強者が弱者を支える発想は、大多数が自分は弱者だといい始める時代には、立ちいかない。年齢や、性別や、障碍などハンデを乗りこえて、皆が力を発揮できるように物理的、制度的(労働など)環境を整えて、全ての人が出せる力を出し、お互いの困ったことを扶け合える社会を目指したい。
めんどくさいを乗り越えるには自らを緩やかな衆人環視に置くのが手っ取り早く、やらないとやばい状況をつくるのがいい。やっといた方がいい状況。
重力の虹が出る日にマキューアンの新作翻訳も出るのか。秋の夜長のポテロングが進むなあ。
増田寛也編著『地方消滅』読了。すでに決まっている未来としての人口急減社会日本。撤退戦を生きる術は、拡大成長路線よりも「センス」が必要でしょうね。消滅を免れるために防衛線を守る感覚、足るを知る金銭感覚、お金に換算されない何かで日々を楽しむ感覚が。
小説を読むという行動が自分的には優先順位高めなので本が買えて読む時間があるということをそこそこ優先する。
落日の中で過去の栄光に浸らず、それなりの現状満足を持って日々を過ごすには、オランダやポルトガルのサッカーみたいに、政治経済とかではないところでそこそこ集合的な満足を得られる何かがあるといいよね。
てすてす
USB端子の表裏をどうしても間違えちゃう人はこう覚えろ! 「表はマイペース顔で裏は悪人ヅラ」 - ねとらぼ nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/14… @itm_nlabさんから
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変なものの市場がやたらと多いとか、日本語でしか読めない小説が超絶級とか、洗練されたオタクたちのファンタジーになっていくのがひとつの方向性だろうなあ。B級グルメとかヤオロズの神としてのゆるキャラもすでに満開だし。
日本語を使い勝手の良い道具に磨いていくとともに、絵文字とかスタンプとかで感情を適当に交換して、本心をスルーしてもそんなに不快じゃないコミュケーションが進化すると良いなあ。