(岐阜県不破郡関ヶ原町 2003年8月3日)
(散策順序:松平忠吉井伊直政陣跡・東首塚・田中吉政陣跡・徳川家康最後陣跡・関ヶ原町歴史民俗資料館・決戦地・関ヶ原ウォーランド・小西行長陣跡・西首塚・関ヶ原宿)
慶長五年(1600)に行われた、戦国史上最も有名で後に多大な影響を及ぼした戦の地といっても過言ではないだろう。
今は、余す所無く史跡標示が立っていて、歴史的内容に反比例して観光一色となっている。
長浜に至る北国脇往還沿いの笹尾山山麓は決戦地で、標柱が立っている。
戦死者の首塚は西と東があり、西は胴塚とも呼ばれる。旧中山道と、東海道線の間に位置する西首塚は東海道線敷設の際、人骨が出土したという。
地形的な雰囲気は、我が家近隣の“山の湊新城”に似ており錯覚さえ覚えるが、気象的には厳しく、四季をしっかり味わえる地域である。
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