あまでうす日記

あなたのために毎日お届けする映画、本、音楽、短歌、俳句、狂歌、美術、ふぁっちょん、詩とエッセイの花束です。

島田雅彦著「深読み日本文学」を読んで

2018-01-20 10:19:34 | Weblog


照る日曇る日 第1026回



この新書は、(おそらく大学での講座を基にしているのでしょうが)、「源氏物語」から「AI小説」までの本邦の文学史、というより人類の黎明期から人工知能新世紀までの文化文学を猛烈なスピードで総覧しながら、いくつもの貴重な省察を道端に放散していて、老生の日々黄昏ゆく大脳前頭葉には刺激的でした。

例えばジョージ・ルーカスの「スター・ウオーズ」がジョーザフ・キャンベルの神話学の影響を受けて、親子関係、成長、悪の誘惑、戦争、権力などの古今東西世界共通のテーマを盛り込んで製作されている、こと。

「源氏物語」は、紫式部の文才を利用して、一条天皇を中宮彰子(道長の娘)の寝室に足繁く通わせようとする道長の深謀遠慮だった、こと。

樋口一葉の小説の特徴は、長大な一文の中で頻繁複雑な人称=視点の移動を行っていささかも破綻がない、こと。

英国留学で英文、漢文、和文の3つの世界に引き裂かれて精神分裂の危機に瀕した夏目漱石を救ったのは、自分を客観的に見つめることができる「セラピーとしての」写生文だった、こと。

などの鋭い指摘が、さながら闇夜の灯台の光のように点滅して興趣が尽きませんが、最終第10章の「テクノロジーと文学――人工知能に負けない小説」の項では、思わず居ずまいを正さずにはいられませんでした。

著者は2015年に未来大学の松原仁教授がAIに製作させた星新一的短編を瞥見して、「当分は大丈夫」とたかをくくっているようですが、昨今の人工知能の進化ぶりをみると、音楽、アニメ、漫画、映画などと並行するAI文学時代の訪れは、意外と早いのではないでしょうか。

そんな時代に生きたくはありませんが、ポスト平成の芸術文化は、人工知能との競合と協業による創作と創造の新時代に突入するような気がします。


  ×と大きく書かれた交差点をみな黙々と横断するなり 蝶人
コメント
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