嘔吐
~久しぶり「病者」となって~
☆初めに☆
あらかじめ断っておきますが、私のコロナ対処の基本的スタンスは「普通に生活出来ている」ものとして、ということです。病魔に苦しんでいる人たちや、子どもたちに適用できるものではありません。前回の記事に寄せられた感想を見ていると、ここんとこはっきり言っておいた方がいいナと思った次第です。今回の記事もそういう気持ちで読んでください。
どうやら久しぶりに病に罹(かか)ったらしい様子(まだ終わってない?)。改めてコロナを考えるいい機会にめぐまれた、と思っています。そんなわけで珍しく、カテゴリーは「その他/報告」としました。皆さんの参考になれば幸いです。
1 30年ぶり
日曜の夜中に吐いた。風呂に入ったあたりで、不健康なフィーリングでつばが出るなぁとは思っていた。それが突然こみ上げる、あの嫌な感じで起こされた。トイレまで間に合ってよかった。下痢は普段それなりにあるものの、吐くなんてことは、記憶をたどったら忘れもしない、30年ほど前の厄年以来だった。暴飲暴食とやらには、とんと縁のない私だ。土曜だったかに美味しいサバを食べたことを思い出したが、サバのせいにすることは許さんぞ。人間とはもろいもので、こんな時ご多分にもれず「コロナにやられた?」という思いがよぎることだ。浅ましいというか、情けない。布団に戻って考えた。熱はない。測ってないが、微熱さえもないと思われた。下痢はないし、のども普通で頭痛もない。嗅覚もOK。とりあえず「コロナではない」と思った。
2 原因
基礎疾患とやらも考えた。前にも書いたが、脊柱管狭窄症と前立腺肥大とやらを、私は「持病」にする。これらは「持病」と言えても、かまびすしい「基礎疾患」と言えるものではなさそうである。とりあえず、これらは「治る」ものではない。肝心なのは「発症or進行」するか否かである。私の病との付き合い方が奏してか、今こいつらは鎮まりかえっている。おまけに、年に一度の集団検診で、私は超がつく(と自分で思っている)健康体である。「くすり手帳」なるものを知らない私の常備薬と言えるのは目薬ぐらいのもので、医者には驚いて欲しいと思うが、医者というものは、相手に「問題」がみつけられないと不満なものらしい。「大したものだ」と言われたのは、3年ぐらい前にあっただけだ。
誰かから移された風邪(コロナ?)というのも考えた。私を訪れる学校関係者(保護者も)が持ってきたり、私が定期的に回っている学校で移されたということもありうる。もちろんコンビニやスーパーでもありうる。でも、これらは「仕方がない」ことだ。
我が家の家系は、呼吸器系が弱いが消化器系はイケてる。それでもやられた。私なりの結論は「疲れ」だ。こう言っては何だが、新刊を出した後の一か月、結構大変だった。本を出すというのは、そういうものだ。いつもそう思う。しかし、今まで吐いたことはない。つまり、ここに「加齢」が加わる。トシだ。
そこでもうひとつ。加齢に伴う根底的な、「終末・最期」という野郎が控えているのかもしれない。つまり、いずれにせよ「仕方がない」という結論が健全と思われた。
3 対処
珍しく、医者に行った方がいいかなと思った。とりあえず、病院はいま大変だ。行って迷惑をするだろうなと思う。混雑する病院の待合室が、すぐに思い浮かんだ。これはこれで、健康な生活のありがたさが確認できるのでたまにはいいものだが、行かないに越したことはない。ようやく医者の前に座ったとして、今の医者が言うことは分かっている。「(PCR)検査をしましょう」。それで自宅療養やら入院という診断が下る。このご時世、陰性でも「念のため、自宅で静かに」と、医者は言うのだろう。それでまあ、治っていく。この場合、病院に行ったメリットとはなんなのだろう。行かなくとも、どっちみち治るのだ。自分が苦しいのなら、その苦しみを取り除いて欲しいというのは正しい。しかし私は、ひと晩嘔吐で苦しんだというものの、完全ではないが回復している。
苦しんだ夜、私は梅干しを食べた。楢葉の渡部さんに頂いた梅干しである。信じられない効果を生んだ。
40年ほどさかのぼる。生まれて初めての海外旅行から帰って、激しい下痢をする。「白い便」だった。恐怖した。知り合いの医者に診てもらうと、予想通り「コレラ」だった。家屋ごと消毒&ニュースに参上、というおぞましい情景を思った。ところが医者は、
「梅干し食べて水分取って、ゆっくりしなさい」
以上おしまい、だった。病気に驚き、処方箋?に驚いた。でもその通りにしたら治ってしまった。この時の経験以来、梅干しの殺菌力を崇拝している。確かに今回も、風邪(コロナ?)のウィルスのせいでよくある、胃のあたりのゴロゴロ重い感じを思い出した。そして今回も、梅干し効果はいかんなく発揮されたと思えた。
風邪だったんですね、と読者は思っただろうか。そんな読者に言いたいですね。コロナなのかもしれません(まだ過去形には出来ない感じ)。大切なことは、病気の多くが、知らないうちに「移す・移る」ものだということです。そして、今までは「自分で考え耐え」ある時は医者を頼って治癒して来たものなのです。また、重篤化するか否かは、その人個人の体力・資質、そして運があるんだということです。人は死ぬんです。ってカッコ良すぎですか。
それでも天災は弱いものを襲う、という話は次回にしましょう。
☆後記☆
晴天に誘われて、ロードワークを兼ね手賀沼を越え、我孫子まで行きました。
写真中央奥のタワマンのそばが、柏駅です。右手にはすぐ我孫子高校。春のきざしが感じられる橋の上でした。
二週間後となった2月の子ども食堂「うさぎとカメ」です。今月は、くらちゃんからいただいた牛すじで、ビーフシチューです。あったまりますよ~ そうだ、一応確認します。前回の「うさぎとカメ」は1月15日。つまり、私の病はここで移されたものではないし、私はここで病をばらまいてもいません。そして、あと三日もすれば私の病も完治するでしょう。念のため。
今月からチラシの裏側で、お便り「もしもしカメよ」も始めました。そのうちここでも、内容をお知らせしま~す。
さあ、今日は立春。節分は昨日だったけど、病気も嫌なことも飛んでけ! 鬼は外、福は内