語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【震災】原発>測定と除染 ~妊婦と子どもを守るために~

2011年09月17日 | 震災・原発事故
 児玉演説では発言時間は15分と限られたので、このたび改めて対策について述べる。

(1)放射性物質の「総量」で考える
 ある地域は安全か危険か避難すべきか、ある数量は安全か否か・・・・は、無用な神学論争だ。
 最先端の遺伝子研究に立てば、福島第一原発事故による放射能汚染への対応は、放出された放射性物質の「総量」で考えねばならない。熱量から概算すると広島型原爆の29.6個分、放射線量から概算すると20個分だ。
 これだけの大量の放射性物質が、広範囲にわたって、遠く静岡まで、大気や海水に撒き散らされ、土壌に降り注いだのだ。そして、これから大気、水、土、家畜、人体など自然界のあらゆる領域で、移動し、拡散し、濃縮され、循環していく。どう広がっていくか、予測しがたい。
 外部被曝と内部被曝の危険性を減らすには、除染し、適切な方法で処理し、封じこめるしかない。

(2)内部被曝の解明
 放射性物質が体内に入ると特定の場所に集まり、濃縮される。放射性ヨウ素131は甲状腺に、ストロンチウムは骨に。セシウムは腎臓から尿に分泌されるため尿管、膀胱の細胞が増殖性の変化を起こしやすくなる。同量の放射線をだす放射性物質なら、外部被曝より内部被曝のほうが人体への害は大きい。
 30年代から造影剤として使用されてきたトロトラスト(商品名)は、20~30年後、投与された人の25~30%に肝臓癌を引き起こした。トリウムの放射線がDNAのP53(DNAの修復や突然変異した細胞を自死させる)を変異させたのだ。
 チェルノブイリの高濃度汚染地域で事故後に膀胱癌が65%も増加したが、セシウム137によるP53の変異と15年にわたる慢性の低線量被曝による細胞の活性化が重要であることがわかった(福島昭治・バイオアッセイ研究センター所長)。
 21世紀に入り、ヒトの30億塩基対のゲノムが解読され、遺伝子研究が飛躍的に進んだ。「低線量放射線」による内部被曝のメカニズムがかなり明確にわかってきた。
 チェルノブイリで見られた子どもの甲状腺癌では、RET遺伝子が変異すると活性化され、さらにもう一つの遺伝子が変異すると暴走して癌になる(遺伝子解析による証明)。
 それだけでは放射線障害が原因とは言いきれなかったが、06年、ヒトゲノム全体で遺伝子の数を確かめる方法ができた(東大先端研の油谷浩幸教授・石川俊平准教授らのグループ)。11年6月には、被爆者では染色体7q11のコピーが増加することが分かった(ロンドンのハマースミス病院のウンガー博士ら)。被曝の足跡がDNAに残る可能性が初めて確認された。
 なお、07年、放射線があたってDNAが切断されると2コピーが3コピーになる現象(パリンドローム仮設)は、ヒトの細胞でも起こることが証明されている(クリーブランド・クリニックの田中尚博士)。

(3)妊婦と子どもの被曝
 放射線に最も弱いのは、最も早く成長している妊婦の胎内の胎児であり子どもだ。
 東北、関東、四国で11年5月18日から6月3日まで108人の母乳を調査したところ、福島県在住の7人の母親から1リットル当たり1.9から13.1Bqのセシウムが検出された。福島県は、15年かけて増殖性膀胱炎を引き起こしたチェルノブイリ周辺と同等の放射能汚染のレベルにある(推定)。
 巷間では100mSv以下の「低線量被曝」が健康被害をもたらすか否か、というあまり意味のない議論が展開されている。これまで遺伝子への影響はきちんと検査できなかたので「確率的影響」でみるしかなかった。しかし、閾値は一律に議論しても意味がない。<例>甲状腺に濃縮されるのか、膀胱の細胞が被曝するかで違う。
 特定の部位のDNAの損傷を繰り返せば、それはほぼ確実に癌を発生させる。チェルノブイリの子どもの甲状腺癌の増加と消失の歴史【注1】は、放射線の影響を受けやすい人がいることをはっきり示した。だから、  
 (a)政府と国民は内部被曝は少なければ少ないほどいい、という考えに立つべきだ。
 (b)受動的な姿勢(<例>この数値以上は危険だ、いやここまでなら大丈夫だ)では被曝の防護に限界がある。
 (c)能動的・積極的な放射能防護計画のため、今こそ政府と国民は総力を結集すべきだ。具体的には「測定」と「除染」だ。大量に撒き散らされた放射性物質の「総量」を減らし、できるだけ身の回りの放射線レベルを下げるための除染が、今とるべき最善の方法だ。

(4)測定と除染
 (a)食品検査・・・・わずかなガンマ線を感知し、モニター画像に可視化する最新鋭のBGO検出器を用いた高性能イメージング機器を開発し、食品検査に投入すべきだ。空港の持ち物検査をするように流れ作業で大量の食品を検査する機器は、3ヵ月もあれば開発できる(北村圭司・島津製作所)。政府の初動が早ければ、すべての食品を検査できる体制がすでに整っていたはずだ。
 (b)「緊急除染」・・・・妊婦と子どもが日常的に生活する場を中心に、高線量ホットスポットを発見し、それを細かく丁寧に除染する。新たな被曝を避けるために、必ず専門家の指導の下で。各地方自治体に「コールセンター」と「すぐやる課」を作る。
 (c)「恒久的除染」・・・・計画を政府と地方自治体の協力を得て、住民が中心となって作りあげ、着実に実行する。
 (d)放射能汚染地図・・・・ヘリコプターを使って放射線測定をし、詳細な放射能汚染地図を作る。ヤマハの無人ヘリシステムを使って高度15mから精密なマップを作る技術が開発されている(鳥居建男博士ら・日本原子力研究開発機構)。家屋ごと、家屋周辺の状況の綿密で徹底的な調査が必要だ。
 (e)選択肢の提示・・・・除染の効果、リスク、コストを住民に説明する。国・地方自治体が住民と、どこまで放射線量を落とすのが望ましいかを話し合い、そのためにはどのような除染の方法があるのか、それぞれの経済的なコストと効果を示した上で提案する【注2】。

(5)体制づくり
 (a)(4)-(e)のために各地に除染研究センターを創設する。日本の民間企業は、除染のさまざまなノウハウをもって世界で活躍している。しかし、政府と企業の連携がうまくとれていないので、民間のノウハウはまったく生かされていない。 
 (b)除染するなら、放射性汚染物の保管場所を非常に多くの地域に作らねばならない。通常の土壌汚染は線量が低いから、セシウムが粘土(ケイ酸塩の層状構造)に非常に強く結合して離れない性質を利用して、埋め立てるのが一番だ。自治体ごとに3層構造の人工バリアを備えた中規模の低レベル保管場所を地区ごとに公平に作る。津波に備えて新たに作られる盛り土堤防を使うのも一法だ。
 (c)除染計画の策定には高い信頼性が求められる。清新で信頼されるベスト&ブライテストの人材を集めて除染委員会を作る。大規模で巨額の国費を要する除染計画には、国民的な理解と同意が必要だし、除染作業を巨大な利権事業にしてはならないからだ。
 (d)現行法は、少量で高濃度の放射性物質の取り扱いを想定していた。今のように大量の放射性物質が広範囲に拡散してしまった状況はまったく想定していない。汚染土の運搬、保管にしても、除染活動を根拠づける法律がない。現状に対応した法体系を早急に整備しなくてはならない。
 法律を作るにあたって最も大事なのは、住民主体で除染計画を選択できるようにすることだ。
 最もやってはいけないのは、危険/安全という二分法による「強制収用」や「強制借り上げ」だ。もう一方では、「この線量なら安全だから何もしない」という放置だ。いずれも、まだら状で細かく絶えず変化している汚染をきちんと測定し、的確に除染して再生していくことを試みない、という点で共通する。

 【注1】0歳から20歳までの甲状腺癌の患者数は、95年ごろをピークに、04年ごろに事故以前の水準に戻った。WHOによって、事故との因果関係が承認された。【児玉教授】
 【注2】放射性物質を吸収する植物を植えて除染するのが一番安上がりだが、ひまわりの効果は小さい【注3】。アマランサスという植物が最も有効だ。【児玉教授】
 【注3】記事「ヒマワリ除染、効果ありませんでした… (読売新聞)」(2011年9月15日9時9分 楽天ニュース)

 以上、児玉龍彦「除染せよ、一刻も早く」(「文藝春秋」2011年10月特別号)に拠る。
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