今回の大統領選挙で、米国の保守系メディアは、客観的データを無視し?、最後までロムニーの勝利を喧伝し続けたようです。
その現実無視の態度、頑迷固陋さは、リベラル派や中道派によって格好のからかいのネタとなりました。また、保守派の一部からは強い非難の言葉が向けられました。
これを話題とするたくさんのコラムその他の中から、代表的なものを選んで訳出してみました。軽いコラムですが。
筆者は『アメリカン・プロスペクト誌』の常連寄稿者、Paul Waldman(ポール・ウォルドマン)氏。
オンライン・マガジンの Salon.com(サロン誌)に掲載されたものです。
タイトルは
Is the conservative media killing conservatives?
(保守系メディアは保守派にとってマイナスとなりつつあるのか?)
原文はこちら↓
http://www.salon.com/2012/11/10/is_the_conservative_media_killing_conservatives/
(なお、原文の掲載期日は11月11日です)
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2012年11月11日(日)
Is the conservative media killing conservatives?
保守系メディアは保守派にとってマイナスとなりつつあるのか?
共和党支持者は、今回の大統領選挙を詳細にふり返れば、だまされたのは自業自得だとわかるだろう
ポール・ウォルドマン (『アメリカン・プロスペクト誌』)
本文章の初出は『アメリカン・プロスペクト誌』である
ここ何年か、私をはじめとするリベラル派は、保守系メディアの愚かしさをネタにして保守派をおおいにからかってきた。保守系メディアの世界ではスティーブ・ドゥーシーがスターであり、シーン・ハニティは洞察力をそなえた批評家、ラッシュ・リンボーは真実を追求する勇敢な戦士である。われわれはまた、それをからかいのネタにするだけでなく、これら保守系メディアの広める自己増強的世界観から生じるゆがみについてもおおいに話題にした。これらメディアのきわだった特徴のひとつ-----また、彼らを党派的左翼メディアと区別するもの-----は、自分以外のメディアのあつかい方である。リベラル派はMSNBCを好んで視聴するかもしれない。しかし、かりにMSNBCを視聴したところで、「新聞が掲載するもの、MSNBC以外のテレビ局が報道するもの一切は、保守派のでっち上げた悪意に満ちた嘘であり、わがアメリカを破壊せんとする彼らの陰謀の一環として米国民をだますために仕組まれたものだ」などと、1時間に10回ほども耳に吹き込まれたりすることはあるまい。
しかし、こんな調子がまさしくフォックス・ニュースにチャンネルをあわせたとき、ラッシュ・リンボーのラジオに耳を傾けたとき、その他たくさんの保守系メディアに接したときに得られるものだ。これらは自分の思想や信条にしっくりくる情報をあたえてくれるだけではない。はっきりと保守を打ち出さない他の報道機関は信用するなとささやく。こんな次第であるから、火曜日の大統領選挙の結果が多くの保守派にとって青天の霹靂であったのはいささかも驚きではない。もし人が保守系メディアのレトリックにどっぷり浸かっていたとしたら、米国民の大多数がみずからの意思でバラク・オバマ-----社会主義者であり、本当の米国民ではなく、弁解がましい人間で、黒人民族主義者!-----にもう1期をまかせるなどという考えは、かけらも意味をなさない。どう転んでもあり得ない話である。
(訳注: オバマが「本当の米国民ではない」とする主張については以下のサイトなどを参照。
http://www.newslogusa.com/?p=662)
選挙日がせまった頃、保守派はロムニーが劣勢であることにショックを受けた。彼らは、ディック・モリスやカール・ローブ、マイケル・バロンなど、いわゆる権威ある識者らによって、ロムニーの勝利は間違いないと日々吹き込まれていたからである。そこで、彼らは、自分たち以外の人間の予想がなぜ間違っているのかについて、いよいよ馬鹿げた理屈をひねり出すようになった。そして、選挙日当日、ロムニーの地滑り的大勝という真実を隠蔽しようとする世論調査や報道機関の陰謀などはまったく存在しなかったことがあきらかとなった。
『アトランティック誌』のコナー・フリーダースドルフはこう書いている。
「今年の政治的話題の一番は、保守系メディアが主流メディアにこてんぱんにやられたことだ。そして、ゴリゴリの保守派の面々-----これらの人々は、保守系メディアに比べ主流メディアは偏向がはなはだしく、厳正さに欠けると考えている-----は、ニューヨーク・タイムズ紙が正しかったのに対して、自分たちの信頼する保守系メディアがなぜ予測を間違ったのかに関してなんらの説明もできないでいる」。
(訳注: この段落の「主流メディア(mainstream media)」とは、このコラム中の例から言えば、ニューヨーク・タイムズ紙やMSNBCなどを指す。保守派は、主流メディアはすべてリベラルに偏向していると考えているので、彼らにとっては「主流メディア=リベラル派メディア」である。逆に、リベラル派や中道派からすれば、主流メディアはおおむね客観報道をしており、フォックスなどの方が保守寄り・右寄りで、悪い意味での愛国主義をあおっているということになる)
長い間リベラル派は保守系メディアが存在することで保守派をうらやましく思ってきた。この「増幅装置」は、火のないところに煙を立たせ、無理やり主流メディアの関心をひきつけることができた。信奉者たちを整列させ、その士気を鼓舞することができた。保守派の託宣を迅速に広め、あらたなスターを創出し、規律を守らせることができた。しかし、おそらくは、保守系メディアをマイナス要因と-----右派のアキレス腱とさえ-----見なすべきときが到来したのかもしれない。
保守系メディアは保守派を誤らせただけではない。その影響はときに保守派の思いもかけないところまで達する。今回の選挙でミット・ロムニーにとってもっとも打撃となった一幕を思い出していただきたい。あの「47%」発言である。まっとうで勤勉な雇用創出者側の奮闘努力にぶら下がる人間が国内に驚くほど大量に存在することを論じる中で飛び出した数字だ。この数字をロムニーは一体どこから得たのか。まず間違いなくフォックス・ニュースか保守系トーク・ラジオからである。これらのメディアで、この数字はしばらくの間さかんに使われていた。たとえリンボーかハニティの発言から直接聞き知ったのではないとしても、彼らの言説を伝えた人間がいたに違いない。
(訳注: 上の「47%」発言については以下のサイトなどを参照。
http://www.newsweekjapan.jp/stories/us/2012/09/47.php)
これからの4年間は、保守系メディアに活気をもたらすだろう。自分の敵が権力の座についていることは、商売に都合がいいのがお決まりである。今後も保守系メディアはあいかわらずリベラル派を逆上させることだろう。けれども、今度フォックス・ニュースが「オバマ大統領の背信」と称する馬鹿げた主張を持ち出したとき、あるいは、リンボーやカールソンが人種攻撃をあおるような発言をしたときは、こう心に言い聞かせるべきだ、彼らはおそらく味方の側に一番ダメージをあたえているのだ、と。
(訳注: 上の「カールソン」は、保守派のコメンテーター、タッカー・カールソン氏のこと)
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[補足と余談など]
全体的に例によって訳が冗長です。
誤訳や不適切な表現等の指摘を歓迎します。
原文や訳文に関する疑問、質問などもコメント欄からどうぞ。
■第1段落の「リベラル派はMSNBCを~」以下の文章から推測すると、フォックス・ニュースの報道の仕方がわかります。
すなわち、フォックス・ニュースは、1時間に10回ほども、
「新聞が掲載するもの、フォックス・ニュース以外のテレビ局が報道するもの一切は、リベラル派のでっち上げた悪意に満ちた嘘であり、わがアメリカを破壊せんとする彼らの陰謀の一環として米国民をだますために仕組まれたものだ」
と主張している、ということですね。
これと似たような物言いは、日本でも目にします。いわゆる「ネット右翼」と呼ばれる人たちの主張です。ネットの掲示板などで、次のような趣旨の書き込みを見かけます。
「朝日新聞などが掲載するものは、左翼のでっち上げた悪意に満ちた嘘であり、わが日本を破壊せんとする彼らの陰謀の一環として日本国民をだますために仕組まれたものだ」。
さて、そうすると、フォックス・ニュースは、日本で多くの人から馬鹿にされ、アキレられている「ネット右翼」と同じレベルということになります。
(あるいは、ネット右翼は、フォックス・ニュースやラッシュ・リンボーのラジオ番組などからこの手の主張を学んだのでしょうか)
■訳文中の訳注にも書いたように、保守派にとっては「主流メディア=リベラル派メディア」です。大手メディアの大半はリベラルに偏向していると彼らは主張しています。
一方、リベラル派からすると、近年の米国メディアは著しく右に傾いており、リベラル派は劣勢であると感じています。
主にリベラル派の観点による、米国メディアの地勢図については、以前のブログで訳出、紹介しました。
米国メディアの現状・その2(リベラル派の苦境)
http://cocologshu.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/2-3ff0.html
保守派、リベラル派いずれも、自分たちの側が少数派であり、自分たちはまわりを敵に囲まれているといったイメージを抱いているらしいのがおもしろい。
どちらが真実に近いのかはっきり断言するのはちょっとむずかしいようです。
このブログで何度も紹介したグレン・グリーンウォルド氏からすれば、リベラル派メディアとされる主流メディアも、往々にして政府の御用機関、プロパガンダ機関に堕している、リベラル派の偽善がはなはだしい、ということですが、この点については、具体例をあげて批判しており、否定しようがないでしょう。
■今回の訳文で紹介したように、米国の保守系メディアは大統領選挙結果について大恥をかきました。この結果、保守系メディアの人気が長期的に下がるかどうかはまだわかりません。
一応、最近の調査では、フォックス・ニュースの視聴率が若干下がり、MSNBCのそれは逆にやや上昇しているとのことです。
しかし、保守系メディアの視聴者はそもそも自分の好みのニュースしか視聴しない、それが正確かどうかにはほとんど関心を払わない、したがって、今後も特に視聴率が下がることはない、との見方もあります。
また、実際の投票行動は、フォックス・ニュースやラッシュ・リンボーなどが推奨する通りにはなっていない、現実の投票ということになると、国民は慎重だ、とするニューヨーク・タイムズ氏のある著名コラムニストの見方もありました。つまり、米国民はそれほど馬鹿ではない。ラッシュ・リンボーなどの乱暴な、歯切れのよい右派的言説にはストレス解消の意味もあって耳を傾けるけれども、その主張を100%その通り受け取る人間はいない、ということです。
もし、これが本当なら、「成熟した民主主義」と言えなくもありません。そして、保守系メディアが人気があろうがなかろうがたいした問題ではないということになるかもしれません。
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