中小企業診断士 泉台経営コンサルタント事務所 ブログ

経営のこと、政治のこと、社会のこと、趣味のこと、人生のこと

泉台経営コンサルタント事務所

2020年04月01日 | Weblog

中小企業診断士 小田原 清のブログ(一陽来福)
         経営のこと、政治のこと、社会のこと、趣味のこと、人生のこと


 
  小田原 清(おだわら きよし)略歴

 昭和22(1947)年   愛媛県生まれ
 昭和41(1966)年   工業高校卒業、就職
 平成19(2007)年8月 定年退職
 同年         中小企業診断士1,2次試験合格
 平成20(2008)年4月 経済産業大臣登録中小企業診断士
             泉台経営コンサルタント事務所開設
 同年11月     NPO法人金融検定協会認定ターンアラウンドマネージャー
 平成25(2013)年4月 中小企業診断士資格更新   

  所属団体・組織など

 ・東京都中小企業士協会正会員 城東支部
 ・東京都商工会議所会員
 ・日本品質管理学会正会員
 ・千葉南法人会会員
 
  診断士研究会活動

 ・城東支部「品質マネジメント研究会」代表(リーダー)
   
  専門家登録

  ・ミラサポ
  ・千葉県産業振興センター
  ・千葉県商工会連合会
  ・埼玉県商工会連合会
              他
 

  
 

 


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徒然なるままに第9回

2016年09月25日 | ブログ
ある連ドラの結末

 7月からのテレビの連続ドラマが、この9月次々と最終回を迎える。その一つであるHOPE「期待ゼロの新入社員」(フジ日曜夜9時)は欠かさず観てきた。ある大手商社を舞台に4名の新入社員を中心に巻き起こる悲喜劇である。プロ棋士を目指して果たせず、縁故でこの商社を受験し勝ち残ったけれど、高卒の契約社員ゆえに1年で契約満了となる主人公を中心に、その職場の熱血上司との交流が熱く描かれる。

 ドラマだから日常のありそうな出来事を誇大化して描くことは当然としても、舞台設定の商社は、新入社員の育成がいかにも稚拙で、本業の在り様までは十分描かれていないので、その評価は置いても、主人公は正社員などにして貰わなくて結構という感じの企業だった。ドラマの終盤になってから、このドラマが韓流ドラマのリメイクと知り合点がいった。韓国の企業など知りもしないのだけれど、あの国の商社ならかくありなんと、妙に納得したのである。

 どこまで、原作に忠実に描いているか知らないけれど、作者は、このドラマの最終章に、現代の日本企業の抱える問題点を織り込んでいる。

 当該商社が大型プロジェクトを遂行する過程で、架空の仲介企業を介して多額のリベートを契約先企業に流し、その一部を担当者がキックバックとして受け取っていたというのだ。その実態を知りながら、敢えてその担当者を使ってプロジェクトを遂行した専務取締役は本社から子会社に放逐され、担当者は懲戒解雇される。

 当該専務取締役は、これまでも同様の手口でプロジェクトを成功に導き、当該商社の繁栄に貢献したと自負しており、業界における契約を進めるために裏金の必要性を信じ、その過程で不正にキックバックを得る社員が居ることも容認していたというような筋書きであったように思う。

 これがなぜ、日本企業の抱える問題なのかと言えば、国際社会を舞台に企業間の受注競争において、どこまで日本流のコンプライアンス(法令・社会通念順守)が通用するのかという問題。特に開発途上国へのプロジェクトには政府関係者への多額の賄賂が必要な話も聞く現実がある。コンプライアンス重視のあまり、みすみす他国の企業に受注競争で負けていいのかというジレンマがあるのだ。

 アフリカ諸国への中国企業の進出は、まさに進出先の政府高官は潤うけれど、その国の民への恩恵は乏しく、流入した中国人労働者との軋轢も聞くような現状がある。ウルグアイのムヒカ前大統領を引き合いに出すのは酷であっても、自身の欲望で国民を犠牲にするなど、どこの国の指導者であっても許されることではない。

 しかし、現実は違う。先の新幹線インドネシアプロジェクトで中国に敗れたJRの結果を見ても、他国の大統領に証拠もない疑惑を向けるのも大人気ないが、恐らく誰もが不正を疑っているのではないか。

 このところわが国でも田中角栄氏が再評価される向きがあるが、政治家や官僚の許認可権と賄賂の受領、そしてプロジェクトを大きく前に進めるための力量に相関性がなくもない。それらを混ぜこぜで評価してはならないのだけれど、特に商社などの企業は、交渉先キーマンへの付け届けのさじ加減が難しいのが現状ではなかろうか。




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徒然なるままに第8回

2016年09月22日 | ブログ
爆買いのつけ

 わが国における中国人観光客の爆買いが話題になって久しいが、これに目を付けたのかどうか、政府が国内に免税店を増やした。海外にも同様のお店はあるとのことで、観光客へのおもてなしのひとつかも知れないが、良いこととは思っていなかった。

 そして、ガイド有資格者の人手不足と相まって、中国の旅行会社と日本在住の中国人と、免税店の間で利害が一致した不正が横行するようになったとの報道がある。

 旅行会社は、無資格ガイドに報酬を払わない。そして、日本国内の免税店を巡ることに多くの時間を割くツアーを企画する。旅行社からの報酬にかえてガイドへは免税店からリベートが落ちる。免税店はガイドへのリベートは費用に計上して、その分税金の支払いを免れるが、無資格ガイドは個人事業のようなもので申告制だから税金は払わない。中には年間で3000万円も稼ぐガイドが居るという。

 ここで問題は、免税店がガイドに支払うリベートを回収するため、品物の代金を高くすること。被害に遭うのは、日本は安心の国と素朴に信じる中国人旅行者。主目的の観光の時間を免税店回りに割かれた上に、高い買い物を押し付けられ、さらに資格のないガイドは当然に観光ガイドとしての質が悪い。その不満は当然わが国へ向けられることになる。

 加えて、無資格日本在住の中国人ガイドの不安定なリベートに依存する労働対価、そして脱税。無資格で就労する違法性。当該免税店が上げているのであろう不当な利益。国税は今後無資格ガイドの脱税を摘発するというが、税務職員の手間賃の方が嵩むように思えてならないことなど。八方良いことはない。

 大体、政府の免税店拡大政策など誰が考えたのか観光大国化に向けた短絡的発想である。昔、ゆとり教育を発案し推進した文部官僚と文部省のようなものだ。免税店は空港など従来通り限定的でいい。国内に住む人が支払う消費税を免除までして、観光客に必要以上に買い物をさせて経済の活性化を目論むなど、アベノミクスの汚点でしかない。

 日本在住の中国人は、確かに中国語ができる。便利である。ガイドとして有能かどうかなど中国旅行会社は知ったことではない。それは中国旅行会社の長期的な信用を取るか、短期的に儲かればいいと考えるかの経営ポリシーの問題でもあるけれど、そこにはメール一本で日本国内の中国人を操る一業界の企業というより、中国の怖さが潜んでいる。

 日本在住の中国人は、暗黙のうちに本国からどのようなエージェントを託されているのか。尖閣諸島は自国の領土で、核心的利益などと嘯く中国は、今やわが国にとっては敵国である。その国からの観光客であれ、短期就労者であれ、移住者であれ、本来は公安当局の監視下に置かれるべき人々である。

 放任した挙句、観光客の爆買いに迎合して、免税店は増やします、観光ビザの手続きも緩和します。確かに日中が国民同士の触れ合いを増やすことで、長期に亘る友好関係の根幹づくりをしようという目論みも、観光客の一層の増加で、経済に刺激を与えようというのも分からなくはないが、物事は常に効果とリスクの凌ぎあいであり、リスクが大きい物事は排除すべきなのである。担当部署や担当者は、そんなことは百も承知であろうが、その評価の判断の精巧さが問われているのだ。

 経済交流、人的交流の裏側に伏せられている敵国の思惑を、平和ボケ日本人もしっかりと認識する必要がある。




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徒然なるままに第7回

2016年09月19日 | ブログ
正体

 17日の朝刊一面トップに、「辺野古訴訟国が勝訴」の見出しがあった。辺野古の埋め立てを前知事が承認していたものを、新しい知事が取り消したのは「違法」という福岡高裁の判決が下ったのだ。沖縄県側は上告の方針ということなので、最終的な司法判断という結論ではないが、翁長知事は早速「裁判所は政府の追認機関だ」というように言っていた前日のテレビ報道も見た。

 南シナ海の埋め立てに異議を唱えた国際仲裁裁判の判決に、全く従おうとしない中国政府と同様の言い草であり、まさに翁長知事の正体見たりである。沖縄の人々を被害者に仕立て、自分達の主張を通すためには、琉球国としての独立までチラつかせるグループもある。もし独立が成ればその後の沖縄はどうなるか。火を見るよりも明らかで、中国人民解放軍が米軍に代わって陣取るだけだ。そうなれば、翁長氏は琉球王国の王になれたとしても、沖縄の人々が中共軍に逆らえば、問答無用と行方知らずになるだけのこと。現在のように好き放題の言い草など許されるものではなくなることを承知だろうか。

 今では、元々の沖縄の人々も多くが日本各地に移り住んで暮らしているだろうし、内地の人で沖縄に移住した人も多かろう。琉球王国はすでに歴史の彼方のロマンでしかない。当時、王家から平民までが現代のように平等に豊かに暮らしていたわけでもなかろうに。

 米軍基地が集中することを常に強調するけれど、恐らく普天間基地周辺の県民以外、日頃はそれほど基地を意識することなどないのではないか。私は広大な米軍基地のある山口県岩国市の隣町で、18歳から35歳の青春の17年間を過ごした。休日に広島や市内の錦帯橋に出かければ、兵士や将校の家族と思しき米国人と多く遭遇したが、悪い印象は全くなかった。柔道の試合でも米兵と戦ったことがある。個人戦の決勝戦を争った米兵は試合後、勝者である私のところに来て讃えてさえくれた。

 今回の裁判の判決文にもあるように、国際情勢の現実や南シナ海、東シナ海などの状況は緊迫の度を高めている。すでに、宮古、石垣など離島の特に漁をして暮らして人々にとって、尖閣周辺に出没する中国船は十二分に脅威になっているであろう。米軍撤退は考えられず、普天間基地の危険性を除くためには、ベストではないにせよ辺野古への移設が現実的である。埋め立て予定海域の生態系への影響も無視できないにせよ、可能な限り環境に配慮して基地建設を行えば、いずれ自然は回復する。

 知事という立場がどれほどのものか知らないが、外交と防衛は国家の根幹を成す政権の専権事項だ。地方自治を無視して良いわけではないが、これだけ長期間積み上げて辿り着いた決定事項を、地方民の選挙結果でひっくりかえせるほど、国家の方針が曖昧では国際社会で生きてゆけない。

 県民を扇動して、被害妄想を極大化させ、自分の主張を振りかざす知事の正体は、将来に亘る県民の真の幸せなど考えない異国人ではないのか。米軍基地の縮小は沖縄周辺を再び戦争の惨禍に陥れる懸念があり、沖縄県民を不幸に陥れる結果になるように思う。沖縄を中国の勢力圏に置くわけにはゆかない。
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徒然なるままに第6回

2016年09月16日 | ブログ
豊洲市場問題

 連日テレビのワイドショーで取り上げられているが、この問題については桝添さんの時のような盛り上がりはなく、ほとんど見てもいなのでコメントする資格もないようにも思うけれど、どうも話しが建設的でなく、評論家やコメンテーターのための番組になっているようなので、苦言を呈したい。

 物事、問題というものは要因や対策毎に分けて考える必要がある。

 ことの起こりは、まず築地市場が老朽化し、移転して新時代に相応しい市場にした方がいいということで、動き出した案件と理解している。そこで移転先の現在の豊洲に決まったのだけれど、工場跡地ということで、化学物質(ベンゼン等)によって土壌が汚染されていることが分かり、土壌の取り換えや新しい土による盛り土工事を行った。ところがここにきて、当初の計画通りに施工がされておらず、盛り土が不十分の箇所に建物が建ち、用役配管等のメンテ用地下空間となっていた。

 豊洲市場の、事前に計画され承認を受けた施工案がなぜその通り実行されなかったのか。勝手な変更は誰の責任で誰の指示によるものか。指示した人物は、その施工法で化学物質からの汚染が十分食い止められると考えたのか。それとも工事費等を浮かしリベートを得るような業者等との不適切な関係によるものか。これは確かに重大な問題である。

 この件については徹底的に究明し不正を行った人物は弾劾されねばならないだろう。しかし、一方で老朽化した築地市場の移設も必要であり、その跡地が東京オリンピックに必要な道路建設用地となっていることも考慮する必要があることも現実である。

 すなわち、問題を分けて考え、別々に議論し、可能なところから前に進めないと、一方はタイムリミットのある問題である。勿論オリンピックを盾に都民の健康を損ねる懸念をなし崩し的に容認することは論外だ。

 だから、豊洲の現状で、新しい市場や周辺にどれほどの化学物質が大気を汚染しているかを検証する必要がある。施工通りに盛り土がされていたとしてもその検証は必要であったと思うのだけれど、すでに建物が出来ている現状では、当初の設計通りでなかったにしても、完成している建物が生鮮市場として使えるものかどうか検証すべきである。工事の過程での不正に関わらず、時は流れ、自然の浄化作用も進んでいるはずである。

 ベンゼンなど、昔はガソリンにも含まれており、車が急速に増えた時代、微小浮遊物質やハイオク用の鉛と共に健康被害が大いに懸念されたものだった。今でも道路が大渋滞すれば、周辺住民への排気ガス公害の懸念が大きい。未だに黒煙を発して走るジーゼルトラックを見ることがあるけれど、ワイドショーでは取り上げない。片手落ちの懸念でもある。

 土壌に含まれる化学物質がどの程度であれば、地表面をどの程度汚染させ、その濃度はどの程度で、そこで扱う魚介類などがどの程度汚染されるのか。福島の放射能汚染と同様、専門家の意見も結構分かれる筈である。あるレベル以下の場合、その影響が全くないと断言できはしなくても、人体への影響は限定的であろう。だからベンゼンも気にするなと言っているのではない。ちゃんと危険水準を定め、きちんと汚染懸念地区を特定してその濃度を測定し、検証するべきと言っている。現状を把握せず思い込みでの反応は、単に風評被害化させるだけのように感じる。

 問題に関わり不正に関与した都の職員があるなら厳正に対処し、再発防止を図るべきである。ただ、施工の不正と市場の安全性を混ぜこぜに論ずるべきではない。使い勝手を今更持ち出すのも、現状を変えたくない人間の言い草にすぎぬ。変えることには常にリスクは当然にあり、反対意見も付きまとうものだ。すでにここまで来たものは、工事の不正問題とは分けて考え、環境の安全性が確認できれば移転を進めるべきだと思う。


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徒然なるままに第5回

2016年09月13日 | ブログ
安倍マリオ

 リオ五輪閉会式のセレモニーで、次回開催国の東京・日本の紹介があり、会場中央に土管が現れ、その中からマリオに扮した安倍首相が登場した。一部にオリンピックの場を政権浮揚に使う政治利用だというような批判も聞かれたようだが、このサプライズは好評ではなかったか。

 感心したのは、安倍マリオも然ることながら、短時間のプレゼンとしての内容と見事な構成である。テレビコマーシャルで鍛えられたクリエーターが演出したものであろうと推測するが、オリンピック東京招致の際にも見られたけれど、プレゼン技術の向上は、デジタル時代を反映してこの国でも著しいことを印象づけた。

 中国杭州で行われたG20でも各国首脳間で安倍マリオの話題が出たとか。欧米の首脳に比べて知名度の低かった日本のトップ(首相)が、このような形であれ、「クール」と呼ばれ認知されることは我が国の外交にとっても大きなプラスであり、我が国の発信力に弾みをつける。機会を捉えて国際的な催しに、世界に向けて首相自ら登場することは結構なことだ。

 「アスリートファースト」とか「都民ファースト」など、もっともらしいフレーズが多用されるけれど、そのような不特定多数では、物事は定まらないし決まらない。前に進みようもない。キーマンは誰なのか、リーダーはどこに居るのか。それこそがファーストである。日本のリーダーは現在安倍首相であり、東京都は小池知事。

 オリンピック選手は素晴らしいけれど、国家があり地域社会があり、競いあった仲間があって存在するのである。この国を代表する公人ではない。オリンピック開催国の代表はやっぱり内閣総理大臣であり、現在は安倍マリオで正解となる。政権や政党のスポーツの政治利用などには当てはまらないものである。

 4年後の東京を控え、諸々の準備が大変なことだ。都民ファーストも結構だけれど、こちらを立てればあちらが立たずで、全員納得は難しい。どのような案件にも反対はある。またその反対がなければおかしいとも言われる。限りある時間を考慮して、議論を尽くし、決めたことは前に進めることこそリーダーの役目だ。八方美人は要らない。

 現在安倍政権への国民の高い支持もあって、自民党内では総裁の任期延長論があるらしい。3年2期を、3年3期にしたいという。2012年の9月に総裁となった安倍総裁の任期は、国民の圧倒的な支持があったとしても2018年の9月には終了する。自動延長ではなく、他に候補者があれば総裁選挙をやればいいことで、最長9年の任期延長論はいいのではないか。後継と目される有力政治家にしても、安倍さんの意向は置いて、総裁選挙に出ればいいだけのことで、今ここで、延長論に反対というのはおかしい。本来日本の首相の政治寿命が短か過ぎただけで、国民からの支持があるなら、外交上もある程度の期間同じ人が継続した方がいい。2年後に安倍マリオを含めて総裁選挙を行うことは、国民の支持は十分得られると思う。



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徒然なるままに第4回

2016年09月10日 | ブログ
災害大国

 今年は台風の上陸が相次ぎ、北海道や東北地方にも大きな水害が発生している。地球温暖化の影響で海水温が高く、日本列島近海の水温が30度もある。台風でなくともゲリラ豪雨などが頻発する。熱帯地方のスコールと呼ばれるものに近いのではないか。

 火山列島であるわが国は、昔から火山の噴火、大地震、津波は宿命的であるのに加え、雷、竜巻、夏から秋にかけての台風による豪雨とそれに伴う河川の氾濫、土石流、高波、大風の被害、冬には雪害も頻々とある。すなわち災害大国なのである。

 戦後の奇跡的な復興により、1970年代には経済大国と呼ばれるようになり、80年代には「21世紀は日本の時代」と褒め殺しにあったりした。またものづくり大国であり、技術大国でもある。文化大国とは聞かないが、世界の先進国と比べても十分にその文化度は高く、文化国家であり、それが最近の外国人観光客の増加に拍車をかけている。人口でも世界で11番目にランクされる大国だ。最も上位国の中で唯一人口減少が始まっている。

 そして、災害とこれら諸大国と呼ばれる要因には大いなる関連があるように思う。災害は太古からのもので、それに立ち向かう為、木と紙からできた家に住みながら大いなる知恵を使い、現在の経済発展の礎である創意工夫の習慣を身に付けたものであろう。日本人は創造性に乏しいなどという評価もあったが、当然に事実ではない。

 戦後の復興期には新しい道路を作り、橋を架け、ダムを造り堤防を築いてきたのだけれど、それら道路も橋も半世紀を経て老朽化が進み、このところの豪雨とも相俟って、堤防の決壊、道路や橋の崩壊につながっている。がけ崩れ危険個所の落石防止柵なども十分なメンテナンスが必要であろう。土石流や山の崩壊危険個所も数限りなくある。

 道路や橋の修復には重機やそれを操作する熟練のオペレーターが必要であるのだけれど、昨今道路建設等が一段落した所で、公共事業の削減が国、地方自治体共に課題となり、土建・建築業界は縮小した。

 想定外の豪雨とかいうけれど、実はすでにそれが普通の状態となっている現実がある。老朽化した橋、道路、トンネルなどの補修には早急なる着手が必要であり、そのため人材確保と重機などの投資が必要である。

 公共事業と聞けば、政治家と業者の癒着による贈収賄の負のイメージが付き纏う為、無駄が多いという観念が一般国民に染みついたことは、70年代列島改造の「天才」の御仁の残した罪でもある。その後反動として「コンクリートから人へ」などという無責任なキャッチフレーズが選挙用のコピーに使われたりした。しかし、現実には、この国の国民を災害から守る為に必要な建築・土木投資は必須のものであり、鋭意継続する必要がある。そしてオリンピック関連工事もそうだけれど、一部の政治家の関係企業に受注が集中するとか、賄賂などの疑惑が持たれないよう行政府が一層襟を正して進めるべき事なのも当然である。
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徒然なるままに第3回

2016年09月07日 | ブログ
少子化対策

 以前の政権交代時、一人26000円支給という少子化対策の公約があった。子供手当支給は、フランスで効果があったようだということで、財源など知ったことかで、目玉の公約だったけれど、結局不当たり手形の様なもので、現在の与党が実施していた児童手当を増額する形で決着しているようだ。

 それでも0~3歳児に15000円、中学生で10000円、総額は平成28年度で2兆2000億円余り、国の負担分は1兆2000億円余り。その後若干の出生率の増加は聞いているが、抜本的な解決には到底及んでいない。「保育園落ちた、日本死ね」などというネットの書き込みが国会で問題になるほど、一部の国民や野党は云いたい放題の行政依存症。

 我々の子育ての時代には、私立の幼稚園の2年間には、半額(6000円)の市からの補助があった(年収600万円未満の家庭)*1)が、子育ては、所得税が安くなる以外他に何もなかったように記憶する。

 もともと子育てにおける、小中学校の費用は年間1人50万円程度掛るような話もあって、われわれが子供の時分から、この国には立派に学べる環境があってありがたかったものだけれど、選挙の度に選挙互助会政党が、それこそ毛針で票を釣り放題で、これに与党も対抗することが常態化したために、国民は行政依存ばかり強くなる。所謂ポピュリズムが浸透してしまった。

 家庭や個人に現金を配るやり方は、名目はどうあれ感心しない。選挙公約でその額をちらつかせるなど、新手の買収ではないのか。候補者が有権者に直接お金を配れば選挙違反だけれど、政党単位で「いくら出します」が認められるのは如何なものか。

 そもそもお金で子供作りを奨励すること自体、品のいい話ではない。それでも選挙に勝ってなんぼのもので、あの手この手の迎合主義がまかり通る。

 小中学校の給食は無料化。教科書も無料。その代わり児童・生徒への手当名目現金支給は失くすべきだ。その分、ここまで女性の社会進出が進んだ以上、子育て支援としての休暇制度、乳幼児を預けられる施設の充実をさらに推進すべきだろう。すでにやっているようで、待機児童が減らないのは、役所仕事の本領で、私企業などでは忌み嫌われる官僚主義のその権化の人々がやっているのだから捗る筈もない。

 少子化問題の解決は、施設の充実も有効であろうが、抜本的には若い人に結婚できる経済力を与えることだ。現在のわが国の失業率は世界でもっとも低い部類で結構なのだけれど、若者に対しては単なる雇用でなく、パート・アルバイトを排して正社員化を、国はある程度以上の規模の企業には強制していいと思う。若者の給料を上げて、結婚ができるようにすることだ。バブル崩壊以降の失われた20年には米国を見習い、年増の経営者の所得ばかり増えている。経済的に結婚できない若者が多いことが、少子化の根本原因であり、その対策こそが少子化対策の王道ではなかろうか。



*1)現在の児童手当も年収制限があって、960万円以上は5000円に留まるようだ。


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徒然なるままに第2回

2016年09月04日 | ブログ
先の東京都知事選

 首都の首長を選ぶ選挙ということで、テレビでは連日報道されており、東京都民ではなくとも、多くの国民が関心を持ったのではないか。

 しかし、今回の都知事選挙も大政党のいい加減さ、体たらくを見せつけるものになった。もっとも当選した小池新知事にしても、当初は政党人、組織人としては如何なものかとの批判があったように思う。

 小池さんが立候補宣言をされた折、「断崖から飛び降りる覚悟」と言った意味を問われ、小沢さんの名前を出したのは、今更のことで驚いた。彼女の政治家人生の変遷が込められていた。小池さんは、初めから自民党を敵に回す戦略であったのかもしれない。

 結果オーライで、今後の都政を立派にリードしていただければ良いようなものではあるけれど、任期途中に退場を余儀なくされた猪瀬さん、舛添さんとは異なった意味の、策に溺れた落とし穴がなければいいのだけれど。

 民進党は、当初その政権時代に切った元経済省官僚の古賀茂明氏を担ぐというから変だと思っていたら、結局ジャーナリストの鳥越氏を持ってきた。都連の代議士は面目丸つぶれのようで、党内有力者の意向を十分察知していない政治家としての未熟さが垣間見えた。

 鳥越氏の健康不安は誰の目にも十二分にある。76歳の新人候補は癌経験の有無の問題ではなかろう。4年間どのように勤めるつもりであったのか。個人の問題を若年層を含む癌経験者全体の問題にすり替えたところは、左翼ジャーナリストの本領である。こんな選挙に出なければ、過去のセクハラ醜聞が世間に知れ亘ることもなく、老後を心穏やかに過ごせたものを。個人の人生に対しても神は「天網恢恢疎にして漏らさず」である。

 民主党政権時代に当時中国のNo.2の習近平(現、主席)が来日した。当時の小沢幹事長が30日ルールを無視して、宮内庁を恫喝して天皇との会見をセットしたけれど、その際鳥越氏は、民主党政権首脳は「30日ルールを知らなかったのでしょう」とテレビで発言していたのが印象深い。いい加減な人だとその時に思ったものだった。

 増田寛也氏は、岩手県知事時代の業績にも疑問を呈されていたけれど、元総務大臣であり、実務派の印象はあった。堅実に外堀から埋めるやり方で、自民党公認の形を取って立候補したけれど、結局はその自民党東京都連に両足を引っ張られた。自民党員をその家族まで含めて束縛するような文書を廻したという報道に接して、中国共産党も顔負けではないかと思ってしまった。

 本人が頼んだわけでもなかろうけれど、都連会長の父上に応援を頼んだのも大失敗。小池さんへのエールになった。小池さんへの攻撃は、無党派層には逆効果だった。

 無党派層を盛り上げた小池さんの快勝で、自民、民進共にダメ政党ぶりをまたまた露見した選挙戦となった。自民党など、現在選ばれているのは相対的なものとの自覚を持つことが肝要である。旧い政党の在り方は徹底的に革新しなければ、この国が危ない。



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徒然なるままに第1回

2016年09月01日 | ブログ
罪と罰

 先日NHKの「思い出のメロディー」で、菅原洋一さんの「今日でお別れ」にリクエストしたご婦人の「この歌を聞くと、亡くなった主人を思い出して涙が溢れます」との便りが紹介された。短い便りだけれど、長く連れ添った夫婦の想いが溢れ、歌の魅力も増幅されるようだった。

 老夫婦はいずれどちらが先かは兎も角、死別するのは自然の摂理で仕方がないことである。それでも、残された者は機会ある度にこのように涙に暮れる。しかし、世の中には、事故、事件、災害等で元気だった大切な人と一瞬にして別れを余儀なくされる人達も日常的に居ることを忘れてはならない現実がある。

 若者が集団で少年を殺害した、最近発覚した埼玉の事件のように理不尽な犯罪。似たような事件の再発である。さらに、訳の通らぬ理屈を付けて施設を襲撃して19人もの命を奪った男も居た。犯罪者であっても未成年者は一般に罪が軽い。無抵抗の障害者19人を殺害しても、精神鑑定が必要とのことだけれど、責任能力が無いと判断されれば、死刑はおろか禁錮刑にもならないらしい。

 普通、行きがかり上の突発的なトラブルで生じた殺人なら兎も角、殺人を犯す精神状態は異常であろう。精神異常者が犯した殺人が普通に罰せられないとは本来逆の話で、危険な精神病患者こそ一生牢獄に繋ぎとめて置かなければ危険である。抵抗能力のない人々だから攻撃したけれど、反社会的勢力などと呼ばれる集団の事務所に「天誅」とばかり襲撃を加えたりはしない。ちゃんと自身の保身は担保した上での犯罪であり、責任能力うんぬんを問題にすることが馬鹿げている。

 殺人事件もいろいろではあるが、あまりに理不尽な殺人は、加害者がたとえ未成年であろうが、精神異常者であろうが、殺された本人またその関係者にとって結果は変わるものではなく同様に扱われるべきだ。「法の下の平等」とはよく聞く言葉だけれど、被害者も加害者に関わらず一律に平等の人権がある。

 青少年の犯罪に対しては、物知り顔で「更生」とか「社会の責任」と、犯罪者を擁護する人物がテレビに登場したりしていた時期があったけれど、社会に責任があるからこそ犯罪者は逮捕して裁判に掛け、相応の罪の償いをして貰うシステムを作っているのだ。現在の社会環境の中でも真っ当に生きている若者が圧倒的に多い。

 犯罪を起こした若者には更生の機会が必要と言うけれど、犯罪の内容によっては「更生」する値打ちさえあるのかと疑われる場合さえある。被害者の先の人生を封じ、その家族にこれ以上ない惨い突然の永久の別れという仕打ちを与え、加害者だけ「更生」とは虫が良すぎはしないか。

 若者であるからこそ、若いうちから自分の取った行動に対して相応の責任を与えることこそ真の「更生」への道であるように思う。「罪と罰」の甘さの先に、糖尿病のごとく社会が多くの合併症を抱える懸念を感じるのである。



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