気まぐれ翻訳帖

ネットでみつけた興味深い文章を翻訳、紹介します。内容はメディア、ジャーナリズム、政治、経済、ユーモアエッセイなど。

ロシアのスパイ行為には大騒ぎするがイスラエルのそれには沈黙する米国メディア

2017年05月17日 | メディア、ジャーナリズム

今回は、ミシガン大学の歴史学教授フアン・コール氏が主催する政治評論ブログ『インフォームド・コメント』から採りました。

タイトルは
US Media outraged by Russia, won’t Notice Israeli plot on UK Parliament
(米国メディアはロシアのふるまいには激昂するが、英国議会に対するイスラエルの工作には知らん顔)

ブログ主催者のフアン・コール氏自身が書いたもの。

原文サイトはこちら↓
https://www.juancole.com/2017/01/outraged-israeli-parliament.html


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US Media outraged by Russia, won’t Notice Israeli plot on UK Parliament
米国メディアはロシアのふるまいには激昂するが、英国議会に対するイスラエルの工作には知らん顔

By Juan Cole | Jan. 8, 2017 |
フアン・コール / 2017年1月8日 / 『インフォームド・コメント』


ワシントン界隈では、米諜報機関の申し立てによる話に誰もが夢中になっている。ロシアが米大統領選に干渉しようとしたというのだ。ところが、イスラエルの回し者が英国議員を失脚させるためにスキャンダルを画策しているという、現在報道中の大問題には、自己防衛本能から、石のような沈黙が返ってくるばかり。米国政界の公式の声の中には、米国と同盟関係にある欧州民主主義国家の選挙にプーチン氏がねらいを定め、右寄りの方向に導こうとしているという懸念があった。ところが、これこそまさしく、イスラエルの右派リクード政権が英国に対して行おうとしていたことなのである。

英『ガーディアン』紙(イアン・コバインおよびユエン・マカスキル記者による記事)の報道は、文章とともに、シャイ・マソト氏を極秘に撮影した動画映像をかかげている。
同氏はロンドンのイスラエル大使館に勤務する「上級政治担当官」で、これまではイスラエル陸軍の将校であり、現在もその地位を保持している。私の見るところ、同氏はおそらく同国の軍諜報部に属していて、大使館勤務は隠れみのである。

動画の中でマソト氏は英国議員を政治的に失脚させるもくろみについて語っている。標的の一人はアラン・ダンカン外務副大臣だ。パレスチナ国家の樹立に賛同する議員である。

(訳注: 原文サイトでは、ここに以下のタイトルの動画が貼りつけられています。
「イスラエルの外交官が英国議員を『失脚させる』方策を論じている動画」)

この動画に登場する人物の一人はマリヤ・ストリッツォロ女史である。公僕の身分で、保守党議員の側近を務めている。彼女は、動画の中で、自分のボスのロバート・ハーフォン議員が政界で頭角をあらわすのに貢献したと自慢げに語った。

マソト氏は、政治家の降格にも力を発揮できるかどうかたずねた。「引きずり下ろしてもらいたい議員が何人かいる」。

ストリッツォロ女史は答える。
「そうですね。調べてみればきっと彼らが隠したがるものがあるでしょう」。マソト氏が急所を捉えそこなうことをおそれて女史は言い足す。「ちょっとしたスキャンダルなどです」。
この会話に同席していた3人目の人物は「ロビン」と称し、「イスラエルの朋友」とされていた。が、実際には、カタールに本拠を置く『アル・ジャジーラ放送』で調査報道を担当する記者であった。彼がこの動画の撮影者である。

マソト氏は言う。「何人かの議員がいる」。

「話し合いましょう」とストリッツォロ女史。

マソト氏は躊躇する。(ロビン氏の方を向いて)「いや、引きずり下ろしたい議員は彼女はわかってるはずなんだよ」。

「もちろん。でも、確認しておきたいのです」と女史。

マソト氏は外務副大臣[アラン・ダンカン氏]の名をあげる。
(原注: 英国の外務副大臣は米国の国務次官に相当)

「まだお望みですか」とストリッツォロ女史はたずね返す。このセリフは、女史が以前にもダンカン氏をめぐるスキャンダルについてイスラエル側と話し合っていたことを示唆する。

上の問いに続いて、ダンカン氏が今では規律を守り、従順になったかどうかが焦点となった。マソト氏はためらった。「いや、彼はいまだにあれこれの厄介ごとを引き起こしている」。

次にダンカン氏のボス、外務大臣のボリス・ジョンソン氏が取り上げられた。彼がまちがいなく親イスラエル派であり、「意に介さない」(おそらくはパレスチナ人の人権について)ことについては意見が一致した。マソト氏はついでにジョンソン氏は「バカ」であると言い放った。

この動画は、イスラエル政府が英国大使館を通じ、秘密の資金と支援活動によって、英保守、労働両党を「ひそかに汚染している」実態を明らかにすると称する報道の一部である。

アル・ジャジーラのもう一つの、より長い報道記事の方では、マソト氏とジョーン・ライアン労働党副議長の会話が捉えられていた。自分は協力的な英国議員をイスラエルに招待すべく百万ポンド(約1億4000万円)余りを集めたとマソト氏は語っていた。

他の場面では、親イスラエル派の労働党議員がイスラエル政府の後押しがあることを認めている。

また、マソト氏が労働党党首のジェレミー・コービン氏を「気の狂った」と形容し、同氏の支持者を「変人たち」と切って捨てた場面もあった。

アメリカの政治家たちが概してなぜこれほど臆病で、なぜこれほどイスラエルのロビー団体をおそれているのか、私には以前からふしぎだった。米国議会はパレスチナ西岸地区におけるイスラエルの違法な入植に関し、世界中の国々と意見を異にしている。それはまるでSF映画の中での出来事のようだ。
(わが米国議会はまた、南アフリカにおけるアフリカーナの植民地主義的な人種差別を支持する票を決議で投じた。これも不可解なことである)

これはアメリカのユダヤ人社会とは関係がない。彼らは概して一般の米国人よりリベラルであるが、大体においてごく非力な存在にすぎない。イスラエルのロビー団体は、世論調査でうかがわれるユダヤ系アメリカ人の意見に反した動きをたびたび示す。そしてまた、一般のユダヤ人とはほとんどつながりがない。それは、エクソンモービル社のロビー組織が、ガソリンで走る車に乗るアメリカ人とかかわりがないのと同様である。ロビー団体なるものは「少数派の中の少数派」のために影響力を追い求めるのだ。

上記の疑問に対するありふれた説明は、イスラエルのロビー団体には金が潤沢にあるということであろう。彼らはその相当額を選挙運動にふり向ける(米国内の選挙資金の約30%に相当)。政治家の大半は、ライバル候補にその資金がわたる可能性に心穏やかではいられない。
しかし、イスラエルのロビー団体がつねに勝利をおさめているわけではない(イラン核協議では奏功しなかった-----少なくとも「第1段階」では)。諸事いっさいを支配しているわけではない。

とは言え、さまざまな政治家に対するイスラエルの諜報活動はやはり一つの脅威である。そして、かかる活動の細かい実態は今ようやく明らかになりつつある。英国のイスラエル大使館が逸脱したふるまい方をしているとはまず考えられない。今回のような会話はアメリカをふくむ主要な民主主義国家の首都において普通に行われていると断じてよいであろう。

けれども、この内政干渉は、ロシアの場合とちがって、国中がいきり立つ事態にはなるまい。それどころか、米テレビ局では深刻なニュースとしてあつかわれることもないだろう。だからといって、この沈黙を、題材が重要でないせいにするのは無理である。


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[補足と余談など]

■本文でふれられている米国のユダヤ人社会については、以下のサイトの文章が参考になります。

米国ユダヤ社会で強まるイスラエル批判――新時代のロビイング組織
http://synodos.jp/international/15235



また、イスラエルのロビー団体の影響力その他については、以下のサイトが参考になります。

[PDF]=米国の中東政策とユダヤ系アメリカ人
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/pdf/2/2667/198206_067a.pdf



今回取り上げられている、イスラエル政府による英国議員に対する引きずり下ろし作戦、あるいは自国に有利な展開を推進するための「秘密の資金と支援活動」のような動きは、もちろん、世界各国で行われているでしょう。
日本でも、米CIAその他がこの種の活動に日々従事しているはずです。

小沢一郎氏が現在政界の片隅に追いやられている趣きがあるのも、もともと同氏の中国寄りの姿勢が原因で米国側がいろいろ追い落としをねらったものと一部では推測されています。

そして、日本の大手メディアも、米国側(CIA)の政界工作(またはその可能性)については語りたがらないのです。

(もっとも、日本のこの種の事情については、すでにいくつかの書籍が刊行されていますし、ネットで検索しても情報が手に入ります。私のブログでは日本のメディアに関してはあつかいません)
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チョムスキー氏の著作に対する奇妙な書評(続き)

2017年04月09日 | メディア、ジャーナリズム

[ロス氏と軍用ドローン(無人航空機)]

以上の話は遺憾なことであるが、重要な国家安全保障政策に関し、ロス氏が国際人道法の適用をふざまにあつかうのはこれが唯一の例というわけではない。
たとえば、ロス氏は、海外における米国の軍用ドローン攻撃に言及しているが、それを直接に論難することはない。それどころか、それを批判したチョムスキー氏の方に非難の矛先を向けるのだ。
ある個所で、ロス氏は次のように述べる。

「米国政府をしてしばしば国際的規範を無視せしめる理由の一つは、自分がとがめられることはないという感覚である。たとえば、ごく最近まで軍用ドローンを所有していたのは米国だけであった。であるから、いったいどうして米国がわざわざその使用法に関し、明確なルールを定め、それを尊重しなければならないのかというわけである。しかし、かかる技術上の独占状態は当然長続きしない。また、米国がこのように長年明確な基準を設けずにドローンを使用し続けることは、他国がドローンを所有するに至った時、その行状に影響をおよぼす。その影響は、後になって基準を設定しようと努めても取り返しがつかないほど大きい」。

この批判は、オバマ大統領の命じるドローン攻撃に向けられるのであれば当を得ている。
ロス氏は、米国が海外でドローン攻撃をおこなう場合、「明確な基準」、「その使用を規定するルール」に基づいて遂行すべしと論じる。そして、続いて、次のようにチョムスキー氏を非難する。

「チョムスキー氏は、これらの基準がどのようなものであるべきかについて、いかなる貢献も果たしていない。ドローンによる攻撃は『近代におけるもっとも苛烈なテロ作戦』と非難がましい言葉を投げつけるだけである。また、『暗殺』は『無罪の推定』の原則に反する行為と同氏は語るが、これに対する常識的な反論、すなわち、戦争時の戦闘員は標的になり得るという反論には取り組んでいない」。

ロス氏のこのような姿勢は、さまざまな人権団体が署名してオバマ大統領に送った2015年5月の共同書簡のそれと一部共通するものがある。
さまざまな人権団体とは、米国自由人権協会(米国市民的自由連合)、アムネスティ・インターナショナル、紛争地域民間人センター(CIVIC)、憲法的権利センター、欧州憲法・人権センター、人権クリニック(コロンビア大学ロー・スクール)、ヒューマン・ライツ・ファースト、ヒューマン・ライツ・ウォッチ、オープン・ソサエティー財団、リプリーブ、である。
共同書簡はオバマ大統領の「標的殺害」とドローン攻撃に関する政策について取り上げていた。
書簡の中で、これらの人権団体はオバマ大統領に対して、
「『標的殺害』に関する基準を公にすること、米国が殺傷力の高い武器を海外で使用する軍事行動において国際人権法および国際人道法を確実に遵守すること、議会による監視と司法の審査を実効的におこなうこと」
を懇請した。

ドローン攻撃に対するチョムスキー氏の批判をこのように非難すること、すなわち、国際人道法の下におけるドローンの使用基準を同氏が提示しないととがめることは、結局のところ、「チョムスキー氏はドローン攻撃への批判を国際人道法にかかわる問題にかぎるべきだ」と言うに等しい。これらチョムスキー氏の批判の内実は、標的とされた人間に対する影響はもちろん、(上で要約したように)国連憲章の規定にも基づいている。こういう次第であるから、ロス氏はどうもチョムスキー氏の批判の射程を-----自分がそうしているように-----国際人道法に限定したがっているようにしか思えない。
要するに、ロス氏の言う、チョムスキー氏の「ドローン攻撃に対する非難がましい言葉」は、直接、間接に2つの点、すなわち、(a)国連憲章の下における、ドローン攻撃の最初の実施例の合法性、(b)国際人道法の下でのその深刻で不法な影響、とかかわりがある。ロス氏は、書評においてさえ、この法の2つの領域の共存、混在に反対しているようである。であるからこそ、ドローン攻撃をめぐるチョムスキー氏のより包括的な批判にいら立ってしまう。

ロス氏はまた、ドローン攻撃にふれる際のチョムスキー氏の「暗殺」や「無罪の推定」という言葉使いにも異をとなえている(ロス氏はこれらの言葉を引用符でかこっている)。
ロス氏が当然承知しているはずのことであるが-----なぜなら、チョムスキー氏は著作の中ではっきりと述べているのだから-----、無罪の推定をめぐるチョムスキー氏の懸念はニューヨーク・タイムズ紙の記事(タイトルは『極秘「殺害リスト」はオバマ大統領の行動原則と意志の試金石』)に依拠していた。同記事によると、オバマ政権のドローン攻撃の標的指針は、「複数の政府当局者によれば、攻撃領域内にいる徴兵年齢の男性をすべて戦闘員と見なす」ものであった。ロス氏は、この著作の該当部分(95ページ)を読むやいなや、憤懣の矛先をチョムスキー氏に向けてしまう-----この指針自体に、ではなく。

また、同様に、ロス氏は、チョムスキー氏がドローンによる殺害を「暗殺作戦」と形容し、「将来米国人を害する意思を有すると疑われる人物、および、偶然その近傍にいた不運な人々を標的とする」と説明した(210ページ)ことにもいら立ちを覚えたようである。
チョムスキー氏が「暗殺」という言葉を使用した、たとえば2番目の例は、次のような文章である。「その問題は、大統領の指示による、ドローンを使ったアンワル・アウラキ氏の暗殺の後に持ち上がった。アウラキ氏は演説、文章、また、詳細は明かされていないがいくつかの行動において、聖戦を焚きつけたとされている」(94ページ)。
ロス氏がたとえチョムスキー氏の「暗殺」という言葉の選択に反対だとしても、こうした文脈における「暗殺」という表現は、他の人権団体でもめずらしくない言い回しになっている。たとえば、アウラキ氏の殺害が公表されて間もない2011年の9月、『憲法的権利センター』(略称CCR)は報告書を発表したが、そのタイトルは『CCRは米国市民アンワル・アウラキ氏に対する「標的を絞った暗殺」を非難する』であった。
この報告書の中で、事務局長のヴィンス・ウォレン氏は次のように述べている。
「米国のドローンによるアンワル・アウラキ氏の暗殺は、国内法と国際法に対する数多くの冒涜の、直近の例である。ブッシュ政権下で始まり、オバマ大統領の下で拡大した、この『標的を絞った暗殺』プログラムは、究極的に米国大統領に対して、脅威と見なし得る米国市民を誰であれ殺害する権限を付与する-----いかなる司法の監視も、あるいは、米国憲法が授けるいかなる権利も伴わずに。かかる権力のはなはだしい拡張をもし放置するならば、それは、市民的自由と法の秩序の侵食をさらに進める舞台を整えることに等しい」。
HRWの長であるロス氏が書評の中で、上のような論旨展開に落ち着くことなく、代わりにチョムスキー氏を論難し、オバマ大統領のドローン政策を不問に付するのはまことに奇妙なことである。


[ロス氏のささいなあげ足取り]

また、別のところで、ロス氏はこう述べていた。
「チョムスキー氏の著作は過去についての客観的な説明ではない。米国人を自己満悦から覚醒させることを意図した、論争喚起のための書である」と。
客観的であろうと論争喚起を目的としたものであろうと、その書物が事実に基づいたものであるならば、その取り組みはいずれにせよ有用なものとなり得る。肝心なのは、ロス氏がチョムスキー氏の著作における事実的根拠をゆるがすことが説得的にできたかどうかである。それは、あるページ、ある段落であってもよい。ロス氏は、自身の胸の内ではそれができたと思っているのかもしれないが、当の書評では明確に示されてはいない。

たとえば、ロス氏はこう書いている。
チョムスキー氏の著作では「中国は大方無視されている」と。
ところが、索引を覗くと、次のように記載されている。
「中国: ページ43、51~52、57~58、70~74、82~83、98、105、222、237、243~246、248~240」。

また、ロス氏はこうも書いている。
「ロシアは核問題にからんで取り上げられるが、その他の問題はほとんどふれられない」。
米国とロシアの間で、核兵器の問題はおそるべく重要な問題であるはずだ。誰もこの点に異存はあるまい。これに焦点を当てることをロス氏が評価しないのは不思議なことである。
チョムスキー氏がロシアと核兵器について論じた章の『世界終末時計』(これは『原子力科学者会報のかかげる世界終末時計』のこと)は、この著作の中でもっとも重要な部分と呼べるであろう。ところが、ロス氏の視野には、この章は言及すべき価値がなかったようである。

同氏はさらにこう書く。

「歴史を選択的にあつかうチョムスキー氏のやり方は、説得力を減じる結果となっている。同氏は中東の争乱を取り上げる際に、その淵源をおもに第一次世界大戦時のサイクス・ピコ協定に帰して、これを非難した。オスマン帝国を宗主国の英国とフランスで分割した取り決めである。国境が恣意的に引かれたこと、その結果生まれた他民族・多宗派国家が統治困難であることはその通りであるが、はたしてこれが本当に中東の混乱に対する適切な説明となり得るだろうか」。

チョムスキー氏のサイクス・ピコ協定への言及は、実質上、同書の最終ページにあり、それは、中東の争乱に欧州が介入した歴史的背景をふり返るとともに、警告的な意味合いを込めたものだった。かくして、チョムスキー氏は次のように述べる。
「[サイクス・ピコ協定の成立]以来、中東とアフリカに対するたび重なる西欧の介入のおかげで地域の緊張、紛争、混乱は激化し、社会はズタズタになった。その結果が『難民危機』であり、純真無垢な西欧はこれに悲鳴を上げているというわけである」。
中東の争乱に関するチョムスキー氏のより包括的な見方は、当然のことながら、中東にかかわる章に見出される。すなわち、「テロリストは全世界を欲する」(22~30ページ)、「オスロ合意:その背景と帰結」(115~127ページ)、「イスラエルとパレスチナ: 現実的選択」(135~142ページ)、「違反のくり返される停戦」(189~197ページ)である。また、長尺の章である「イスラエルと米共和党」(78~81ページ)、「イランの『脅威』と核問題」(81~83ページ)においても言及されている。
どういうわけか、ロス氏はこれらの章における「中東の争乱についての説明」が目に入らない。代わりに、不可解にも、著作の最後の方のページに飛んで、チョムスキー氏のサイクス・ピコ協定に関する的確な説明-----1916年に成立したこの協定こそが、今日の中東紛争につながる歴史的な、西欧の介入を呼び寄せた根源であるという見方-----にポイントのずれた評価をくだす。

ロス氏はこうも書いている。
「最近の出来事を考慮して、初めの方の章を最新の情報で更新するという努力もまた、たいして払われていない。イランの核協定や温暖化対策の国際的枠組みであるパリ協定については、著書の終わりの方でふれられているにすぎない。イランの核計画や気候変動に関する問題自体は、初めの方であつかわれているにもかかわらず」。
いやはや、「初めの方の章を最新の情報で更新すること」は理屈から言って「著書の終わりの方」の章で起きて当然ではなかろうか。
それにイランの核協定については、著作中に「『イランの脅威』:世界の平和に対する最大の脅威はどの国か?」という章がないとでも言うのだろうか。この章は、アメリカのイラン政策のほかにイスラエルや中東、核兵器、イランの核協定にかかわる政策についても論じている(218~229ページ)。これらはすべて、イランの核協定をめぐる政治的文脈がまさしく要求するものである。

その上、上述のパリ協定は2015年12月の前半に草案が作成され、2016年の4月に署名されたものである。これらの日付は注目に値する。ロス氏は、「パリ協定については、著書の終わりの方になってふれられているにすぎない」と不平をならしているが、同書の刊行日は2016年の5月なのである。

もう一つ注目に値するのは、私がこのロス氏の書評を読めたのが2016年の5月であったことだ。これは、ほぼ確実に、著作の発行元である出版社がそのゲラ刷りを刊行日よりずっと前に『ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス』誌に送っていたことを意味する。
実際、たとえば『パブリッシャーズ・ウィークリー』誌の校正刷りに関する提出ガイドラインには、「出版原稿は刊行月の初日から3ヶ月前-----望ましくは4ヶ月前-----に送ること」と記されている。
もしチョムスキー氏の著作の出版元であるメトロポリタン社が、このガイドラインの望ましい提出期限にしたがっていたとしたら、校正刷りは2016年の1月1日前後に送られていたことになろう。それは、すなわち、パリ協定の話し合いが2015年の12月12日に終了してから19日後に当たる。
日付がこれほど近接していることを考えれば、チョムスキー氏とメトロポリタン社は、パリ協定に言及するべく並々ならぬ努力をはらったと推測できる。そして、事実そうだった(231~233ページ)。このことは、(その成果がいかなるものであれ)ロス氏のささいな不平、不満の一つに対する十分な対抗要件となるであろう。


[ロス氏とイラク]

さて、最後の論点である。
世界ははたしてHRWその他の人権団体から最良の恩恵を受けているだろうか-----戦争にかかわる法の適用を国際人道法にかぎっているこれらの人権団体から。
この問いに答える一つのやり方は「国際人道法とは何か」と問うことである。
赤十字国際委員会は国際人道法(ほかに戦時国際法、武力紛争法とも呼ばれる)の定義を「戦闘に従事していないかもしくは従事することをやめた人々」に関して、「人道的な観点から、武力紛争の影響を限定し、戦争行為の手段と手法を制限することを目指す一連の規定」としている。ジュネーブ第4条約を含む1949年の『ジュネーブ諸条約』は「この法体制のための土台を提供する」ものであった。
しかし、戦争に適用される法は少なくとももう一つある。すなわち、国連憲章の規定である。国際法の「基本原則」であり「要石」であるとされるその第2条4項は「武力による威嚇または武力の行使」を禁じている。
HRWがもっぱら「武力紛争の影響を限定」することに専心し、そもそもの武力行使を問題にしないことは、犬が自分のしっぽを追いかけるようなもので、ほとんど徒労に等しい。違法な「武力による威嚇」と武力攻撃の開始を非難することにも目を向けなければ、国際人道法や人権にかかわる、このような戦争の全体的な影響が消散することは決してないであろう。
このことは、HRWという組織の方針が、国家安全保障政策にかかわる場合には、深刻な軋みが生じることを示している。
それは、たとえば、HRWが2003年のイラク侵攻の前や後に発表した声明のいくつかにうかがうことができる。

米国によるイラク侵攻の直前、HRWは「イラクに関する方針」と題する声明を出した。その冒頭では次のように語っている。
「『ヒューマン・ライツ・ウォッチ』は二十年以上の長きに渡り戦闘地域で活動してきました。戦争にしばしばともなう辛苦を減らすためにわれわれができるもっとも重要な貢献は、紛争当事者のすべてに関し国際人道法の遵守状況を監視し、その遵守をうながすことである、こうわれわれは信じています」。
そして、米国の違法なイラク侵攻の意思表示に異議を申し立てることなく、以下のように続ける。
「万一米国がイラクに侵攻した場合、われわれは、イラクと同様に米国およびその侵攻参加国が国際人道法を遵守することを一貫して求めます」。

イラク戦争後の2004年に、ロス氏は次のように書いた。
「『ヒューマン・ライツ・ウォッチ』は通常、国家が戦争という手段にうったえるかどうかについては論じません」。なぜなら、「その問題は一般にわれわれの使命を超えた性質のものだからです。そして、われわれが非戦闘員に危害を加えないよう紛争当事者のすべてに求めることができるのは、中立の立場を取っているからこそです」。
イラク戦争後のHRWの取り組みをおとしめたり否定したりすることは道理上できないけれども、以下のような問いを発することは可能であろう。
「武力攻撃の発生を抑止すること-----たとえば、国際的な人権団体における国際法の概念に国連憲章第2条4項を含めることを通じて。これが、究極的には、これらの戦争に異議をとなえずその発生を許し続けることよりも、もっと多くの人々を守ることになるのではないか」、と。

イラク侵攻開始時の2003年にもし自分がイラク市民であったならば、国際法の「基本原則」、「要石」を無視したこの挙に対する、米国やその他世界各国の代表的な人権団体による強い反対の声を喜んだのではないだろうか。その喜び方は、戦争が終わってからのHRWの取り組みに対するよりもずっと大きかったであろう。HRWの援助を受けるには、何よりもまず自分の命、家、家族があってこその話であり、これらを失っていては何にもならない。

HRWを初めとするさまざまな人権団体において、国際人道法と国連憲章とを分離するこれまでの慣習が、「国際的な犯罪の究極形」にうったえようとする国家の思わくを実質的に許すことになっているのである。ロス氏の例がよく示しているように。
このように、戦争に由来する辛苦を減らそうとする際、ロス氏が国際人道法にのみこだわる姿勢は、不必要に範囲が限られているという印象をぬぐえない。一方、国連憲章第2条4項と国際人道法の双方をチョムスキー氏が長年の著作活動で考察し続けたことは、この筆法がすぐれた分析的枠組みであることを示唆する。
そして、もしこの行き方が広く採用されたならば、武力攻撃の発生(これは戦争を始めた国の「平和に対する罪」を必然的に構成する)が、-----したがって、戦争に由来する「人道的災害」の発生が-----抑えられるであろう。
ロス氏は、このような観点にまで思慮が至らなかったか、もしくはそれに心を悩ませられなかったようである。


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チョムスキー氏の著作に対する奇妙な書評

2017年03月25日 | メディア、ジャーナリズム

お久しぶりです。
諸事情によりずっと時間がとれませんでした。

これからは元のペースに戻れれば幸いです。

いったん着手して中断していた記事をようやくかかげます。
(やや長いので2回に分けて掲載します)

書き手は Howard Friel(ハワード・フリール)氏。
掲載誌は『AlterNet』(オルターネット)誌。

原文のタイトルは、
The Supposedly Liberal NY Review of Books Published a Very Strange Review of Chomsky's Latest
(リベラルとされる『ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス』誌が、チョムスキー氏の最新作に関し、実に奇妙な評を掲載)

原文サイトはこちら↓
http://www.alternet.org/books/whats-wrong-review-noam-chomskys-new-book


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The Supposedly Liberal NY Review of Books Published a Very Strange Review of Chomsky's Latest
リベラルとされる『ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス』誌が、チョムスキー氏の最新作に関し、実に奇妙な評を掲載

この評には数々の問題点がある


By Howard Friel / AlterNet
ハワード・フリール 『オルターネット』誌
2016年6月6日


『ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス』誌で、ノーム・チョムスキー氏の最新作『Who Rules the World?』(2016年5月刊)を驚くほど的外れで、冷ややかに評価したケネス・ロス氏は、その第一段落の文章で、米国の2003年のイラク侵攻を「大失態」と表現している。
これは幸先のいいスタートではない。というのも、それは、国際関のふるまいにおいて国家の「武力による威嚇または武力の行使」を禁じた国連憲章について、ロス氏が無知であるか、もしくはそれを否認していることを示唆するからだ。
国連憲章のこの規定(第2条4項)は、国際法の碩学らによって現代国際法の「要石」であり「基本原則」であると説かれてきた(以下で論じる)。それはまた、チョムスキー氏が米国の外交政策を長年批判してきた際の中核的な拠りどころでもあった。ロス氏-----同氏は人権擁護団体『ヒューマン・ライツ・ウォッチ』の代表を長年務めてきた-----は、この点についても、不案内であるように思われる。
この「大失態」なる表現(通常「愚かなもしくは不注意な過失」と定義される)は、これに続いてどんな文章が展開されるかを予想させる。そして、それはまさしく、チョムスキー氏のこの最新作を批評する中で、慢性的な錯誤の泥沼へと落ち込んでいったのである。


[チョムスキー氏と国連憲章第2条4項]

チョムスキー氏は、米国外交をめぐる氏の最初の著作『American Power and the New Mandarins』(1969年刊)(邦訳『アメリカン・パワーと新官僚』(太陽社))において、米国が軍事的または政治的にベトナムに介入した、その政治上・倫理上の権利に関して異議を唱えた。
同書の初めの方に以下の言葉がある(おそらく1968年に書かれたもの)。
「ベトナムの内戦への米国の介入が古典的な植民地戦争に変貌してから3年が経過した。それは米国のリベラル派の政権が選択したことであった。米国の意思をベトナムに押しつけようとした以前の試みと同様に、今回もそれは著名な政治家や知識人、学者らによって支持された。そして、彼らの多くは今や戦争に反対している。なぜなら、米国の強圧が功を奏するとは信じられなくなったからである。そこで、彼らは、今度は現実的な観点から、もっと有望な『立場を採用する』よう呼びかけている」(同書3ページ)
米国の外交政策に現実的・実利的な観点で臨んだ場合に、過失や大失態が-----成功や勝利に加えて-----取り沙汰されるのである。法的、倫理的観点とは話が別なのだ。
2003年のイラク侵攻を「大失態」と表現するロス氏は、チョムスキー氏が米国の外交政策をその著作の中で半世紀近くにわたり批判し続けてきた中で、これらを区別していたことを認識していないように思われる。

チョムスキー氏はまた、この『American Power and the New Mandarins』において、国際法を戦争反対の原則的根拠として持ち出している。
「国際法と国際法に実質を付与すべく設立された組織の非力さ、および、その数々の不当さは認めるにせよ、『対ベトナム政策法律家委員会』の結論には、なお多大な真実が含まれている。すなわち、ベトナムの悲劇が示しているのは、法の支配は、それがはなはだしくおろそかにされた場合、その形成の土台である「おだやかな叡智」を再び呼び起こしてしまうということである。もし国際法が遵守されていたならば、ベトナム、米国の両国民は、国連事務総長ウ・タント氏の言う『史上、傑出して野蛮な戦争』」から免除されていたであろう」(同書241ページ)
イラク侵攻を単なる「大失態」で片づけてしまうことによって、ロス氏は国際法の急所に関しても不案内だという印象を読者にあたえてしまう(以下であらためてふれる)。『ヒューマン・ライツ・ウォッチ』の代表者であったならば、当然それについて通じていなければならないはずのところである。

上の『対ベトナム政策法律家委員会』はリチャード・フォーク氏(プリンストン大学)を議長とし、メンバーにはリチャード・バーネット氏(政策研究所)、ジョン・H・E・フリード氏(ニューヨーク市立大学)、スタンレー・ホフマン氏(ハーバード大学)、ソウル・メンドロヴィッツ氏(ラトガーズ大学)、ハンス・モーゲンソー氏(シカゴ大学)、バーンズ・ウェストン氏(アイオワ大学)、クインシー・ライト氏(シカゴ大学)、等々を擁する。
この委員会は1967年に『ベトナムと国際法』を上梓した。国際法および国家の武力行使について考察した、一時代を画する名著である。
同書では以下のように論じられている。
「ベトナムに対する米国の軍事介入は国際連合憲章に反する」。「米国は国際連合に対する債務を果たしていない。[すなわち]国連安全保障理事会は、ベトナムにおける米国の軍事行動に暗黙の了解をあたえてはいない」。
「米国は国際連合憲章が指示するような平和的解決を追求していない」。
そして、とりわけ重要な点は、
「ベトナムにおける米国の軍事行動が[国際連合憲章を含む]国際的な条約に反しているからには、それはまた合衆国憲法にも反している」。

チョムスキー氏は、1971年に『イェール・ロー・ジャーナル』誌に寄せた文章において、ベトナム戦争に関する批判を国際法の枠組みの中で展開していた。他の初期の著作においても、氏は国連憲章第2条4項を主柱として米国の外交政策を読み解いている。たとえば、2000年の著作『Rogue States: The Rule of Force in World Affairs』(仮訳: 『ならず者国家: 国際問題における武力の支配』)では、次のように述べている。
「国連憲章およびその後の国連決議と国際司法裁判所の裁定に基づいた、すべての国に法的拘束力を発揮する、国際的な『法と秩序』の枠組みが存在する。要するに[国家の]「武力による威嚇または武力の行使」は禁じられている-----安全保障理事会によって平和的な手段が失敗したと認定され、それが明示的に許諾されない限り。もしくは、安全保障理事会が対処するまでの、「武力攻撃」に対する自己防衛(狭い概念である)でない限り」。
上記の『対ベトナム政策法律家委員会』も同様に次のように述べている。
「国連憲章第2条4項は[国家による武力の行使]を『制限するもの』ではないが、現代国際法の要石となっている」。すなわち、「武力による威嚇または行使は『制限』されてはいないが、原則的に違法と見なされている」。また、当該の国連憲章は「武力行使の権限を安全保障理事会に付与している。すなわち、武力を、個々の国ではなく国際社会の方途としている」。

同委員会はまた、国連憲章のもう一つの規定(第39条)に関して、
「国際法のこの規定における本質的な意味合いは、武力行使に関しては、いかなる国もその一国のみで決定できないということである」と述べている。
さらに、「自衛」の規定(第51条)については、「国連憲章における自衛権は『武力攻撃』がおこなわれた場合にのみ生じる」。そして、「『武力攻撃』という言葉は、国際法において明確な意味を有している。それは、国連憲章中で、許される自衛の範囲を当事国みずからが決定できる裁量の余地をごく狭く制限するべく、慎重に用いられている」と記している。

武力行使にうったえることは、上で短くふれたように、国連憲章にそむいているが、それはまた「ニュルンベルク諸原則」(1950年)における「侵略戦争」に相当する。それは、したがって、「平和に対する罪」でもある。同「原則」では、「平和に対する罪」を「侵略戦争または国際的な条約、協定、誓約等に違反する戦争の計画、準備、開始、遂行」と表現している。
「ニュルンベルク憲章」(1945年)においても、「平和に対する罪」には同様の定義があたえられていた。この憲章は、「欧州枢軸国の主要戦争犯罪人に対する公正かつ迅速な審理と処罰」を念頭に、米国、ソ連、英国、フランスが草案作成に関与した。
この同じ4強国による「ニュルンベルク裁判の判決」(1946年)では、侵略戦争を遂行した複数のナチス高官に有罪を宣告するにあたり、以下のように述べられていた。
「被告が侵略戦争を計画、遂行したとの起訴状記載の罪科は深刻きわまるものである。戦争は本質的に邪悪な行為であり、その影響は好戦的な国々のみにとどまらず、世界全体におよぶ。侵略戦争に着手することは、したがって、国際的な犯罪であるにとどまらない。それは国際的な犯罪の究極形であり、世界全体の悪を集積した形で内包しているという点で他の戦争犯罪と截然と区別される」。

ニュルンベルク裁判の主席検事はロバート・ジャクソン氏で、当時、米最高裁判所の判事を務めていた人物である。
チョムスキー氏は、2006年の著作『Failed States: The Abuse of Power and the Assault on Democracy』(仮訳: 『失敗国家: 権力の濫用と民主制への攻撃』)の中で、ジャクソン判事の「『普遍性の原則』に関する朗々たる言葉」を引用している。それは実質上、チョムスキー氏が米国の外交政策を検証する際に用いた原則でもある。
すなわち、
「もし条約に違反するある行為が犯罪であるとするならば、それをおこなったのが米国であろうとあるいはドイツであろうと、それはやはり犯罪なのです。われわれは、犯罪行為に関して、自分に対して向けられることを好まないような規則を他人に押しつけるつもりはありません。…… われわれが被告を審理する根拠とした行跡は、歴史が明日われわれを審理する根拠となる行跡であることを、われわれは肝に銘じなければなりません。これらの被告人たちに毒杯を手渡すことは、われわれ自身の唇にこの毒杯を押しあてることに他なりません」。


[ロス氏と国際人道法]

ニューヨークに本拠をかまえる『ヒューマン・ライツ・ウォッチ』(以下、HRWと表記)は、他の国に対するのと同様に、米国が犯した国際人道法の違反、人権侵害などの行為に関しても、事実を明らかにしてきた。その米国に対する使命は以下のように表現されている。
「HRWの『ユナイテッド・ステーツ・プログラム』は、米国政府の権限のおよぶすべての人間の基本的権利と尊厳を守り、促進します。われわれは米国の連邦政府、州政府、地方政府が犯した人権侵害の例を調査し、事実を明らかにします。特に重点を置く分野は3つ、すなわち、刑事司法、移民、国家安全保障です。われわれは社会的弱者に影響をおよぼす問題に優先的に取り組みます。その弱者とは、とりわけ、政治的プロセスまたは裁判によって自らの権利を守ることがむずかしいと見られる人々-----貧者、人種・民族・宗教上の少数派、囚人、移民、児童、など-----です。われわれの調査は、権力の座にある人々に、基本的な権利を尊重し、法や政策を改めるよう強くうながす戦略的な支援運動の土台となるものです」。
たしかにHRWは米国政府およびその職員による権力濫用や不法行為に関して数多くの報告書を発表し、プレス・リリースをおこなってきた。HRWが上の3つの優先的分野のうちの2つ、刑事司法と移民に関して、米国のふるまいに対し「普遍性の原則」を適用してきたと言っても、いかにも当然と考えられるであろう。

ところが、ロス氏は、このチョムスキー氏の著作を批評する際に、HRWの3番目の優先的分野たる米国の安全保障政策に関して、「普遍性の原則」を適用していない。たとえば、イスラエル・パレスチナの紛争にかかわる安全保障政策などに対して。この点が、国連憲章やニュルンベルク諸原則に不案内であるらしいことと同様に、ロス氏の書評の瑕瑾である。
事情をさらに悪化させているのは、この著作に対する氏のささいなあげ足取りであり(以下でふれる)、チョムスキー氏の長年の著作に対する認識不足の様相である。チョムスキー氏のこれまでの著作は、並々ならぬ重みを、「普遍性の原則」と国連憲章の諸規定に置いていた。ロス氏は、対照的に、この書評において、これらの価値をおとしめてしまった。


[イスラエル・パレスチナ問題]

ここで、中東の問題(中でもイスラエル・パレスチナ問題)、および、国際人道法(特にジュネーブ第4条約)について取り上げてみたい(ジュネーブ第4条約はロス氏のなじみの分野に属する)。
チョムスキー氏は、イスラエル・パレスチナ問題に国際人道法を適用することにおいて、ロス氏をはるかに引き離している。
『ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス』誌がチョムスキー氏のこの著作の書評をロス氏に依頼した際、著作の少なからぬページがイスラエル・パレスチナ問題にあてられていたので、ロス氏には国際人道法に関する自分の知見を生かす機会があたえられたわけであった。この紛争にかかわる重要な問題を法的にいかにあつかうかに関して、明確な指針を提供できておかしくなかった。ところが、ロス氏はこの問題にほとんど取り組もうとはしないし、取り組んだ場合でも、その流儀は珍妙なものであった。

たとえば、ジュネーブ第4条約の49条は、イスラエルによるパレスチナの占領地域に適用される条文であるが、それにはこうある。
「占領国側は、自国市民を占領地域に送還または移住させてはならない」。
西岸地区への入植に適用され得る、この明確な法の指示は、国連加盟国の間で、イスラエルの入植を禁じ、それを違法とするものとして、広く認められている。これを認めないのはイスラエルと米国その他少数の国々だけである。
それどころか、このイスラエル占領地域に対するジュネーブ第4条約の適用可能性を認めないのは、世界でただイスラエルと米国(クリントン、ブッシュ、オバマのいずれの政権においても)を除いてほかにない(これについては、ハワード・フリール著『Chomsky and Dershowitz: On Endless War and the End of Civil Liberties』(仮訳: 『チョムスキーとダーショウィッツ: 終わりなき戦争、市民的自由の終わり』)の第6章「ジュネーブ第4条約」、107~122ページを参照)。

HRWで長い間、中東・北アフリカ地域の責任者であったサラ・リーチ・ウィットソン氏は、イスラエル入植の法的あつかいについて、以下のように述べていた(ロサンジェルス・タイムズ紙の2009年の論説)。

「パレスチナ占領地域へのイスラエル入植をめぐる議論は、多くの場合、それが「凍結」されるべきかそれとも「自然な展開」にまかされるべきかという枠組みで語られる。しかし、これは、盗っ人に不法に得た物をそのまま持たせ続けるか、それとも、さらに盗みを続けさせるかと問うことに等しい。もっとも本質的な点を閑却している。つまり、国際法においては、占領地区への入植はいかなる形であれ違法であるということだ。そして、解決策は一つしかない。すなわち、イスラエルは、入植地から撤退し、広く認められている1967年当時の境界の内側に入植者を移動させ、入植に由来する損失の補償金をパレスチナの人々に支払うべきなのである」。

「入植の停止・入植地からの撤退は、ジュネーブ条約の規定によって義務づけられている。すなわち、規定は、軍事占領を一時的な状態と見なし、占領政権側が自国民を占領地域に移動させることを禁じている。その意図するところは、占領国側が将来、自国民の存在を「既成事実」化し、占領地域を自国領土として主張するのをあらかじめ封じることにある。この手口は、イスラエルが東エルサレムでおこなってきたことであり、また、西岸地区の多くで今後推進したいと考えているらしき施策である」。

「上の法的原則は、2004年に国際司法裁判所によってあらためて確認された。すなわち、同裁判所は、入植が「ジュネーブ第4条約に対するはなはだしい違反」とする国連安全保障理事会の声明に再度言及した。赤十字国際委員会、および、国際人道法の遵守を推進する団体の圧倒的多数もこの見方を支持している」。

ウィットソン氏は、ここで、ジュネーブ第4条約におけるイスラエル入植の法的あつかいと政治的意味合いを明確に示しつつ、力強く語っている。これと対照的に、ロス氏は、アメリカが後ろ盾となっているイスラエルの西岸地区入植のはなはだしい違法性に国際人道法を適用する機会をめぐまれながら、そうすることをいかなる有用な意味においても拒絶した。そして、それによって、この点および関連する他の点においても、米国が国際人道法を遵守しているという展望をいよいよほころびさせてしまった。

かくして、ロス氏は、国際人道法がHRWの看板分野でさえあるにもかかわらず、イスラエル・パレスチナの入植その他の問題に関しては、身内の主張にふれずに、以下にように、他人の言説を引き合いに出す。
「中東に関して、チョムスキー氏はとりわけイスラエルに対する米国の偽善に注目する。それは西岸地区の入植に関する米国政府の姿勢によく表れている。カーター政権は、この入植が占領国側の市民を占領地域に移動させることを禁じたジュネーブ第4条約に違反している点を、世界の大半の国々と同様に、認めた」。
そして、ロス氏は次のように-----不正確に-----書く。
「米国政府はこの見方を決して拒絶したことはない」、と。
どうやらロス氏はご存知ないらしい。1996年以降、国連総会において、イスラエル占領地域に対するジュネーブ第4条約の適用性を再確認することを主眼とした、簡潔な、単独の決議が複数回なされていることを。
それぞれの決議において、米国は-----クリントン、ブッシュ、オバマ各政権の下で-----、ほぼ完全な国際的合意にさからって、当該条約の適用を拒否した。また、同様に、1996年以来、米国は、ジュネーブ第4条約に基づきイスラエル入植が違法であることを確認する国連総会決議に反対している。
(上掲のハワード・フリール著『チョムスキーとダーショウィッツ: 終わりなき戦争、市民的自由の終わり』の110~112ページを参照)


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(取りあえず、ここまで。次の見出し以降の訳文は来月上旬にかかげます)

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ウィキリークスはなぜヒラリーの電子メールを公開したか-----アサンジ氏の声明

2016年11月12日 | メディア、ジャーナリズム

予定を急遽変更して、ウィキリークスの創設者ジュリアン・アサンジ氏の声明を今回は訳出しました。

なお、ブログの表題はインパクトを考えて(笑)、
「ウィキリークスはなぜヒラリーの電子メールを公開したか」
にしましたが、原文のタイトルは、
Why We Published What We Have on the US Elections
(なぜわれわれは米大統領選に関わる情報を公開したか)
です。


原文の初出は『カウンターパンチ』誌のようですが、私は例によって、オンライン・マガジンの『Znet』(Zネット)誌で読みました。そのサイトはこちら↓
https://zcomm.org/znetarticle/why-we-published-what-we-have-on-the-us-elections/


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Why We Published What We Have on the US Elections
なぜわれわれは米大統領選に関わる情報を公開したか


By Julian Assange
ジュリアン・アサンジ

初出: 『カウンターパンチ』誌
2016年11月9日


ここ数ヶ月、ウィキリークスは、そして個人的に私自身も、大変なプレッシャーにさらされました。ヒラリー・クリントン陣営の内部でのやり取りを暴露しないように、というプレッシャーです。それは、オバマ政権をふくむヒラリー陣営の同志、および、次代の米国大統領に誰がなるかに関して懸念を抱いているリベラル派からのものでした。

投票を目前にした今、所有している情報をわれわれがなぜこのように公開したかをあらためて述べておくべきでしょう。

真正な情報を受領し、それを流布する権利はウィキリークスの要石です。ウィキリークスは、私一個人をはるかに超えた、他のメンバーおよび組織の使命をになっています。ウィキリークスは一般市民の「知らされる権利」を擁護します。

であるからこそ、2016年米国大統領選の結果いかんにかかわらず、真の勝者と呼べるのは、われわれの活動の結果、より多くの情報を提供された米国の一般市民なのです。

彼らは、ウィキリークスが公開した選挙関連の情報に夢中になりました。それは10万点を超える分量でした。何百万もの米国民が目を皿にしてそれを読み、他の人々に引用して伝え、われわれにも反応が返ってきました。これは開放型のジャーナリズムであり、「門番」たち(訳注: おそらく一般メディアのこと)にとっては愉快ではないとしても、しかし、米国憲法修正第一条とは申し分なく調和しています。

ウィキリークスは、もたらされた情報が政治的、外交的、歴史的あるいは倫理的に重要な性質を持ち、かつ、これまで他のメディアでは提供されていなかった場合に、それを公開します。この基準を満たす情報であれば公開します。今回、われわれは、サンダース氏およびヒラリー・クリントン氏の選挙活動に関し、われわれの編集基準にかなう情報を手にしました(米民主党全国委員会関連の電子メール公開の件)。また、ヒラリー・クリントン氏の政治活動とクリントン財団に関する情報も同様の事情でした(ポデスタ氏の電子メール公開の件)。これらの情報の公開が公共的な重要性を持つことについては誰一人異をとなえませんでした。もしウィキリークスが、選挙期間中だからといって、これら入手済みの情報の公開を差し控えたとすれば、言い訳が立たないことになるでしょう。

一方、われわれは、持っていない情報を公開することはできません。これまでのところ、ウィキリークスは、ドナルド・トランプ氏もしくはジル・スタイン女史、ゲーリー・ジョンソン氏、その他いかなる候補者の選挙運動に関しても、上記の編集基準を満たす情報を入手してはいません。これまでクリントン氏の電信を公開し、その電子メールの索引を作成したことから、ウィキリークスはクリントン関連の保存記録のドメインエキスパート(訳注: 対象業務の専門家)と見られています。ですから、クリントン関連の情報がわれわれの元に集まってくるのはごく自然な流れです。

われわれは、われわれの人的・物的資源が可能なかぎり迅速に、一般市民が受け入れられるかぎり迅速に、情報を公開します。

それは、われわれ自身、われわれの情報源、そして一般市民に対するわれわれの債務です。

それは、選挙結果に影響をおよぼしたいという個人的な願望に発しているわけではありません。民主党、共和党の候補者は双方とも内部告発者に対して敵意をあらわにしています。私は、緑の党の候補者であるジル・スタイン女史の選挙運動開始にあたって、一言述べさせていただきました。女史の政策綱領に内部告発者を保護する必要性について言及があったからです。この問題は自分にとっては常に気がかりでした。われわれの情報源の一人とされるチェルシー・マニング氏がオバマ政権によって非人間的で屈辱的な処遇にさらされていたからです。けれども、ウィキリークスの情報公開は、スタイン女史を当選させようとする試みではないし、マニング氏の処遇に対する意趣返しでもありません。

情報の提供こそがわれわれの務めです。情報の提供を選挙が終了するまで控えることは、一般市民の「知る権利」をないがしろにして一人の候補者に恩恵をほどこすことになるでしょう。

それは実際に起こったことです。ニューヨーク・タイムズ紙は、米国民に対する大規模で違法な盗聴活動の証拠を、2004年の大統領選が終了するまで1年間、秘匿しました。当時現職のブッシュ大統領を理解する上で不可欠の情報を一般市民に禁じたのです。おそらくそのおかげで大統領は再選を果たしました。同紙の現編集者は、その当時のような判断を忌避していますが、もっともなことです。

アメリカの一般公衆は言論の自由をひどく熱心に擁護します。けれども、米国憲法修正第一条の生命が持続するのは、それをくり返し援用することによってです。人が自由に意見を言い、情報を提供できる権能を行政府が制限しようとする試みは、修正第一条がはっきりと禁じています。また、修正第一条が、旧来のメディア-----企業広告主のヒモ付きで、時の権力者グループに依存している-----に対して、ウィキリークスのような科学的ジャーナリズム、あるいは、ソーシャル・メディアを通じて自分の友人たちに情報を知らせようとする個人の意思決定などよりももっと恩恵をほどこすということもありません。修正第一条は知識の一般化を臆面もなくはぐくみます。インターネットの登場により、その可能性は最大限に花開きました。

ところが、数週間前、あのマッカーシー上院議員と赤狩りを思い起こさせる術策によって、ウィキリークス、緑の党の候補者スタイン女史、グレン・グリーンウォルド氏、クリントン氏の主な政敵たちは、大きな赤いブラシで塗られました。クリントン陣営は-----いつもは明白な虚偽を広めていますが-----、今回は、匿名の情報源もしくは諜報機関による推測か不得要領の発言を持ち出して、ロシアとの邪悪な結びつきをほのめかしたのです。しかし、クリントン陣営はわれわれの情報公開について何も証拠を提示することができませんでした。なぜなら、そのようなものは存在しないからです。

結局のところ、ここ4ヶ月に渡るわれわれのめざましい仕事を中傷しようとする人々は、一般市民の理解を妨げようとしているのであり、そしておそらくその理由は、それが彼らにとって恥辱だからです。このような理由で言論の自由を抑圧することは、修正第一条が決して許しません。彼らがやれるのは、せいぜいわれわれの公開情報に不正確な点があると主張することぐらいです。

情報の真正性に関するウィキリークスの長年に渡る純白の履歴は、なおも保たれています。われわれの今回の主要な公開情報は、たとえばグーグルのような、それが経由した企業の「暗号化署名」によって、いっそう真正性を保証されています。情報公開がまったく遺漏なく遂行されているかを数学的に証明するなど、頻繁にできることではありません。ですが、今回はそのような例の一つです。

ウィキリークスは、今回の情報公開によって、激しい非難にさらされています-----とりわけ、クリントン支持者から。これまで長い間ウィキリークスを擁護してきた多くの人々は不満をおぼえています。われわれがきちんとしたやり方でこれらの非難に対処しないから、また、ウィキリークスの意図や情報源に関する数々の誤った言説に反駁しないから、です。しかし、結局のところ、もしわれわれが誤った主張のことごとくに対応するとすれば、自分の中核的な活動のためとは別に、人的・物的資源を割かなければならないでしょう。

ウィキリークスが説明責任を負うのは、あらゆる出版者と同様に、究極的には、資金の拠出者です。その拠出者とは皆さんのことです。ウィキリークスの資源はすべて、一般市民からの寄付金およびウィキリークスの刊行書籍売り上げによってまかなわれています。このおかげで、われわれは、他の大手メディア機関には真似できないような、初志一貫した、独立的で、自由な動きができるのです。ですが、それはまた、われわれがCNNやMSNBC、クリントン陣営のような人的・物的資源にめぐまれていないということでもあります。したがって、あらゆる機会をとらえて批判に対処することはできません。

しかし、かりにメディアが、一般市民に情報を提供すること以外の、さまざまな思わくにしたがうとすれば、われわれとしてはもはや言論の自由についてくどくど述べ立てようとは思いません。また、市民が情報をあたえられることの重要性についてもうんぬんする気はしません。

ウィキリークスは、一般市民を啓発する情報を提供することになお真剣に取り組んでいます。たとえ、多くの人々、とりわけ権力者がそれを目にするのを好まないとしても。ウィキリークスは情報を公開しなければなりません。その結果、どんなことを言われようとも、です。


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[補足など]
拙速の翻訳です。誤訳その他問題点があれば指摘をお願い致します。

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利害関係者を次々と雇用する米テレビ局

2016年10月29日 | メディア、ジャーナリズム

前回に引き続き、CNNその他の米テレビ局の報道をめぐる文章です。

CNNは、保守寄りのフォックス・ニュースから視聴者を奪還しようと共和党の元選挙幹部を次々と採用しています。
つまり、最初から共和党支持者であったり、保守的な思想の持ち主であることが予想できる人物を、です。

しかし、問題はCNNだけにかぎりません。他のテレビ局も政治家の元選挙幹部、企業のロビイストなど、利害関係を有する人物を次々と雇い入れています。視聴者には、そういう特定の党や企業と利害関係を有することを知らせずに、です。

つまり、今回も、アメリカのメディアの憂うべき現状を報告するもの。


原文のタイトルは、
CNN's Revolving Door of Political Hackery
(CNNが元選挙幹部を次々と採用)

例によって、非営利のオンライン・メディア『Truthout』(トゥルースアウト誌)から採りました。
書き手は Michael Corcoran(マイケル・コーコラン)氏。

原文はこちら↓
http://www.truth-out.org/news/item/36898-cnn-s-revolving-door-of-political-hackery



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CNN's Revolving Door of Political Hackery
CNNが元選挙幹部を次々と採用

2016年 7月20日 水曜日
マイケル・コーコラン / 『トゥルースアウト』誌 / ニュース分析


6月の終わり、CNNがコーリー・ルワンドウスキ氏を雇ったことについて、広く憤懣の声が聞かれた。同氏はドナルド・トランプ氏の選挙参謀の地位をほんの4日前に失ったばかりだった。
同氏は問題のある人物である。それは、単に同氏が偏見と恐怖をあおる選挙運動を陣頭指揮していたことに由来するだけではない。今年の3月には、ある記者との身体的接触にからんで軽度の暴行罪で訴えられていた(後に不起訴となったが)。
また、CNNにおける同氏の役どころは、たとえ無価値ではないにせよ、明らかに限られている。なぜなら、報道によると、同氏は守秘義務契約書にサインしており、トランプ氏に批判的な発言をすることや選挙運動中のトランプ氏のふるまいについてうんぬんすることは禁じられているからだ。

CNNの社員たちは憤激したと伝えられている。しかし、結局、1週間も経たないうちに、新顔のルワンドウスキ氏は、あるテレビ番組に登場し、自分の立場を利用して、トランプ氏の披露した偏狭な見解の一つをあれこれと言いつくろって擁護した。
トランプ氏について批判的な言葉を一切言えないコメンテーターをどうしてCNNが雇う気になったのか、読者はふしぎに思われるかもしれない。しかし、それは、CNNを右寄りにするというCNNワールドワイド社長のジェフ・ズーカー氏の意向に沿ったものだ。
この件に関しては、フォックス・ニュースでさえ倫理的に「上位の立場」を採った。すなわち、同社は、CNNと今回の雇用の決定を少なくとも2回、口をきわめて非難した。

けれども、ルワンドウスキ氏の雇い入れは異例というわけではない。むしろ、CNNおよびその他のケーブル・ニュース各局にとっては、平々凡々の出来事である。
米国の選挙を報じるにあたっては、CNNおよびそのライバル各局とも、コメンテーター役を政治家の元「傭兵」たちに大きく依存している。テレビ局はまた、現役の企業ロビイストたちもよく雇い入れる。彼らの潜在的な利害相反は問題視されず、それに関する情報はめったに告知されない。

われわれが今直面しているのは、選挙運動、メディア、企業ロビイストを渡り歩く「政治傭兵」たちの「回転ドア人事」である。2016年の選挙運動の最終段階に突入しつつある今、この回転ドア人事のドアはすさまじい勢いで回っている。とりわけ、共和党の関係者がCNNに入る動きはめざましい。
このように、政治関係者や企業ロビイスト等への依存度の高さが、選挙報道に実質的中身が往々にしてひどく欠ける理由の一つになっている。

この「政治傭兵」たちの「回転ドア人事」は、主流派メディアの信頼性をいっそう傷つけることによって、一般市民の利益に反するものとなる。主流派メディアはすでに数々の体制的な偏向のせいで有用性を減じつつあるのにだ。
大統領選挙運動の期間中に報道機関がこのような採用をおこなうおかげで、報道は短期的な競馬予想に等しいものに変じ、政策が一般市民に(もちろん環境にも)どのような影響をおよぼすかに関する議論がほとんど無視される事態をさらに助長している。
また、コメンテーターたちは友人や以前の上司たちのサクラとしてふるまうことができる。さらに悪質なことには、同様のことを機敏なロビイストは目下の雇用主のために実行できる。しかも、通常その辺の事情を明らかにせずに、である。

この事態は、その上、メディアにおけるこれまでの多様性の大幅な欠如をいよいよ悪化させる働きをしている。ワシントン政界の住人だけに議論を制限し、組合活動家や市民運動家はもちろん、学者でさえも議論から排除しているからだ。ルワンドウスキ氏の雇用は、この点でも、異例のことではさらさらなかった。


[ルワンドウスキ氏雇用に対する反発]

ルワンドウスキ氏の雇用は、当然のことながら、多くの人々にとって悩ましい問題であった。同氏の暴行罪の嫌疑-----トランプ氏は精力的に同氏を擁護したが-----とは別に、ルワンドウスキ氏は、ここ半世紀の間アメリカで例がなかった、もっともあからさまに偏狭な選挙運動を指揮した人物である。「大統領選挙におけるトランプ氏の奇体な取り組み方を熱烈に擁護する人間」とニューヨーク・タイムズ紙は評した。それも、「共和党の多くの議員が、発言をソフトにし、もっと従来通りの手法を採用するよう強く要請している」にもかかわらず、である。

契約上、当該の候補者を批判できず、その候補者の下で働いていた期間の出来事を話題にすることもできない、憤懣を内にかかえた元トランプ陣営の人間を雇うことに、CNNはいったいどんな価値を見出しているのだろうか。
ルワンドウスキ氏は実質的にトランプ氏の代弁者にすぎないであろう、ちょうど同氏がトランプ氏の下で働いていた時そうであったように。ただ、今では、同じことをするのにCNNから棒給をいただくわけである(一方では、トランプ氏から解雇手当を受け取るであろう)。「メディアの歴史上、これほどの利益相反は聞いたことがない」とトーク・ショー『ヤング・タークス』を主催するジェンク・ユーガー氏は語った。

左派陣営からの反感はもちろんのことながら、ルワンドウスキ氏は、観念上のもう一方の極、右派陣営からもきらわれている。
「トランプ氏は同志や献金者、さらには自分の子供たちからの懸念の高まりに直面している。ルワンドウスキ氏はこれまで国政レベルの選挙にかかわった経験がなく、はたしてクリントン候補との闘いをうまく切り盛りできるのか、という懸念だ」。こうニューヨーク・タイムズ紙は6月20日に報じた。共和党全国委員長のラインス・プリーバス氏も同じ懸念を共有し、トランプ氏に次のように語った。「党全国委員会とルワンドウスキ氏との関係は険悪になりつつあった。何らかの変化は歓迎だ」。

ルワンドウスキ氏の解雇がワシントン政界の住人に支持されたことと、その後のCNNによる同氏の採用がかなり批判的な反響を惹起したことは、おそらく偶然の一致ではない。
USAトゥデイ紙は、ある記事で、この雇用を「身の毛がよだつ」と評した。また、スレート誌では、ルワンドウスキ氏のことを「評論家兼ゴロツキ」と形容している。上で述べたように、フォックス・ニュースでも2人のキャスターがCNNの雇用を非難した。すなわち、ハワード・クルツ氏はそれを「遺憾なこと」と表現し、メーギン・ケリー女史はルワンドウスキ氏を「複数の記者を威嚇」し、女性について「きわめておぞましい」発言をした人物と述べた。
『ヤング・タークス』の主催者ジェンク・ユーガー氏とフォックス・ニュースのキャスター2人の意見が一致するなどめったにないことである。CNNは今回そういう稀有な事態を成就させたのだ。


[クビになった共和党関係者と熱烈なトランプ支持者を求めて]

ルワンドウスキ氏の雇用は破廉恥なこととはいえ、それは前代未聞の出来事というわけでは皆目ない。CNNは右方向に進路を定める中で、最近クビになったばかりの共和党の選挙幹部、あるいは、特定の保守派候補に入れあげている人間などをめざましいペースで採用していた。

たとえば、アマンダ・カーペンター女史だ。
女史は2015年の7月にテッド・クルーズ氏の広報責任者としての職を辞し、それから約2ヶ月後にコメンテーターとしてCNNに採用された。女史の仕事とは、実質上、選挙運動期間中にクルーズ氏を擁護することだった。彼女はまさしくあらゆる機会においてクルーズ氏を持ち上げ、また、候補者討論会の後では、きまって同氏に対する批判を別の話題にそらした。

カーペンター女史のとめどないクルーズ氏擁護は、しかし、色褪せる運命だった。
7月6日、ルワンドウスキ氏をめぐる騒動からほんの2週間ほどしか経っていないのに、CNNはスコッティ・ネル・ヒューズ女史を番組に招き、新たな火種を作った。同女史のあからさまなトランプ氏擁護は、どんな言い訳も通用しないはずのふるまいにもおかまいなしで、あまりにも漫画じみており、著名なバラエティー・ショー『サタデー・ナイト・ライブ』で女史をからかう一場が制作されるしまつ。トランプ氏の選挙スタッフとして正式に働いた経験は女史にはないが、そうであっても少しもおかしくない。言わば「ワン・トリック・ポニー」(一つの芸当しかできない子馬)としてテレビ番組にしょっちゅう登場し、あらゆる機会をとらえてトランプ氏を弁護する。キャスターのウォルフ・ブリッツァー氏に対して、共和党全国大会での暴動騒ぎを「必ずしも悪いことではない」とさえ述べるほどだった。

自分をからかう『サタデー・ナイト・ライブ』の一場によって「ばつの悪そうなトランプ擁護者」の烙印を押されてしまったことも何のその、それ以降もずっと女史はその烙印通りのふるまいをやめなかった。
7月3日には、ゲストとして臨席し、トランプ氏がツイッターで反ユダヤ的なマークを使用したことを弁護した。そのトランプ氏擁護の試みはあまりに理を欠いているので、意見を聞いた側のキャスターであるブリアナ・ケイラー女史はいら立って、侮蔑の表情を抑えきれなかった。

この時のもようは幅広く嘲笑の的になった。ワシントン・ポスト紙のエリック・ウェンプル氏は「見るにしのびない」と述べた。
さて、CNNは、これらのみっともないやり取りをどう後始末したのか-----なんと翌日、彼女を正式に採用したのである! ウェンプル氏の軽口を借りれば、「CNNの経営幹部は何が何でもキャスターをいたぶるつもりだ」。ヒューズ女史自身は、正式な採用についてツイッターに「今日は自分にとってトンデモなくビッグな発表が!」と記した(現在は削除されている)。
しかし、この人事の決定をめぐっては、不可思議の感はいっそう深まるばかりである。


[フォックス・ニュースに勝とうとするCNN]

CNNはどうしてまた保守派の元選挙幹部をこれほど熱心に採用しようとするのだろうか-----なかんずく、トランプ氏の好戦的な擁護者を。その手のコメンテーターが不足しているとはとても思えないのに。上に挙げたつい最近の採用者のほかに、CNNはすでに熱烈なトランプ支持者を雇い入れている。カイリー・マッケナニー女史やジェフリー・ロード氏だ。

マッケナニー女史はテレビ番組の中でトランプ氏をずっと称えてきた。CNNコムに掲載する文章でも同様だ。一方、ロード氏は最近、トランプ氏が大統領になった場合の美点をつづった書籍を上梓したばかり。トランプ氏の擁護に関しては、マッケナニー女史よりもはるかに過激だ。ロード氏の同僚の一人はワシントン・ポスト紙の取材に対してこう答えている。彼の仕事は「日々、トランプ氏の恭順な下僕として仕えること」だ、と。トランプ氏はクー・クラックス・クラン(KKK)およびその元幹部のデビッド・デューク氏から距離を置くことを拒否したが、ロード氏はその点も擁護した。その結果、一騒動が持ち上がり、ニューヨーク・タイムズ紙が記事に取り上げるまでになった。オンライン・ニュース・メディアの『デイリー・ビースト』は、「選挙報道で自分をもっと大きくあつかうようトランプ氏がCNNに求めた」とロード氏がおおっぴらに語るのを伝えている。

それでもなおCNNはトランプ支持派を雇おうとしている。しかし、CNNが目指す方向についてのズーカー氏の公の発言を考慮すれば、事情はより鮮明になるであろう。同氏は5月初めにウォール・ストリート・ジャーナル紙に次のように語った。「CNNがリベラルに傾きすぎているというのはもっともな批判だ」。だから「中道保守の人士をさらにいっそう増やした」、と。

CNNがリベラル寄りだとズーカー氏が本当に信じているかどうかは別として-----実際は怪しいものだが-----、同氏がCNNを保守寄りにしようとすることについては、はっきりした営利上の動機がある。「CNNは保守的なフォックス・ニュースの視聴者をのどから手が出るほど欲しがっている」と、ワシントン・ポスト紙は報じた。フォックスの視聴者が他の人々よりもはるかに世の中の事情に通じていないことは種々の調査で明らかになっているが、しかし、高齢化の進む彼らがフォックスにしがみついている事実は疑いようがない。もう何年もの間、フォックスはCNNやMSNBCとの視聴率合戦でたびたび勝利を収めてきた。そして、一方、米世論調査機関ピュー・リサーチ・センターの2014年の調査によると、CNNの視聴者の中では、保守派の存在が「幾分影が薄い」。

こうした事情が、ルワンドウスキ氏、ヒューズ女史、カーペンター女史、その他多くの保守派コメンテーターをCNNが雇い入れる理由の一部を説明してくれる。
CNNが会社を挙げて右寄りに舵を切ろうとしていることは、同社が主催した候補者討論会にもうかがえる。米メディア監視団体の『FAIR』の指摘によれば、共和党候補者への質問役として、CNNはムーブメント・コンサーバティブ(訳注: 妥協を忌避する保守派の草の根活動家)の一人であるヒュー・ヒューイット氏を右派陣営から招いた。斬新なやり口である。ところが、民主党候補者の討論会の予定が組まれた時は、「断固たるリベラル派」の存在は「あからさまに空白であった」。

もう一つ斬新な点は、CNNがフォックスの視聴者を取り込むべく右に傾く中で、同社が頼りとしているのがめっぽうな数のトランプ支持者だということである。これはフォックス視聴者の取り込みの上で、巧妙なやり方と言えるかもしれない。フォックスはまぎれもなく保守系のテレビ局である。しかし、トランプ氏とはいろいろな摩擦を起こしてきた。その原因のうちで特に知られているのは、トランプ氏がキャスターであるメーギン・ケリー女史の生理を示唆する発言をしたこと、および、フォックス主催の討論会への参加を見合わせたこと、である。フォックスの視聴者が長年の固定ファンであることを考えれば、保守的なトランプ支持者にCNNがねらいを定めるのは、フォックスとの差別化を図る上で、賢明な戦略と言えるであろう。「CNNはフォックスよりも私を好意的にあつかってくれる」。トランプ氏は、あるフォックスの取材に対し、こう答えている。

本サイトはCNNにこの件に関してコメントを求めたが、期限内には返事をもらえなかった。


[MSNBC自身の回転ドア人事]

CNNはルワンドウスキ氏雇用の件ですさまじく叩かれたが、MSNBC自身が同氏の雇用をまじめに検討していたことはあまり話題にならない。MSNBCは、ルワンドウスキ氏がトランプ陣営を離れてから直接同氏と話し合ってさえいる。であるから、CNNの雇用手法がいかにおぞましいものであろうと、他のテレビ局を無罪放免とするわけにはいかない。確かにフォックス・ニュースは長年共和党の御用機関と化していた。しかし、MSNBCにしたところで、このような回転ドア人事に無縁であったわけではない。

CNNはルワンドウスキ氏を雇うのに3日ばかり待ったが、MSNBCはそれと同じぐらいの短い期間で、テッド・クルーズ氏の元幹部を雇った。すなわち、クルーズ氏が広報責任者であるリック・タイラー氏の解雇を発表して4日後にMSNBCは同氏を正式雇用したのである。タイラー氏がクルーズ氏から解雇された理由は、マルコ・ルビオ議員をめぐる誤った噂の流布を手助けしたとされ、それが元で騒ぎが持ち上がったからである。こういう経緯がありながら、MSNBCはタイラー氏を雇うのにぐずぐずしなかった。同氏はその後、自分の出演時間を、トランプ氏を批判することとルビオ議員に立候補を取りやめるよう勧めることに費やした。

タイラー氏は、「政治傭兵」の回転ドアを通じてMSNBCに職を得た最初の人物ではない(おそらく最後の人物でもないであろう)。
タイラー氏の前には、たとえば、カレン・フィニー女史がいた。女史は、ヒラリー・クリントンが大統領夫人であった時、その報道担当官であったし、ほかにもワシントン政界においてさまざまな役割をはたした。そうして、このような忠実な民主党員でありクリントン臣下として長年奉公した後、今度は長期に渡ってMSNBCのコメンテーターとなり、ついには自分の名を冠した番組を(短時日ではあれ)まかされるまでになった。MSNBCにおけるその5年の経歴の間、女史は絶えずクリントン夫妻を擁護した。彼女はかつてクリントンに仕えていたし、近いうちに再びまた仕えるであろう(現在、ヒラリー陣営の選挙対策幹部である)。こうした人物が、クリントンの名がニュースで言及される際に、客観的な意見を述べる識者としてどうして信頼することができよう。

今、本稿を執筆している時点で、フィニー女史のかつての番組『カレン・フィニーと掻き乱せ』のホーム・ページには、クリントン氏の著作からの抜粋が麗々しくかかげられ、女史が共和党の非難に対し同氏を擁護する動画が貼りつけられている。もちろん、フィニー女史が、共和党によるほとんど無根拠のクリントン批判のいくつかをとがめるのは、多くの場合、至当なことだ。けれども、保守派が女史の利益相反に目をつけるのも、これまた驚くべきことではあるまい。保守派陣営は、少なくとも30名の人士がオバマ政権からMSNBCあるいはMSNBCからオバマ政権へと移動したとすかさず指摘した。このような動きはジャーナリズムに注意を払う人間なら誰しも危惧をおぼえるに違いない。それは、当該の回転ドア人事が保守派をCNNに送り込むか、民主党支持者をMSNBCに加えるかの違いにはかかわらない。

フィニー女史は、MSNBCに雇われてから以降、トーク・ショーの司会者として共和党を批判し、次には、ヒラリー・クリントンの選挙幹部としてサンダース陣営を攻撃してきた。さて、今から1年後、彼女がMSNBCに返り咲いたとしたらどうであろうか。リベラル派は、彼女がヒラリーを(大統領であろうとなかろうと)、-----もしくはサンダース氏を-----、公正に報道することができるかどうか、どうして信じられるだろう。


[教訓は学ばれたが忘れられた-----ロビイスト・メディア利益共同体は死なず]

クリントン擁護派と言えば、ハワード・ディーン氏もそうで、同氏もまたMSNBCに昨年あたりから頻繁に登場している。出演の際はいつも「クリントン支持者」と紹介されている。まっとうな情報開示である。しかし、問題は、ディーン氏が同時に法律事務所のデントンズから報酬を得ている保険関係のロビイストであるという点だ。こちらの情報はめったに明かされない。ゆゆしいことに、ディーン氏がテレビ番組でヒラリーに代わって国民皆保険制度を批判する時も、この情報は告知されなかった(ちなみに、同氏はほんの数年前まではこの制度の支持者であった)。

このような雇用様式はMSNBCにとって目新しいものではない。
2009年には、ニューズウィーク誌の元記者であるリチャード・ウォルフ氏がコメンテーターやゲスト司会者として同局の番組にたびたび出演し、さまざまな問題について意見を披露した。ここでも問題は、同氏がPR企業のパブリック・ストラテジーズ社で働いていたことだ。同社の顧客には、ロッキード・マーティン社や米国商工会議所などが名を連ねている。おぞましいことに、同社はそのホーム・ページでウォルフ氏を紹介するにあたり、同氏とMSNBCとの親密な関係をほこらかに謳っている。MSNBCは、幾人かのジャーナリストや市民活動家が論難するまで、この利益相反の事情を明らかにしていなかった。その点を突いたジャーナリストの一人はグレン・グリーンウォルド氏である。同氏は、MSNBCは実質上「毎晩1時間を企業ロビイストに譲り渡している」と述べ、また、「報酬と引き換えに企業の傭兵となっている人々」を公正なコメンテーターとして紹介していると厳しく非難した。

MSNBCはウォルフ氏をコメンテーターとして起用し続けたものの、結局みずからの落ち度を認め、パブリック・ストラテジーズ社と同氏の関係を告知するようになった。ウォルフ氏は2012年に『MSNBCコム』の常勤編集者になったが、同氏のツイッターから判断すれば、現在はその地位を離れているようだ。
一方、ハワード・ディーン氏とMSNBCは、依然としてその不埒な協力関係を維持している。まるでウォルフ氏の件がなかったかのようだ。
このような関係はむろんディーン氏とMSNBCだけにかぎらない。上でもふれた『FAIR』が2013年に発表した報告書でも、テレビ局や政党の間に深く浸透している。『FAIR』が挙げる、ロビイストとして働きながら(この事実を告知せずに)コメンテーターとしてもテレビに出演している人物は、たとえば、NBCのマイク・マーフィー氏、CNNのステファニー・カッター氏、同じくCNNのデビッド・アクセルロッド氏(以前はMSNBC)、2015年まではMSNBCで働いていたロバート・ギブズ氏(現在はマクドナルド社)、などなど、である。

本サイトはMSNBCに対してもこの件に関してコメントを求めたが、期限内に返事をもらえなかった。

ロビイストをめぐるこの問題は、もう何年もの間、目に余るものとなっている。
2010年にネーション誌は『ロビイスト・メディア利益共同体』と題する調査の結果を明らかにした。それによると、3年に満たない期間で「少なくとも75名の登録ロビイスト、PR企業代表者、企業幹部など(彼らは当該の企業や業界団体からその対外的イメージの構築をまかされ、財政的、政治的利益の増進を図ることで報酬を得ている)が、自分たちに報酬を払う企業とのつながりを明かすことなく、MSNBC、フォックス・ニュース、CNN、CNBC、フォックス・ビジネス・ネットワーク、等々に出演していた」。

ネーション誌のこの調査は、かかる共犯関係が実質上あらゆるテレビ局に見出されることを明らかにした。すなわち、回転ドア人事は単に「政治傭兵」たちとメディアの間だけでなく、企業ロビイストとメディアの間にも行われているのである。


[回転ドア人事のドアが回り続ける理由]

この回転ドアという比喩は通常、政治家がしばしば公職を辞して企業ロビイストに転じる現象について使われる。これは昔からずっと問題であった。しかし、現在、メディアがこの回転ドアのまた別の出口となったことは、問題をさらに複雑にする。米国民は企業ロビイストや政治家のふるまいを判断する上で、各メディアを頼りにすることができると考えられている。ところが、今や、これら3つの世界は、ジョージ・オーウェルの『動物農場』における豚たちと同様、ある意味で見分けがつかないようになってしまった。

こうした次第で、回転ドア人事のドアは静止することがない。その結果、放送メディア(いまだに米国民の大多数がこれらからニュースを得ている)は、個人的、政治的あるいは当該企業のもくろみを胸に秘めた、特権的な人物たちの「安息の地」となっている。これは、メディアの大半がごく少数の巨大多国籍企業によって支配されたことから生じた、派生的な現象である。そして、社会的公正と民主主義の擁護者にとって、メディアの変革がいかに大きな優先課題であるかを如実に物語っている。


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[補足など]

■企業ロビイストの問題と言えば、このブログの以前の回でも、テレビの好戦派コメンテーターが軍需関連企業によって財政的に後押しされているという文章を訳出しました。こちらもぜひ参照してください。

主戦派のコメンテーターを財政的に支える軍需産業
blog.goo.ne.jp/kimahon/e/d7293b6e6bf27ba4df795a95684f01e7


コメンテーターが軍需関連企業からお金をもらって、テレビを通じ、国民に戦争を勧めているのです。
すなわち、
「一般国民に向けて合法的大量殺人が売り込まれている-----巨大軍需企業から莫大な富を得ている一群のサクラたちによって」。
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