玄倉川の岸辺

悪行に報いがあるとは限りませんが、愚行の報いから逃れるのは難しいようです

「在留特別許可」雑感

2009年10月11日 | 日々思うことなど
2ちゃんねるニュース速報+の「在留特別許可」スレッドを見て思ったことをいくつか書いてみる。
「在留特別許可違法論」については前にも書いたのでくりかえさない。「違法論」が成り立たない説明をseijigakutoさんがわかりやすく書いてくださっているのでぜひお読みください。

色々と誤解やミスリードがあるので、簡単に書いておきます。:seijigakuto - はてなハイク



さて、問題の2ちゃんねる「世論」はこちら。

(cache) 【社会】最高裁で国外退去が確定した奈良の中国人姉妹に千葉景子法相は在留特別許可出す

私の感想は例によってまとまりがないので箇条書きにする。

■ 「人治国家」ってどういう意味?
在留特別許可を強く批判する人たちが好む表現が「三権分立の崩壊、法治国家の終わり」とか「人治国家の始まりです」といったコケ脅しだ。前者は知識不足による思い込みだが、「人治国家」を持ち出すやり方はいかにも付け焼刃のようで滑稽だ。
念のため言っておくと、私は別に「人治国家でいいじゃないか」と開き直るつもりはない。だが、わかりやすい悪のレッテルとして大げさな言葉を使うのは幼稚だと思っている。子供が大金を表現するのに「一億万円だ、すごいぞ!」と叫ぶのはほほえましいけれど、いい大人が真似したらみっともない。

「人治国家」という言葉を持ち出して千葉法相を笑いものにしたり怯えてみせたりする人たちは、たぶん法務大臣の(法に定められた)裁量権について初めて知ってびっくりしたのか、あるいはゴリゴリの規則至上主義で裁量の余地を否定したいのだろう。落ち着いて考えれば、社会を動かすのは判断力と意思を持つ人間でしかありえないのは誰にでもわかるはずだ。まさか決定は全て規則とコンピュータに委ねろとか大臣はロボット化すべきだとか本気で主張する人はいないだろう …と願いたい。
さて、日本は幸いちゃんとした法治国家だが(そうですよね?)、世界には法治社会を作るのに失敗したズブズブの人治国家がたくさん存在する。洒落にならない「本物の」人治国家で権力者の法を超えた裁量権は何を意味するのか。それは「腐敗」であり「金」だ。裁量は権力者が私腹を肥やすために使われる、ということだ。
人治国家では法律は当てにできずコネとワイロが物をいう。「うちに入った泥棒を捕まえてくれ」と警官に頼むとワイロを要求されるのが人治国家である。ところが、わが日本国で人治国家の影に怯えているはずの人たちの誰一人として制度的な腐敗へのおそれや怒りを訴えない。「反日」とか「売国」とかイデオロギー的な批判を繰り返すばかり。単なる言葉遊びのようで全然リアリティがない。これでは「人治国家という言葉を使いたいだけだろう」としか思えないのである。

役所に手続きに行った男が帰ってくると「ひどい目にあった、役人はぜんぜん信用できない!」と怒りをぶちまける。
愚痴を聞かされた相手が「そんなにひどい、信用できない役人だったのですか。それならあなたはその場で書類と手数料の釣銭をごまかされてないか確認したんでしょうね」とたずねると、怒っていた男はキョトンとして「いや、そんなことは思いもしなかった」と答える。
日本ではよくありそうな話だ。「役人は信用できない」と怒っていたのは、実は慇懃無礼な対応と待ち時間の長さにイライラしただけだった。無意識では役人が規則を守る真面目さを疑っていないのだ。
これがたとえばジンバブエなら「ワイロをケチったせいだ」とか「コネがない役人を信用しないのは当たり前」と呼ばれるはずだ。法治国家と人治国家の違いとはそういうことである。


■ グレーゾーン
在留特別許可を否定する人たちの考える「善良な外国人」と「不法入国者」の姿はそれぞれ真っ白と真っ黒で、中間にグレーの領域が存在しない。悪い意味でデジタル的で、“いちぜろ”思考のようだ。実際に私たちが暮らしている社会では、さまざまな場面でグレーゾーンが存在する。
たとえば自動車のスピード違反。パトカーが制限速度を超えて走っている車を見つけたら決して見逃さずサイレンを鳴らし、赤キップ青キップを切りまくる… という対応は非現実的だ。実際のところ、流れに沿って走っていれば10キロくらいのオーバーは見過ごされるのが普通である。逆に、狭い通学路であれば「制限速度絶対厳守」でビシビシ取り締まることもある。状況に対応する人間の知恵、法律や社会で認められた裁量権の正しい使い方といえる。税務調査でいえば、それぞれ異なる状況でどこまでが「合法的な節税」なのか、「不注意による申告漏れ」なのか、「悪質な脱税」なのか。規則一本槍では手に負えず、経験と知恵のある人間が判断しないとうまくいかない。


■ 最高裁判決の「重さ」?
不法入国者は「真っ黒」で、しかも「最高裁で退去命令が認められた」のだから、とんでもなく悪質な輩に決まってる!今すぐ日本から出て行け!!
…と言いたくなる気持はわからなくもない。いや、素直で真面目な人ほどそう思うのが普通なのかもしれない。だが、私はそれほど素直でも真面目でもないから簡単に決めつける気になれない。
本当に「真っ黒」で悪質な不法入国者であれば、滞在を認めてくれと裁判所に訴えても勝てる可能性は低い。裁判官はバカではないし、悪質な不法入国者はズル賢い。勝ち目の薄い裁判に時間と金を費やすより、一度は国外退去を受け入れ、後でチャンスを見つけてもう一度不法入国を企てたほうが合理的だ。
逆に、「白に近いグレー」のそれほど悪質とはいえない不法入国者の場合はどうだろう。支援者も集まりやすく、裁判を起こせば勝てる見込みも出てくる。本人が「自分は悪くない、問題を起こさず暮らしている日本から追い出されるいわれはない」と信じていればなおさらだ。地裁で勝てればよし、負けても高裁や最高裁なら正当な望みが認めてもらえると希望をつなぐだろう。
結果として、真っ黒な不法入国者は「裁判を起こさず素直に国外退去を受け入れ」、薄いグレーの不法滞在者のほうが「最高裁までゴネるなんて悪質だ、許せない、出て行け!」と必要以上の批判を浴びることになる。黒さの度合いとバッシングの強さが逆になっている。何かがおかしい。

特別在留許可が認められた二人の中国人女子大生が実際のところどれくらい「黒い」のか、あるいは「白い」のか私は知らない。幼いとき親に連れられて日本にやってきたという経緯からするとほとんど白に近いグレーだと思える。だから私は千葉法相の判断に異を唱える気になれない。「裁判でゴネた」から悪質だとか、「最高裁の判決をないがしろにして在留許可を出すのは許せない」と決め付けて叩くほうが短慮に過ぎるだろう。不正を憎み悪を懲らしめたいと願うのは結構だが、不法入国がどれくらい「悪いこと」なのか、マスコミで話題にされた彼女たちが実際のところどれほど「黒い」のか、思い込みにとらわれず情報を集めしっかり考えた上で批判すべきだ。


最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown ()
2009-10-11 16:53:25
両親は既に帰国しているようですので、子供という立場を利用したゴネ得とか支援者の入れ知恵という印象を持つ人が多いのでしょう。

係争中に大人といっても良い年齢に逹してしまった以上、行状を鑑みて在留許可を出すことはありだと思いますが、行政側の説明が欲しい所です。裁判に時間がかかり過ぎたことで状況が変わった、と。
返信する
Unknown (Unknown)
2009-10-11 21:23:28
> 「黒い」のか、あるいは「白い」のか私は知らない。

憶測で物は言わない方が良い。ひょっとしたら真っ黒かも知れないのに、調べもせずに「異を唱える気になれない」事も、中国人を安易に批判するのと同じくらい「短慮に過ぎる」と思わざるを得ない。
返信する