Light in June

文学やアニメ、毎日の生活についての日記。

ネタバレなし!「ポニョ」試写会

2008-07-06 00:22:31 | アニメーション
7月5日、宮崎駿の新作『崖の上のポニョ』の試写会に行ってきた。12時30分開場のところ、約1時間前に到着。既に列ができている。場所は千駄ヶ谷の日本青年館大ホール。「耳をすませば」のファンサイト管理人として有名なもーりさんも来ている。気持ちはいよいよ高まる。宮崎駿の新作を見ることは、一種の国民的イベントになりつつあるが、おれにとっては真剣勝負。朝から緊張していた。いったいどんな映像を見せてくれるのか。それにしても暑い。炎天下の中を立たされる。結局10分早く開場。建物内はこんなに涼しかったのか!

さて、本題。『崖の上のポニョ』で、宮崎駿について二つのことが言える。一つは宮崎駿が天才だってこと。もう一つは宮崎駿が映画の文法を壊したってこと。もちろん、どちらも今になって言われ出したことじゃない。天才だってことは昔から色んな人が散々言ってきたことだし、映画の文法を壊したっていうのは、「ハウル」で既に分かってたことだ。しかし、「ポニョ」はその二つのことを改めて遺憾なく示している。

この映画のストーリーがどうだとか、話がおもしろいとかつまらないとか、そういうことは言うまい。まだ公開前の映画で、余計な情報を与えたくないから。ただ、この映画では前々から、宮崎駿が海の水や波を一人で描いている、ということが宣伝され、知られていて、そこがこの映画の最大の注目ポイントの一つになっていることもあり、この「海の描写」についてコメントしておきたい。それに、その「海の描写」がすごかったからでもある。

5月4日の「ジブリ汗まみれ」で、鈴木敏夫は、宮崎駿は海を生き物として描いている、ということを言っている。おれはその発言をすっかり失念したまま「ポニョ」を見たのだが、その発言はまさしく正鵠を射ている。海は生き物だ。宮崎駿の描く海はものすごい。はっきり言って尋常じゃない。躍動感、荒々しさ、高揚感が共存する、とてつもない描写になっている。何度も言う。すごい。もう一度言う。すごい。これほどの「動き」のダイナミズムは、見たことがない。特に物語中盤で海の描写を存分に味わえるのだが、おれは見ながら感動の余り唇が痙攣してしまった。はっきり言っておく。物語に感動したんじゃない。「動き」に感動したんだ。お涙頂戴ものの映画を見てする感動とは次元が違う。どちらが優れている、とかいうことじゃなくて、次元が全く違うんだ。

「ハルヒ」「らき☆すた」始め、日本のTVアニメを見ておもしろいと思っている人(俺も「ハルヒ」とかは大好きだが)、「ポニョ」を見てみるがいい。アニメーションとは本来こういうものだ。日本のTVアニメの現状は、アニメ事情に詳しい人なら誰でも批判する。もはやTVアニメの数は飽和状態だと10年以上も前から言われているし、制作環境は劣悪、下らない作品が日々生産されている、と内部からも批判や諦めの声が上がる始末。しかも今はCGを使った安易な作品作りが横行している。

『崖の上のポニョ』は、そういう日本のアニメ界に一石を投じた。全て手書きでここまでできるのだと。これは、宮崎駿による、日本アニメ界に対する警鐘であり、挑戦であり、弾劾である。宮崎駿の手書きによる海の描写はCGを遙かに超えている。あのみなぎるエネルギーは安易なCG技術では到底出せるものではない。凄まじいほどの躍動感。

おれは、「ポニョ」を実際に見るまでは、実は不安で、あまり期待もしていなかったのだが、宮崎駿の才能をみくびっていたと言わざるを得ない。おれはアニメーションが好きで、古今東西の作品を多く見ているのだが、彼はおれの知る限り世界最高のアニメーターだ。

「ポニョ」を見て、一般の観客にとっては、それがアニメーションの本来の魅力である「絵が動くということ」に興味を持つきっかけになってくれればいい。また、アニメ業界の人にとっては、それが現状を打開する励みになってほしい。動かないのが日本のアニメの伝統だ、などと開き直らずに、アニメーションの魅力に正面から向き合ってほしい。「どのように動かすか」、それがアニメーターの究極の課題であるはずなんだ。このアニメーションの魅力を最大限に発揮した作品を見て、心あるアニメーターなら必ず何かを感じ取るはずだ。そういう彼らの奮起に期待したい。

日本のTVアニメしか見たことがない人に、「ポニョ」は是非勧めたい。アニメーションというのは、いかに絵を動かすかということで成り立っている芸術なのだ。それはたぶん、映画ともまた違った、一つのジャンルなのだ。波が動いているのを見るだけで、人は感動できるのだ。それが、天才アニメーターの描く波ならば。『崖の上のポニョ』はアニメーションの可能性を開示した!


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11 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (もーり)
2008-07-06 03:49:35
どうもです。
波の動きには私も圧倒されてしまいました。問答無用ですごすぎです。
とはいうものの、例の映画の文法に絡めて言えば、評論家筋からはいろいろと言われるような気もします。
物語の背景や現象の因果関係があまり説明されておらず、今ひとつよく分からない。
まあ、そういう意味づけを試みるのは大人の悪いクセであって、もっと純粋に楽しまれるべきものではありますが。
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ようこそ! (ペーチャ)
2008-07-07 00:49:49
ようこそ!もーりさん。もーりさんの掲示板では沢雪と名乗っています。どちらかに統一してもいいのですが…

世間で意味がよく分からないと言われた「ハウル」にぼくはいたく感動してしまい、あまり論理的にモノを考えなくてもいいタイプのようなのですが、「ポニョ」もストーリーがどうだとかは、あまり気になりませんでした。

宮崎駿ならもっとおもしろい方向へ話を膨らませられたはずなのに(背景を掘り下げたりして)、それをしなかったというのは、確信犯だと思います。描きたいものは、そういうことではなかったんでしょう。描きたいものだけを描いてゆくという姿勢。そういう意味で、「ハウル」に引き続き宮崎駿の真直ぐな思いがよく現れている作品だと思いました。

ただ、今作品の場合、ストーリーより何より、アニメーション表現が余りにもすばらしすぎて、そのことにどうしても目が行ってしまいます。ストーリーなどどうでもよくなってしまいそうなほどのアニメーションの快楽。脱帽です。
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厳しい! (ピッコタン)
2008-07-09 13:56:40
試写会終了後、会場一体が「う-ん・・」と首をかしげていたのが印象的。自分も時計を何度もみてしまいました。おおざっぱに言うと、作りがハウルと似ていますね。スト-リ-が雑で観ていて飽きます。ただ、海の表現は素晴らしかったです。さすがジブリだと思います。ただ一点、どうしても許せなかったのが、親を呼び捨てにする点。小さな子供たちのお手本ともなりうるジブリ映画で、これは絶対にあってはならないことだと思いました。いま自分は育児真っ最中なのでこういうことはとても敏感になります。世の親もきっとそう思うと思います。これには憤りを感じました。 オープニングもエンディングもあっさりとしていて、アニメというよりマンガですね。子供と気楽に観るにはいいかもしれません。しかし、昔の名作の力量は一体どこへ行ってしまったのでしょうか・・・。
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Unknown (ペーチャ)
2008-07-10 00:18:59
ピッコタンさん、コメントありがとうございます。

ストーリーに関して言うと、ストレートな感じですね。ひねった部分がないので。それが雑だと感じてしまったのではないでしょうか。

ジブリ作品はいまや世の中に非常に大きな影響力を持っていると言う人もいるくらいですから、反教育的なことはなかなかできないという、芸術家集団にとってはつらい立場に置かれているのかもしれません。ジブリは自然に優しい、というイメージがありますが、宮崎駿は、そんなことを言う奴は蹴っ飛ばしてやりたい、みたいなことをどこかで言っていたことがあるはずです。自覚がないと指弾することも可能でしょうが、宮崎駿の気持ちはよく分かります。

親を呼び捨てにすることの道徳的な是非はおいておいて、最近はそういう友達同士みたいな親子関係がときどき見られるようですね。いつかニュースなどで見た覚えがあります。そういえば、クレヨンしんちゃんもお母さんを呼び捨てにしていますよね。みさえ~って。そういうともすれば非教育的と呼ばれてしまいかねない行為を描くことをジブリだけに禁じるのは、少し酷な気がします。
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Unknown (古岩)
2008-07-23 01:26:35
ポニョはわからないですがハウルに関して言えば原作を読まないと意味がわからないほどの説明不足があったり、かと思えば必要があるのかどうか首をかしげるような原作に無いエピソードが追加されたりと私としてはストーリー作りが雑だという意見に賛成です。

親を呼び捨てに関してはくれよんしんちゃんは問題になった挙句今では「ひろし」「みさえ」ではなく「とうちゃん」「かぁちゃん」と呼んでいたと思うのですが・・・
なんにせよこの作品を子供向けに作ったと宮崎監督が発言している以上そこらへんにはもっと気を配るべきでしょう(くれよんしんちゃんは少なくとも原作は子供に見せることを前提に書かれていません。掲載紙がおっさん向け劇画誌ですしね。だからこの場合しんちゃんと比べるのはどうかと)
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Unknown (ペーチャ)
2008-07-23 02:56:50
宮崎駿はずっと前から子どものための映画を作る、と言ってきました。「ポニョ」に限ったことではありません。「もののけ」でさえ小学生に一番見てもらいたい、と言っているくらいです。しかし、あの映画にはアメリカで問題になったような残酷なシーンがありますね。日本では問題視されませんでしたが。子供向け、と言っても、何が子どもにとって問題になるか、ということは考えが人それぞれだということです。

名前の呼び捨てに関しては、単に宮崎駿はそれが由々しき問題だとは考えなかったということでしょう。そういうことよりも子どもにとって大きな問題があるとつねづね発言していますから。たとえば親がしょっちゅう子どもに「トトロ」を見せることとか。これは宮崎駿に言わせれば害悪みたいですね。
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Unknown (古岩)
2008-07-23 12:28:32
トトロに限らず偏ったものを見せ続けるのはたぶん害悪だと思うですよ。

それでくれよんしんちゃんは許されてるんだからポニョも許すべきという論旨は取り下げられたようですね。

で、新しいあなたの意見に対して私が思うことは以下のとおりです。
宮崎作品は製作者本人がどう思うかは別として大きな影響力を持っているのです。
である以上は問題がある部分があれば非難されるのは当然のことと思います。
作った側は問題だと思わなかった。というスタンスでは世間の理解を得ることもできないでしょう。
親の呼び捨てに関しては前出のくれよんしんちゃんで実際に親を名前で呼び捨てにする子供が増えて問題になりました。その前例があるにもかかわらず同じ表現をするからにな何かそれに関する意図があるべきでしょう。納得できる説明があれば世間も騒がないし私も違和感を持つことは無いと思うのですが。

まぁそんなことはジブリの公式でもなんでもないここでいっても仕方ないことではあるのですがね。
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Unknown (ペーチャ)
2008-07-23 21:53:36
非難されたい方は非難されればいいのではないでしょうか(ジブリに電話でもして)。世間には色々な考え方があります。
ただ、ぼくはここで「ポニョ」のアニメーション表現の素晴らしさを賛美しているのであって、もともと呼び捨てのことについては何の関心も持っていなかったので、ここで責められてもなあ、という感じです。ジブリの教育的意義とか、全く興味がないので(ここは個人のブログですから、基本的に自分の興味のあることだけ話題にしたいです)。まあ宮崎駿は子どもの魂に触れたい、と言っているので、そういう深い意味で「子どものための映画」と言っているんだと思いますが。

ちなみに、クレヨンしんちゃんが実際に問題になったという話は知りませんでしたね。親からの評判が悪いという話は聞いていましたが。しんちゃんも許されなかったというわけですね。
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Unknown (ネコマ)
2008-07-26 21:56:21
>>古岩さん
 クレヨンしんちゃんを例に挙げたのは、「他にも同様の例があるから許される」と言いたかったのではなく、親への呼び捨てが一種の表現として成立し得ることを“分かり易い例”として出したのです。言葉の裏をしっかり読みましょう。他人の言動を単純に解釈して一人相撲を取るとはねぇ…。
 ペーチャさんはよく丁寧に対応したものです。聞き飽きたような悪影響論を偉そうにぶちまけられて、不快なことこの上なかったでしょう。
 作品を賞賛している人のブログにわざわざ低レベルな批判をするとは、見ていて悲しくなりますね。
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Unknown (ノーマ)
2008-08-19 12:05:58
ペーチャサンこんにちは♪
なるほど~って楽しく読まさせてもらってます~。o.゜。*・
古岩サンは「ここで言っても」ってきちんと書いてらっしゃいますし、ご自分の考えを述べているだけで、ペーチャサンの文章を責めたりしてるように感じませんでした~ヾ(´∀`;)
>聞き飽きたような悪影響論を偉そうにぶちまけ
>低レベルな批判・一人相撲 等々
ひど過ぎます。。ネコマサンの書き込みの方がペーチャサンのせっかくの文章を汚しているようです…
宮崎監督も昔の作品で「ああすれば、こうすれば良かった」とよく思うそうですけど、ただ自分の作品を盲信して子供に押し付ける人より、一つ一つ考えて観てくれる方が嬉しいと思います☆彡

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