「代官所でも時雨庵の亭主の名は明かされなかったのう」正朔が確かめるように言った。
「へぇ、お役人に聞かれましたけど、うちは何にも聞いておりません。先生のお世話をしてくれと兄さんに頼まれただけだす、いえ、お役人にはそないことは言うとりません。打ち合わせ通り三次さんにたのまれたというときました。見ていて不自由そうなんでお役に立つことないかとたのまれただけじゃと申し上げてます」
「それでよい、そう打ち合わせて代官所に参った。今もそう信じるようにしておくのがよい。正直なとこは忘れておけ」
「そうしてます。そないな嘘をつかなならんのか、うちには分かりませんけど・・・」
「それはともかく、これは何か分かるか?」
正朔は正三に一枚の反故紙を手渡した。正三が広げてみると皺だらけながらはっきりと読める。「有節不預竹、三星廻月弓、日下在一人、一人在一星」
「これは?」
「実は時雨庵の書箱の奥にあったのじゃが、漢詩というわけではなさそうじゃが」
「五言絶句の形ですが、特に韻を踏んではいないようですね。これは清太郎殿が書かれたものですか?」
「いや、わからぬ。清太郎の手跡も知らぬ。誰が書いたにせよ、意味がわからぬ」
「そうですね、星、月、日、これは暦法が絡んでいるようにも思えます。しかし・・・しばらく考えてみましょう」
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