● 宮崎雅人『地域衰退』を読みました。事例や統計が豊富であり、行政関係者や地域づくり関係者にとっては参考になると思います。気になったのは、「基盤産業」に過度に依拠していること。基盤産業とは「地域外へ生産物を移出し、地域外から所得を得る産業」であり、端的には「稼ぐ力」のことです。「稼ぐ力」は、安倍晋三内閣が打ち出した「地方創生」の政策目標の筆頭に掲げられていました。
● 基盤産業が重要であることは間違いありません。ところが、それだけにとらわれていると、実効ある地域政策につながるか疑問です(これは、その後の「地方創生」についても同様です)。そもそもすべての地域で純移出がプラスになることはありえません。「ゼロ・サム」の問題だからです。このため同書の終盤になると、歯切れのよくない循環論的記述が目立ちます。すなわち、「地域衰退は基盤産業の衰退によって生じてきた」ため、新たな産業が必要であるが、従来のような政策誘導は望ましくないし、他地域の成功事例に安易に頼るべきではない。新たな産業の育成は容易ではないが、そのなかで農山村においては小水力発電が有望であり、基盤産業になりうるとしています。
● 小水力発電の勧めについてはどうでしょう。小規模な地域において相当程度のエネルギー自給は可能でしょうが、これを基盤産業にするには相当程度の担い手と資本とノウハウが必要と考えられます。そもそも固定価格買取制度などの政策誘導がなければ成立しにくいという弱みもあります。基盤産業説にのみこだわっていると、こういう隘路からなかなか抜け出せません(ついでにいえば、枝廣淳子『地元経済を創りなおす』 も同様です。地域所得の洩れを防ぐため、「移出力」の強化にとらわれ、地域間交易による住民福利の向上という視点が弱くなっています)。
● そこで参考になるのが、1951年の広島県で導入された「生産県構想」。これは当時の大原博夫・広島県知事の提唱によるもので、のちに池田勇人内閣の「所得倍増計画」にも影響を与えたといわれています。「消費県から生産県へ」というキャッチフレーズに示唆されるように、生産県構想のねらいは、ものづくりによる「移出力」の強化です。これが予想以上の成果を挙げたことは疑うべくもないのですが、それから70年後の現在、人口減少と高齢化が進展し、経済は成熟しています。であれば、もう一度「消費県」を見直し、「生産県」との両輪を構想すべきではないか。
● 2017年度の北海道の事例です。北海道の人口は47都道府県の第8位。一方、人口1人当たり県内総生産は第33位に転落します。実際、財貨・サービスの純移出入は2兆4,307億円のマイナスであり、ただでさえ少ない地域所得がダダ漏れしているようにみえます。県内供給力(県内純生産)は15兆4,192億円ですが、県内需要は17兆8,499億円です。超過需要を補うために、財貨・サービスの純移出入は2兆4,307億円の「赤字」になります。
● ところが、全部門における人口1人当たり県民可処分所得では第31位、うち家計部門に限れば第30位に浮上します。なぜかというと、全部門合計で3兆3,7276億円にのぼる道外からの所得が県民可処分所得を押し上げているからです。その内訳は、純所得(雇用者報酬、利子・配当、賃貸料)1,751億円、純経常移転(国・地方の財政移転、税・社会保険料)3兆1,976億円です。3兆3,7276億円から超過需要の2兆4,307億円を支払っても、なお9,420億円残ります。これが経常県外収支です。財貨・サービス収支は「赤字」でも、所得移転を考慮した経常県外収支は「黒字」です。地域所得はダダ漏れするどころか、余裕があるからこそ道外の財貨・サービスを購入できていると解釈することもできます。
● さらに注意すべきは、せっかくの「黒字」の流出です。北海道民が使えるお金は経常県外収支の9,420億円だけではありません。このほかに道外との資本収支(公共投資、贈与税・相続税など)が6,538億円のプラスです。両方を合計したいわば県外債権は1兆5,958億円になります。うち家計部門は1,391億円です。県外債権は、一般的語法での「預貯金」「投資」に当たりものであり、後年度の利子・配当や賃貸料を生み出してくれます。けれども、県外債権そのものは地域経済に広く恩恵をもたらしてくれるわけではありません。
● であれば、すぐそこにある「黒字」の一部を地域で消費することが考えられます。直截にいえば、比較的余裕のある高齢者に地域でお金を使ってほしいということです。お金を地域で循環させることで、新たな雇用が生まれ、付加価値と税収をもたらします。高齢者といっても、旧来のお年寄りを想定していては新たな産業は生まれません。この数年間のうちに65歳以上人口に占める戦後生まれが戦前生まれを追い抜きます。そういう変化に対応した「ひと」と「しごと」を呼び込んで、高齢者の高度な需要に応えなくてはなりません。『地域衰退』でも言及されているとおり、そのようなサービス業にとっては「密度の経済」が鍵になります。となると、「働き方」と「まちづくり」のあり方も変えていく必要があります。