玄倉川の岸辺

悪行に報いがあるとは限りませんが、愚行の報いから逃れるのは難しいようです

NHKに「悪魔の証明」を求める西村幸祐氏

2006年04月12日 | ネット・ブログ論
とてもジャーナリストが書いたとは思えない粗雑な文章だ。

酔夢ing Voice - 西村幸祐 -: 荒川静香選手のこと
荒川静香の消された日の丸ウイニングランのことが話題になってから大部時間が経過した。結論から言うと、今回はNHKが意図的に放送をしなかったという証拠がない。つまり、限りなく黒に近いというところだろう。

「意図的にやらなかったという証拠がない」ので「限りなく黒に近い」(=ほとんど黒といって間違いない)こんな主張が通るのであれば、永田議員も「武部幹事長の次男が金をもらっていないという証拠がない」だから「限りなく黒に近い」と言い逃れることが出来ただろう。
「ないことが証明できない」「だからあったはずだ」という論法は、いわゆる「悪魔の証明」を求めるものだ。

(追 記)
私がトラックバックを送った後、西村氏は「結論から言うと、今回は現時点でNHKが意図的に放送をしなかったという証拠がない。つまり、過去の例から言えば、限りなく黒に近いというところだろう。」と訂正された。この文章であれば私も納得できる。
「ジャーナリストが書いたとは思えない粗雑な文章」という西村氏への批判は取り下げることにする。


悪魔の証明 - Wikipedia
悪魔の証明(あくまのしょうめい)とは、モノ・行為の存在を巡って、「あること」に比較して「ないこと」を証明することが極めて困難であることを比喩する言葉である。
(中略)
「あることの証明」は、特定の「あること」を一例でも提示すれば済む。しかし、全称命題を対象にする「ないことの証明」は、全ての存在・可能性について「ないこと」を示さねばならない。すなわち、「ないことの証明」は「あることの証明」に比べ、困難である場合が多い(検証と反証の非対称性)。

このため、議論においては、「ある」と主張する側が、「ある」を証明すべきであると言われることがあり、このようなルールにも、一定の合理性があると言える。もちろん、現実の論争の場で、これは絶対的なルールではない。何故なら状況証拠を収集して、推論を導き出す事は有効であると社会的に認められているからである。

科学における証明は「ある」と主張する肯定側が負うべきとされている。したがって、「ある」が証明されなければ「ない」と見なされる。証明抜きで無限に発せられる荒唐無稽な主張に対して、否定する側が全ての可能性を反証しなければならないというのは不合理だからである。ただし、「ある」と主張する側が適切な理由を提示できる場合は、「可能性が極めて低いが完全には否定できない」「存在の可能性を考慮しても良い」などとされる場合もある。


西村氏がご自分の結論としてNHKが「限りなく黒に近い」とお考えになるのは自由である。
だがその理由が「意図的にやらなかったという証拠がない」からだ、というのでは全くお話にならない。
そもそも「意図的にやらなかったという証拠」なる言葉からして意味不明だ。
もし私が運転中に事故を起こして、相手から「意図的にぶつけたのではないという証拠」を示せと要求されたらどうすればいいのだろう。私はその手段を思いつかない。仮に「スリップして」とか「オーディオの操作に気を取られて」とか「車の調子が悪くて」といった理由を挙げても、「そんなのはただの言い訳でしかない、早く『意図的にやったのではないという証拠』を見せろ」と言われそうだ。
西村氏はこのような言いがかりをつけられたとき、誰にとっても明白な「意図的にやらなかったという証拠」を示せるのだろうか?

こんな馬鹿げたことを書くくらいなら「確実な証拠は何もないが、『前科』からしてNHKは黒だと思う」とか「『テレビ関係者に聞いた限りでは、NHKの見解である「国際映像信号が途切れたから」という理由を一笑にふす人が多い』のでNHKの説明は信じられない」とか書いたほうがよほどマシであろう。少なくとも「悪魔の証明」を求める愚からは無縁だ。


西村氏がこの件についてどれほど取材したのかも疑問だ。
文中に書かれているのは「ウィニングラン未放映問題」が「多くのブログで語られ」たこと、「国会や都議会でも取り上げられた」こと、そして「テレビ関係者に聞いた」話だけである。有名なジャーナリストである西村氏がまさかこの程度の材料だけで「限りなく黒に近い」という「結論」を出したとは思わないが、残念ながら氏の文中からはそれ以上の取材が行われた形跡を読み取れない。
「ウィニングラン未放映問題」を早くから取り上げていた花岡信昭氏への取材はされたのだろうか。花岡氏はご自分のブログでこの問題を5回(+1回)にわたって書いておられる。

  NHK批判の「落とし穴」
  NHKの「偏向」批判を解析する
  NHK「偏向批判」は的外れ・総括
  まだ続くNHK「偏向」問題
  「荒川日の丸ウイニングラン」疑念への報告

  番外編 「ブログ世界」をめぐって反響が

「NHK『偏向批判』は的外れ・総括」以降のエントリで花岡氏は「TOBOの『PRODUCTION HANDBOOK』というペーパー」という物的証拠を入手して記事を書いている。西村氏は有名な保守系ジャーナリストなのだから、、同じく保守系ジャーナリストである花岡氏に頼んで「TOBOの『PRODUCTION HANDBOOK』」を見せてもらうとか、その他の取材の経緯についてもいろいろと話を聞くことが出来そうに思う。だが「荒川静香選手のこと」を読む限り、西村氏はそのような取材をしていないようだ。

もし何らかの事情で花岡氏に取材することが不可能だったとしても、西村氏は花岡氏の結論(「NHK『偏向批判』は的外れ」)とは正反対の考え(「限りなく黒に近い」)をお持ちなのだから、トラックバックを送って「異論」の存在を知らせるべきであったろう。お二人ともブログで書いているのにトラックバック機能を使わないのはもったいない。花岡氏は自らを批判するコメントやトラックバックを(私の知るかぎり)削除していないので、西村氏の異論が消されることはないはずである。
西村氏の異論に花岡氏が応え、さらに西村氏が反論し…といった意見の応酬が起きれば、「ウィニングラン未放映問題」の真実に向けてより近く迫れたはずである。

西村幸祐氏が不注意にも(だと信じたい)「悪魔の証明」を求める愚行をおかしたこと、また花岡氏にトラックバックを送る手間を惜しんだことを心から残念に思う。