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中尾俊夫『英語の歴史』

2005年08月28日 14時48分57秒 | 書評のコーナー

◆『英語の歴史』
 中尾俊夫(講談社現代新書・1989年7月)


巻末の事項索引まで入れても220ページ足らずの新書ですが本書は<英語史の専門書>だと思います。特に難解なテクニカルタームが使われているわけでもないのに、著者の言われる「英語の発達の内面史」を扱う第3章以降になると、本書を投げ出したくなる衝動にかられた方も少なくないのではないでしょうか。けれども(英語史の専門家とかを目指すのではない限り)、英語教師がたしなみとしてであれ持っておくべき英語史の知識は本書『英語の歴史』だけで十分カバーできる。つまり、本書は英語を教える者や英語に関心のある方にとっては、サブノートを取りながらでもしっかりじっくり読むに値する一書であると思います。

英文法の歴史の薀蓄や語源譚を紹介する書物は少なくない。例えば、「"girl"は15世紀までは男女を問わず「若者」を意味していた」、「"knight"は11世紀-12世紀からは社会的身分の高い「騎士」の意味を持つようになったがそれ以前は単に「(小姓を勤める)少年」という意味しかなかった」とか「英語でも今から1600年-2000年くらい前のその祖語の段階では、主語+目的語+動詞という日本語と同じ語順が一般的だった」とかの楽しい薀蓄を収録編集した書籍は珍しくない。けれども、それらの多くは<英語の歴史に関するトリビアの泉>ではあっても<英語史の専門書>ではないです。つまり、それらの多くは、今後、自分が遭遇するであろう英語を巡る謎や諸問題について具体的かつ統一的な見通しを与えてくれるものでは多分ないでしょうから。

それに対して、本書『英語の歴史』は小著ながらも間違いなくしっかりとした基盤の上に組み立てられた専門書です。それは、(イ)確固たる方法論に基づき、(ロ)膨大な事実の観察を踏まえる中で歴史的に編み上げられてきた英語の実像を再構築したものであり、かつ、(ハ)英語の発達の動因と発達の方向性が明らかにされている。本書は小著だけれども、英語の歴史と英語を巡る言語学方法論の成果が濃縮された一書ではないかと思います。

本書は「英語の外面史」を縦糸に「英語の内面史」を横糸にして編み上げられています。英語の外面史:1066年のノルマンコンクエストや1337-1453年のフランスとの百年戦争等々、社会的・政治的・歴史的な事件や出版/情報技術の発達がいかに英語の発達に影響を及ぼしたか;英語の内面史:英語を形作っている文法・語形・発音・語彙がどのように変化してきたか(ある変化は他の変化にどんな影響を及ぼしたか、そして、時間の流れのなかで全体としての英語はどう変化してきたのか)という縦横の結びつきへの目配りの確かさが本書の最大の特徴と言えるでしょう。著者は「まえがき」と「はじめに」でこう述べておられます。

「本書の目的はたんにその歴史的事実を記述することではなく、歴史的視点から今日の英語の成り立ちやその動的な構造を明らかにしようとすることにある」、「英語の歴史をみる見方には二通りある。一つは時間の流れに沿って英語がどう変化し、発達してきたか、という見方である。もう一つは時間の流れを無視して各時期ごとに英語の状態をみる、という見方である。第一の見方はさらに、過去から現在へと時間を下る見方と、逆に現在から過去へさかのぼる見方の二通りがある。本書は第一の見方に基づいて、現在の英語の例えば文法や発音を出発点とし、時間を過去にさかのぼっていったとき、それらはどのように過去に反映されているかに焦点をあて、述べていくことにした」(まえがき・2頁)

「ことばは絶えず動いていていっときもその歩みを止めない。今日の英語も例外ではなく、間断なく変化し続けている。変化は発音、語彙においてとくに著しいが、文法や語形にも及ぶ」、「「英語の歴史の考察は、外面史と呼ばれる英語の発達、成立に係わるもろもろの歴史上の出来事と、内面史と呼ばれる英語の発達、成立そのものの歴史の二つの観点からなされなければならない」、本書では「変化はどういう方向に進むのか、変化を引き起こす原因はなにかという根本問題についても考える」(はじめに・9-11頁)


この「まえがき」と「はじめに」に引き続いて本書『英語の歴史』は、現代の英語の状況をスケッチする第1章「現代の英語」で、英語史の対象となる<英語の構造というか全体像>を確認した上で、第2章「英語外面史」では英語の変化に関するマクロ的な見通しを読者に提供しています。そして、残りの四章:第3章「文法の歴史」、第4章「語形の歴史」、第5章「発音の歴史」、第6章「語彙の歴史」ではいわば第1章-第2章の復習として英語を構成する文法・発音・語彙という三要素(∵文法=語順としての狭義の文法+語形変化)についてミクロ的な説明を行っています。



正直に言えば、著者が本書で採用された「逆年代配列的視点」は説明の分かりやすさという点では失敗だったと思います。また、各論を扱った第3章以降は、言語学や英語学の予備知識のない読者には(TOEICで何点取れるかなどの英語力の問題ではなくて)少しつらい。しかし、同じ外面史と内面史の統一協働といっても、英語圏の政治や社会的事件のエピソードが英語自体の変化とは無関係に語られる<トリビア本やトンでも本>が多い中、本書がその有機的連関づけに成功していることは英語学や言語学にあまり縁のない読者にも確かに感じられることだと思います。それくらい、動態として英語の変化を捉える本書の記述、特に第1章と第2章は素晴らしい。蓋し、小著ながらもけして読みやすくはないが、「サブノートを取りながらしっかりじっくり読むに値する一書」と本書を評した所以です。ここで私の「サブノート」を使って本書に書かれている英語の歴史をまとめておきます。逆年代配列的視点です♪

[1]現代英語期:1900年-
[2]近代英語期:1500年-1700年(前期)+1700年-1900年(後期)
・名詞と形容詞の格変化の消滅
・語順の確定(S+V+・・):話法の助動詞と前置詞の多用
・名詞の形容詞的用法の多用(girl friend)
・複合語の増加
・大母音推移

[3]中英語期: 1100年-1300年(前期)+1300年-1500年(後期)
・名詞と形容詞の格変化の簡略化 → 
 単語の機能転換の増加(例えば、名詞が動詞にも使われる)
・文法助動詞と話法助動詞および前置詞の活躍始まる:従属接続詞の活躍始まる
・複合語による造語の衰退 → 
 外来語(フランス系・ラテン語の移入増大)
・開音節長音化

[4]古英語期: 450年-700年(初期)+700年-900年(前期)+900年-1100年(後期)
・名詞と形容詞の格変化健在 → 
 語順は比較的自由(今のドイツ語をイメージすればわかり易い)
・助動詞と前置詞と接続詞は不活発
・複合語による造語は旺盛


もう一度、正直に言えば、本書は内容が詰め込まれすぎ(too overstuffed)だと思います。上の「サブノート」のすべての項目を具体的な事例を挙げて記述し、かつ、その変化の動因が外面と内面から整合的に説明されているのですから(しかも、新書220頁で!)。ならば、ある種のわかり難さはしかたがないことかもしれません。内容的には(英語史の専門家とかを目指す方でないのなら)、英語教師が備えるべき英語史の知識は本書だけで十分カバーできるのですが、本書を10倍楽しむためには、やはり、ソシュール以来の一般言語学の知識は必須でしょうか(できれば、チョムスキーの初期理論、あるいは、ピジン語-クレオール語論もあった方が望ましいでしょう)。いまさらそれは難しいという向きには、予備知識として鈴木寛次『英語の本質 ヨーロッパ語としての考え方』(郁文堂・1996年10月)、H・ブラッドリ『英語発達小史』(岩波文庫・1982年5月)を併読されればよいと思います。それでも本書は3倍楽しめるようになること請け合いです。

また、ドイツ語をやったことのある方には、三好助三郎『新独英比較文法』(郁文堂・1977年7月)と本書の併読をお勧めします。ドイツ語という(約2000年前には英語と極めて近しかった)英語以外の観点を設けることで実によく英語の内面史の動態変化が理解できると思います。尚、本書の著者、中尾俊夫さん(津田塾大学教授。日本の英語史研究の第一人者のお一人)には『図説 英語史入門』(共著・大修館書店・1988年5月)、『歴史的にさぐる現代の英文法』(編著・大修館書店・1990年5月)等々、本書の姉妹編ともいうべき著書があります。特に、『図説 英語史入門』は中尾英語史のエッセンスが詰め込まれた本書の、いわば濃縮還元ジュース版ともいうべきものであり(本物の専門書であり大部ではありますが)、「本書が気に入った」という方には是非お薦めしたいと思います。

 

 

<参考記事>

・英語史的文法論の要点覚書--異形の印欧語「現代英語」の形成、それは「格変化」の衰退から始まった
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/91718985f1a5d1b7df4c7485a966c123

 




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英語の疑問文・否定文に現れる do の起源 (ひょーたくれ)
2008-11-19 17:10:34
現代英語では、疑問文と否定文に do が出てきます。John plays the piano. という文を疑問文にするには、John do plays the piano. と do を挿入した後、主語と一致させて、John does play the piano. とし、主語と do の語順を入れ替えて、Does John play the piano? としてようやくできあがりです。こんな複雑な規則がどうして、どのようにして、できあがったのか、に興味があります。否定文でも、否定辞 not を付け加えるだけでもよさそうなものなのに、John do not plays the piano. と do も挿入して、それを一致させて John does not play the piano. としてできあがりです。他の言語の文法から見ると、とても複雑に見えます。なぜこのような一見複雑に見える文法規則ができあがったのでしょうか。この本を読んでもわかりませんでした。教えてください。
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