城郭探訪

yamaziro

妙見山城 近江国(大津)

2019年04月04日 | 山城

 

お城のデータ

所在地 :大津市大石東一丁目 マップhttp://yahoo.jp/J_fvpp

現 状:山林・山頂

形 式 : 山城

築城期:室町期

築城者:大石久衛門義信

標 高:202m 比高差:浄土寺より102m

遺  構 : 曲輪、土塁、空掘、堀切、箱掘、竪堀

目標地:浄土寺

駐車場:浄土寺参拝者用駐車場

訪城日 : 2013.11.19・2019.4.4

お城の概要

妙見山城は、大石良郷が鹿跳山に構えたとされる山城と考えられている。同城は、大石東館と同じ山塊(妙見山)の山頂部に築かれており、大石東館の詰城と見なされているが、詳細についは不明である。

浄土寺裏手の墓地から石段で北東上方の大石東館跡へ、館跡からは南東へ5分程で、山頂の妙見山城に着く。


まず最初に目に入るのは主郭の虎口で南東隅に開き、両脇には土塁が築かれ、右手前には空堀を穿ち、左手前に土塁を置き城道に折れを作り防御を固めており、城内土塁上からの威圧も強力である。主郭は40m×20m程でよく削平され、北東端に土壇があり櫓台と思われる。主郭の北東尾根と西尾根に腰郭を配し連郭式構造とし、北東端は堀切で尾根を断ち切り、西端は横堀を設けて切岸高を大きくしている。また、主郭中央付近の両斜面に竪堀を入れ横移動を押さえている。城道はやはり館のある南尾根に続いていたものと思われる。

まず最初に目に入るのは主郭の虎口で南東隅に開き、両脇には土塁が築かれ、右手前には空堀を穿ち、左手前に土塁を置き城道に折れを作り防御を固めており、城内土塁上からの威圧も強力である。主郭は40m×20m程でよく削平され、北東端に土壇があり櫓台と思われる。主郭の北東尾根と西尾根に腰郭を配し連郭式構造とし、北東端は堀切で尾根を断ち切り、西端は横堀を設けて切岸高を大きくしている。また、主郭中央付近の両斜面に竪堀を入れ横移動を押さえている。城道はやはり館のある南尾根に続いていたものと思われる。

 https://www.facebook.com/osamu.tanaka.5074/posts/1318535944975644

大津市、瀬田川流域の複雑さの縄張りの城跡

◆妙見山城(大津市大石東町)無名だが、優等生の城

妙見山城は浄土寺背後の妙見山(標高202m)に築かれ、浄土寺の北東にある大石東館の詰め城と大石氏は、藤原鎌足を先祖に持ち、山城国田原郷と大石庄を領有した藤原秀郷(俵籐太)の流れを汲む豪氏で応仁の乱で一統・一族は断絶。遠縁の小山久朝が大石家を復興した。この館大石久衛門義信は近江八幡城の豊臣秀次に仕え、嫡男良照は本貫地を守り、二男内蔵助良勝は浅野家に仕え・・・忠臣蔵の大石内蔵助に繋がる家系と推定される。

妙見山城跡俯瞰図・鳥瞰図(長谷川氏:平成2年=1990年作図)

妙見山城横矢配図

 精密機械のように緻密な構造は中世城跡の奥義が隠されている。(長谷川氏:平成2年=1990年作図)妙見山城跡は大津南部の山城としては中世城跡の微細を知り尽くした心憎いばかりの縄張技術が恐縮した、最高峰の玄人肌の山城。

滋賀県下でベスト10に入る優れた名城。今回の図面は本邦初公開。

参考資料:県中世城郭分布調査、

 本日の訪問ありがとうございす。


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