ほぼ是好日。

日々是好日、とまではいかないけれど、
今日もぼちぼちいきまひょか。
何かいいことあるかなあ。

『ゲド戦記Ⅴ アースシーの風』

2006-11-26 | 読むこと。


         『アースシーの風』


『帰還 ゲド戦記 最後の書』から11年後、作者ル・グウィンは第5巻となるこの作品を発表しました。『帰還』が「最後の書」となっていたので、この『アースシーの風』が出たことに驚きましたが、その時は、ああ、またゲドの新しい世界に浸ることができるという期待でいっぱいでした。
しかし、ゲドのシリーズを最後に読んでから数年経っていたので、2003年にこの本を初めて読んだときは、物語に入っていくのに少し戸惑ってしまいました(単に、物忘れがひどくなっただけかもしれませんが・・・)。

この作品のゲドは、もう初老の農夫といったイメージです(ちょっと悲しい)。新しく登場したハンノキの悩みを聞き、彼にハブナーの王のもとへ行くようにとアドバイスします。おりしも、そこでは竜の問題を解決するため養女テハヌーが呼ばれ、テハヌーとともにテナーも同行していたのです。

この巻では、生と死、あるいは竜と人間について描かれており、最初読んだときはただもう難しくて、これは1度読んだくらいでは手に負えない話だなあ、と感じました(最後のほうの魔法使いたちの会話は、禅問答のようでした)。で、今回、1~4巻を読んだ勢いで、やっとこの5巻が手に入り読み始めたわけです。

難しい問題はさておき、この巻では今までになく若い女性が次々と現われ、きらびやかな雰囲気さえします。4巻で竜の娘であるとわかったテハヌー、カルガドからレバンネンの王妃にと送られてきたセセラク、そしてテハヌーと同じ竜のカレシンの娘アイリアン。彼女たちの存在の、なんと自由で、しなやかで、美しいこと!
それに比べて、ロークの魔法使いたちはもとより、若いレバンネンですら既成概念に縛られ、窮屈な世界に住んでいるように思えます。

このことからもわかるように、ここアースシーに変化が、新しい風が起きようとしていたのです。
最後の章で、生と死の境である石垣をみんな(竜、王、魔法使いたち)で壊す場面は圧巻でした。そしてそれを成し遂げたあと、テハヌーは黄金色に輝く竜となり、カレシンやアイリアンとともにもうひとつの風に乗り飛んで行きます。解き放たれたテハヌーは美しく、読んでいてとても感動的でした。

そしてまた、この巻には様々な愛も描かれています。
はじめは意志の疎通すらできなかったレバンネンとセセラク。異文化に育ちハブナーに送られてきたセセラクは、ここに登場した女性たちの中でも特に際立つ存在でした。ずっと反感すら抱いていたレバンネンですが、どうやら先入観を捨て一人の女性としてセセラクを見て、初めて彼女の素晴らしさに気づいたようです。ふたりの物語は始まったばかりですが、レバンネンの態度に私までテナー同様イライラさせられていたので、やれやれと胸をなでおろすことができました(まるで、おせっかいなおばさんですね)。

そして4巻で(やっと)結ばれて以来、穏やかな愛に満ちたゲドとテナー。このふたりは私の理想。
一人の女性としての生き方を選び、これまで常に誰かを「待つ身」であっただろうテナーが、一仕事を終えてようやくゲドの待つ崖の上の家に戻ってきます。そして、これまでのことを少しずつゲドに話し、最後に尋ねるのです。

「ねえ、わたしが留守の間、何してた?」テナーはきいた。
「家のことさ。」
「森は歩いた?」
「いや、まだ。」ゲドは答えた。

このふたりの会話で物語は終わるのですが、なんだかいい感じだなあと、とても気に入っています。
もう魔法使いではないゲドに、物語の表舞台から遠ざかってしまったゲドに、少し淋しさも感じていたのですが、魔法使いでなくなったおかげで、彼はとても自由な生き方をできるようになったのではないか、とさえ思えるようになりました。
人生の後半で、こんな穏やかで、幸せに満ちた余生を送れたらいいなあ・・・。


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