正前は、認知をした父親本人又は認知を受けた子供、さらに母親しか認知無効確認訴訟を提起することができなかったのです。これは法律上、明文の規定による制限です。そこで、新たに官庁もこういう訴訟を起こせるようにしたわけです。

 第二に、ドイツでは認知無効確認の提訴権者が制限されておりますが、日本法にはこのような制限がありません。それどころか、公正証書原本不実記載などの罪により刑事裁判で有罪判決が確定した場合は、裁判所から本籍地の方に通知がなされまして、本籍地の市町村では職権によって認知の記載を抹消することになっております。

 今回の国籍法改正が成立した場合は、さらに日本国籍を取得したとして戸籍が作成された子供についてもその戸籍は抹消されることになります。したがって、ドイツの三月の法改正はある意味では日本法では必要のないことであり、またある意味では仮装認知の防止と国籍取得を安易に結び付けるべきではないということを示しております。

 第三に、ドイツではドイツ人父親の認知があれば自動的にドイツ国籍の取得を認めており、我が国のように更に加えて国籍取得届を出させるというようなことはしておりません。これは極めて大きな違いであります。

 国籍取得届の詳細は、我が国の場合、国籍法施行規則一条や昭和五十九年の通達などに定められておりまして、これらも改正が予定されているようですが、この国籍取得届の取扱いは市町村への認知届とは大きく異なります。すなわち、届出人は必ず自分で法務局に出頭し、届出の際に届書や必要書類の点検を受けるだけでなく、いろんな質問をされた後に受付をしてもらいます。さらに、受付後も法務局の職員は届出人や関係者の自宅に赴いて事情聴取をするなどの権限が与えられています。このように慎重な手続を経て初めて国籍取得証明書が交付され、子供の戸籍をつくることができるのです。したがって、認知のみで国籍を与えるドイツと比較いたしますと、かなりハードルが高いと言えます。

-------------- 引用終了 ----------------

ttp://ukiuki.way-nifty.com/hr/2008/12/post-c05e.html より
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