昨日は北日本の系列各社報道映像の会議。花巻の志戸平温泉に集合です。
いろいろ報告がありましたが、メインは当然岩手宮城内陸地震取材の報告。私たちの仕事もうまくはいったが、現地からの最初の生映像がちょっと他社より遅いとか、ヘリの絵をもっと早くほしかったとか、まあいろいろ言われはしました、反省。
懇親会もありました。
さすがに豪勢な夕食ですね。
散々議論、乾杯、入浴し、翌日はバスであそこに移動です。
一関市内、地震の爪あとがまだまだ生々しい国道342号線を今日も栗駒山に向かうのでした。日曜日とは反対側から。
毎日息を飲んで見ていた映像、市野々原地区の震災ダム。
国土交通省のカメラを発見しました。
衛星へのアップリンクのアンテナもあります。
樹木と共に崩落した土砂の辺りが、たぶん元の川の位置。
完全に磐井川が埋まってしまったようですね。
現在では土砂かあるいは以前の河岸を掘削して流道が確保されていますが、ごらんのようにダムは残っていますね。
私たちが使っているのと同類の機器がテント内に組み上げられています。
そしてさらに上流へ。
もちろん現在でも通行止めなんですが、地元局のアレンジで特別に入らせてもらいました。
見たいような見たくないようなあの場所。
祭畤まつるべ大橋です。
あの日、うちのカメラマンがヘリで現地に急行し、最初に飛び込んできた生の惨状がこの橋でした。
ちょうど地震の一年前に激走した橋。進行方向真正面が栗駒山なんです。
完全に落ちています。
鉄骨が捻じ曲がり、橋の手前の路面が手前の路面の上に数m戻され、せり上がっています。
どんな力が加わったのでしょうか。高度な技術で作られたのであろう、深くて高い橋。
涙が出てきそうな情景です。。
自然のパワーに比べたら、人間の力なんて、ちっぽけなものですね。
現在上流に仮の橋、迂回路が建設中ですが、まだこの上に住んでいた4家族が仮住居で生活しているそうです。
祭畤大橋はこのまま保存しようという声もあるとか。
いろいろ報告がありましたが、メインは当然岩手宮城内陸地震取材の報告。私たちの仕事もうまくはいったが、現地からの最初の生映像がちょっと他社より遅いとか、ヘリの絵をもっと早くほしかったとか、まあいろいろ言われはしました、反省。
懇親会もありました。
さすがに豪勢な夕食ですね。
散々議論、乾杯、入浴し、翌日はバスであそこに移動です。
一関市内、地震の爪あとがまだまだ生々しい国道342号線を今日も栗駒山に向かうのでした。日曜日とは反対側から。
毎日息を飲んで見ていた映像、市野々原地区の震災ダム。
国土交通省のカメラを発見しました。
衛星へのアップリンクのアンテナもあります。
樹木と共に崩落した土砂の辺りが、たぶん元の川の位置。
完全に磐井川が埋まってしまったようですね。
現在では土砂かあるいは以前の河岸を掘削して流道が確保されていますが、ごらんのようにダムは残っていますね。
私たちが使っているのと同類の機器がテント内に組み上げられています。
そしてさらに上流へ。
もちろん現在でも通行止めなんですが、地元局のアレンジで特別に入らせてもらいました。
見たいような見たくないようなあの場所。
祭畤まつるべ大橋です。
あの日、うちのカメラマンがヘリで現地に急行し、最初に飛び込んできた生の惨状がこの橋でした。
ちょうど地震の一年前に激走した橋。進行方向真正面が栗駒山なんです。
完全に落ちています。
鉄骨が捻じ曲がり、橋の手前の路面が手前の路面の上に数m戻され、せり上がっています。
どんな力が加わったのでしょうか。高度な技術で作られたのであろう、深くて高い橋。
涙が出てきそうな情景です。。
自然のパワーに比べたら、人間の力なんて、ちっぽけなものですね。
現在上流に仮の橋、迂回路が建設中ですが、まだこの上に住んでいた4家族が仮住居で生活しているそうです。
祭畤大橋はこのまま保存しようという声もあるとか。
何も震災当時と変わっていないのですね。作るのも大変な工事だったでしょうが、公共事業費はこういうところに集中的に使って欲しいものです。でもそうはうまくいかないのでしょうね。せつねぇな!
ここに行くまで何箇所かあった崩落は土砂が取り除かれて車両がここまで入れるようになっています。取り除けないところもあるんですが、迂回路が出来てもいます。
公共事業費と売っても岩手県も一関市もそんなにお金はないんですよ。
たぶん冬になったらどうせ通行止めになる道だし。なんて考えてる人もいるかもしれません。
今更ながら、自然災害とは凄いものですね・・・
人間なんてちっぽけなものですね・・・
災害に遭われた人たちはどんなにか、焦りいらいらしている事でしょう・・この現状を続けて報道していくことが大事な事でしょうね、忘れない為にも。
決して他人事ではないですね!