安保法案が成立して、まだ半月にもなりません。
しかし、あれだけ安保法案に反対した朝日新聞も、最近は、安保法案
の記事がほとんど出なくなりました。
この1か月、海外旅行をしていて、日本の新聞を読んでおらず、きょう、
帰国した人がいるとしましょう。
その人が、きのう、きょうの新聞を読むと、「留守の間、日本はとくに変
わったことはなかったんだ」と感じるのではないでしょうか。
そのぐらい、いまはもう、安保法案の記事が載りません。
なんだか、「日本は平常運転」という感じです。
朝日も、あれだけ反対したのですから、もう少しがんばれよと思いま
す。
どうして、こんなことになるのでしょう。
それは、新聞もテレビも、「前倒しジャーナリズム」という傾向があるから
です。ジャーナリズムは、どの国のジャーナリズムであろうと、そういう傾向
がありますが、しかし、日本は、その傾向がとくに強いように思います。
前倒しジャーナリズムというのは、もともと、日経OBの田勢記者が使っ
た言葉だと思います。
何か大きなニュースがある場合、それがどんなニュースなのか、新聞各
各社が、争って記事を書こうとします。
そのニュースが実現する前に、どんなニュースになるのかを、一生懸
命、書こうとするのです。
それが、特ダネ競争になります。
例を挙げると、たとえば、内閣改造です。
時の首相が、内閣改造をすることを明らかにしたとしましょう。そうする
と、新聞各社は、新しい内閣の顔ぶれを一生懸命、取材して先に書こうとし
ます。
内閣改造をめぐる特ダネ競争です。
内閣改造は、別に隠すようなことではなく、新しい内閣の顔ぶれが決ま
ったら、必ず発表されます。
しかし、発表を待ってからでは特ダネにならないので、発表前に閣僚
の顔ぶれを書きたいのです。
それが特ダネになります。
前倒しジャーナリズムというのは、この場合、政府が必ず発表する新し
い内閣の顔ぶれを、発表前に、前倒しで書こうとすることを指します。
安保法案の報道も、少し意味合いは違いますが、この前倒しジャーナ
リズムの傾向が色濃く現れます。
安保法案が可決されるまでは、連日、ものすごい勢いで記事を書く。
まさに、前倒しで、いろいろ書きまくるわけです。
しかし、可決されてしまうと、つまり、ニュースが実現されてしまうと、そ
の時点で、記事を書こうという動機、モチベーションが、いっぺんに失わ
れるのです。
大きな出来事が待ち構えている。
大きなニュースが予想される。
そういうとき、日本のジャーナリズムは、ものすごい勢いで連日、記事を
書きます。
安保法案でいえば、こうなります。
2か月前 「政府、今国会内での成立を目指す」
1か月前 「来月の成立を目指す」
今月 「首相、今月半ばの成立を目指す」
連休前 「政府・自民、連休前の成立を想定か」
週末 「週明けにも委員会で採決か」
前日 「委員会は明日、採決の構え」
今日の朝 「自民、きょうにも委員会で採決を強行か」
今日の午後「委員会、深夜の強行採決」
翌日の朝 「参院本会議へ」
翌日の午後「本会議、今日中にも採決か」
翌日の夕 「採決、深夜にずれこむ」
「参院本会議で採決」
「安保法案 可決・成立」
という具合です。
その出来事が近い将来に予想されると、記者の側は、モチベーション
が高くなるのです。
そういう状況で記事を書いていると、その出来事が実現し、ニュースが
現実のものとなった途端に、モチベーションが落ちるのです。
あれだけ安保法案に反対していた朝日新聞も、同じことです。
法案が採決・可決された途端、「前倒し」するものがなくなって、急に記
事が減ってしまうのです。
こんなことが、いいはずがありません。
本来は、むしろ、そのニュースが現実のものとなった後、そのニュース
の影響や背景、今後の展開などを、書かなくてはなりません。
ニュースを前倒しで書くのではなく、むしろ、ニュースを「検証」するジ
ャーナリズムです。
これは、日本のジャーナリズムにとって、大きな課題です。