とね日記

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よくわかる量子力学:前野昌弘

2012年05月01日 14時35分37秒 | 物理学、数学
よくわかる量子力学:前野昌弘

よくわかる電磁気学:前野昌弘」を読んだからには本書も欠かせない。じっくり精読させていただいた。

本書は前期量子論(量子論の発見)からシュレーディンガー方程式を経て、水素原子や水素イオン中の電子分布に至るまでを、これまでのどの教科書よりも丁寧かつ詳しく解説した教科書である。前野先生がこれまでご自身の学生に対して行った講義ノートを元にされているので、前著の「「よくわかる電磁気学:前野昌弘」同様、学生がもつ素朴な疑問、理解のしにくい概念を可能な限り解消できるよう工夫がこらされている。

出版されたのは2011年4月。既に誤植が修正された第2刷が出版されているのを見るとその人気度をうかがい知ることができる。(電磁気学の教科書についても同じことが言えるが)購入されるのであれば誤植修正がされた「新品」をお求めになることをお勧めする。

記事一覧(物理学)」のページでわかるように、量子力学について言えば僕はこれまで 潮秀樹、ファインマン、ディラック、保江邦夫、朝永振一郎、小出昭一郎、江沢洋、猪木慶治・川合光、J.J.サクライの諸先生方がお書きになった教科書を読んでいた。(メシア先生のは手に入れただけで未読。)それぞれ特色のある良い本ばかりなので、優劣をつけることはできない。

とはいえ物理学を専攻する大学生の読書時間は限られているから、おのづと自分にあった良書を選ばなくてはならないだろう。本書は次のような読者に向いている。

- 量子力学をはじめて学ぶ人
- 古典力学と量子力学の関係をきちんと理解したい人
- 後述する目次の範囲の計算方法をマスターしたい人
- ディラックのブラ・ケット表記をマスターしたい人
- トンネル効果の計算方法をマスターしたい人
- 水素原子中の電子の波動関数や確率分布の計算をマスターしたい人

本書は360ページほどあるが、数式の変形も省略せずとても詳しく書かれているため「おわりに」で前野先生がお書きになっているように、次のような事柄を盛り込むことができなかった。これらについては他の教科書をお読みになるか、前野先生による続編を期待したいところである。

- ハイゼンベルク流の表示(行列力学)、ハイゼンベルクの運動方程式
- 摂動論をはじめとする数々の近似手法
- 多粒子系や場の量子化
- 量子情報
- ベルの不等式やアスペの実験、量子現象の視覚化など近年の話題


科学ブログ仲間(先輩)のT_NAKAさんから2010年の暮れにコメント欄を通じてアドバイスいただいた「光子にシュレーディンガーの波動方程式を適用してはならない。」、「光子は実数波である。」という内容についても、本書の第4章できちんと解説されていた。本書から読み取れる内容を箇条書きすると次のようにまとめられる。

- 粒子描像としての光子はエネルギーhνとして考えてよい。νは振動数なので可変(実数値)。つまり
「粒子」として扱えるがそのエネルギーhνに特定の「最小単位の量」として測られるものがあるわけではない。
- 光子の波動的描像に対して「波動関数に相当するもの」を考えることができる。
- 電子の(複素数)の波動関数に対応して光子の「波動関数に相当するもの」は実数(ベクトル)の電場Eと磁場Bである。つまり実数の電磁波。
- その「波動関数に相当するもの」をexp(it)のように複素関数表示をしたとしても、それは計算を簡単にする「便法」であり、その本質は実数波である。


教科書の記述では他のページの数式を参照させることがたびたびあるが、本書では参照先の式番号に加えてページ番号が小さいグレーの文字で表示されているのでとても使いやすい。この点は前著「よくわかる電磁気学:前野昌弘」も同様だ。

量子力学をひと通り学ばれた方にとっても「目からウロコ系」の有益なことがたくさん書かれている。ぜひお読みいだだいたい。


本書をお書きになった琉球大学の前野先生は、ネット上のハンドル名「いろもの物理学者」として知られている。

先生のホームページ:
http://homepage3.nifty.com/iromono/
http://irobutsu.a.la9.jp/

Wikiのページ: 
http://www.phys.u-ryukyu.ac.jp/~maeno/cgi-bin/pukiwiki/index.php

本書(量子力学)のサポートページ:とても充実している。
http://irobutsu.a.la9.jp/mybook/ykwkrQM/index.html


よくわかる電磁気学:前野昌弘
よくわかる量子力学:前野昌弘

 


なお、学生への講義経験が存分に活かされ、親切でわかりやすい教科書という切り口では、以下の山口大学の芦田先生のお書きになった2冊を僕は紹介したい。

熱力学を学ぶ人のために:芦田正巳
https://amazon.co.jp/&tonejiten-22/dp/4274067424

統計力学を学ぶ人のために:芦田正巳
https://amazon.co.jp/&tonejiten-22/dp/4274066711

上記2冊はPDFファイルとして公開されている。
http://collie.low-temp.sci.yamaguchi-u.ac.jp/~ashida/work/lecture.html


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よくわかる量子力学:前野昌弘


第0章:量子力学の門を叩く - 古典力学ではダメな理由
- 古典力学は素晴らしい
- 量子力学がないとわからないこと(なぜ原子に個性がないのか、どうして電子は回り続けるのか?、どうして磁石は磁石になるのか?)
- 量子力学で何が変わるのか?(状態を指定する方法、波動関数の収縮)

第1章:光の波動性と粒子性
- 光は波か粒子か(光の直進性)
- 光の粒子性の顕れ(黒体輻射と等分配の法則、光電効果、コンプトン効果)
- 章末演習問題

第2章:物質の粒子性と波動性
- 原子の安定性の謎(原子スペクトルの問題)
- ボーアの原子模型(量子条件、ボーア・ゾンマーフェルトの量子条件)
- ド・ブロイの考え
- 電子が波動であることの証明
- 古典力学と量子力学の関係
- 章末演習問題

第3章:波の重ね合わせと不確定性関係
- 古典力学から量子力学へ(フェルマーの定理と波動光学、最小作用の原理と波の重ね合わせ)
- 不確定性関係(局在する'波')
- もっとも極端な局在 - デルタ関数
- 波束の進行 - 群速度(物質波の'速度')
- 不確定性関係の意味
- 章末演習問題

第4章:シュレーディンガー方程式と波動関数
- シュレーディンガー方程式(E=hν、p=h/λから、解析力学から)
- 波動関数の意味(確率解釈、波動関数の規格化、射影仮説、シュレーディンガーの猫)
- 波動関数が複素数となる意味
- 章末演習問題

第5章:物理量と期待値
- 座標の期待値
- 座標期待値の運動
- 定常状態のシュレーディンガー方程式
- 運動量の期待値
- 章末演習問題

第6章:演算子と物理量
- 量子力学で使う演算子とその性質(線型演算子の定義とエルミート性、交換関係、正準交換関係、エルミートな演算子の固有値と内積の関係)
- エネルギーの期待値と固有関数(エネルギーの期待値、エネルギーと時間の不確定性関係)
- 期待値の意味で成立する古典力学と交換関係
- 章末演習問題

第7章:「状態ベクトル」としての波動関数
- 関数がベクトルであるとは?
- ベクトルと行列⇔波動関数と演算子
- 直交関数系
- ブラ・ケットによる記法
- ブラとケットで公式・定理を表現する(エルミート演算子の固有値は実数、エルミート演算子の固有値と直交性、Schmidtの直交化)
- ブラとケットによるx-表示とp-表示
- 章末演習問題

第8章:分散と不確定性関係
- 分散と標準偏差
- 不確定性関係と交換関係
- 章末演習問題

第9章:1次元の簡単なポテンシャル内の粒子
- 箱に閉じ込められた自由粒子
- 有限の高さのポテンシャル障壁にぶつかる波
- 波動関数の浸み出し(波動関数の減衰)
- 章末演習問題

第10章:1次元の束縛状態と散乱
- 1次元ポテンシャル問題での便利な定理(1次元束縛状態には縮退がない、対称ポテンシャル内の解に関する定理)
- 井戸型ポテンシャル:束縛状態
- 井戸型ポテンシャル:束縛されていない状態
- ポテンシャルの壁を通過する波動関数(E>V0の場合、E - デルタ関数ポテンシャルを通過する波動関数
- 1次元周期ポテンシャル内を通過していく波動関数
- 章末演習問題

第11章:1次元調和振動子
- 1次元調和振動子(1次元調和振動子のシュレーディンガー方程式、基底状態の解)
- 調和振動子のエネルギーレベル(級数展開によるエルミートの微分方程式の解、演算子による解法、一般の波動関数の形と母関数、電磁波のエネルギーがhνであること)
- 章末演習問題

第12章:3次元のシュレーディンガー方程式 - 球対称ポテンシャル内の粒子
- 3次元極座標のシュレーディンガー方程式(3次元極座標による古典力学、3次元極座標におけるラプラシアン)
- 3次元の角運動量(角運動量演算子、角運動量の絶対値の自乗|L(ベクトル)|^2)
- 角運動量の固有値(上昇下降演算子、|L(ベクトル)|^2の固有値
- 上昇下降演算子によるノルムの変化
- 角度方向の波動関数を求める(m=lの場合、m - 球対称な問題に対する波動関数(球面調和関数、極座標で解く3次元自由粒子)
- 章末演習問題

第13章:水素原子
- 相対運動の古典力学と量子力学(相対運動の古典力学、相対運動のシュレーディンガー方程式)
- 水素原子のシュレーディンガー方程式(球面調和関数を使った変数分離と無次元化、動径方向の微分方程式、エネルギー固有値)
- 水素以外の原子について(電子の軌道とイオン化、H_2+イオンの電子の波動関数
- 章末演習問題

おわりに

付録A:(量子力学を学習するための)解析力学の復習
- 最小作用の原理
- オイラー・ラグランジュ方程式
- なぜ最小作用の原理が必要なのか?
- 一般運動量
- 作用と保存則の関係
- 正準方程式
- 位相空間
- ハミルトン・ヤコビの方程式
- ポアッソン括弧

付録B:フーリエ変換

付録C:練習問題のヒント

付録D:練習問題の解答

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4 コメント

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Unknown (ひろゆき)
2012-05-05 23:44:43
図書館で試しにこの本を読んでみました。

不確定性原理の説明や、位置表示・運動量表示の物理的説明、波動関数とブラケットの対応などの説明が非常にわかりやすく、あまり他書にはない説明で、目から鱗でした!この本からサクライに行けば、かなり理解が深まりますね。

また、文章は砕けていますが、筆者の言いたいことがうまく描かれていて、大学に入学して力学を学んだ直後の学生にも勧められると思います。(清水先生のと違って日本語も明解でした。)

最近、外村彰さんが亡くなられたようですね。今日は本屋で「目で見る量子力学」と購入してきました。実験で量子的現象を実現する努力を学びつつ、QMを味わい直したいと思います。
返信する
ひろゆきさんへ (とね)
2012-05-07 09:16:52
「目から鱗」というのが、まさにぴったりな形容ですね。「この本からJJサクライへ」というのもうなづけます。文章の表現力も卓越しています。

外村さんの著書「目で見る美しい量子力学」は、全く違った「実験」という視点からの著書ですが、こちらも素晴らしいです。以前書いた記事のリンクを貼っておきます。

http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/1a00adb6963673d7a434b57cc58c0c81
返信する
Unknown (シンプルP)
2012-05-10 00:21:47
 記事を読み、早速購入しました。以前、小出先生の本で挫折し、量子学はあきらめていました。もう一回チャレンジします。
返信する
シンプルPさんへ (とね)
2012-05-10 01:05:16
この記事の責任は重大ですね!

小出先生の教科書はとてもわかりやすく、よいと思うのですが、言葉遣いが「教科書的」なので、なぜそこでそういう計算をしなければならないのかわからなくなり、集中力を持続するのが難しくなる場合があります。

その点、前野先生のこの教科書は文章表現が豊かで意味が伝わってくるのと、何のために学んでいるかがはっきり示されているので安心して読み進むことができます。

楽しみながら頑張ってください!

そして本書が理解できたら、小出先生の本に再チャレンジされるとよいと思います。小出先生の本は良書には違いないですし、本書では扱えなかった発展的な話題がバランスよく盛り込まれているからです。また計算例が数多く示されているので、量子力学を学ぶ学生にとって有益です。

計算力はつかなくてもいいから、量子力学の意味を納得しながらしっかり理解したいというのであれば朝永先生の教科書がお勧めです。実に味わい深く、読みやすい名著ですよ。
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