一会一題

地域経済・地方分権の動向を中心に ── 伊藤敏安

文楽の保存・継承

2014-02-22 11:22:27 | トピック

● 文楽協会に対する大阪市の補助交付金のうち運営費相当額は、入場者数に連動しています。一定の入場者数に達しなければ、それに応じて翌年度の補助金が削減されることとされています。2014年2月7日の「読売新聞」によれば、入場者数の減少に伴い、2014年度の補助金は現行の3900万円から約734万円減額される見通しとのこと。提案者の橋下徹・大阪市長にしてみれば、「補助交付金に過度に依存するのではなく、入場料収入の増加と寄付金の獲得に努めるべき」「入場者を増やすために演目を工夫すべき」と訴えたいのだろうと思います。卑近な例でいいかえれば、「劇団四季と文楽を区別する特段の理由はない」ということかもしれません。

● 一方、この記事で紹介されているように、文楽協会にしてみれば、自分たちで自由に演目を決められるわけではありません。しかも世界無形文化遺産として、興行だけでなく、保存・継承や人材養成に努めていかなくてはなりません。やはり「劇団四季とは事情が違う」ということになります。

● 政府部門からの補助交付金というのは、いったん交付されると、縮減・廃止するのは容易ではありません。補助交付金を見直すきっかけとして、入場者数のような市場メカニズムに着目するのは有効な手段といえます。以前述べたように、ガバナンスの面からも望ましいとも考えられます。地方自治法では「普通地方公共団体は、その公益上必要がある場合においては、寄附又は補助をすることができる」(第232条の2)とされていますが、「公益」の中身が特定されていないだけに、できるだけ客観的な基準をみずから工夫していかなくてはなりません。ただ問題なのは、一律になんらかの基準を当てはめてよいか ── ということです。

● 上述の記事では、片山泰輔・静岡文化芸術大学教授のコメントが紹介されています。すなわち、「見た人は楽しんだ分の負担をすればよく、文化財として伝承するための負担は広く公的に行う、というのが理にかなっている」というものです。たしかにそのとおりです。「芸術」だからといって、なんでもかんでも補助交付金の対象にするわけにはいきませんが、世界無形文化遺産であれば相応に遇さなくてはなりません。

● 文楽協会の2013年度予算によると、約7億5000万円の収入のうち公演収入は約5億7600万円(76.8%)。残りを国庫補助金8000万円(10.7%)、大阪府・大阪市の補助交付金約5970万円(8.0%)、公益財団からの補助金2800万円(3.7%)に依存しています。寄付金は500万円(0.7%)にすぎません。地方財政が逼迫しているのであれば、大阪府・大阪市の補助交付金を減らす代わりに、国庫補助金をやりくりして薄く広く負担するしかないのではないか。もちろん文楽協会への直接的な寄付 ── または公益財団などを通じた間接的な寄付 ── を促進するためには、より簡便な寄付税制を講じていくことも望まれます。


寄附税制

2014-02-15 17:22:00 | トピック

● ふるさと納税制度は、結局は地方自治体間における貴重な租税の奪い合いです。地方税収の少ない地方自治体に居住する資産家が他地域に多額のふるさと納税(寄付)をすると、その志は崇高であっても、当該自治体の税財源を必ず毀損するだけでなく、予期せざる負担が発生するという逆説が起こることもあります。

● 所得控除にしても税額控除にしても、その対象がすべて所得税(国税)であれば ── 納税者がそこまで意識して寄付をするかどうかはともかく ──、結果として中央政府から地方政府への税源移譲になります。これなら現行制度よりおもしろいかもしれません。とはいうものの、政治経済学的にみれば財務省が認めるわけはないと思います。さらに問題なのは、たとえそうなったとしても、結局は「ヨコ」のものを「タテ」にしただけ。地方政府間の「水平的租税競争」が中央・地方政府間の「垂直的租税競争」に置き換わるにすぎません。ほとんどの地方自治体の歳入は、地方交付税交付金と国庫支出金に相当部分を依存していますので、ふるさと納税が活発化すれば ── 実際にはそこまでの規模になることはないのでしょうが ──、大事な移転財源の原資を浸食してしまうおそれがあります。

● そもそも寄付というのは尊いもの。寄付者に税制で配慮することはあっても、特産品などのいわば「対価」を払ってまで、地方政府が寄付(納税)を獲得しようとするのはどうもまともには思えません。現行のふるさと納税制度は寄付本来の目的を歪め、寄付が根付くことを妨げているような気もします。

● 確定申告書における寄附金控除の説明があまり親切でないことも問題だと思われます。東日本大震災のための義援金をはじめ、認定NPO法人や公益社団法人への寄付の処理の仕方を調べて申告しようとすると、相当の労力を要します。所得税の還付が発生するのを心配して、わざと分かりにくくしているようにすらみえます。ふつうの寄付を促進するためにも、まずはこのあたりから改善していくことが望まれます。


ふるさと納税の売り込み

2014-02-11 18:09:05 | トピック

● 少し前に述べたとおり、ふるさと納税制度というのはおもしろい取り組みとは思うのですが、地方分権にとって望ましいとはいえません。そういう趣旨の本欄をご覧になられたのでしょうか。ある記者氏から、「ふるさと納税の状況を調べてみた。なにか気づきはあるか」という問い合わせがありました。少し端折ったところはありますが、おかげさまで私のコメントを紹介していただきました。

● さらにおもしろいのは、この画面の下方に表示される広告のことです。おそらく、そのときどきのキーワードや直前に検索した言葉に反応して、不定期に変わっていくのだと思います。数日前、ふと気がつくと、「ふるさと納税で記念品を貰おう」というある地方都市の広告が掲載されていました(意外であったため、思わず画面をPDFにして残したほどです)。そのすぐ近くには、ふるさと納税制度に対する私の疑問が提示されているにもかかわらず、用語の一部に反応して親切にも機械的に売り込んでくれたのだと思います。


タックス・ヘイブンとメディア

2014-02-07 22:43:46 | トピック

● 以前の本欄で、米国の非営利調査報道機関 ICIJ がタックス・ヘイブンの取引に関する厖大な電子ファイルの分析を進めており、これが公開されれば、タックス・ヘイブンの運営主体と利用者の双方にとって強い抑止力になるかもしれないという感想を紹介しました。

● それから8ヵ月あまり。数回の関連報道がありましたが、このほどまとまった調査結果がようやく発表されました(2014年1月24日の朝日新聞)。今回は、経済発展いちじるしい中国を特集。著名な政治指導者たちの親族が関与する資金運営会社が一覧表で整理されています。電子ファイルの文書は欧文で書かれているため、中国の人名を特定するのは容易ではなく、時間がかかったとのこと。

● 一方、中国政府は、このような情報が国内に広まることを阻止すべく、報道を規制したり、インターネットへのアクセスを制限したりするかもしれません。あるいは対外的関心を意図的に喚起しようとするかもしれません。中国の政府関係企業や途方もない資産家たちは、欧米の有力メディアを買収すると言い出すかもしれません ── このような動きがあるかどうかが、今回のような報道が圧力として機能するかどうかのひとつの目安になりそうです。