中小企業診断士 泉台経営コンサルタント事務所 ブログ

経営のこと、政治のこと、社会のこと、趣味のこと、人生のこと

泉台経営コンサルタント事務所

2020年04月01日 | Weblog

中小企業診断士 小田原 清のブログ(一陽来福)
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  小田原 清(おだわら きよし)略歴

 昭和22(1947)年   愛媛県生まれ
 昭和41(1966)年   工業高校卒業、就職
 平成19(2007)年8月 定年退職
 同年         中小企業診断士1,2次試験合格
 平成20(2008)年4月 経済産業大臣登録中小企業診断士
             泉台経営コンサルタント事務所開設
 同年11月     NPO法人金融検定協会認定ターンアラウンドマネージャー
 平成25(2013)年4月 中小企業診断士資格更新   

  所属団体・組織など

 ・東京都中小企業士協会正会員 城東支部
 ・東京商工会議所会員
 ・日本品質管理学会正会員
 ・千葉南法人会会員
 
  診断士研究会活動など

 ・城東支部/「品質マネジメント研究会」代表(リーダー)
 ・診断士囲碁同好会
   
  専門家登録

  ・ミラサポ
  ・千葉県産業振興センター
  ・千葉県商工会連合会
  ・埼玉県商工会連合会
              他
 

  
 

 


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改めて品質管理を考えよう その9

2017年02月25日 | ブログ
方針管理のすすめ

 TQM(総合的品質管理)の一環として「方針管理」が登場して、大企業を中心に普及し始めたのは、1990年代半ばではなかったかと思う。本社の大会議室で社長以下重役、事業部長、本社の部長などと共にコンサルタントを招いたセミナーを受講したのがその時期であった。その時、講師は先行他社で行われている方針管理事例を紹介しながら、「このような資料が開示されているということは、先端企業は、さらに進んだやり方をしていると考えられる。」と述べていたのが印象深い。

 以来すでに20年以上が経過し、多くの大企業には定着していると思われるが、中小企業においては、方針管理どころか、年度の経営計画もなく、すなわち成り行き管理で、それなりの業績を挙げているところもあるようで、全体像は見えないが、方針管理の考え方が十分普及しているとは思えない。

 昨年5月、日本品質管理学会は「方針管理の指針」を規格化したが、その目的には、“多数の人から構成される組織において”という一文が見られ、方針管理は大企業にこそ効果的との前提で語られているのが現状である。

 確かに、多くの人が働く組織においては、トップマネジメントの考えや組織の目標が第一線まで伝わりにくいことはあろうから、方針管理の意義は大きい。しかし、企業経営に限らないけれど、組織においてはその規模に関わらず進むべきビジョン(方針)を明確にし、中期事業計画に基づく年度計画を立てて、具体的な目標の下にPDCA(計画-実行-検証(評価)-見直し(改善))をまわし活動することは必要である。その意味で、方針管理はあらゆる企業に有益であり、さらに中小企業に普及を図るべきであると思う。

 ただ、ISO9000などもそうだけれど、苦労して体裁は整えたけれど、業績が伴わないことがあるように、方針管理も同様の轍を踏む恐れはある。それは縁台将棋の雄が、なまじ定石を学んだために負けるようになったなどと聞くことに似ている。格闘技の世界でもボブサップはデビュー当時負け知らずの連戦連勝だったが、経験を積んで「格闘技と言うものが分かってきて却って負けるようになった。」という話を何かで読んだけれど、小規模のオーナー経営も自己流の方が、環境に適合している間は、結構うまくいって問題ないように見える。しかし継続企業を目指すなら、それこそ一時期低迷しても、基礎的な経営法は取り入れた方が飛躍につながる可能性があるし、その後の環境変化にも適応性が高くなる。定石を学んでうまくゆかないのは、体裁にのみ拘って、本質を十分理解せずに進めるからである。

 方針管理は、日常管理と対を成し、事業計画を実現するための活動である。職場の慢性的な不具合(市場クレームが多い等)や新製品開発など課題解決型の問題に計画的に取り組み、PDCAを繰り返して、効率よく目的を達成する品質管理手法である。勿論組織の全部門・全階層の参画が前提で、トップの方針に基づく課題を重点指向で達成する。

 まず経営者層が取組むべき重点項目を挙げ、そのための方策、目標、期限、担当部門等を設定する。これを受けて、各担当部門は設定された方策を実行する為の重点課題を挙げ、その部門としての方策に展開する。

 社長と従業員1人の企業にあっても、解決したい問題点の一つや二つはある筈で、その課題を解決するための方策を計画的(P)に実施する(D)ことが肝要である。結果は一定の期間で検証・評価(C)し、改善・計画の見直し(A)につなげる。すなわちPDCAをまわして課題を解決に導くのである。方針管理を実施し続けることで、いつの間にか将来への僥倖(思いがけない幸運)が開ける筈である。



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改めて品質管理を考えよう その8

2017年02月22日 | ブログ
神は細部に宿る

 建築やデザイン、芸術の世界などで生まれた言葉とのことで、芸術作品など、目立たない細かいところまで細やかな神経を使って仕上げることが肝要であるという警句。物事の核心を突き、企業経営に品質管理にも通じる非常に良い言葉だと思う。

 巨大企業が不正経理の発覚に始まり、大幅な赤字を計上して債務超過に陥る。確かに震災による原子力発電事業の低迷は致命的であったろう。しかし、その前に中国で作って自社ブランドで販売していた家電小物などの品質管理に十分な神経が通っていたか。たまたまの不良品ではなかったろうと思う。実はそこが神の宿る細部なのだ。実は50年前に2400円程度で買った同社製の電気スタンドは、今も使えているほど作り込んだ製品だった。そのような実績が優良ブランドとしての地位を確立していた。ところが現在では、安易と思われる外注があり、それら末端を巡る毛細血管に十分なトップからの経営理念、新鮮な血液が伝わり、流れていたとは思えない。

 液晶テレビで一世を風靡していた大手家電メーカーもそうだ。東南アジアで作ったCDラジカセはすぐに駄目になり、高額の修理代が必要となり、糊付けされたパネルは剥がれた。明らかに糊付けの不良だ。日本人の仕事ならそのような不良は起きない。さらに取引があるからと営業担当者から頼まれて買った新製品というルームクーラーもほとんど使わないうちに不調で、修理して貰ってもなお使い物にならなかった。

 大きな事業の思いがけない挫折や、隣国の同業との円高ウォン安で価格競争に負ける前に、まさに製品の品質管理や経営の細部に、神が宿りたくなくなる状況があったのだ。

 同じような経験をされた人は多かろうと思う。駄目になるメーカーや販売店は、まずクレーム対応が悪くなる。イオンに吸収された大手スーパーマーケットも、セブンアイの傘下に入った大手デパートもそうだった。店員がお客相手にいばっていた。

 拡大戦略で、店長クラスの人材が希釈される。メーカーでは課長クラスの人材が枯渇する。平社員の方が大きな顔をして、所属長は振り回される。経営者は悪い情報に頬かぶりというより、細かい部分にこそ神が宿ることなど元々知らないのだ。何千何万単位の従業員のトップになる資格などない人間がやっていたのだ。

 「神は細部に宿る」まさに品質管理における警句でもある。「細かいこと言うな」ではなく、細かいことだからこそ拘らねばならないのだ。ブランド育成など、見せかけのテクニックで成せるものではない。品質第一に、顧客第一に幾霜年続けることではじめて確かなものになるものではないか。
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改めて品質管理を考えよう その7

2017年02月19日 | ブログ
働き方の品質管理

 キャリアの新入女子社員が、パラハラと思える職場環境での長時間労働の末に自殺した事件があった。自分達も若い頃にはそのように鍛われてきたからという企業風土が、改善を阻み、見て見ぬふりを助長する。政府も本格的にサラリーマンの働き方改革を進めようとしているが、一般の企業サラリーマンだけでなく、芸能界、マスコミ関係者等の働き方、働かせ方にも根深い問題があるのではないか。

 働く側に問題がある場合もないとはいえない。長時間働くことで、残業手当が生活を潤すことに慣れると、働き方にメリハリがなくなり、毎月同程度の残業を志向するようになることに上司も目を瞑り、長時間労働職場での働き方は一向に改善されない様も見て来た。

 ベルトコンベアで製品を組み立てる職場で、夕方5時に停止するベルトコンベアを、増産のため今日は7時まで動かさねばならなくなれば、そこで働く従業員には当然残業割増手当が支払わねばならないけれど、デスクワークのスタッフが、自身の裁量で居残りし、残業手当を貰うのは業務上横領に近い行為ではないかと思うけれど、その仕事の必要性の有無を、上司にあっても十分管理出来難いのも現実である。

 そんな背景と経営者側の思惑も絡んで、たとえば10人必要な職場に5人しか配しなければ、当然長時間労働は常態化する。手当は要らないから早く帰りたいと思っても許して貰えない状況になっていたりする。残業手当をきっちり支払う会社はまだいいけれど、働き方は任せる代わり、碌に残業手当も払わずに、長時間労働が普通になっている企業も多いようだ。

 品質管理はものやサービスを管理するだけものではなく、自身で自身の働き方、その質までも管理するものでなければならない。労働生産性が欧米に比べて低いと言われるようでは、車や国内製の家電品等の品質の高さに満足して、全体としてこの国の品質管理レベルは未だ低いと言わざるを得ない。

 われわれ団塊世代の先頭集団が、高校を出て社会に出た時代にすでに、1日8時間働いて、8時間を自分の時間に使い、8時間を睡眠に充てる。という考え方が普通に語られていたように思うのだけれど、一方で猛烈社員などという言葉があり、外国人からは働き過ぎの日本人と言うイメージも定着していた。もっとも当時、土曜日は休日ではなく、三交代勤務者は1日は8時間だけれど、月に5日の休日しかなかった。

 働くことを喜びとし、美徳とまで考えた人も多かったのであろうが、過ぎたるは及ばざるが如しである。自分の価値観を他人に押し付けるのは禁物である。定時に帰宅し、それで業績を上げれば結構なことだ。

 組織としては、業務の項目を細かく上げて、ひとつひとつ必要性の有無を検証する必要がある。仕事は個人に付いてくる。知らぬ間に必要性のないことをやっている恐れは十二分にある。働き方改革には業務の棚卸が必要であり、個人個人が自身の仕事の品質を改善する努力を行わねばならない。それこそ大切な品質管理なのだ。
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改めて品質管理を考えよう その6

2017年02月16日 | ブログ
人質(じんしつ)管理

 『「うちの工場で一所懸命“品質管理”をやっているやろ。それはとても大事なことやけど、それより大事なんは“人質(じんしつ)管理”やで」。』

 この話は、松下電器工業(現、パナソニック)の創業者松下幸之助氏が、同社の四代目社長を務めた若かりし頃の技術者であった谷井昭雄氏に述べたものだという。

 品質管理は、ものやサービスに対して行うもので、従業員の質まで問うものではないかも知れず、幸之助氏が切り離して諭されたことは間違いではないし、寧ろ従業員の質を何より重要と考える経営姿勢は、優れたものであったと思う。

 しかし、「TQC(TQM)は教育に始まり教育に終わる」と言われるくらい、品質管理では、実は従業員の質の向上を第一義に考えていることも事実だ。

 「ISO9000を取得するために、品質管理組織を構築し、標準書を整備し、品質目標を立てて活動したけれど、一向に業績は向上しない。」のような不満が結構あって、ISOも実の(業績に結び付く)ある品質管理活動を求めて、改訂を繰り返してきた。しかし、取得企業の経営者の想いが空回りし、従業員まで十分浸透しておらず、体裁を整えただけに終わっていることはなかったか。やはりここでも、そのための教育が最重要になってくる。大手企業なら兎も角、ISO9000の要求事項やその趣旨を十分読み解き理解できる従業員の限られる企業では、繰り返しの教宣活動を続けるしかない。なぜそこまで教育が必要なのか。標準書に潜むその作業のコツだけでなく、その製品を使う顧客の笑顔を思えるようになること、それこそが仕事の楽しさでもあることを知るまでが、品質管理なのだからである。

 今もあることだろうけれど、以前は花嫁修業として日本古来の琴や華道、お茶などを学ぶ若い娘さんが多かった。会社の社宅でも、集会所などを利用して、年配のご婦人を先生に招いて、そんな会合が持たれているのに遭遇したことがあった。その時の講師の老婦人の佇まいに接して、習い事そのものより、先生の人間に触れることが修行になるのだろうと思ったものだったけれど、品質管理における人づくりも同様である。

 現在トヨタ自動車は、自動運転に向けて同業他社に類を見ない相当額のAI研究投資(5年間で1150億円:日経ビジネス2017.02.06号)を行っているそうだが、その豊田社長は、「改善、改善、改善、改善が改革につながる」と檄を飛ばす。それは、いかに科学技術が進歩しようが、特定の技術者だけが頑張ったのでは世界の競争には勝てないことを心底知っている経営者の言葉だ。人質管理こそ大切とする、日本式品質管理は優れた企業には未だ健在なのだ。
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改めて品質管理を考えよう その5

2017年02月13日 | ブログ
サンプリングの重要性

 品質管理の現場での実務は、通常サンプリングから始まると考えていいだろう。その後工程分析、出荷検査などを経て顧客に製品が納入され、そこで不具合が見つかるとクレームとなって品質管理部門にお叱りが来る。それらの個々の工程に本来重要度に差はないが、出荷検査とかクレーム対応のように、顧客とのインターフェイス(業際)にかかる業務は兎角関心が集まるが、顧客から遠いサンプリング工程などには関心が薄くなりがちである。検査部門に提出されるサンプルがどのように採取されたかなど、あまり関心が払われない。しかし、このサンプリンがもしいい加減であったら、その後の検査データ、その解析などの前提が崩れてしまう。サンプリングは地味だけれど、神経を使わねばならない非常に重要な業務なのである。

 テレビドラマの刑事ものの多くには、科学捜査として「鑑識」部門からデータを得て証拠固めを行う筋立てが結構あるけれど、果たして「鑑識」なるものが、錦の御旗となりうる絶対正義であるかどうかは本来分からない。

 現実にDNA鑑定の精度の問題から逆転判決が出た事例があったように、そのサンプルはどのような状況の中からどのように採取され、どのように検査されたか。検査までの過程で異物などが紛れ込むようなことはなかったか。検査は誰がどのような機器を用いて行い、結果について誰が承認したか。

 東京都の豊洲新市場の問題がある。舛添知事時代の6回にも及ぶ調査では検出されなかった物質が、知事が代わるとなぜ検出されるようになったのか。その数値も環境基準の79倍のベンゼン、ヒ素も環境基準を超えていたとのことで、さらに一度も検出されなかったシアン化合物も検出されたという。

 ある方は、マスコミは高校生レベルの化学の知識も持たず騒いでいると揶揄しているが、確かに、どこの分析会社に依頼し、その分析会社では、誰がいつ、どこからどのようにサンプリングし、どのような機器を用いて分析し、その結果を示すチャート、機器の校正の記録はどうなっているのか、ほとんど触れられていない。そして、その結果の数値だけが独り歩きし、都民の不安を煽っている。(先日のサンプリングの模様は公開されていたようだ)

 サンプリング箇所は、建物のこの部分、あの部分の地下水であるような報道は目にしたことがあるが、そもそも豊洲新市場の下の地下水というのは幾筋も分かれて流れているのか。さらに滞留している部分もあるのか。

 元々工場の跡地なのだから、土壌が化学物質で汚染されていた恐れは当然にある。だから汚染土を可能な限り除去し、新たな土で盛り土をする計画で、新たな汚染がなくなれば、時間の経過とともに、自然浄化が進む筈で、ここに来てデータが悪化することは異常である。

 地下水の水脈を明らかにし、水脈のどこから採取したサンプルを分析したのか。出来れば、現在の築地市場の地下水と比べて有害物質がどの程度多いのか等相対比較も必要な気がする。

 豊洲を選んだことや、初期の計画通りに盛り土がされていないとか、出来上がった建物の使い勝手が悪いのだとか、行政上に不備・不正があるなら別途糾弾すべきであろうが、それらを地下水の分析結果と混同して論じるのは問題である。

 いずれにしても、環境測定は、水質にしても大気にしてもサンプリングからして難しい場合が多く、またいずれにしてppmオーダーを扱う分析である。誤差の程度も明瞭になりにくい。だからこそ結果の数値に振り回されるのではなく、もっとクールに全体像を見つめ直し、本来の目的である健康被害の有無を見極めることが必要であろう。




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改めて品質管理を考えよう その4

2017年02月10日 | ブログ
「シグマ(σ)の話」

 元々の品質管理の目的は、製品品質のバラツキを小さくするためのもので、このバラツキの定量的な指標として、標準偏差(σ)が用いられることはよく知られている。すなわち世の中のバラツキの確率分布は多くの場合に正規分布で近似でき、その分布に占める割合や序列がこのσ値から算出できるため、統計解析において非常に重要なものとなっている。

 受験生の能力指標として「偏差値」というのがあるが、これも標準偏差を利用したものであることも有名な話だ。製造工程の見える化に活用される「管理図」も、管理限界線をσ値の中心線から上下3σの数値を使う。

 工程能力指数とは、規格幅に対してどれだけ小さいバラツキで製造できているかを定量的に示すものだが、これもσ値を基に計算される。納入規格をこれまでの当該製造工程で産出した製品特性値のバラツキの標準偏差からその5倍(5σ)に設定して、製造基準は3σ、出荷規格を4σで管理すれば、顧客に不合格品を届ける確率は非常に小さくできる。

 工程能力指数(製品特性値のバラツキ(σ値)が規格幅に3個入る場合を1とする)は、1.33から1.67を良好な範囲と考えるが、これは規格幅に4個から5個入るレベルであり、シックスシグマ活動の不良割合の目標である3.4ppmは、片側4.5σの不良率である。

 6σで管理(規格幅に特性値のσが6個入るレベル)できれば、その不良率は10億分の2である。すなわち2ppb。しかし、長期的な工程管理では1.5σ分中心がずれることを見越して3.4ppmとしたものだ。

 シックスシグマ活動を提唱し実践した米国モトローラは、当然同じ活動を日本モトローラ(株)でも展開した。その資料が手元にある。資料には、当時の普通の企業の工程能力を4σから1.5σシフトしたレベルと捉え、目標であるシックスシグマ(6σ-1.5σ)達成は、現状の100倍の改善効果があると謳っている。不良率が現状の100分の1になると言っているのである。その経済効果(累積)を同社の製造部門で2,860億円、非製造部門でも約1,300億円と試算している。

 正規分布は、中心部をピークとし両裾が急激に低下しており、σ値が中心(平均値)からの距離を指しているから、1σから2σ、3σと急激に外れの面積は減少する。すなわちバラツキの指標である標準偏差値を小さくすることで、規格内に収まる特性値を持った製品を大幅に増やすことができる。すなわち歩留まりを上げることにつながるのだ。

 モトローラではこのσ値拡大のインパクトを、分かりやすく説明するために、時計の遅れや本の誤字などの確率で示している。管理状態が1σでは、本の1ページ中に170語程度の誤字を生じるのに対して、3σレベル(工程能力指数=1.0)では、1.5語まで減少するが、さらに6σでは小さな図書館の蔵書全体で1語となる。時計の誤差で考えると1σで100年間に31.75年、3σでは3.5か月の狂いを生じるが、6σではその誤差は100年で6秒である。(バラツキの中心からのシフトは考慮しない)

 統計的品質管理においては、機差などで変化する特性値の有意差やバラツキなども検証するが、勿論この標準偏差(σ)がベースとなる。なお、通常の工程から採取したサンプルの特性値測定による標準偏差はs(スモールエス)が使われ、サンプル数から1を減じた数(n-1)で偏差平方和を割ったものから求めることになる。



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改めて品質管理を考えよう その3

2017年02月07日 | ブログ
ジャパン・ブランド

 中国からの観光客の「爆買」が話題になった。炊飯器、サニタリー用品、化粧品。彼らは日本製品の品質の高さを知っているのだ。さらにお米、野菜、果物などの農作物にあっても、その味の良さに加え安心・安全の価値を十二分に評価しているのだ。それらは「ジャパン・ブランド」と呼ばれ、今や中国人観光客だけでなく、全世界から一定の評価を得ていることは、今更言うまでもない。

 その「ジャパン・ブランド」がなぜ生まれたか、戦後の復興期にあって、産業界が製品品質を磨くことで、長期的な発展を目指したからに他ならない。全員参加で品質改善に取り組み、作り込む喜びを経営者と従業員が共有してきたからこそ、それは生まれた。

 米国の新大統領の発言が都度話題になり、その多くが批判の的になっている。諸々の反対運動をみれば分かることだが、確かに声高な主張は目立つし、国民または都民、または沖縄県民ファーストなど、正しい主張と錯覚させられるが、行政側の施策には、実は声なき賛成者は同数かそれ以上居ることも多いものだ。

 トランプ大統領の米国内外の企業に対して、「米国で作らないなら多額の関税を掛ける」「日本や中国は為替を操作して不当な貿易利得を図っている」などの発言は、自国の産業を守る意味からすれば当然の発言で、わが国政府が不当なまでに為替介入しているとは思わないが、概ね正しいことを言っているに過ぎない。

 近年、米国内の所得格差が、「1%の富裕層が99%の富を独占している」と聞くように大きく開いたのは、偏にグローバリズムの結果である。今のままで推移すれば、日本もそれに近づいてゆく。

 投資家は、儲かる企業に投資する。銀行もそうだ。儲かる企業とは、安く作って高く売る企業だ。安く作るためには賃金の安い所、土地や建物の安い所、税金を安くしてくれる所。そして高く売るためには、比較的所得の高い所を選ぶこと。そこでは、原価からみれば割高な価格でも安く感じる。だから儲けは大きい。それらの企業の投資を受け入れた所は、雇用が増えて、税収が増大し、近隣国を慟哭するための航空母艦さえ建造できるようになる。さらに宇宙大国を目指すという。目標は世界制覇だろう。

 投資家は儲けの分け前にありつけるから、国家の貿易収支は悪くても所得収支で折り合いを付ける。工場が逃げ雇用が逃げて、安い時給で働く人が増えたことを横目に、海外進出企業の経営者やその投資家は長者となる。国家の安全保障上の懸念が増大しようが、自由経済、資本主義の原則を旗印に、儲け話があれば、せっせと共産党独裁の国にさえ投資を続けるのだ。自国の首相が、賃上げなどに口を挟むと、「この国は社会主義国か」などと批判する癖に共産党独裁国家はお好きなようだ。

 テレビでトランプ経済政策を批判している評論家の多くは、現在のグローバリズムで利益を得ている既得権益者だ。格差社会の上辺に住まう者たちだ。トランプ大統領の米国ファーストが自国の格差是正を目指したものかは知らないが、結果は格差是正につながるだろう。格差是正は既得権益者の所得を削ることにつながるから、彼らにはやっぱりトランプさんは困るのだ。

 自由貿易は、確かに貿易国相互に利得をもたらすが、その製品を生産する元手の出資がどこから出ているかで、異なった経済理論が必要になるのかも知れない。

 一度起きた潮流を変えるには、トランプさんくらいの強引さが、そして悪者にされても動じない肝がなければ成せない。

 この国も、ジャパン・ブランドを将来に亘って維持したいなら、しなくてはならないが、自国でのモノづくりをもっと奨励すべきであろう。儲けは多少少なくとも国内投資を進め、良質の雇用を守るべきであろう。時給900円の雇用が増えても本当の意味で、若者の未来を創ることにはつながらないからである。



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改めて品質管理を考えよう その2

2017年02月04日 | ブログ
品質管理はすべての職業人に必須である

 まず申し上げたいのは、このことである。品質管理は製品の検査部門や品質保証部とか品足管理部に所属する人たちだけの仕事ではない。ものづくりに携わる人だけの仕事でもない。経営者、管理者、従業員に関わらず、また銀行に勤めておろうが、お店の店員をやっておろうが関わりなく、すべての職業人に必須のスキルである。そのスキルは目に見えるものではないかも知れない。その人の仕事に対する心の動き、気配り的なものであるためかも知れない。

 「おもてなし」という最近になって一躍脚光を浴びたこの国の文化がある。老舗旅館や料亭などでは昔から「作法」として伝承し、庶民は家庭の躾の一環として心をつないできたものであったろう。その心くばりこそが、品質管理の本領である。この国で1950年代に始まり、1980年代に頂点を極めた産業界における「総合的品質管理」はこの国にあってこそ開花した。勿論デミング博士、ジュラン博士の優れた示唆・指導があった。欧米では芽吹きにくかった従業員が自ら、自身の仕事を改善してゆくという経営手法は、「後工程はお客さま」という概念の浸透は、この国の伝統文化なしには成長しにくかったであろう。

 統計学者であったデミング博士は、戦後の日本にものづくりの管理の基本となるバラツキの数値的把握法、抜き取り検査などの確率論を伝えた。これを石川馨先生はじめ、この国の品質管理の先達は、咀嚼した上で、「QC7つ道具」として、現場監督者クラスに伝えた。

 この時代、この国の中間層は厚かった。金のタマゴといわれた中卒の集団就職者であっても、工業高校卒の諸先輩方など、現在の一般の大学卒よりはるかに優秀な人材が多かったものだ。そして品質管理手法が多くの企業に浸透したのである。

 その代表企業が、世界のトヨタであることは異論ないところと思う。改善提案活動や小集団活動で先駆的役割を担い、実績をあげた。その潮流は日産、ホンダなど自動車業界だけでなく、新日本電気(NEC)、日立、松下(現、パナソニック)へそして第三次産業といわれる企業にまでその考え方は伝播していったのである。

 バブルが弾け、リーマンショックに見舞われ、この国のモノづくりが衰退した頃、この国の「画一化された大量生産には有効であった品質管理手法」として忘れ去ろうとした。そして、現場力の低下が嘆かれるところとなった。ところが、わが国が生んだといえる総合的品質管理(TQM)を真剣に学んだ開発途上国の国々の働く人々が、その価値を評価し、本家を凌駕するほどになっているのだ。

 そして今この国では、最先端医薬・医療、航空・宇宙産業、ロボット・AI産業が勃興期にある。旅客機など数百万という精巧な部品を必要とし、その一つ一つが絶対安全を必要とするとき、各部品の製造において未だ品質管理は必須の要件だ。本来品質管理は、画一化された大量生産であろうがなかろうか、いつの世にもあらゆる産業を支え、あらゆる働く人々の基礎的スキルとして重要なのである。
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改めて品質管理を考えよう その1

2017年02月01日 | ブログ
仕事とは問題解決

 日々の仕事というものを細かいところまで考えてみると、単純な定常作業と思われるような仕事でも、案外次々と生じる微妙な問題を修正しながら行っていることに気付くものだ。すなわち仕事を大括りに言えば、「仕事とは問題解決である」と言える。

 すなわち「仕事が出来る」とは、問題解決に優れることをいう。一分野の特殊な仕事を日常的に行い、優れた品質の有益な製品を生み出す仕事は、職人技と呼ばれるが、繰り返しの厳しい修練に耐えて、高い精度で瞬時に微妙な調整を行える技を身に着けたと言える。

 これに対して仕事の結果に対して、その品質を評価し、不具合があれば、仕事の経緯を見つめ直す、すなわち問題が顕在化してからの取り組みもある。さらにより高度な価値ある仕事を目指した取り組み(課題解決)もある。これらは通常専門スタッフによる管理業務であり、通常「品質管理」と呼ばれる。

 この品質管理、すなわち問題解決手法はQC手法と呼ばれ、従前よりかなり体系化されてきた。「QC7つ道具」、「新QC7つ道具」などよく知られるけれど、新製品開発のためには「商品企画七つ道具」あり、「品質機能展開」と呼ばれる手法もある。設計の未然防止としては、DR(デザインレビュー)、FMEA、FTAなどが知られ、統計的品質管理に初期流動管理もある。

 従って、品質管理を学ぶことは仕事の能力を向上させる。仕事に限らず、社会で起きている多くの事象を考察し、理解し判断する能力が向上する。但し、これら問題解決手法を使う前に、心得て置かねばならないことがある。それがQC的考え方だ。

 昔、GEに居た頃、丁度「シックスシグマ」全盛の頃で、研修を受け、プロジェクトもこなしたが、この活動にはベースとなる品質管理の考え方的なものが希薄なように感じたものだ。だから手段が目的化し易い。何でもシックスシグマ的に解析しないと結論を納得しないようなことが起きる。それは却って問題解決の効率を落とすことになる。その後GEでは、「リーンシックスシグマ」と銘打って、簡易的なシックスシグマを奨励したりした。

 QC的考え方とは、現状把握をしっかりと行い目的・目標を明確にすること。データを重視し、その統計的処理は必要であるが、数値データだけでなく、定性的な状況確認のため、言語データも疎かにしないこと。データのばらつきに着目すると共に、その徹底した層別によって原因究明につなげること。重点指向。PDCAすなわち管理のサイクルをまわすこと。対策には効果の確認を行い、歯止めを掛けること。これらをQCストーリーに沿って進めることなどである。

 中でも、目的・目標を明確にすることの中身が重要である。その仕事は誰のために、何のために、いつまでに、どの程度のコストで行わねばならないのか。自身の頭で常に考える習慣を身に着けることである。
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