サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

mini review 08314「転々」★★★★★☆☆☆☆☆

2008年07月17日 | 座布団シネマ:た行

借金を抱えた主人公が100万円の謝礼と引き換えに借金取りの散歩に付きあうコミカルな味わいの人間ドラマ。“脱力系”の代名詞で独自の映像世界を築いている三木聡監督が脚本も務め、直木賞作家・藤田宜永の同名小説を映像化。テレビドラマ「時効警察」シリーズで三木と組んだオダギリジョーが主演するほか、散歩を提案する借金取りを三浦友和が妙演。本筋とは無縁の小ネタ満載の三木ワールドはそのままに、秋深まる東京の風景がドラマを切なく包みこむ。[もっと詳しく]

誰にでも東京は、開放的であり、冷たくもある。

こういう作品は、制作者には申し訳ないが、まさしく「座布団シネマ」で寝っころがって、お煎餅でも齧りながら、熱いお茶を啜って、ときどきは座椅子に凭れ掛かって、まったく緊張感のかけらもなく、弛緩しながら眺めるように画面をみるに限る。
構成作家から出発した三木聡監督は、小ネタが得意の脱力系の作品を得意としている。
だから、特別な伏線が張ってあるわけでもないし、暗喩の連続を小難しく解きあかそうなどと思わなくてもいい。
ふーん、こんなところでパロちゃってとか、おやこのシーンは美術スタッフが苦労したぞとか、おいおいカメラがこんな回り込みなんかしちゃってとか、ヘーこの役者さんはこんな演技もできるのねとか・・・ひとり、ぶつぶつ呟きながらでも、そしてときどき苦笑したりくすっと笑ったりほろっとしたりできれば、十分なのだ。
そして、そういう娯楽は、それなりに、悪くはない。



大学8年生の竹村文哉(オダギリ・ジョー)は自堕落な生活をしており、84万円の借金がある。
ある日、借金取りの福原愛一郎(三浦友和)がやってきて、借金は帳消しにするばかりか、100万円をあげるから、俺にしばらくつきあえ、と言われる。
福原の動機が分からず、狐に包まれたような竹村だが、選択の余地もなく、井の頭公園を起点にして、東京の各地を転々とする。目的地は霞ヶ関らしいが、どういう行程で何日かけるのか、まるで不明だ。
転々とする中で、福原がどうやら妻を殺してしまったらしいこと、そして警察に自首をする前に自分に整理をつけるために、いくつかの場所を尋ねたり、人に会ったりしているらしい事が、うすうすわかってくる。
奇妙な同行の中で、ふたりにはどこか友情のようなものが、芽生えてくることになるのだが・・・。



三浦友和は、このところ、インディーズ系の映画や、メジャー系でもとぼけた役のバイプレーヤーみたいな位置で、いい存在感を示している。
「転々」でも、乱暴なのか優しいのか、いい加減なのか几帳面なのか、外交的なのか内向的なのか、どうにも掴まえ所のない性格でありながら、憎みきれないような愛嬌のある人物に設定されている。
福原の言葉が、どこまで本当のことなのか、なにか自分に含むところがあるのか、竹村は疑ったり妄想をしたりもするのだが、どこかで親しみを感じていくようにもなる。
竹村自身も、実の父親にも育ての父親にも、捨てられたような思いを持っている。
だんだん、福原が自分にとって、兄貴のような父親のような、親和性を感じさせることになる。
後半では、小泉今日子や吉高由里子扮する福原の知り合いと、生活を共にしながら、「転々」とすることもなく、擬似家族のような日常に馴染んでいくことになるのだが・・・。



登場人物のすべてが、奇妙に浮遊している。
福原も、偽名を使って偽装結婚に応じたりしながら、どこかで人生を演技のように思い定めているところがある。
回想の中で現れる妻を死なす場面も、どこかでそんな役割を請われているようにもみえる。
このコンビが転々とする東京という街も、それぞれの風景の中に、歴史や局所性を色濃く滲ませながらも、抽象的で浮遊した匿名的な光景が、重層されている。
もう、実相なのか、仮構された演技的世界なのか、どちらもが入り組んだようなところで、僕たち都市生活者は現在を生きているような気がする。
ある日、蒸発してしまったとしても、いっときは周囲に混乱や戸惑いを発生させるかもしれないが、やがてそれも日常の点景の中に溶け込んでいく。
どこかで一人ひとりの存在根拠など、とてつもなく儚いものではないか。
儚いからこそ、人は自分の人生を、辿ってみたくもなる。
もともとは、フランスのノワールミステリーから出発して、虚無的な愛の物語を紡ぐようになってきた直木賞作家の藤田宜永が、淡々と描いたこの物語の背景が、わからなくもない。



この作品を「座布団シネマ」しながら、僕は自分だったら、どのように「東京散歩」をするだろうか、と夢うつつのように想起していた。
僕は大阪から東京に移って30年余りとなる。
映画のように井の頭公園を出発するとしたら、たぶんこの映画でも最初に出てきた公園横の高田渡さんがいつも陣取っておられた焼き鳥屋「いせや」でビールでもひっかけるだろう。
たぶん僕は、まず下北沢から永福町を経由して、代官山・恵比寿方面に向かうだろう。
20代前半の頃は、このあたりで演劇や美術や音楽や、そういうものに惹かれながらバイト生活をしながら貧しく日々の愉しみを分かち合っていた、無名の卵たちと交流していた。
「羽根が生えていた」少女たちが何人もいたが、僕のなかでは淡くもあり苦くもありの日々だった。

代官山・恵比寿は、現在まで続く、拠点である。
ここで、子どもが生まれ、今までの会社を独立して事務所を立ち上げ、そしていろんな物語がおこった。
ここからは、いまでこそ副都心線やらなにやら、交通の便がよくなっているが、ぐーんと埼玉の近くまで足を運びたい。
東武東上線沿いの下赤塚、東京に越してきた僕が、ひとりでアパート住まいしたところだ。
田んぼの中でお風呂もない。部屋数だけは膨大な本の格納のために必要だったので、ここらあたりに来るしかなかったのだ。
家にいてもしょうがないので、そこから東京をぐるぐるして、いつも最終電車の酔っ払いのサラリーマンで饐えた匂いの車両の中で、自分も酩酊していた。
そして、池袋に近い大山へ。とっても長い商店街で有名なところだ。
ここで、前の相方と、同居生活を始めた。
職場もまた、以前勤めていた会社が拡大するにつれ、オフィスが移転することになった。
最初は神田駅の近く。そして、淡路町に移り、ついで御茶ノ水や市ヶ谷や神楽坂上や赤坂や・・・。
30代半ばまでの十年あまり、そのあたりが僕の喜怒哀楽の発生点である。
歩けば、いろんな想い出が、甦ってくる。



たぶん「東京散歩」は、いつも自分の思い出と重なっていく。
誰にでも東京は、開放的であり、冷たくもある。
賑わいや喧騒が心をときめかせるが、逃げ出したくなるときもある。
歴史や自然も、観察したり、佇もうと思えば、どれだけもある。
一方で、塞ぎこんで、アパートとコンビニの往復ぐらいの引き篭もりをしようと思えば、だれにもしられずに、1年ぐらいは、無名に逃げ込むことも出来る。

そんな東京は、住んでいる限りで言えば、やはり、とてもいとおしい。





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20 コメント

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Unknown (rose_chocolat)
2008-07-21 01:50:40
東京で生まれ育った人間なんで、東京に愛着はたっぷりとあります。できることならもう1度住みたいわ(笑

その人その人の「東京物語」。
kimionさんの物語もなかなか奥が深そうですね。
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roseさん (kimion20002000)
2008-07-21 02:23:18
こんにちは。
ああ、いまは別のところに住んでおられるんですね。
僕の場合は、高校までの田舎物語や、大学時代の大阪物語もあるんですが、やっぱり東京がいちばん長くなってしまいましたね(笑)
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こんにちは。 (hal)
2008-07-22 08:30:20
TBありがとうございました。
三浦友和とオダキリジョーよかったですね。この映画のWEBサイトも話題になりました。
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こんにちは♪ (non)
2008-07-22 09:34:13
こんにちは♪ TB、コメントありがとうございました☆

東京という街は、とても冷たいようで、
でも何となく愛せる街でもありますね。
そんな東京が独特な笑いで描かれていて、
役者さんもそれぞれ良くて、楽しめました。
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halさん (kimion20002000)
2008-07-22 12:04:48
こんにちは。
ちょっと重いのが難点だけど、WEBサイトも遊びながら作っていましたね。
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nonさん (kimion20002000)
2008-07-22 12:05:40
こんにちは。
今回の役者さんは、だれも、安心して見ていることが出来ました。
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TB&コメントありがとうございます (ちか)
2008-07-23 22:58:06
お礼が遅くなりました。

三浦友和、ちょっと太めになってたけどいい味でした。ラストでは「このまま逃げきっちゃって!」という気分にもさせられました。なんともいえない愛嬌にやられました(笑)
東野圭吾原作のドラマ「流星の絆」にも出るようで、楽しみにしています。
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こんばんは。 (hyoutan2005)
2008-07-23 23:27:54
kimion20002000さん、お久しぶりです。
東京には色々な思い出がつまっていらっしゃるのですね。
私は東京には住んだことはありませんが、東京との関わりは持ち続けてて居なければ過ごせない距離に住んでいます。
そんな私のちょっとアウェイな感情にも何故か郷愁を運んでくる作品でした。
出演者の個性がうまく活かされていて、ゆるさ加減も好ましい作品です。
おっしゃるように確かに「コタツ」に寝転んでみたい映画ですよね(笑
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ちかさん (kimion20002000)
2008-07-24 01:18:15
こんにちは。
最後は、出頭するんですけど、あまり悲劇のようではありませんでしたね。
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hyoutanさん (kimion20002000)
2008-07-24 01:20:31
こんにちは。
僕の家には、コタツはありませんが(笑)、友和のようにドテラ姿でみかんでも剥きながら、観賞するのがいいんじゃないでしょうか。
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