気まぐれ翻訳帖

ネットでみつけた興味深い文章を翻訳、紹介します。内容はメディア、ジャーナリズム、政治、経済、ユーモアエッセイなど。

エクソンモービルの大罪・2

2016年03月19日 | メディア、ジャーナリズム

今回も前回と同趣旨の内容です。
実は前回のマッキベン氏の文章を読んだ後に今回の文章を読んで、こちらを訳出すべきだったかと、ちょっと後悔しました。状況説明がよりくわしいですし。

でも、大手メディアがあまり大々的には取り上げようとしない話題なので、「趣旨がダブってもかまわないか」、「せめて私のブログではしつこく取り上げてみるか」(笑)といった気持ちで、再度かかげることにしました。

書き手は以前にも訳出したことのあるポール・ストリート氏。

タイトルは
Why Exxon Executives Deserve the Ultimate Punishment
(エクソン幹部が究極の刑に値する理由)


原文の初出は『カウンターパンチ』誌のようですが、私は例によって、よく覗く『ZNet』(Zネット)誌のサイトで知りました。
そのサイトはこちら↓
https://zcomm.org/znetarticle/why-exxon-executives-deserve-the-ultimate-punishment/


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Why Exxon Executives Deserve the Ultimate Punishment
エクソン幹部が究極の刑に値する理由


By Paul Street
ポール・ストリート


初出: 『カウンターパンチ』誌
2015年10月30日


1946年の10月16日、ニュルンベルク裁判の判決が下ってまもなく、ドイツ、ナチスの政治、軍の上層指導者10名が絞首台に向かって歩を進めた。
彼らナチス党員の元精鋭のうちの何人かは、想定通りに首の骨が折れることですみやかに死に至ることにはならず、緩慢な窒息死によって絶命した。また、一部の人間は、落とし板が狭すぎたために、落下の際に頭部をぶつけることになって、流血しつつ息を引き取った。

さて、われわれは、どのような凄惨な死刑宣告を言い渡すべきだろうか-----偉大なる資本主義の化石燃料「利益共同体」の最高権力者たちに対して。地球を温室効果ガスの巨大「ガス室」に変え、人類(およびその他の生命形態)を根絶やしにしようとの、その労力に対して。
ナチス・ドイツは確かに何千万もの人々の命を奪った-----600万ものユダヤ人を含め。ナチスは、それを、はっきりとした大量殺戮の意思を持って遂行したのである。
(一方、アメリカおよびその他の連合国も途方もない戦争犯罪を犯している。ヒロシマとナガサキに対するむごたらしい原爆投下がその一例である)
しかし、人間に由来する-----正確に言えば、資本主義に由来する-----地球温暖化は、人類の営みすべてを潰滅させるおそれがある。生態系に対する完全に意図的な破壊行為は、犯罪行為の中でももっとも罪が重いものだ。

「なるほど。だが、しかし」と、温室効果ガスを排出する企業の擁護者たちは言うだろう。
「化石燃料の大規模な採掘と燃焼が生物におよぼす危険性については、ごく最近まで誰も本当のことは知らなかった」、と。

ところが、そうではない。
気候変動と石油企業の話は、肺ガンと大手タバコ会社の話と非常によく似ている。
何百万ものアメリカ人-----私自身の両親も含め-----が、長年、喫煙は害がないと信じつつ育ち、結局のところ、それが死に結びつく可能性の高いことを知ったのである。残念ながら、このおそろしい事実の認識はタバコ業界によって抑え込まれた。彼らは真実を意図的に隠蔽することに何十年も注力したのだ。科学的な根拠にとぼしいとする偽りの主張をくり返し、広告で、タバコをすこやかな活力のしるしとして-----あるいは活力の源であるというイメージさえ-----一般公衆に吹き込んだ。これらの広告を、タバコ会社は、何百万人もの喫煙者が早死にしつつあることを示唆する学術研究を十分に承知しながら、提供し続けた。

地球温暖化に関して、基本的にこれと同様のことが起った事実をインサイド・クライメット・ニュース(ICN)が最近、報じた。ICNはピュリッツァー賞を獲得したこともある非営利の報道組織である。1970年代にまでさかのぼる内部文書とエクソンの元社内研究者や従業員へのインタビューなどに基づく一連の記事において、ICNは、エクソンが「内部調査によって、何十年も前に地球温暖化における石油燃料の役割をはっきり認識していた」ことを明らかにした。そう、何十年も前に-----正確に言えば、1970年代の後半から-----である。
ICNの調査報道の文章からかなめの部分を引用すると、

「エクソンモービル本社でのある会議において、社の上級研究員であるジェームズ・ブラック氏は、勢威をほこるオイルマンの面々に語りかけた。用意した文書を読み上げるのではなく、詳細な内容のスライドを次々と映しつつ、ブラック氏は深刻な内容を伝えた。すなわち、世界中で化石燃料を使用することに由来する二酸化炭素が地球を温暖化し、最終的に人類をおびやかす可能性がある、と。
『そもそも、人類が世界の気候に影響をおよぼしている主たる行為は、化石燃料を燃やすことで生じる二酸化炭素の排出であろうというのが、科学の世界における一般的な認識であります』。
これが、ブラック氏がのちに記録にとどめた、エクソンの経営委員会を前にして語った言葉である。
この冷厳な分析をエクソンの幹部らが聞いたのは1977年の7月-----世界の大半が気候変動のせまり来る危機について耳にするずっと以前の話であった。

「それから1年後、エクソンの研究・技術部門の指導的研究員であるブラック氏は、前回の発表に最新の知見を加味して、より広い聴衆にうったえた。すなわち、社内の研究員と幹部らに向かって次のように警告した。
外部の研究者の見積もりによれば、大気中の二酸化炭素濃度が倍になると、地球の平均気温はおよそ摂氏2ないし3度(華氏4ないし5度)上昇し、北極や南極ではそれが摂氏10度(華氏18度)にも達するおそれがある。降雨量はある地域では増加するかもしれないが、別の地域では土地が砂漠に変じる可能性がある、と。
『恩恵を受ける国もあろうが、農業生産が減じるか潰滅的な打撃を受ける国もあり得る』。この1978年の発表の要約文書で、こう、ブラック氏は述べている。…… 氏自身の意見は早急な取組みが必要というものであった。同文書の中で、ブラック氏は、『現在の研究に基づけば、エネルギー戦略の転換に関し、むずかしい決定を行わねばならなくなるまで、あと5年から10年の猶予しか残っていない』と記している」

1980年代には、エクソンの研究員たちは他の科学者や政府機関の研究者らと協同し、先進的な気候モデルの開発と解析に力をそそいだ。それによって得られた予測データを検討し、エクソンの『理論・数理科学研究所』の長は次のように結論した。
2030年以降の温暖化の潮流が「まさしく破滅的である可能性は厳然としてある(少なくとも、地球上のかなりの割合の人々にとっては)」、と。

ブラック氏が「あと5年から10年の猶予」と書いたのは1978年であった。それから30年以上が経過し、ブラック氏や他の科学者たちがカーター政権時代にエクソン幹部に警告した気候変動は今、人類を大災厄の瀬戸際に追いつめている。
最近、国連の『気候変動に関する政府間パネル(ICPP)』-----権威があり、通常は遠慮がちな組織である-----が報告書を発表し、強い口調で、地球が重大な「転換点」に差しかかっていることを示唆した。すなわち、これまで予期されていなかったペースと様態で、極地の氷や北極圏の永久凍土が融け、世界各地でサンゴ礁の「白化」現象が生起し、アマゾンで熱帯雨林が干上がりつつあるのだ。これらは、人間と資本主義に由来する地球温暖化が原因なのである。

こんな事態に至る必然性はなかった。
エクソンが化石燃料の大規模な掘削と燃焼にともなう危険性について、もし正直、率直であったならば、人類は、化石燃料への依存度がより低いエネルギー体制の構築に何十年も前に取り組んでいたかもしれない。そして、それによって、現在予測されている数々の災厄を避けられる可能性があった。
驚くべきことに、今でも政治家は気候変動の現状と原因をめぐって論を戦わせている。これまた、おおいにエクソンのおかげである。1980年代の後半までに地球温暖化は観測的な事実となったが(学術界や政府機関の研究者たちは1960年代の段階で為政者に向けてすでに警告を発し始めていた)、エクソンは、気候変動の原因をめぐる研究が科学的根拠にとぼしいとの偽りの主張をした。気候が実際に変動しているか、たとえ実際に変動しているとしても、その原因は何であるかについて、確かなことは誰にもわかっていないとエクソンは言い張った。自社内の研究結果がまるで違った証拠を示していることなどおかまいなしである。

エクソンは、自社の偽りの主張と矛盾する研究について知悉していただけではない。そういった偽りの主張をする研究に資金拠出した。レーガン政権の末期以来、エクソンは自社の研究成果をみずから積極的におとしめていった。それも、気候変動の原因が人間(または資本主義)に由来し、生物種の滅亡をみちびき得るとのデータが次々と明らかにされ、学術界がその深刻な危険性についていよいよ危機感をつのらせ、絶望感さえ漂わせて声を上げ始めたのと並行してのことである。その途上で、エクソンは他の大手石油企業が追随する気候変動否定の潮流を形作った。しかも、一方で、自身を環境に配慮した企業と吹聴したのである。

これらすべてにまつわる邪悪さはほとんど信じ難いほどだ。ハーバード大の科学史家ナオミ・オレスケス氏が最近ニューヨーク・タイムズ紙で述べたように、豊富な富と影響力をほこるエクソンは、みずからの研究成果を否定しただけにとどまらず、業界に幅広く破滅的な主張を浸透させた。

「エクソンには複数の選択肢がありました。
世界でもっとも高い収益を上げる企業の1社として、エクソンは産業界のリーダーたるふるまいができたでしょう。たとえば、政治家や株主、機関投資家、一般公衆などに気候変動に関する自社の知見を伝える役目がはたせたでしょう。自社のビジネス・モデルの転換を目指し、再生可能資源やバイオ燃料に資金拠出し、あるいは、二酸化炭素回収技術の大規模な研究・開発プログラムを起ち上げることも可能でした。21世紀のエネルギー体制に向け、収益性をともなう移行を可能ならしめる合理的な政策を後押しすることもできたはずです。……
ところが、エクソンの択んだ道は、タバコ業界と同様に、虚偽情報と否定と先延ばしでした。もっと悪いことに、エクソンは業界内の他企業にとって追随すべきお手本を提供しました。30年以上も前にエクソン社内の研究者たちは気候変動が大惨事をまねく可能性があることを内部メモで認めていました。ところが、今や、それとまったく同じことを発言する科学者が、ビジネス界やウォール・ストリート・ジャーナル紙の論説欄では、嘲りの対象となっているのです」

われわれには、はたしてまだ残されているだろうか-----世界の資本主義者たちによる温室効果ガス排出の最悪の結末を避ける時間は。たぶん残されてはいるだろう。
根源的な下手人は増大、成長、生産性にとり憑かれた、帝国主義的な利益追求システムである。しかしながら、われわれが貴重な時間、貴重な生物種、貴重な氷河、貴重な熱帯雨林、貴重なサンゴ礁、貴重な永久凍土、等々を失ってしまったのは、一般市民の選挙によって択ばれたわけではない、化石燃料「利益共同体」に属する企業や金融機関の頂点に位するエクソンの幹部と他のエリート経営者たちによる抑圧的で、環境破壊的な戦略のおかげなのである。
オレスケス氏の言葉を引くと、
「われわれは無駄にしてしまいました-----何十年間かを。その何十年間かの間に、先進的な電気供給網を整備し、効率性を高め、再生可能資源の導入拡大を図り、よりきれいで環境にやさしい経済体制の下で何千もの雇用を生むことができたでしょうに」

以上のような次第で、私は、次のような場面をどうしても心に思い浮かべたくなる。
すなわち、エクソンのCEO(最高経営責任者)であるレックス・ティラーソン氏(1990年代以来、同社の気候変動否定の努力を推し進めた中心人物である)、および、他の大手石油企業の経営幹部が「世界生態系破壊裁判」において有罪の判決を受け、絞首台に向かって行進させられる光景を。その時、絞首台のロープは短くし、落とし板の寸法は小さくしよう。
そして、この光景を十分に味わってから、われわれの手元に残っている、より重大で、技術的に達成可能な仕事に取りかかることにしよう。つまり、再生可能なエネルギーと持続可能な経済・社会への包括的移行である-----今度こそ手遅れにならないうちに。


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[訳注、捕捉情報など]

■今回の話題に関するくわしい情報、参考となる情報などは、前回のブログの訳注欄で紹介しています。そちらを参照してください。


■今回の文章の書き手であるポール・ストリート氏はどうやらバリバリの左翼であるらしい。しかし、その文章、コラムはほとんどいつも質が高く、読みごたえがあります。
コラムニスト、政治批評家としてもっと名前が売れてもいい人物だと思います。

日本語に訳されている同氏の文章はネットで検索すると、以下のようなものがありました。こちらもなかなか鋭い論説です。

・私はシャルリーではない / ポール・ストリート
http://trans.trans-aid.jp/viewer/?id=42783


もちろん、本ブログでも以前に訳出しました。ぜひ、こちらも一読を。

・忘れられた労働者階級と現代ジャーナリズムの変質
http://cocologshu.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-54eb.html

・ウォール街抗議デモと米国政治の本質
http://cocologshu.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-e769.html