語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【社会】「自立」をめざすブラック社会

2015年01月05日 | 社会
 小沢一郎『日本改造論』から20年余、日本社会で最も声高に叫ばれてきた言葉の一つは「自立」だろう。同書において、個人の自立がなければ、民主的な社会の形成、国家としての自立が成し遂げられないのだ、と唱えられ、自己責任を自覚する意識改革こそが最重要の課題だとされた。
 イラク日本人人質事件(2004年)を機に、日本社会において自己責任原則が随分浸透した感がある。だが、それによって民主的な社会が形成されたとは到底言い得ないし、対米従属はますます強まっている。いまもなお、相変わらず「自立」が叫ばれ続けている。

  1999年頃 「パラサイト・シングル」の流行語化
  2000年  ホームレス自立支援事業開始
  2006年  障害者自立支援法
  2009年頃 「脱官僚依存」
 一貫して依存の否定と自立の推進が叫ばれ、第二次安倍政権下においてますますその勢いは増すばかりだ。

 その最たるものが、生活保護法改正だ。
 生活保護法の目的として書かれた「自立の助長」とは別の文脈、つまり世紀の変わり目ごろから進む社会保障の「自立支援」化の一環として、2005年の厚労省通知において、生活保護受給者を「自立に向けて克服すべき何らかの課題を抱えているもの」として定義しなおし、就労自立、日常生活自立、社会生活自立の3分類のもとに自立支援プログラムの基本方針を示した。

 「自立支援」化は、その典型を障害者自立支援法に見ることができる。上野千鶴子のいわゆる当事者主権ではなく、官僚主義的・父権主義的な福祉でもなく、事実存在するニーズに基づく自立が謳われたことには意義がある。しかし、実際に起きたことは、事実的なニーズの重視というよりは、自立の規範化だった。障害者は自立をめざす主体として負担増を背負うことになった。

 2014年7月の生活保護法改正において、新たに、福祉事務所による求職活動調査などが認められるようになったことは、この文脈で捉えることができる。
 問題なのは、求職活動調査が適正に行われる保証がなく、本気かどうか無限に疑い得ることを勘案すれば、調査の視線が経済的な自立をむしろ阻害する危険性が高いことだ。

 ここに「自立」の落とし穴がある。自立の望ましさを否定する人は少ないだろう。だが、繰り返し叫ばれる中、この語のニュアンスが日本社会において変化していることを多くの人は気づいていない。
 古典的な自由主義の文脈において、この語は他者からの介入を容れない、多元的な生き方の出発点という意味内容を持ってきた。
 しかし、今では、めざすべきものとしての規範性を帯び、画一的到達点として叫ばれている。そして、それが何故望ましいかを訊くことは滅多に無いのだ。
 
 生活保護法において、「自立」はあくまでめざすべき規範的到達点であるがゆえに具体的な意味内容に乏しい。
 調査の視点にさらされる中、本気でめざしていることを証明するには、文字どおり無限の努力が要求される。そして、いったん本気でないと目されるや否や、むしろ事実的な自立を阻害するスティグマを背負い続けなければならないのだ。
 
□伊多波宗周「「人間力」を問う非人間性への対抗 「自立」をめざすブラック社会」(「週刊金曜日」2014年12月12日号)
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