中小企業診断士 泉台経営コンサルタント事務所 ブログ

経営のこと、政治のこと、社会のこと、趣味のこと、人生のこと

泉台経営コンサルタント事務所

2020年04月01日 | Weblog

中小企業診断士 小田原 清のブログ(一陽来福)
         経営のこと、政治のこと、社会のこと、趣味のこと、人生のこと


 
  小田原 清(おだわら きよし)略歴

 昭和22(1947)年   愛媛県生まれ
 昭和41(1966)年   工業高校卒業、就職
 平成19(2007)年8月 定年退職
 同年         中小企業診断士1,2次試験合格
 平成20(2008)年4月 経済産業大臣登録中小企業診断士
             泉台経営コンサルタント事務所開設
 同年11月     NPO法人金融検定協会認定ターンアラウンドマネージャー
 平成25(2013)年4月 中小企業診断士資格更新   
 

  
 

 


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私の本棚からⅡその9

2016年08月25日 | ブログ
ドル崩壊、アジア戦争も探る英国王室とハプスブルグ家(続)

 『アメリカが構築するかのように見えたヘゲモニー(主導的地位)が、同時多発テロで崩れ始めます。これは、アメリカという表のプレーヤーに世界を支配してもらい、その背後でその利益を吸い上げてきた大航海時代からの既得権益層が、イメージしていたもの(=思惑)が崩れ始めることでもあったのです。』・・・

 『欧米諸国が世界を支配し始めるのは、大航海時代からです。三角貿易や植民地経営、そして帝国支配を通じて、全世界から膨大な富をヨーロッパに集中させます。その大航海時代の二大王家が、英国王室と神聖ローマ帝国の王であるハプスブルク家だったわけです。

 いまでこそ、彼らは表に出てきませんが、大航海時代はその前面にたち、多くの商人や軍人を植民地に派遣し、その利権を確保しました。16世紀、世界一繁栄していたのは英国です。そして、その大繁栄を謳歌した時の女王はエリザベス一世です。そして、その直前に世界の覇権を握っていたのはスペインです。その黄金期の王、カルロス一世のハプスブルク家でした。彼らが世界中の富をヨーロッパに集めた時の王なのです。

 その後、彼らは政治や経済の表舞台からは身を引いています。それは、表舞台に立ち続けるということが、大変な苦労と富の喪失につながるからです。市民革命や戦争、その他もろもろの事件の矢面に立つより、利権を手にうしろで、上がってくる利益を享受していたほうが楽に決まっています。・・・

 そして表舞台から姿を消した王家は、株や土地や債権、そして資源や鉱山の利権、知的所有権などを握り、それらの権利を持つことで上がってくる上納金で悠々と暮らしています。・・・

 しかし、彼らが得るべき上納金がこなくなった時、あるいは上納金が上がるシステムが壊れそうな時、彼らは全力で、そのシステムを守り、あるいは新しいシステムを構築しようとします。あらゆる手段を使い(ひょっとしたら謀略や戦争も辞せず)、それを実現していきます。

 そして、いま、そのときが来ているのかもしれないのです。その端緒が、アメリカの覇権の崩壊なのです。』・・・

 アメリカが覇権を維持できている理由のひとつが、基軸通貨としてのドルの存在である。世界の支配層は、いま真剣にテールリスク(起きる可能性はきわめて低いが、起きた場合にとてつもない損害を与えるリスク)を考え始めているという。そのリスクとはドルの崩壊であり、新王国“BRICs”、ことさら中国の台頭である。

 『・・・中国は、1990年代、世界の工場として大きく飛躍する中、国際金融市場では死んだフリをしていました。しかし、2000年に入ってから自分の力を拡大するために、経済力を外交に使い始めました。』

 そして、アメリカと対抗する軍事力の増強、人民元の躍進がある。ユーロ圏におけるギリシャを始めとする金融不安に手を差し伸べて倒産の危機にあったヨーロッパの銀行を救ったのは中国資金であった。また、2012年6月1日に人民元と日本円の直接取引が始まり、日本が外貨資産として人民元を保持する計画さえあったという。この動きを止める為に、アメリカが尖閣諸島での日中の対立を演出したという海外メディアの報道があり、そのことを中国メディアが引用して記事にしていたという。

 『わたくしには、この報道から中国の人民元に対する強い自信と、同時にドル基軸への対抗意識が読み取れます。中国はいま、“人民元”の基軸通貨化を狙っていると思うのです。しかし、それは、全世界に地殻変動を起こしかねない意味を持ちます。そして、それが、既得権益層の王家たちを不安に陥れています。』

 前号にも述べた“「米国の意志で、日中を紛争に巻き込み、中国を潰す。太平洋戦争に日本を誘い込み、日本を潰したように」そこまで真田教授は書いていないのだけれど。”





本稿は、真田幸光著「ドル崩壊、アジア戦争も探る英国王室とハプスブルグ家」株式会社宝島社、2012年12月刊。を参考にし、『 』は直接の引用です。


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私の本棚からⅡその8

2016年08月22日 | ブログ
ドル崩壊、アジア戦争も探る英国王室とハプスブルグ家

 この本の著者は、NHK大河ドラマ真田丸に描かれている真田家の12代当主でもある、愛知淑徳大学の真田幸光教授。

 この本が書かれたのは民主党野田政権当時(2012年)で、尖閣諸島を国が買い上げたということで、中国で猛烈な反日デモが起こり、日本企業が経営する店舗などが破壊された時期に当たる。ということで、まずは尖閣諸島を巡る日中の紛争とそれに関わる米国の陰謀説を孫崎享氏の著書(「アメリカに潰された政治家たち」小学館)を引いて紹介している。

 北朝鮮の潜水艦の魚雷で韓国の軍艦が沈められた事件(2010年)、米国と韓国の発表ではそうなっているが、一部には韓国が過去に敷設した機雷に触れたというものから、米国原潜の急浮上による沈没説もあるが*5)、要は国際社会で起こっていることの真実は分かり難いということ。報道される内容には裏のまた裏があることが多い。

 それでは、尖閣問題はどうか。孫崎氏(元、外務省国際情報部長)の著書からの引用によれば、石原知事(当時)が「東京都が尖閣諸島を買う」とアメリカで発表した後、尖閣に香港人が上陸したけれど、その香港人が所属する団体は、勿論尖閣は中国領土であると主張しているけれど、実は米国の息のかかった団体である。彼らの上陸は中国政府の意図ではないという。米国は、尖閣諸島で日中が対立する構図を作り、当時問題となっていたオスプレイの沖縄配備を進める日本への世論工作ではなかったかと言うのである。アメリカは中国の軍部情報が欲しい。中国がどの程度の挑発で武力を行使してくるか。機会を捉えて探っているというのだ。

 その情報は日中紛争の引き金に使える。「米国の意志で、日中を紛争に巻き込み、中国を潰す。太平洋戦争に日本を誘い込み、日本を潰したように。」そこまで真田教授は書いていないのだけれど、そうも読める。

 真田教授は、大学卒業後銀行で企業融資を担当した経歴があり、世界の金融事情に詳しい。世界を動かしている金融システムの内幕がこの本の主題なのだ。第二次大戦後の世界では戦勝国、特に英米が主導してそのシステム作りが成され、現在も運用されている。

 世界は建前として平和を志向するが、その前に自国の利益、既得権者の利益の確保が前提なのだ。国連だって常任理事国に特別の権利が与えられ、参加国が決して平等ではない。世界大戦の戦勝国がその権益を手放そうとはしないのだ。小さい話ではあるが、わが国においてさえ、経団連、医師会、農協、その他数々の圧力団体が政治を陰で操って既得権を維持している。世界のその根本は何か。以下次号。



*5)「中国バブル経済はアメリカに勝つ」副島隆彦著、株式会社ビジネス社、2011年1月刊

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私の本棚からⅡその7

2016年08月19日 | ブログ
地政学入門

 地政学とは、地理的な条件が一国の政治や軍事、経済に与える影響を考える学問である。地理的な条件とは、領土やその周辺地域のことであり、領土をめぐり世界の周辺国同士は繰り返し紛争を重ねてきた。すなわち地政学を学ぶことは、戦争の歴史を知ることでもある。地理的条件によって、一国の危機意識も戦略思考も何から何まで変わるのである。

 この「地政学入門」は、元財務官僚で、小泉内閣のブレーンとしても活躍した高橋洋一氏の著作である。ソ連の崩壊により冷戦が終結し、第三次世界大戦、すなわち核戦争の脅威から人類はひととき免れたようにさえ感じたけれど、中国の台頭やイスラム国などという統治された国家形態を持たぬテロ集団が猛威を奮う状況となり、この世界に安寧は訪れていない。そのような世界の現実から目を逸らし、平和憲法を守ることが平和を維持する方策と考える国民の多い、平和ボケ日本人への警告の書のひとつであろうと思う。『崇高な理想があっても、その理想を共有できない相手が存在する以上、現実的には仕方がないこともある。』

 なぜ、日露戦争は起きたのか。ロシアの南下政策がある。広大な領土を有しながらも凍りついた大地の恵みは豊かとは言えず、冬には氷に閉ざされる港は利用価値に乏しい。肥沃な大地と不凍港を求めて、黒海、中東、東アジア方面に勢力を拡大しようとロシアが進出したことは分かり易い。現在は中国が、広い海を求めて進出をあからさまにしている。

 高橋氏は本書で、人類の過去の戦争を振り返ると共に、第二次世界大戦以降の38の戦争(1000人以上の戦死者を出した軍事衝突)を分析し、地政学的リスクから安倍政権の「集団的自衛権」の是非を問うている。

 戦後に起こった38の戦争のうち15回(39%)は、日本からほど近いアジアで起こっており、24%を占める中東より明らかに多い。アジアで戦争が多いのは、アジアには民主主義国家が少ないからである。民主主義国家同士では戦争は起こり難いのだ。南シナ海の九段線、太平洋の第一列島線、第二列島線の軍事進出目標を掲げる中国は、わが国に対する最大の脅威だが、かの国は共産党独裁国家でもある。

 第二次大戦以降、アジアは最大のリスク地帯。その只中にあるわが国が、そのリスクに備えねばならないことは当然であり、集団的自衛権行使を含む平和安全法制(安保法制)整備は必要である。

 『同盟とは、持ちつ持たれつの関係だ。「同盟国が攻められたら力になる」という約束を相互に交わさなければ成り立たない。言い換えれば、仮に同盟国が攻められたとしたら、日本にも反撃を助ける用意があるという姿勢を示すことで、対等な同盟関係が成立する。これが集団的自衛権の枠組みであり、それでこそ、領土拡大の野心を持つ国に対する牽制機能も働くのである。』

 集団的自衛権を違憲と批判する識者も多いが、国家の自衛権は法律以前の生命体の保存本能のようなものであり、正当防衛は個人にしろ国家であれ固有の権利なのである。国際法さえ無視する隣国を持つわが国が、その横暴と向き合う為の相応の軍備や同盟を維持することは平和を維持するために必要な行動である。



本稿は高橋洋一著、「地政学入門」(2015年12月刊、株式会社あさひ出版)を全面的に参考・部分引用して記述しています。



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私の本棚からⅡその6

2016年08月16日 | ブログ
日本人が知らない軍事学の常識(続2)

 軍事学の基本的な認識とその認識がなぜ必要かについて、兵頭二十ハ氏は次のように述べている。

 『動物であれ、植物であれ、微生物であれ、およそ生命体は、有害な他者・異物に対しては、きっと反撃、駆逐あるいは除毒の方策を講じて怠りません。その日常的な営みを、近代国家の政府も、そっくり模範にできます。そして、生体が自己を他者・異物と区別して防衛しているように、近代国家は、自国人と外国人を区別します。これは「国境意識」と相伴うものです。しかしそれらは諸国家のすべてが最初から備えていたものではありません。そんなものを知らずに、気楽に暮らしていた集団が多かったのです。19世紀以前、その意識で後れをとっていたアジアやアフリカの諸地域は、強い外国に呑みこまれ、辛い目をみました。』

 現代においても『無害な他者か、有害な他者かによって、政府や住民は、態度をあらためるべきです。

 竹島を不法に占領中の韓国人は、敵国人と異ならないのですから、日本国内では公安当局の厳格な監視下に置かれるべきであり、日本の法律を蹂躙していない他の国からの旅行者と同じような好遇をするようなことは、法治国家としてあるべきではないはずです。しかるに現況では他の外国人以上の優遇を与えられており、これでは日本国は近代国家とは言えません。ただでさえ「特権」は、「法の下の平等」に相容れぬものです。

 生体たる国家は、有害な他者(国家にとって有害な外国)には、かならず反撃の策を講じなくてはなりません。甘い顔をしてやってはならない。さもないと、いかなる高等生命体も、寄生生物に体内から食いつくされるか、害獣に首筋を噛み裂かれるかして、斃れ伏すほかなくなるでしょう。』

 シナ(現在は中国共産党)の脅威については、兵頭氏のこの著書によらずとも最近は日本人の多くも認識するようになってきたようである。しかし、未だ国内には商売相手としての中国に魅力を感じている財界、元々の反米、共産主義者、自慮史観好きで懺悔を繰り返すことに快感を覚えるとさえ思えるマゾ的指向の政治家など、未だ多くの親支派と呼ばれる集団が跋扈し、それらを支えるマスコミがある。

 1972年、田中内閣の日中国交回復日中共同声明に基づき、1978年に結ばれた日中友好条約では、主権・領土の相互尊重、相互不可侵、相互内政不干渉、反覇権、両国の経済的、文化的関係の一層の発展が謳われているようだが、中国はその後、わが国からの援助金、民生技術の供与をせしめただけで、友好条約の内容とは真逆の行動を取り続けている。

 確かに個人として国民同士の友好的交流は大切であり、ヘイトスピーチも良くないことであろうが、わが国は戦後一貫して中韓に対しては官民挙げて復興を支援してきたことは間違いのない事実であろう。恩を仇で返す連中とは確かに一線を画した付き合い方が必要である。



 本稿は、兵頭二十ハ著、「日本人が知らない軍事学の常識」株式会社草思社2014年10月刊を参考にし、『 』内は一部の内容をほぼそのまま抜粋して編集したものです。 



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私の本棚からⅡその5

2016年08月13日 | ブログ
日本人が知らない軍事学の常識(続)

 兵頭二十ハ氏は、日本人が軍事学に疎くなった原因を、そのための危うさを説く。『日本人が軍事学に疎くなったのは、明治以降近代官僚制が整うにつれて、武官が軍事の教養を囲い込み、結果、文官と武官は二つの別コースに分離されたことが始まりである。そしてその後、わが国には急速に「半人前」の指導者候補生しかいなくなってしまった。指導者層の中に、「何が、どの程度、危ないか」についてしっかりわかっている人たちが、一定以下の割合しかいなかった。・・・少数者が気づいて、正道からの逸脱を食い止めようとしても、それは、大勢を引きもどす力とはならない。

 鎌倉時代以降幕末までの少壮エリートは、武官と文官の両方のたしなみを兼備していたため、維新前後の荒波は、彼らエリート候補生の努力と熱意によって乗り切ったけれど、1930年代に至り、「ヒトラーのドイツ」との同盟によって全世界を敵に回し、国家を存亡の危機に陥れた。

 その状況、日本人の軍事についての幼児性は今も変わらない。敗戦後は、国防政策立案と推進の自決権は切断され、外交と防衛は、とにかく米国の言うなりで、そうやっておれば大過ないことがわかってきたため、日本の若いエリート候補生が、政治家や役人や言論人になる前の段階で軍事学や国防論を学習しようという必要性も意欲も消失したのだ。

 東欧に暮らしている人は、ロシア人やドイツ人の正体を理解している。モンゴルやベトナムに暮らす人々は、シナ人の正体を知らない人など居ない。しかるに、日本にはシナ人や韓国人の正体を知らない人が多い。しかも知らないのに知っていると思っているから始末が悪い。それでは西洋人に対してはどうか。深く理解しているほどでもないが、(アジアを蹂躙した過去を知っていることで)警戒レベルを認知している。

 相手が近代人同士であれば、深く理解し合っていなくても大過なく交流できる。しかし、シナ人や韓国人のような反近代人との交流においては、いつかかならず、自由とは両立しなくなる懸念が強い。相手にそれを尊重する気がぜんぜんない、「対等の他者」という概念がそもそもないからである。・・・』

 韓国の日韓基本条約(1965年)無視の言動。中共の南シナ海問題やわが国領海への度重なる侵犯などをみるにつけ、兵頭二十ハ氏の論は間違っていないように思う。



本稿は、兵頭二十ハ著、「日本人が知らない軍事学の常識」株式会社草思社2014年10月刊を参考にし、『 』内は内容の一部からの趣旨を抜粋して編集したものです。 



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私の本棚からⅡその4

2016年08月10日 | ブログ
日本人が知らない軍事学の常識

 人間の体の下肢は、いちいち脳からの指示なくても動けるように脊椎にもコマンドセンターがあるようだという。組織体であっても特に有事にあっては、現場がトップからラインを通じた指示待ちでは対応が遅れる。現場の判断で迅速に動けるシステムが日頃からできていなければならないのだ。

 国家レベルになればさらに重大で、特に自衛隊の防衛・防災活動は、シビリアンコントロールは当然としても、時の政権との強い信頼関係がなければ有事に即応が難しくなる。

 その事例として、先の東日本大災害時の福島第一原子力発電所への対応がある。この時、北海道の自衛隊の耐放射線部隊(極東ソ連軍との核戦争を想定して育てられていた部隊)の出動が望まれたが、残念ながら時の政権は民主党政権であり、自衛隊幹部は行動に二の足を踏んだと「日本人が知らない軍事学の常識」*4)の著者兵頭二十八(ひょうどうにそはち)氏は言う。

 このような部隊の存在を時の総理や防衛大臣も知らない。助言・進言すべき自衛隊幹部は、1両数億円の戦車が原発で被災すれば、その後廃棄を余儀なくされる恐れが強いことを知っている。後から新車の調達予算を付けてくれそうな政権なら兎も角、非武装中立論者の居る政党の政権であれば、黙っておこうとなったのではないかというのである。

 民主党への政権交代時、一般大衆だけでなく、士業に携わるような者の多くも、「一度替えて見たらいい」などと政権というものの重みを全く考えていない発言が目立った。最高学府である大学に学びながら、人間として大切なことを学んでいない者は多い。軍事学など当然に考えもしないだろうし、国家観を持たない連中である。他国からの侵略や未曾有の大災害において、適切に対応できない恐れのある選挙互助会政党に政権など取らせてはいけないことを全く分かっていなかったのである。

 民主党政権や野党だけの話ではない。この度の東京都知事選前後で見せた自由民主党都連などの言動は、ネットなどでも相当批判が出ていた通りである。この国の政党政治が勤続疲労を呈している。国際的なパワーバランス、資源争奪戦を無視した平和憲法擁護論、安保法制反対、原発反対。庶民の耳に聞こえの良い福祉の充実、子育て支援。選挙の度に繰り返される与野党の「福祉」コールで、庶民は行政依存症となっている。巨大なマスコミと既得権者に都合の良い衆愚政治に与野党共に乗っかっているのだ。

 だから、そこに敵が迫っているのに、その敵と一緒になって新防衛大臣の過去の言葉尻を捉えてその言動を封じようとする。外務大臣までがわざわざ防衛大臣の靖国参拝に釘を差すのには驚いた。

 要はこの国の指導層、インテリ層が揃って軍事学をほとんど学んで来なかったことの結果なのだ。国家の安全、国民の生命財産を守ることこそ政治も最も大切な役割ではないのか。引けば押されるのが、外交の常識ではないのか。他国がこの国の宗教観に口出しすることこそ国際的にはタブーである。その非常識に阿る必要など全くないのにである。

 「日本人が知らない軍事学の常識」には大切なことが一杯書かれているように思う。主義主張によらず、人間世界の現実を知る為にこのような本は存在する。


*4)株式会社草思社2014年10月刊。著者、兵頭二十ハ


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私の本棚からⅡその3

2016年08月07日 | ブログ
IoTとは何か

 先月18日、ソフトバンクの孫正義社長が英国のアーム社を310億ドル(約3兆4000億円)で友好的に買収すると発表して話題を呼んだ。まさにIoT時代の到来を確信した孫社長の決断である。そのIoTの基盤となるのが、チップと呼ばれる小さな半導体の板に複数の電子部品を埋め込んだ集積回路。アーム社はスマホ向けチップで圧倒的なシェアを握っているのだ。

 「IoTとは何か」*3)の著者は、東京大学の坂村教授。日経ビジネス2003年4月28日号「ひと烈伝」で初めて東京大学の坂村健教授を知る。コンピュータ関連技術においては、米国にはるかに後れを取っていると感じていたわが国にも凄い人が居るものだと感動したものだ。

 坂村教授がトロン(TRON:The Real-Time Operating system)の基本設計を発表したのが1984年であり、日経ビジネスにこの記事の出た2003年はそれから19年を経て、TRONがコンピュータ業界のメジャー入りを果たしたと認められる時期にあたる。当時は「どこでもコンピュータ」すなわち「ユビキタス」(ラテン語でどこにでもある)・コンピューテングと呼ばれていた。当時から家電品、自動車、携帯電話などに組み込みマイコン(小型コンピュータ:組み込みチップ)が普通に使われていたが、坂村教授はトロンプロジェクトの成果である組み込みシステムの基本OS(基本ソフト)を標準化し、無償で公開していたのだ。

 さらに10年余りの時を経て、IoTと呼び名が変化したが、実体はユビキタスそのものなのだという。事実、坂村教授の功績は、2015年5月、ITU(国債電気通信連合)150周年記念賞をインターネットの発明者であるアメリカのロバート・E・カーン博士ら世界の6人のうちの一人として受賞している。

 IoTとは、たとえば工場の設備機器のすべてをコンピュータシステムでつなぎ、もっとも効率的な生産活動を行うことが出来る可能性を持つ。これを一国レベルに拡大する構想が、ドイツのインダストリー4.0であり注目されているけれど、しかしそれはまだ、トヨタ生産方式を国家ぐるみで追求したものに過ぎないという。

 究極のIoTは、社会のすべての分野がインターネットのようにオープンにつながることで、人々が安全で豊かな社会生活を今よりもはるかに効率的に快適に達成できる可能性を秘めているという。すなわち究極の社会革新につながるのだ。

 「IoTとは何か」は学者の著作でありながら、非常に平易で読み易く分かり易い本である。800円(税別)と非常に安価でもある。IoTと聞くけれど、何だろうと思っている方々にお勧めの一冊である。



*3)角川新書、株式会社KADOKAWA発行。2016年3月初版。著者、坂村健。

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私の本棚からⅡその2

2016年08月04日 | ブログ
ヘッセ詩集

 1971年(昭和46年)7月に出た本*1)で、翌年の1月に購入し、以来本棚にある。訳者が尾崎喜八であったことも購入動機だった。尾崎喜八*2)の高校の国語の教科書に載っていたエッセー的短編小説が好きだった。

 ヘルマンヘッセを知ったのは、はじめは詩というより、「車輪の下」や「知と愛(ナルチスとゴルトムント)」の作者として惹かれた。半世紀も前に読んだ小説で、すでに記憶は曖昧ではあるが、「知と愛」など、当時読んだ外国小説の中で最も感動した小説であった。ヘッセは1946年にノーベル文学賞を受けている。中世の作家のような印象だったけれど、1877年に生まれ、私などが中学3年生の年、1962年になくなっているから、われわれ世代の祖父の時代を生きた人だ。

 ヘッセの50歳頃の詩と思われる「静穏な日」という詩がある。尾崎喜八訳

『もういちど世界を旅行したり、
 もういちど町なかをぶらついたり、
 もういちど恋に誘惑されたりしたらどんなに良かろうか!

 だがそうした事がすべてもう二度とはやって来ないにせよ、
 私にはまだいろいろなものが残されている。
 モーツァルトとバッハ、ショパンとシューベルトの歌、
 花を見ること、夢みること、詩人を愛読することなど。
 
 だがこういう優しい官能の喜びもまた薄れて来る。
 そこで私は神に祈る、私がこの衰えた生命を
 彼の本質の原始の光りへ捧げることを、

 そして自分の衷(うち)にも彼の住んでいる事を私が決して忘れないようにと。』

 『詩はそれぞれの民族の言葉の花であり、綾であり、芸術であるから、これをそっくり正しく味わうためには、それの書かれた原文によるほかはない。しかもその上、選びぬいて使われている一つ一つの言葉の光や陰影や、広がりや含蓄の美さえも深く汲み上げることのできるほど、その国語に精通していることが望まれる。・・・』と尾崎喜八は言っているけれど、すぐれた訳詩はその情景、作者の想いに共感させてくれる。



*1)ヘッセ詩集:尾崎喜八訳、三笠書房1971年刊
*2)尾崎喜八:詩人。1892年東京生まれ、1974年没



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私の本棚からⅡその1

2016年08月01日 | ブログ
永遠の0(ゼロ)

 勿論、百田尚樹氏のベストセラー小説だ。丁度10年前の8月に大田出版から出ている。百田氏の作家デビュー作であったためか、当初原稿を持ち込んだ多くの出版社には認められなかったとある。その経緯は良く知らないが、これほどの作品を取り上げず、みすみす莫大な売上げをふいにした出版社の担当者の能力が疑われる。良い小説を書きながら、取り上げられることなく、消えてゆく作家も多いことを思わせる逸話である。

 この本には毀誉褒貶が甚だしい。元々左翼系の人間とか、武士道や騎士道を持たない民族には理解し難い内容とは思うが、要は小説であり、登場人物が空想上のキャラクターであることは当然であるにも関わらず、お門違いの批判があるようだ。元々小説というものは、「事実を元にした嘘八百」と聞いている。自身が作った作品がどれだけ真実に基づくか知らないけれど、高名を鼻にきて、自らを省みない批評でなく批判もあるようだ。

 文学的な価値観を持ち出して云々も、単なる当の文芸評論家の的外れの自己主張でしかない。その程度の評価しかできない人物が文芸評論家として生存できていることが怪しい。大衆文学というものは、一部の専門家がこねくりまわす庶民に縁の薄い学術的文学論では捉えられないものだ。ものづくりの世界でも「品質は顧客が決める」と言うし、歌謡曲なども、いかに大衆に届くかに心を砕いて作られるという。

 「永遠の0」は起承転結がみごとで、しかも人命を軽んじた当時の軍部への批判が正鶮を得ており歯切れ良い。兵は優秀であったけれど、作戦を立案する参謀本部とそれを実行する現場の指揮官の無能ぶりを露呈させ、現代にも通じる組織の有り様の問題をするどく抉っている。特攻賛歌でも戦争肯定小説でもけっしてありはしない。

 兵が優秀であったということは、その育成システムを構築した軍の指導者層がやはり優秀だったからともいえるのだけれど、実はそのシステムは日清・日露の時代からの伝統を受け継いだもので、太平洋戦争時の指導者、指揮官が作り上げたものではない。日露戦争から40年。軍事の専門学校での命に関わらない図上演習で習得した戦略・戦術は、自身の命と引き換えになった時の肝の据わり具合を勘案したものではなかったのであろう。

 戦後、この国を貶めてきた一部マスコミは、実は戦前は日露戦争後の講和条約を不服として国民を煽っていた事実にも言及している。それは、司馬遼太郎の著書「この国のかたち」で、『大群衆の熱気が多量に――たとえば参謀本部に蓄電されて、以後の国家的妄想のエネルギーになったように思われてならない』と述べていることと符合するものだ。

 最も主人公を嫌悪していた元同僚の飛行機乗りが、戦後やくざの囲い者にされた主人公の妻(松乃)を、その災禍から命を賭して、殺人者となってさえ救うという筋書きも物語として見事というしかない。

 繰り返し言おう。この小説の価値は、純粋な人しか分からないであろう機微を多く含んでいる。ゆえに、絵に描いただけの平和主義者、この国を貶めたい連中、天狗になった評論家や映画監督には理解不能であって正解なのである。



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