さよなら三角また来てへなちょこ

食い意地先行の放浪ブログ。たまにはHIVの事。

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自分のHIVの話もたまには「ちゃんとします」37 さよならネビラピン、こんにちは、ドルテグラビル。

2014年06月02日 00時28分06秒 | HIV

東京は、梅雨入り前の貴重な晴天が続いてます。
テレビのニュースやワイドショーは、「6月なのに、もう真夏日」とか、見出しをつけて、
エルニーニョ現象による冷夏予想に反して全国的に暑さが続く日々に、
気象予報士が謝っていたりするなどしていましたが、
梅雨入り前には、毎年、真夏並みに一度暑くなることはよくあることで、
真夏と違うのは、湿度もそれほどないし、夜になれば、気温が下がって気持ち風も吹くし、
まあ、ちょっと大げさなのは、テレビの常なのかもしれません。

そんなわけで、ブログを始めるきっかけのひとつでもある、HIVの感染告知が、11年前の6月。
ブログを始めたのは、10年前の8月。

昔のブログを読むのはとても恥ずかしいもので、
つたない文章力や誤字脱字はもちろん、そもそも何が書きたいのかわからなかったり、
そんなことを書いてどう思われたいと思ったのか意味がわからない時もあるのですが、
それはそれで、その当時、どんなバイアスのかかったフィルターを通して、
自分をブログに映し出しているのかが、ちょっとわかるような気がします。

ツイッターは、自分の言葉がタイムラインに流されて、ブログと比較して残らない気楽さと違い、
ブログは自分の書いたことがストックとしてどんどん溜まって残っていくのは、それもまた貴重で、
大したこと書いてないのはわかってるし、醜態も甚だしいのもわかっているけど、
バッサリ消すこともできない自分は、
リアルな生活でも、なかなか物を捨てられないでいます。

抗HIV薬を飲み始めて8年半。
いまのクスリの組み合わせで、約7年半。
今週から8年ぶりに、クスリの組み合わせが変わりました。
エプジコム(成分名ラミブジン+アバカビル)とビラミューン(成分名ネビラピン)の組み合わせで
これまでずっと服薬してきましたが、新しい薬は、
テビケイという名前で、成分名だと、ドルテグラビルというそうです。

自分が治療を始めるほんの数年前までの抗HIV薬は、
錠剤の大きさが異常に大きかったり、常温では保存できなかったり、
一日のうち何回も定時にちゃんと飲まないといけなかったりと、
クスリの副作用も吐き気や下痢、肝機能や脂質代謝に影響がでるなど、
みなさんとても苦労されていたようです。
自分も、一番最初に処方してもらっていた抗HIV薬は飲むとすぐお腹がゆるくなって、
しばらくトイレに行けそうにないタイミングでは、あまり飲まないようにしていました。

薬を変えることになったきっかけは、つい、数か月前から日本で売り出された、テビケイとよばれる、
その新しい抗HIV薬。
食後などに関係なく服薬することができ、一日1回で効くのと副作用がとても少なくという治験の結果で、
アドヒアランスやQOLの向上が期待されているとか、いないとか。

新しい薬がどんどん出てくる最近のHIVの治療の状況を聞くたびに、
いまのクスリの組み合わせが、本当にいいのか、古い薬を飲み続けていることに、ちょっとした疑問をもって、
お医者さんに、その疑問をぶつけたことがあったのですが、今の薬の組み合わせでまったくうまくいっているから、
問題なければ変える必要がないんですよーって言っていたお医者さんが、先日の診察で勧めてきたのです。
このタイミングで勧めてきたのは、1日2回から1回に飲む回数が減るのが、大きな理由だったようです。

実は前の病院の先生の指導のもとに1日2回飲まななくてはいけない、抗HIV薬を、
これまでずっと朝夜まとめて2錠を朝1回で飲んでしまっていたので、
その意味ではメリットがなかったのですが、
何よりも、錠剤の大きさがそれまでのものと比べ非常に小さく、
一回に飲む抗HIV薬が2錠になって都合1錠減るという意味では、
自分としてはメリットを感じることもあって、先生の勧めに乗ってみました。

新しい薬なので、一応、2週間後に一度採血をし、様子をみるということなので、
処方は2週間分のみ。抗HIV薬を飲み始めた頃を思い出すようで、なんだか新鮮でした。
ただし、7年半の飲み忘れなど、たまりにたまって、古い薬のストックは、約3か月弱。
エプジコムはこれからも飲み続けるから無駄にならないけれど、
飲まなくなった薬は…やはり、古いブログの文章と同様に、捨てられずにずっと残りそうです。

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そこそこ頑張って、そこそこ逃げて生きていきたいと願う39歳。

2014年02月02日 00時40分37秒 | いろいろ

あっという間に、2月です。
更新もまばらになったこのブログを、定期的に見てくれている方いるかどうかわかりませんが、
あけましておめでとうございます、の挨拶も、今日が初めてです。
自分に頂いた年賀状も、自分が年末に出していたのは、ほんの2枚程度だったので、
ほとんどは年明けに返事を書いたのですが、
年始に遅れて届いた年賀状のうち、結局、松の内に出すことができず。
ようやく、いろいろ仕事や気持ちが落ち着いて、寒中見舞いの私製はがきを買ってきて返事を書こうとしたら
5枚中4枚も書き損じてしまい、結局、買い直していると立春の前に届かなさそうだったので、
あきらめてしまいました。

もし、ご本人がこのブログを見ていたら、ほんとごめんなさい。

今年の年末年始は、本当に仕事が辛かったなあ。
自分が背負っている仕事の大きさと自分のスキルの低さのギャップに、
気持ちが落ち込んで仕事を辞めて逃げ出しくてたまらない毎日でした。

今振り返ると、今年の年末はBEGINやPerfumeのライブに行ったけれど、
楽しめたのは、ほんの一瞬。Perfumeのライブに至っては、
仕事が終わらななくて、東京ドームにたどり着いたのは、開演後1時間半後でした。
それでも、ライブパフォーマンスを観ていると、
落ち込んだ自分をどこかに連れて行って気持ちを前向きにしてくれるようで、
音楽っていいもんだなと、38歳にして、初めて気づくのでした。

一番親しい友達や、同じ会社に勤めるゲイの先輩社員の友達も心配してくれました。
気持ちが一番落ち込んでた年明けに、誕生日を祝ってくれました。
一緒に過ごす時間は楽しく、情けなく疲れ切って仕事を辞めて逃げ出しそうな自分を、
支えてくれました。

でも、決して逃げなかったわけではなく、逃げてばかりでした。
休みの日は部屋から出るのも面倒で、テレビのニュースを見るもの仕事を思い出して、
ひたすら布団の中で過ごす日もあれば、
食べて食べて食いまくってもやっとした気持ちを忘れる日も。

ふと、このブログのプロフィール欄を見たら、まだ36歳になっていますが、実際は、先月の誕生日で、もう39歳。
いろいろと逃げられない年齢になってきているじゃないですか。
人生なんて何度でもやり直せるとは思うけど、失敗して、社会からドロップアウトしてしまうことへの不安は、
どうしたって、減ることはなく、増えていきます。

でも、逃げられるときは、逃げたほうがいい。
そんなに人間はそんなに強くない。
辛いときはどうにかしてやり過ごすしかない。そしたら、いつかまた前向きに仕事に立ち向かえる時が来る。

今の仕事と向かい合うしかないのなら、これまで申告していなかった、
所得税の障害者控除の申告でもしてみようかな。

辛かった年末年始を超えて、そんな気持ちになっている、2月のはじめです。

画像は、昨年12月24日の東京ドームのPerfumeのライブ終演後。
初めてPerfumeのライブに行くことができました。
ライブの最後に天井から降ってきた風船は、ただの風船じゃなく、手書きのメッセージが印刷されたものでした。
座席は、ステージから遠く、しかも仕事で遅れて半分しか見れませんでしたが、
終演後は、やさぐれてた気持ちが、いつの間ににか、消えてなくなっていました。

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あまちゃんな年末。

2013年12月31日 21時45分17秒 | いろいろ

 

んなわけで、随分とブログを書かない間に、暦の上ではディセンバー。

明日は、ジャニュアリー。ニューイヤーってわけです。

なんていうかですね、はっきり書くと、今年は仕事で自信が全く持てない1年でした。

2013年の年末も、そんな一年と変わらずです。

昨日12月30日も、仕事の帰り道、仕事のことが気になって、とある場所に寄り道して帰ったのですが、

冷え込む夜8時のとある駅のロータリー、イルミネーションがぽつっと光るロータリーのベンチで、

スーパーマーケットでセール価格で安くなっていたハーゲンダッツを3個も、

もうどうにかなってしまえとばかりに、やけ食いしてました。

今年、せっかく10kg痩せたのに、なあ。

今日は今日で、仕事は休みでしたが、録画してあった「あまちゃん」(NHK)の総集編を見ながら、

「自分も田舎に帰ろうかな。本当は、自分は田舎の高校卒業したら、地元で就職すべきだったんじゃないか。

東京に上京して、大学出て、大きな会社に就職するような人間じゃなかったんじゃないか」

…そんな風に思いながら見ていたことを思い出していました。

 

年中自信がなかったわけではないですが、自信がある山が高い時期と、自信がない谷底の時期を均してみれば、

総じて、自信がなく、低空飛行が続いた1年だった気がします。

どこかの大学の総長が書いた「置かれた場所で咲きなさい」という本がベストセラーになったそうですが、

自分はここで必要とされているのだろうか、本当は別のところで咲くことを目指すべきなんじゃないか。

いや、そんなこと考えたって仕方ないじゃないか。上手くいくときもあれば、失敗もあるさと思えば、

でも、自分の人生は、仕事だけじゃない。人生が仕事に押しつぶされてしまうなんて、あってはならない、

どうせなら、自分が好きな、沖縄・八重山に逃げ道を見つけに行ったっていいじゃないか。

そんな悲観と、楽観と、逃避を、繰り返していました。

 

年が変わるだけで、気持ちが前向きになるって思った時期も過去で、

親しい友達が、また同じ一年がやってくると思うと、気が重いと言った言葉が深く響きます。

でも、根拠がないのに、どこかに、希望があるような気がして、ならなくて、

それだけが、生きる勇気のような気がします。

きっと、その根拠のない希望さえなくなったら、生きていけなくなっちゃうのかな。

その前に、30%オフで買った伊達巻食わなくちゃ。そろそろ、紅白であまちゃんコーナーが。

この一年、そして昨日、今日、今この瞬間も、ぐるぐると、

頭をいろんな気持ちがよぎる、そんな2013年の年末です。

画像は、沖縄県小浜島のシュガーロード。

あまロスのあと、10年遅れてちゅらさんにはまっています。

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能書き云々は後でいいから、先にうまいもんを食わせてくれ。

2013年11月05日 23時12分12秒 | 食べ物の話

んなわけで、昨今、メニューの偽装が話題になっていますな。

今回のニュースで、気になるは、どうでもいいことと、ちゃんとしなくちゃいけないことが、

ごっちゃになっていて、大切なことがぼやけているような気がします。

たとえば、

「地元の朝採り野菜を使った、○○シェフのお任せサラダ」

みたいな、メニューがあるとするじゃないですか。

・地元産以外の野菜を使用していました。

・市場の開いていない日は、前日収穫した野菜を使用していました。

・○○シェフ以外が、レシピ考案も調理も担当し、○○シェフはまったく関与していました。

…例を挙げれば、こんなことが騒がれていますよね。

品種や産地を偽装して、実際より著しく良いものに見せるもの(景品表示法の優良誤認とかでしょうか)でなければ、

今、世の中で叩かれて社会的制裁を受けるほど悪いことではないような気がします。

海外産の安い牛肉なのに松坂牛とメニューで謳って高い値段をとるなどは、まったくダメで、

そのような例以外も、もちろん、悪いは悪いのですが、

手ごねハンバーグが手ごねがなかったなどは、言われているほどの騒ぎじゃなく、

基本は、おいしいものが食べれるなら、どうでもいいと。

 

メニューの表記も、おいしさを連想させる大切な要素かもしれないけれど、

内容を伝えるのに必要な表記だけで十分で、

それこそ、こだわりを前面に出しすぎると、自分には少しくどい説明に聞こえたりするので、

自分にとっては、メニューの表記は、それほど重要じゃなかったりします。

料理を提供する側も、もっと自信をもっていいのでは?

ブランドや調理法などのイメージに左右されず、

おいしいものをおいしいとちゃんと判断できる消費者でありたいと思う今日この頃です。

画像は、吉野屋の子会社が新規事業として杉並区・新高円寺駅近くに開いた、ピザ店のマルゲリータとジェノベーゼ。

混み合っていたので、お持ち帰りしてきました。

吉野屋と聞くと、イメージがイマイチに感じる人も多いでしょうが、1枚500円だったら、上出来です。

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その買い物に、プライスレスな夢を見る男。

2013年10月02日 21時33分39秒 | いろいろ

外国のことはよくわからないのですが、

日本人は、家電製品好きが多いような気がします。

自分が上京した1994年当時の新宿の家電量販店は、ヨドバシカメラとさくらやだけだった気がしますが、

ヨドバシカメラは、フロアを広げ、近隣の雑居ビルにどんどん売り場を広げて、

最近では、スマートフォン売り場と関連グッズ、アウトレット商品を売る売り場が、

新宿西口の京王百貨店の向かい側のビルにオープン。

さくらやは、つぶれてしまいましたが、さくらやも一時は新宿西口思い出横丁横にある商業ビルに大型店をオープン。

その向かい側の小田急ハルクには、百貨店部分を縮小して、ビックカメラがオープン。

ビックカメラは、潰れたさくらやの店舗の一部を引き継ぎ、最近では、新宿東口の三越だった建物に、ユニクロとともに入居し、オープン。

そして、ヤマダ電機は、新宿東口の青梅街道大ガードそばの、銀行などがあったビルの跡地に、でっかくオープン。

もうおなかいっぱいなのに、ヤマダ電機はヨドバシカメラの目と鼻の先、新宿西口の甲州街道沿いにも、オープン。

新宿だけでも、売り場面積だけでいえば、数倍にもなっているような気がします。

…あっ、そういえば、一時期ベスト電器も新宿タカシマヤ内に出店していましたね。

 

同じ1994年当時の新宿と今の比較でいうと、書店は、新宿タカシマヤの並びにある新南口の紀伊国屋書店や、

新宿西口の東京モード学園のビルの地下にあるブックファースト以外には、

目立った売り場増加はないと記憶しています。むしろ、新宿三越の建物に入居していたジュンク堂書店は、

ビックカメラとなってしまったほどです。

自分としては、もうこれ以上新宿に家電量販店はいらないのですが、それだけ、ニーズがあるってことでしょう。

 

新宿に家電量販店はもういらないと言いつつも、自分も、家電を買うときは、じっくり比較し、

納得のいくものが買えるまで、いろいろ調べたり実物を見て回ることが多く、

時に今年は、冷蔵庫や洗濯機の買い替え時期を迎えたので、

休日は必ず家電量販店で、どんな機能があると、どのくらいの価格になるのか、品定めしながら、ブラブラしています。

 

んなわけで、パソコンを買い替えました。

今のパソコンを買ったのが2008年7月だったかな。5年2か月での買い替え。

1996年に初めて買ったWindows95搭載マシンから数えたら、5代目のマシン。

デスクトップが3台続き、ノートパソコン、今回買ったウルトラブックと、性能もよくなり、ずいぶんと軽くなりました。

最初にパソコンを買った時代と比べると、パソコンを取り巻く環境はずいぶん変わり、

デバイスでいえば、スマートフォンやタブレットもあるし、パソコンの重要性は低下気味。

とはいえ、文章作成や表計算処理、画像や動画の加工、グラフィックを多用するゲームなどには、

処理能力の高いCPUやメモリがあり、キーボードやテンキーが使えるパソコンのほうが便利。

自分も、たまに職場から持ち帰ってやらなくちゃいけない仕事や、一眼レフで撮った大量の画像を処理するには、

今のパソコンでは動作が安定せず、今年の夏に旅行に行った八重山の写真の1/3ほどは、

メディアから外付けHDDにコピーする際に、消えてしまっていました。

そんなわけで、「新しいパソコンがほしい」熱は、夏過ぎから、急速に高くなっていて、

家電量販店に、これでもかといる、光ファイバー回線のセールスからの声掛けを巧みによけながら、

毎週のように、新宿、池袋、秋葉原、有楽町と、大型家電量販店のパソコン売り場を、見て回っていました。

 

今どきの若者は、買い物に執着がなく、商品が売れなくなっている原因になっているとかいないとか。

それに対し、まだ自分は、買い物欲があるほうで、

物が日常を豊かにしてくれたり、プライスレスな何かがあるのではと、買い物に希望というか、夢というか、

ある意味、勘違いをしていたりします。

新しいパソコンだって、これをきっかけに、趣味が広がったり、新しく出会いができて転職できたりとか、

鬱々とした日常から解放されて新しい世界が開けるのでは?と、夢見てしまうわけです。

 

世の中には、そんなミラクルはなく、どんなに新しくてスマートな家電に囲まれても、

ゲイ的にどんなにかわいい服を着飾っても、どんなにおいしいものを食べても、

自分が変わらなくちゃ、毎日は何も変わらない。

それはわかっているのだけど…しばらくは新しいパソコンと一緒に、

どうしたら、仕事から解放されて、沖縄に移住できるか、一所懸命考えることにしましょうか。

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40歳手前のおっさんの台風クラブ

2013年09月16日 10時36分12秒 | 旅行

東京は久しぶりに台風の襲撃を受けましたね。

前夜は飲んで帰ってきたため、室内が蒸し暑く感じられて、窓を全開にして寝ていたのですが、

深夜には窓を揺らすほど、風が強くなってきたため、

目が覚めて、窓を慌てて締めて再び眠りに。

でもこんな強い雨と風では、眠れなかった人も多いかもしれませんね。

 

今年は、石垣島でも、台風の襲撃を経験しました。

ちょうど、海の日の祝日の連休を利用して、6日間行ってきたのですが、

台風7号ソーリックの襲撃にあったのは、3日目~4日目。

ちょうど出かける2~3日前に台風が発生し、進路予報を見たら、ちょうど先島諸島を直撃。

ちょっと嫌だなあと思いつつ、沖縄で台風を経験することもなかなかないかなと思って、

すこしワクワクしていました。

 

本州に近づくころの台風の勢力と言えば、960~990Hpaといったあたりが相場ですが、

この時は、勢力が920Hpaということで、その強さにビビり、

2日間はどこにも出かけられないんじゃないかと思って、午前中に地元にあるサンエーに買いだしに行ったら、

カップラーメンは完売、お惣菜なども最初から作ってないのか、棚がガラガラ。

午後には、このスーパーも、同じ敷地内にあるマクドナルドも、レストランも店を閉じてしまいました。

街中の店舗は、飛散物から建物を守るために、店頭のガラスの前にネットを貼ったり、

ビニル製の庇をくるくると丸めていたりと、台風の準備に大忙しなわけです。

 

夕方から夜にかけて、台風が沖縄から、宮古島、石垣島へと近づいてくると、

風雨は一層強くなり、風を切る音もすごく、怪獣が町を襲うような雰囲気。

どこにも出かけられない宿泊客を案じてくれたのか、

民宿のおかみさんが、サーターアンダギーを持って来てくれたのが、とても嬉しかったです。

 

民宿にあるエアコンの室外機が回らず、効きが悪く室内が蒸し暑くなり、

サッシ窓とサッシの桟のわずかな部分から、外側から雨がピュッピュと吹き込んで、水がたまってしまうほど。

外は、木の枝や、ゴミなどが転がり、アスファルトにたたきつける音が激しく、

もしも飛んできて身体に当たることを考えると、歩くことは危険なのはもちろんです。

 

そして、極めつけは停電。

最近、停電を経験することがなく、もしかしたら10年前にホーチミンに旅行に行った時以来かも。

台風情報が得られない不安ももちろん、

夏にエアコンが最終的にまったく効かなくなるのは、なかなか大変なことです。

台風の風雨のピークはちょうどこのころだったでしょうか。

当初は920Hpaだった台風も、近づくに従って、940Hpaくらいまで勢力が落ちてきて、一安心。

幸いなことに、自分たちの民宿のあった地区は、停電と復旧を繰り返し1時間ぐらいしたら、

安定して、電気が通じるようになりました。

 

翌日も、台風は与那国島方面にあり、まだ空は雲が残り、吹き返しの風が強く吹いていました。

それでも、街中では、片づけが始まっていました。

印象的だったのは、海水の混じった雨が吹きつけたため、

街の街路樹や花が茶色く変色している様子や、停電したままの交差点の信号を速度を落として進む自動車や、

あちこちに散乱した木の枝を片付けたり、シャッターなどを水で洗い流す住民の様子。

一斉に水を使わないようにと、防災無線のスピーカーから流れていました。

プラスチック製の看板は割れ、どこから飛んできたのかわからないトタン製の看板が歩道に残っていました。

 

その日の夜、地元のゲイバーに行って地元の人や観光客に聞くと、

ちょっと怖かったけど、普通の台風並みであったことや、通過する時間も12時間くらいと、

行ったり来たり停滞するような台風でなかったことに安心したようで、

昔、あんな被害があったとか、過去の台風話に花が咲いていました。

ホテルによっては、停電が続き、非常電源で、レストランなど一部のみしかつかなかったりしたとか。

もちろん、離島を結ぶ高速船も止まったままで、観光の予定が狂ったりして、

僕らも含め、観光客にとっては、新鮮な経験だったことに間違えなかったでしょう。

 

あの台風を経験したら、本州ので経験する台風なんて、大したこと…ないと思っていましたが、

今回の台風18号マンニィは、風も雨も強く、熊谷や串本で突風の被害があったり、

京都では桂川が氾濫したり被害も多いですね。

一日でも早く、平穏な日常生活が取り戻せますように。

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自分のHIVの話もたまには「ちゃんとします」36

2013年08月28日 20時03分03秒 | HIV

なんんていうんですかね、男好きという意味でひとくくりにされがちなゲイの世界の中でも、

性的な嗜好はいろいろありまして、これまた千差万別です。

男性が好きなのかもと言うだけで、自分の知っている情報を頼りに、ゲイのコミュニティの入り口を手繰り寄せ、

繋がりを持ち始めたころ、「タイプはどんな人なの?」と聞かれ、戸惑ったのをよく覚えています。

タイプ…それは、自分でも考えたことがなく、とても難しい質問でした。

ただ、自分が夢の中に出てきた男性や、高校生の頃、漠然と、いいなあと思っていた男性は、

体が大きく、がっしりとした人が多く、その傾向を今でもずっと嗜好として持っています。

 

超オネエな感じは若いころとても苦手でしたが、ほどほど以下だったら、なんとか許容できるようになったし、

髪が長くして染めていたり、ホスト系のようなイケメンは今でも苦手です。

この嗜好の幅が狭い人もいれば広い人もいるし、年齢を重なるに従って変化して行く人も。

ゲイの世界では、自己愛(?)傾向が強いせいか、自分の性的嗜好に自分が近づいていってしまうことも多く、

体が大きくがっちり気味が男性が好きな自分も、痩せているよりか、太っている自分というものに価値があると

思っている節があります。

 

そんな自分なのですが、今年の3月ころから、仕事上の組織変更があって、

仕事内容は少し増え、上司や仕事仲間が少し変わり、すこしばかり…いや、非常にストレスを感じておりました。

それに伴って、食べてストレス発散することもあり、ひどい時は、職場から最寄り駅までアイスを2本食べ、

乗り替え駅で蕎麦を食べた後、どこかで飯を食って帰るといった爆食いも。

当然、体重も、沢山食ったあとで測ると、104から106kgと、

自分史上最高更新しそうな勢いで増えたのですが、その頃、身体の一部に異変が…。

恥ずかしい話で恐縮ですが、陰茎の包皮が、かさかさに乾燥し、一部に傷のような裂け目ができ、

小便の際に、とても痛く、日常生活にしばし支障も。

 

…これは、なにかの性病をもらってしまったのか。

行きつけのHIVのクリニックは、性感染症も広く診察しているので、

定期通院のタイミングより少し早かったのですが、診察日を変更して、診てもらう事にしました。

医師「…くまぞーさん。これは、ヘルペスじゃなく、原因は糖尿ですね。数値もまったく改善がないようですし

   専門のクリニックへ行って治療した方がいいですよ」

 

うーん、これは困りました。

あきらかな糖尿病の症状を目の前に、これは、本当に、糖尿病の専門に扱う内科へ

行かなくてはならなくなるのかと思った反面、

HIVの薬以外にもすでに高脂血症の薬や高血圧の薬も飲んでいて、もうこれ以上増やすのは沢山です。

そんなわけで、人生で何度目かのダイエットを始めることになりました。

 

最初は夕飯を食べる前に豆腐を食べて、ご飯を少なくすることから始まり、

次第にキャベツをたくさん食べて、次第に自宅でご飯を炊くことが、まったくなくなりました。

昼飯も、カロリー表示を意識し、カット野菜を食べてから、おかずを食べ、そしてご飯。

ご飯も、高カロリー弁当から低カロリー弁当、そして、おかず+おにぎりへ。おにぎりも2個から1個、

そして、おにぎりなしの時も。いわよる炭水化物ダイエットってやつですね。

そんなわけで、最初目標にしていた100kg以下から目標を徐々に上げて、

97kg、95kgと少しずつ目標がクリアしていきました。

 

…そして、前回の診察から3カ月後の先日。定期通院の日がやってきました。

医師「えーとですね、前回の検査の結果を見ますと、数値が悪化していまして…」

くまぞー「それで、先生。ちょっと頑張って痩せてみたんですけど、10kgとは言いませんが8kgから9kgは減らしたので、

あと3カ月、いや、今日の検査結果を見て判断していただけないでしょうか…」

医師「いやー、そうでしたか、たしかに痩せられましたね。3カ月でよく頑張りましたね。それならば…」

 

体重の測定結果は92kg。

3カ月のダイエット作戦は、ひとまず成功でした。

ストレート(異性愛者)の他人から見れば、まだ十分デブですが、これ以上痩せてしまうと、

冒頭で書いたとおり、自ら、そこに広がる市場のニーズを捨てに行くようなもの。

そもそも、自分にニーズがあると考えてしまうところにも問題はありますが…、それはさておき、

これからは、体重をキープしつつ、食べたいものは食べていくぞ。

一応、健康にも気を使って、野菜は沢山食べていかねば。

自らの健康と引き換えに、どんどん食べて太ったり、プロテインを飲んで鍛えたり…

ゲイとは、そんな刹那的で悲しい生き方に、気づいてはいても、

そんなに遠くへ離れることが出来ないことを改めて認識した、夏の終わりでした。

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LEDライトで頭を中を過ぎる、将来とか、これまでの事とか。

2013年04月03日 00時10分59秒 | いろいろ

んなわけで、東京は、花散しの雨ですな。

久しぶりに実家に帰る機会があって、両親と会ってきたのですが、

母親が夕食の準備をしていると、

キッチンのシーリングライトの蛍光灯が切れてしまい、部屋は真っ暗。

でも、ここは、やはり息子の出番と、椅子に登って、

2重になっている蛍光灯のうち1つを外そうとしたら、

シーリングライトにくっついているプラスチックの部品がぽろっと

とれちゃったではないですか。

…あれ、これとれちゃうと、新しい蛍光灯が取り付けられないじゃないか。

せめてもう一つはと思って、残りの蛍光灯を外そうとしたら、

こちらも、ぽきっと音を立ててプラスチックの部品が床に落ちてしまいました。

 

両親は自営で仕事を営んでおり、今でも週一の休みしかないので、

今日何とかしないと、1週間まっ暗なまま。

あわてて、家族で電気店に新しいシーリングライトを買いに行くことに。

今はシーリングライトもLEDが主流じゃないですか。

自分も次に蛍光灯が切れたらLEDシーリングライトにしようと思っていたので、

値段は少し高かったのですが、電気代も安くなるのでLEDのやつを強引に勧め、

支払いは一応自分がして、買って帰ってきて、無事に取り換えることが出来ました。

 

LEDシーリングライトって、電球色と蛍光色との調光が自由で、明るさも自由自在。

部屋が明るいっていいものですよね。

LEDの寿命は約10年。10年後には、両親は75歳前後。

喜んでいる両親の顔見て、解りやすい親孝行ができた嬉しさの反面、

10年後に無事に生きてくれたらとも思うし、もしかして、どちらもこの世からいなくなっているかもしれないし、

言いようがないさみしさや、これまでの親不孝をたまらなく感じた、3月の夜でした。

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それは、忘れられない記憶の味の、鳥唐揚げ弁当。

2013年01月30日 23時56分09秒 | 食べ物の話

なんだかんだと言っているうちに、1月の終わり。

11月の終わりにちょっとした人事異動があって、

同じ部署内で、担当がちょっとばかり変更になっていました。

異動と言っても、仕事内容はほぼ同じで、扱う分野が違うだけ。

座っている机も、一列隣に移っただけです。

本格的には年明けの今年1月から担当になり、仕事を始めているのですが、

一緒に仕事をする人達もちょっと違えば、お取引先様も違う。

仕事の流れもちょっと違えば、流れる速さも違う。

自分にとっては、慣れないことも多く、まったく新しい職場と言っていいほど、緊張する毎日です。

おかげで、就寝時間も、早くなりがちな一方、朝は「会社行きたくない病」と闘って、

何かを振り切るように玄関のドアを開けて出ていきます。

 

担当も変わっているのですが、所属部署の職場自体の場所が変わって、

昨年11月からは埼玉県の蕨市まで通っています。

JR京浜東北線沿線で言うと、伊勢丹やパルコがある浦和と、そごうがある川口に挟まれた、

蕨の駅前は、乗降客が決して少なくない割には、若干寂し目。

昼飯を食べに出るにも、どこで食べようかと悩んでいましたが、

異動後は、近所のスーパーのお弁当を買って、社内で新しい同僚と一緒に食べる毎日。

異動前は、昼飯の時間は遅めで、ひとりで外に食べに行っていたので、

そんな昼飯事情も慣れるまでにも、もう少し時間がかかりそうです。

 

画像は、JR大森駅東口にある、鳥専門弁当店「鳥久」のお弁当。

本店は蒲田にあるようですが、本店のホームページには、大森の店の記載がないので、

のれん分けか、何かでしょうか。

鳥料理店でもなく、弁当店でもなく、鳥専門の弁当店という不思議な店のメニューは、

折に唐揚げやモモ焼きなどとご飯が入った、500円~700円お弁当と、

唐揚げ中心の御料理折詰の数種類のみ。

衣も香ばしくふわっと揚がった唐揚げの味は、大森勤務が終わって2カ月たった今でも忘れられません。

 

大森勤務は2カ月足らずでしたが、オフィス街でもあったため、

ワンコイン500円から、いろんな店でランチタイムのメニューがあって、

食生活的には、とても満足な2か月でした。

大森が懐かしくなくなるまで、もうちょっとかかりそうですな。

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大人が、雪が降るのを期待しちゃ駄目ですか?

2013年01月16日 00時10分09秒 | いろいろ

東京は、大雪になりましたね。

年末年始、仕事が続いて1月に入って最初の週末に、やっと正月休みらしい休みを3日間もらったのですが、

最終日になって、高熱が出て、その後、病院に行ったら、インフルエンザに感染してしていたことがわかりました。

3日間普通に休んで休み明けに、また風邪で休みますと言うわけにいかず、一日だけ無理を押して出勤し、

職場で風邪アピールをしっかりしてから、ふたたび3日間の静養。

14日の成人の日絡みの三連休も合わせ、結局6日間の冬休みとなりました。

最後にインフルエンザになったのは記憶になく、久しぶりにやってしまった感じです。

熱でうなされて寝られないほどで、熱が下がってきても、身体のだるさや食欲が回復するのには、

さらに2日間ほどかかり、なかなか手ごわい感じでした。

 

体力が戻るまでは大人しく部屋にいたので、テレビを良く見ていたのですが、

14日が成人の日ということもあって、

朝の情報番組で「あなたが大人になったと感じることは?」というお題で、

街頭インタビューのVTRが流れていました。

VTRを受けて、ドラマの告知に来ていた20代の若いタレントさんが、

「自分は雪が降ってもはしゃいだり喜ばなくなった」と話していたのを聞いて、

そうそう、自分も滅多に雪の降らない静岡から東京に上京したての頃、

雪が降ると、もうそれはそれは、すごく嬉しかったのに、

今は雪が降ると、とても厄介に感じるなあと、昔を懐かしく感じていたのですが、

大雪が降った昨日は、そんな大人気分も、まっさきに吹っ飛ぶ勢いで、

刻々と屋根や道路に雪が白く積もっていく様子や、緩い坂道が登れず難儀している車の様子を眺めたり、

先週買って昨日届くはずのソファが届けられないと連絡があった後は、しっかり着こんで出かける支度をして、

特に用事もなにのに、ザクザクと雪の上を歩いて、雪の感触が消える前に、

その風景と感触をそっと焼きつけていました。

 

仕事の日の降雪と、休みの日の降雪では、やはり全然違って、

休みの日に雪が降るのが久しぶりだったのかもしれないのと、

仕事の日に降るのとは全然違い、休みの日の雪は気楽なのでしょう。

それ以上に、やはり、雪景色好きなんだよなあ。

自分は多分、歳とっても、心のどこかできっと、雪が降るのをちょっと期待してしまうでしょう。

大人になったら、雪が降ってもはしゃいじゃだめかな。

だめならば、ずっと子供のままで、いさせてもらいましょうかね。

 

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それでも、生活と仕事が、そこにあるから、生きていく。

2012年12月31日 00時45分31秒 | いろいろ

2012年ももうすぐ終わりですな。

11月末からも、なんだかんだと、忙しく過ごしていて、

ブログから、遠ざかっておりました。

何があったのかなと思って、出来事を振り返ると、

11月後半は、横浜で開催された日本エイズ学会に、陽性者スカラシップ委員会の

プログラムを利用して参加させてもらっていました。

HIVボランティア各団体によって運営されているプログラムで、

専門家が参加する学会に患者の立場で参加することで現場に声を届けることが目的で、

去年も同じプログラムを利用して参加していました。

今年も刺激的な内容で、知識のブラッシュアップにもなり、

朝から夕方まで、ぎゅっと忙しい3日間でした。

 

12月初めは、2泊3日で、博多へ遊びに行ってきました。

博多は、子供のころ寝台列車に乗せてもらった時に一度行っただけで、ほぼ初めての場所。

ANAのプレミアムクラスで、ボーイング747の艦長席と呼ばれる、中央列で1席だけ独立したシートのり、

帰りは、博多から新幹線で5時間半かけて東京へ。

屋台で焼鳥や焼きラーメン食べたり、餃子や水炊きなど、あっという間でしたが、

のんびりしながら、いろいろ食ってきました。

 

12月後半は、2週連続で、土曜日に緊急で仕事の応援。久しぶりの肉体労働で、

バタバタとしておりました。

その上、珍しく1時間から2時間近い残業もあったので、

体中が筋肉痛となり、言葉が出てこないほど、ぐったり。

デスクワークになって久しく現場で働くことはなかったので、

なかなか、しんどい12月下旬でした。

 

生きていると、いろいろあって、

たぶん、ストレート(異性愛者)として生きていくのとは、

また違う困難さを抱えていているのを、改めて感じた2012年だったでしょうか。

ゲイとして生きていく人生は、しがらみがない人生ゆえに、

まっすぐ生きていくのは、難しいと思っています。

ブログでは書けないような、いろんな傷を抱えて、

それでも、自分が歩いてきた過去だから、

仕方ない、これからもずっと一緒に抱えて、生きていかないといけない。

きっとこれからも、そんな古傷がたまに晒されることもあるだろうと思います。

もう僕らは失敗できない年代にだんだん近づいているからこそ、

そんな傷や、自分の性と向き合って、これからを大切に生きていかなくちゃいけないなと感じています。

 

んなわけで、画像は、京都、蹴上駅付近。

南禅寺を通り、琵琶湖から取水するために作られた水路の上にひかれた、インクラインの線路。

今年最後の桜が、週末の京都の町に舞い散り、観光客や地元の人たちが、別れを惜しんでいます。

きっと、もう2度と出会う事ができない思うほどのせつなさと一緒に

心に焼きついた春の風景でした。

 

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回る寿司が、過去の風景となってしまう日。

2012年11月13日 23時53分28秒 | 食べ物の話

たまに寿司が食べたくなるのですが、

所詮、僕が食べられるのは、スーパーの総菜の寿司か、回転寿司。

以前は、立ち食いの寿司屋にも行くことはあったけど、

今では、回らない寿司屋には、随分と足が遠のいています。

回転寿司店は、ただ回るだけでなく、大手チェーン店を筆頭に、いろいろ進化してて、

タッチパネルで注文が出来たりするのは、居酒屋チェーンなどでも見られ、

良くある光景になりつつありますよね。

皿の片づけのための投入口が用意され、片付けた分、景品の抽選に参加で来たり、

また来店者の着席からの経過時間によってレーンに流す商品を変えたり、

面白い仕掛けで、効率的な運営がされているようです。

 

んでもって、この間、ふと、寿司が食べたくなって、渋谷にある元気寿司に立ち寄った時の事。

店内を覗いて、ああ、ついに、こんな日が来たんだなと思って驚いたのは、

回転レーンが見当たらないこと。

すべての商品がタッチパネル経由の注文で、いまどきの回転すし店と同じく、

リニアモーターカーのような小さな台車がレーンの上を自動的に移動し、

皿が運ばれてくるわけです。

 

ベルトコンベアで流れてくる商品を遠くから狙いを定めて、

目の前で取るという楽しさが、従来の回転寿司の真髄だと思うのですが、

注文レーン(?)と回転レーン、二つあったら、目の前を流れていても、

新しい商品を注文したいというお客さんが増えてきたというこのなのかな。

店側も、設備投資が少なくて済むだろうし、商品の廃棄ロスも少なくなるだろうし、

一石二鳥なのかもしれません。

渋谷という土地柄もあってか、ちょうど来店していた外国人のファミリーは、

メニューの英語表示もあって、言葉の壁がないタッチパネルの注文は重宝しているようでした。

 

この間も、久しぶりに会う友達と行った回転すし店も、

回転レーンには、午後7時台でも商品はスカスカで、タッチパネルによる注文がメイン。

もしかしたら、あと20年もしたら、回転すしは、ポケベルや折りたたみ携帯電話のように、

絶滅していってしまうかもしれませんな。

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今度の新しいタワーからも、ぼくのふるさとは見えないけれど。

2012年11月08日 01時15分22秒 | いろいろ

…墨田区押上。

なんだかんだと言って、スカイツリーの開業は、東京の今年一番の出来事だったんじゃないかなと思うほど、

インパクトがあった気がします。

東京駅の丸の内駅舎の復元でも、たくさんのお客さんを集めていて、

日本橋あたりも、住宅地としての需要がちょっとずつ出てきてるしているようだし、

東京の重心が、ぐぐっと東側に移動したかのような印象です。

新宿2丁目ほど集積していないけど、上野、浅草、新橋と、東京の都心から東部寄りにも、

ゲイタウンはひっそりと、かつ確実にあって、

東京の23区東部に部屋を探して住むゲイも多かったりします。

反対に、西新宿あたりの高層ビルの商業フロアのテナントは、

区画によって空きが目立ったり、上京してきた当時は、夜もにぎやかだったはずの歌舞伎町も、

コマ劇場も閉鎖されて人が減って寂しい雰囲気。

代謝が進まず、だんだん古くなっていく新宿をそばで見ることになる中野区の住民の自分としては、

寂しいかぎりですが、東京自体が、大きな意味で、街の代謝進んでいるという意味では、

いいことなのでしょう。

 

そんなスカイツリーに、この間、初めて登ってきました。

休みの日、ちょうど晴れた日曜日だったので、

今日はさぞかし眺めがいいだろうと思って期待していました。

午前10時半に着いたら、配布中の整理券には、4階のエントランスに午後2時集合の文字。

午後2時の整理券を持った人が並んだ順番で入場券を買い、エレベータの出発ゲートを通ることができます。

時間まで、東京ソラマチの中で買い物や食事を楽しんだり、ちょっと外に出て、川のほとりなどを散歩したり。

特に飲食店フロアは、話題店が多く、どこも激混みで、食品フロアの各店で食べ歩き用のスナックが用意されていて、

高速エリアのサービスエリアや道の駅感覚で小腹も満たされ、

あれこれと買えば、いい金額。まんまと、東武鉄道の戦略にはまっている感じがします。

 

午後1時40分ごろに並んで、実際に350mの展望台に登ったのは2時半過ぎだったかな。

一番高い展望台の天望回廊に登ったのは午後3時ちょっと手前でした。

11月の午後3時は、もう日が傾きはじめています。

スカイツリーから都心方面を眺めるには、逆行となり、

まぶしく、ちょっともやっとしていましたが、

地上450mからの眺めは、眼下の建物が模型のようにとても小さく、

遠くにあるフジテレビや都庁の建物なんかも、ちゃんと探せたし、

1時間ほど展望台にいても、全く飽きずに、パノラマを眺めて楽しんでいました。

 

スカイツリーは、電波塔として建てられていますが、地上波のテレビ放送の電波は、

まだ東京タワーからの引っ越しが終わってないとか。

実は試験送信したところ、かなりの建物で、アンテナの向きを変えるなどの対策がないとみられないと言うことで、

本来の目的としてはまだまだ途中のようですが、

なんといっても、楽しみに行列を待つお客さんの様子や、

エレベーターのドアが開いた瞬間のお客さんのリアクションや、

お年寄りや若いカップルまで、展望台で眺めている、どのお客さんも笑顔で、

それだけでも、充分素晴らしものが建ったなあと感じずにはいられません。

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年末の始まりを告げるもの。

2012年11月02日 00時03分21秒 | いろいろ

…11月ですな。

きっとあっという間に年末を迎えそうな勢いの毎日。

11月と言えば、、と言えばってほど、11月を代表してないかもしれないけど、

あちこちの神社で行われる酉の市。

電球に照らされてキラキラ輝く、縁起ものの立派な熊手を売る露店から聞こえる、

威勢のいい掛け声は年末に向かって慌ただしい時期のはじまりを告げるようで、

何も買わなくてブラブラするのも申し訳ないけど、

あの雰囲気がとても好きです。

昔若いころ行っていたとあるゲイバーには、いつも大きな熊手があったけど、

あれはきっと新宿の花園神社の酉の市で買ってたんだろうな。

去年は、ブログを通じて知り合った友達と一緒に浅草の酉の市に初めて行き、

こんなに規模の大きい酉の市があるんだと、ちょっとビックリ。

まだまだ、知らないことが多い、37歳です。

東京もだんだん寒くなってきました。なんだかんだと、いろいろ出来事があった一年だったけど、

どうかこのまま無事に過ぎて、一年の終わりに振り返ったら、

やはりよい一年だったなと思って、終われるといいな。

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たとえば、炊き込みご飯を作る炊飯器を開ける瞬間とか。

2012年10月29日 22時33分51秒 | いろいろ

…秋の夜長。

録り貯めていた「ホンマでっか!?TV」(フジテレビ)を見ていたら、

秋になって日照時間が減ると、幸せホルモンが減少し、

もの悲しくなると、おおたわ先生が話していたのですが、

自分は悲しくはならないけれど、確かに秋は、なにか、いつもは、

きっと大丈夫だろうと思って気にしてないことが、急に気になって、

どうなっているのかなと、ふと、案じることがあります。

自分は、他の事や他の人の事が気にできる余裕が出来たからなのかなと思っていたけど、

ちょっと違うのかもしれません。

遠い街の住む友達の事、昔からの友達の事、近くにいる友達の事、昔の上司の事、会社の元同僚の事。

自分は人づきあいがマメじゃなくて、かける言葉やメールも不器用で、

しかも、直接コンタクト取ることができる人ばかりじゃないから、厄介。

まあ、いいや。

もどかしさは、もうずっと自分が抱えていかなくちゃいけないと、腹をくくっていたりします。

 

最近、鮭の炊き込みご飯を繰り返し作ってます。

調味料を適当に入れ、鮭を入れて炊き込むだけなんで、

レシピってほどじゃないけど、一度覚えたレシピが美味しいと、ずっと繰り返す傾向にあります。

会社で夕飯の支度の話で盛り上がった時に、炊き込みご飯つくってるんだって言ったら、

「まあ、ちゃんと作ってるんですね~」と言われたけど、

作るのは炊飯器。ぼくは、待つだけ。

 

お釜に研いだ米に、水と、みりん、しょうゆ、塩昆布、顆粒のだしの粉末を適当に入れ、

スライサーで切ったにんじんと、半額になって安かった鮭を冷凍のまま骨だけちょっととって、ぼんと入れて、

あとは、炊飯器のスイッチを入れるだけ。

時間は測ってないですが1時間弱で、出来上がってくれます。

炊き込みご飯は、炊飯器を開ける瞬間が、一番幸せ。

なんとも言えない匂いが蒸気と一緒に噴き出します。

大好きな大葉を散らしたら、幸せホルモンが増えて、

人恋しさも、もどかしさと一緒に、どこかにふわっと湯気になって消えていってしまうようです。

 

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