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ある勾留却下率報道

2014年06月22日 | くまちん

 数日前に、勾留請求却下率の統計についての報道が、法曹界に一定の衝撃を走らせました。さいたま地裁において「2009年から12年までは年間の勾留却下率が1%台だったが、昨年10月に急伸。今年4月まで5・49~11・11%で推移し、平均は8・11%。昨年の全国平均3・90%(最高裁まとめ)の水準を大きく上回った。」(朝日新聞)と報道されたのです。昨秋から行われている若手裁判官の勉強会の影響ではないかという法曹関係者のコメントがつけられていました。この話は、以前からFacebook上で耳にしていたので、私としては「ようやく報道されたか」という感覚でしたが、全国平均の勾留請求却下率が3.90%という記載の方に驚きました。「えっ、そんなにあったっけ!!」。ご存知のように、勾留請求却下率は、1%以下というのが、永年の「常識」だったからです。

 早速調べてみました。驚きました。平成20年の全国統計は1.10%で、実に昭和52年の1.19%以来、実に31年ぶりに「1%の壁」を突破し、その後も平成21年が1.16%、平成22年が1.34%、平成23年が1.47%、平成24年が1.79%と増加傾向にあります。それにしても、上記報道が本当なら、昨年は一気に2.11%も急上昇したことになります。なぜこんなに却下率が上がったのでしょうか。検察がラフな勾留請求をしたからでしょうか。いいえ、そんなはずはありません。勾留請求数を調べても、平成17年の15万2431件から減少傾向で、平成23年には11万7829件、平成24年には11万9772件となっています。

 最近、聞いた話によると、裁判所は勾留延長をするにしても、安易に10日延長しないで、日数を削る傾向が出てきているようです。

 弁護人としては、「なんだ、やればできるじゃない」と思いながらも、「今までは何だったんだよ」と言いたくなります。

 この報道を見て思い出した話が2つあります。

 1つ目は、尾形誠規さんの「美談の男」という、熊本典道さん(袴田事件で無罪意見だったと名乗り出た元裁判官です)を描いた本(朝日文庫から「袴田事件を裁いた男」というタイトルで再刊されたようですが、一見、美談の男→実はトラブルを抱えたお騒がせ男→でもやはり色んな美談に囲まれている不思議な男、という入れ子構造からすれば、元のタイトルの方がピッタリきます)の中で木谷明さんが語っていた、初任の東京地裁令状部時代の熊本さんの勾留請求却下率が3割を超えていたという話です。「勾留請求の却下に関しては、彼は今で言うとイチロー並みの打率を誇ってたね。僕は、やっと1割から2割の間かな」(193p)。木谷さんの「1割から2割」も随分とすごいのですが。木谷さんは「無罪を見抜く」(岩波書店)の中でも「却下しないと恥ずかしいという雰囲気でした」「その後、学生運動の東大闘争とか沖縄返還反対闘争とかがあって、令状部の実務はすっかり変わりました」「昭和44年から46年頃。あの辺でガラッと流れが変わった」「東京の令状部は、こういうふうにやっていく、と。そこで、全国の若い裁判官が研鑽に来たりして見習って帰るものだから、『東京方式』が全国に広まって、みんなガチガチにやりだした」(57,58p)と書かれています。勾留請求却下率の統計もこれを裏付けるように推移しています。昭和27年の0.66%から徐々に上昇して、昭和44年には4.99%に達しますが、減少傾向が始まり、昭和53年にはついに1%を割り込んで、0.8%になってしまっています。上記報道の3.90%という数字が本当なら、昭和45年の3.76%、昭和46年の3.71%に匹敵する高水準ということになります。

 2つ目は、1997年に、当時旭川地裁にいた寺西和史判事補が、新聞に「信頼できない盗聴令状審査」というタイトルで投書し、当時法制審議会が答申した組織的犯罪対策法案の通信傍受令状に関して、「裁判官の令状審査の実態に多少なりとも触れる機会のある身としては、裁判官による令状審査が人権擁護の砦になるとは、とても思えない。令状に関しては、ほとんど、検察官、警察官の言いなりに発付されているのが現実だ」と書き、「裁判官の令状裁判実務の実態に反してこれを誹謗中傷」したとして、地裁所長の注意処分を受けた話です。弁護人としては「本当のことを書きすぎたなあ」という感想ですが。寺西さんは、翌年、組織的犯罪対策法反対の集会で発言したことを理由に分限裁判で戒告処分を受け、このままでは再任拒否されるのではと心配されましたが、幸い今日まで無事に二度の再任を果たしておられます。今にして思えば、なんだかなあという事件です。そういう時代がつい最近まであったんだと、若い人たちに伝えたくて書きました。

 ということで、若き刑事弁護人の皆さん、「勾留請求却下」というちょっとだけ軽くなった扉をこじ開けるべく、頑張ってください。

 

 なお、タイトルは、白山次郎氏の名作「ある勾留却下」のパクリです。はい。すみません。罪滅ぼしにリンクを貼っておきますので読んでください。

http://www.j-j-n.com/coffee/110401/arukohryukyakka.html

                                              (くまちん)


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