一会一題

地域経済・地方分権の動向を中心に ── 伊藤敏安

年の瀬の深刻な番組

2018-12-29 14:56:00 | 媒体

● いわゆる仕事納めの2018年12月28日夜、NHK総合テレビで考えさせられる番組が連続して放映されました。そのひとつは、午後10時からのNHKスペシャル「女7人おひとりさま みんなで一緒に暮らしたら」。おひとりさまといっても、いずれも裕福な人たちの物語です。同じマンションの別々の部屋に住んで、交流しながら、それぞれの生活を享受しているようにみえます。ところが住み始めて10年も経つと、主に健康上の理由により、不都合や不具合が出てくることは仕方ありません。そのあたりの葛藤が番組のモチーフになっていました。

● 読んだばかりの橘木俊詔『定年後の経済学』によると、余裕のある高齢者がいる一方で、ひとり暮らしの女性を中心に、相対的貧困率以下の高齢者が増加しています。これは「格差」の一種といえるのでしょうが、裕福であっても困窮していても、いずれ介護の問題に直面せざるをえないという点では「平等」です。「おひとりさまの老後」については、ぜひ5年後、10年後の状況を取材して報告してほしいと思いました。

● もうひとつは、午後10時45分からの「事件の涙-そして、研究室の一室で-」。これはもっと深刻でした。他人事ではありません。私が前職時代に直接的に担当した博士課程の学生は外国人留学生です。いずれも博士学位取得後に母国で研究職に就いています。日本人の学位取得者も何人か周辺にいました。能力があり、優れた論文を発表していても、なかなか研究職は見つかりません。奨学金も返済しなくてはなりません。30歳代なかばごろになると、いろいろと悩んでいる様子が傍目からもうかがえます。本人から希望があれば、知っている団体などに就職を斡旋したことがあります。そのような意向を示さずに大学から静かに去っていった青年もいます。この年の瀬をどこでどのように迎えているのだろうかと考えていると、しばらく眠りにつくことができませんでした。


老衰死ということ

2018-12-11 23:20:30 | トピック

● 死亡原因としての「老衰」は、これまでは下位であったのが、最近は5位にランクされています。森田洋之『医療経済の嘘』を読んで知りました。これは高齢者の増加のせいだけでもなさそうです。夕張市立診療所に勤務していた著者によると、医師にとって死亡診断書に「老衰」と記入するのは容易なことではないのだそうです。病気や事故であれば死因は明確です。ところが「老衰」という自然死の場合は、医者と患者・家族のあいだに信頼関係が築かれたうえで、家族には受け入れる時間と覚悟が求められ、医師には「老衰」と診断する勇気が必要だからとされます。

● 一昨年の弟、昨年の母に続いて、このほど私の父が永眠しました。母は、医療法人系列の特別養護老人ホームで86歳で亡くなりました。その死亡診断書には「老衰」と書かれています。これは医師の確認に応じて、家族が納得したうえでの表現です。一方、父は、別の医療法人系列の介護付き有料老人ホームで91歳で亡くなりました。その死亡診断書の死因欄には「前立腺癌」とあります。父は、2ヵ月ほど前から転移した癌の痛みをしきりに訴えるようになりました。けれども、薬で痛みを和らげるなどして、最期は静かに息を引き取りました。ですので、家族としては「老衰」と記入してもらうほうが自然に大往生を迎えたという語感がして望ましいようにも思えるのですが、まあ医師の判断です。これはこれで仕方ありません。


ふるさと納税制度の是非

2018-11-28 22:20:00 | トピック

● 返礼品競争の過熱化や寄附金の「流出」を訴える地方自治体の増加とも相まって、ふるさと納税制度の見直しに関する議論が高まっています。総務省は、返礼品合戦の自粛を呼びかけてもなかなか収まらないため、とうとう指針を提示するに至りました。

● 論者たちの見解は、なお分かれています。たとえば、同制度に関するNHKの報道は、これまではポジティブな内容が多かったように思うのですが、最近のニュース解説慎重な表現になっています。旧大蔵省出身の野口悠紀雄「ふるさと納税は日本人の崇高な“寄付精神”を破壊する」では、同制度が存続していることに絶望感すら覚えるとされています。逆に、旧自治省出身の田村秀『地方都市の持続可能性』では、問題点を是正したうえでの賛成論が展開されています。土居丈朗「ふるさと納税は、制度見直しでどう変わるか」では、日本に寄附文化を根付かせるためにも「ぜひ実のある制度に見直してもらいたい」と、やはり条件付き容認論が提示されています。財務省の委員などを務める同氏は、当初は同制度にあまり好感を持っていなかったはずですが、同制度の浸透とともに見方が変化してきたようです。

● ふるさと納税制度が興味深い制度であることは否定すべくもありません。寄附者が寄附先を選択できること、寄附先の地方自治体にとっては返礼品を出しても増収になること、知名度の向上や特産品の振興につながることといったメリットがあげられます。実際、2018年7月の西日本豪雨の被災地に対して、地域内外からふるさと納税を含む多額の寄附金がありました。その一方、同制度は寄附本来の趣旨から逸れること、既存の寄附金控除制度と整合的でないこと、住民税の「応益原則」にもとること、低所得者と高所得者のあいだに不公平が生じること、返礼品競争を煽ること、寄附によって住民税が減少した地方自治体には地方交付税が交付されるが、これはほかの誰かの負担であることといった問題点があることも否めません。

● これらのメリット、デメリットを提示したうえで、大学1年生たちにふるさと納税制度に関する賛否を尋ねてみました。私が勤務しているのは今春開設された地域行政学科というところです。学生たちは、最初から地方行財政、NGO、地域づくりなどに関心を持って入学しています。その学生たちの回答はというと、反対43%に対し、賛成57%でした。賛成の趣旨は「問題はあるかもしれないが、地方の中小市町村の地域振興に役立っているから」というものでした。私は少しネガティブな説明をしたにもかかわらず、ほぼ6割の学生が賛成意見を示したことは意外でした。これは同制度が普及・浸透していることの証左かもしれないという事実は認めざるをえないにしても、私自身は同制度に依然として賛同しかねます。


メディア・リテラシー

2018-10-14 16:04:00 | トピック

● 休日の1冊は、藤原かずえ『「セクハラ」と「パワハラ」野党と「モラハラ」メディア』。著者はブロガーです。ブログでは、「数学と地質学と論理と歴史と京都とジャズとおバカ映画(笑)が大好きな女です」という自己紹介以外に素顔を明かしていません。ブログの文章は、きわめて緻密・明晰です。土木工学、統計学、論理学などに精通していることが分かります。私には土木工学・都市計画専攻で現在は被災地復興に関係している元同僚がいますが、どうやら著者は、その研究者の近傍にいたことがあるように想像されます。

● 著者が問題視しているのは、最近のマスメディアと野党のみならず、それに振り回される国民をも含めて、問題の矮小化という無責任な風潮。つまり、「社会システムに何かしらの欠陥や不祥事があると、野党とマスメディアがそれを政治利用し、政権のスケープゴートとなりうる人物をヒステリックに人格攻撃した上で、最終的に政権の責任を追及するというパターンが定着して」いること。ところが、「その追及が無理筋であることを国民が次第に理解してくると、すべてを放ったらかしにして次の問題に移って」いくといった状況です。

● たしかに、これらのことはみずから顧みて反省しなくてはなりません。著者によれば、「何か事があるたびに野党はブーメランを投げ、そのブーメランが野党に戻ってきます。絶望的なのは、野党が戻ってきたブーメランを永遠に投げ続けること」とも述べています。これでは救いようも救われようもないのですが、同書の締めくくりの言葉は、「この非生産的な繰り返しを終わらせるためには、国民が野党からブーメランを奪ってくるしか方法はありません」というもの。つまりは、私たちひとり一人がメディア・リテラシーを磨いていくしかなさそうです。


野党は強くなれるか?

2018-10-12 23:35:00 | トピック

● 移動の車中の1冊は、橋下徹『政権奪取論』。副題は「強い野党の作り方」。出版社は、『ルポ 橋下徹』と同じく、因縁浅からぬ朝日新聞出版です。

● 同書では安倍晋三内閣の政権運営の巧みさを評価する一方、森友・加計学園問題への対応の拙劣さや参議院定数是正問題を批判するとともに、地方分権改革をはじめとする統治システム改革と規制改革に消極的なことに苦言を呈しています。

● 政治家が価値観や政治的信条を有権者に押しつけるのはもはや時代遅れ。むしろ「将来利益」を重視した「政策マーケティング」に努めなくてはならない。国民のニーズを汲み上げて対応しようとする政治は「正しいポピュリズム」として評価すべき。新しい未来に向けた政治のキーワードは、「自由」「開かれた社会」「新しい技術」「ルール重視」。そういう強い野党をつくるためには、地方組織の足固めをしながら、まずは地方の首長と議会議員を増やしていくこと ── 著者の主張は明快です。地方をしっかりさせる地方分権改革を推進するためには、この著者のように少々荒っぽくても構想力のある政治家が待たれます。


国民栄誉賞授受のタイミング

2018-09-14 23:02:23 | トピック

● 米メジャーリーグに在籍しているイチロー選手は、2001年と2004年の2回にわたって、日本政府から打診された国民栄誉賞の授与を辞退しました。これは、「アンダーマイニング効果」への対応事例として紹介されています。つまり、外的報酬を与えられることで、もっと努力しようという内発的動機付けが損なわれることを忌避したからだとされます佐藤雅彦ほか『ヘンテコノミクス』)。

● その一方、忘れてならないのは国民栄誉賞の「外部効果」。実際、国民栄誉賞表彰規定によると、同賞は「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があったものについて、その栄誉を讃えることを目的とする」とされています。深刻な災害や痛ましい事件・事故が多発するなかで、国民栄誉賞のような話題は、人々を朗らかにしてくれます。最近では将棋の羽生善治氏と井山裕太氏、フィギュアスケートの羽生結弦選手に授与されました。

● で、大坂なおみ選手のことです。全米オープンで強豪を破ってグランドスラム達成というのは快挙、快事、偉業といってよいと思います。「次の世界大会で優勝すれば」といった条件を付けることなく、あるいは「自民党総裁選挙の期間中だから」といった事情に構うことなく、さらに「本人に日本国籍を選択してもらうため」といった打算などをすることなく、素直に授与すれば、素直に受け取って喜んでくれるでしょうし、これをみて人々も素直に嬉しくなるのではないでしょうか。


大坂なおみ効果

2018-09-12 00:08:00 | トピック

● それにしても大坂なおみ選手の強さは圧倒的でした。自然災害が続くなかで、勇気づけられる話題です。厳格すぎる審判と敏感に反応しすぎたセリーナ・ウィリアムズ選手の軋轢により、ひと騒動が持ち上がりましたが、これは大坂なおみ選手のせいではありません。経済誌の The Economist でも“Even without any help from the officials, the young star beat Serena Williams easily.”と賞賛しています。 

● 私は、高校時代にテニスを少しだけしていました。40歳台後半になって、健康維持のために再開しました。週1回テニススクールに通っています。若い人たちの足手まといになりかねませんので、そろそろ辞めようかと思いながらも、ときどきまぐれでそこそこのプレイができることもあって、ずるずる続けています。ところが職場の業務、学会大会、身内の事情などで、このところ休みがちでした。今日は夜間のクラスに振り替えて予約を取ろうとすると、2クラスとも満員。

● それで少し安堵した面もあります。ふだんは古ぼけたラケットバッグを抱えて出かけるのですが、今週はというと、初老の男がテニスの格好をして動き回るのは、どことなく気恥ずかしい思いがします。大坂なおみ選手の優勝を機に、あちこちでテニスへの関心が盛り上がっているようです。私もそのひとりと思われるのではないか、 と余計なことを考えてしまうからです。それはともかく、「テニスは1日を短くし、一生を長くする」のだとか(2011年6月25日付け日本経済新聞「春秋」)。迷惑を顧みず、もうしばらく続けてみようと思っています。これも大坂なおみ選手の活躍の余波なのかもしれません。


災害に resilient な社会

2018-09-06 22:30:33 | トピック

● 近年、各地で自然災害が多発しています。この3ヵ月ですら、大阪北部地震の余波が収まらないうちに、多数の死者をもたらした西日本豪雨に続いて、猛烈な台風21号が来襲したかと思えば、北海道南西部で震度7の地震が発生しました。ライフライン、道路、空港などに深刻な影響が出ています。これらをうけて、「インフラを強化すべき」という主張には反対すべくもありません。その一方、巨大で堅固な施設を建設したからといって、想像を超えた自然の猛威に打ち勝てるとはかぎりません。

● 物理的なインフラを補完するためにこそ、むしろ「社会的なインフラ」を強靱にする必要があると思います。たとえば、防災・減災に対するふだんからの準備であったり、災害が発生したときの相互の助け合いであったり、復旧・復興に向けた取り組みなどのことです。被災地において、そのような“Social capital”の息吹を見いだすことができるのは、悲惨な状況のなかでの救いといえます。

● ちょうど蒲田正樹『驚きの地方創生 限界集落が超☆元気になった理由』山口あゆみ『名古屋円頓寺商店街の奇跡』を読んだばかり。どちらも地方創生に関係しているのですが、地方創生には教科書などなく、ましてや国からいわれてするようなものではありません。高齢者だけの小さな集落であっても、シャッター通りと化した古い商店街であっても、ひととひとのつながりが生きている地域社会は、予想以上に resilient であることを教えてくれます。


政策対象のセグメンテーション

2018-07-16 22:50:00 | トピック

● 都道府県・市町村は、「まち・ひと・しごと創生総合戦略」を点検しながら推進しています。重点施策・事業として、女性の社会参加の促進や子育て支援を打ち出している地方自治体は多いと思います。このこと自体は評価すべきなのですが、気になる指摘に相次いで出くわしました。

● ひとつは前々回取り上げた八代尚宏『脱ポピュリズム国家』。1985年と2016年における女性の就業率を比較すると、いわゆる「M字型カーブ」が是正されて、就業率が全般に上昇しています。ところが、25~39歳の未婚女性の就業率は90%と高いのに対し、既婚女性の就業率は66%にとどまっています。この世代の就業率上昇の30%は未婚者によるものなので、「M字型カーブ」の是正によって保育需要が緩和されるという見通しは「余りにも楽観的」とされます。

● もうひとつは、吉川徹『日本の分断』。著者によると、「学歴分断社会」においては、「大卒夫婦に1人目を!」という政策と「非大卒夫婦に2人目3人目を!」という政策とは峻別する必要があるとのことです。たとえば「イクメン」や男性の育児休暇取得促進、保育園待機児童解消、時間外保育の充実などは主に前者を対象としているのに対し、児童手当や子どもの数に応じた所得税減免などは主に後者を対象としているようにみえるからです。

● 政策の対象を過度に細分化するのは公平性の点で望ましくない面があるかもしれません。けれども、政策の効率性や有効性の点からは意義のあることと考えられます。実際、地域によって住民の社会的・経済的背景はずいぶん異なるはずです。それらを反映した政策を供給するためにも、内閣府や首相官邸が過剰に関与するのではなく、地方自治体の発意と自主性にもっと委ねる必要があると思います。ついでにいえば、今回の西日本豪雨に対する政府の「プッシュ型支援」というのも、例によって家父長主義的すぎて気になるところです。


ポスト団塊ジュニア世代の覚悟

2018-07-05 22:22:22 | トピック

● 団塊世代が70歳台に移行つつつあります。団塊世代の人たちだって苦労したに違いありません。とはいうものの、「明日は今日より必ずよくなる」という時代を経験している点で、その後の世代に比べて恵まれているのではないでしょうか。原田泰・鈴木準『2007年団塊定年』(2006年)によると、団塊世代というのは「戦後の日本型雇用慣行を完全に歩んだ“最初で最後の世代”であり、悪くない退職金を受け取る見込み」だそうです(すでに過去形で表現すべきでしょうが)

● もう10年以上も前のことです。そのような団塊世代に対する問題提起が相次いで提示されました。たとえば荷宮和子『若者はなぜ怒らなくなったのか』(2003年)。1963年生まれの著者は、団塊ジュニアが怒るべきときに怒らないのは親の団塊世代が優柔不断だからだと怒っています。あるいは立木信『世代間最終戦争』(2006年)。同じく1963年生まれです。著書の題目も物騒なら、「少老化政策」という提案はさらに過激です。両人は団塊世代と団塊ジュニアにはさまれた「くびれ世代」に当たりますが、これに続くのが団塊ジュニア。たとえば城繁幸『若者はなぜ3年で辞めるのか?』(2006年)。1973年生まれの著者は、年功序列に代表される「昭和的価値観」が崩壊したにもかかわらず、それを取り繕うとしたせいで若者にツケが回されていることを憤慨するとともに、若者が「昭和的価値観」に惑わされないよう奮起を促しています。

● では、団塊ジュニア以降の世代についてはどうかと思っていたら、このほど宇佐美典也『逃げられない世代』(2018年)が刊行されました。「逃げられない世代」というのは、1979~1998年生まれの世代のこととされます。著者自身1981年生まれです。団塊ジュニアまでは人口の「塊」があり、問題を先送りしても受け止めてもらえたけれども、団塊ジュニアが高齢者の仲間入りをする2030年代後半になると、人口が急速にしぼみ込んでしまいます。そのため社会保障制度のような世代間にまたがる問題については、先送りしようにも先送りすることができません。しかも国際環境の変化に伴い、やはり先送りにしてきた日本の安全保障問題を根本から立て直さなくてはいけない時期と重なるとのこと。同著は、これらの問題に敢然と、いやむしろ否応なしに立ち向かおうとする、ポスト団塊ジュニア世代の決意表明ともいえます。悲壮感すらします。

● となると、私のような団塊世代のすぐあとの「くびれかけ世代」に何ができるかといえば、さしあたり租税と社会保険料をきちんと納め、健康に留意しながら、公的年金の受給開始を遅らせることくらいでしょうか。そのほかに何ができるか──。同著は、少し冗長な箇所もあるのですが、どうにか逃げきれそうな世代にも逃げようにも逃げられそうもない世代にも、ぜひ読んで考えてもらいたい1冊だと思いました。