“マジックアワー”
マジックアワーとは映画の専門用語で夕暮れのほんの一瞬のこと。太陽が地平線の向こうに落ちてから光が完全に無くなるまでの僅かな時間は、光源となる太陽が姿を消しているため自然環境としては限りなく影の無い風景が作り出され、カメラを回すと幻想的な画が撮れると言われているそうだ。“一日のうちで世界が最も美しく見える時間”とも言われている。
今日はそのマジックアワーでの撮影だ・・・なんて・・・恰好つけて書いてしまったが、実は私が信濃屋さんに伺う時間が普段より大幅に遅れてしまったため、撮影が黄昏時になってしまったのだ。
この日の白井さんは明るい色づかいのジャケットスタイル。本来なら日差しの下での撮影が最も望ましかった。しかし“瓢箪から駒”か、これはこれでなかなか良い画が撮れたような気がするのだ。もちろん、それは“白井さんだから”なのも言うまでも無い。
キャメル色の、ちょっと果物の枇杷にもに似た色のジャケットはイザイア(伊)。
『生地が何だか判る?』
白井さんからのなぞかけだ。さて、目を凝らして生地を見つめてみるが一向に見当が付かない。コットン?いやいや皺の入り方がまるで違うぞ(汗)。
白井さん 『これも平織りのカシミア。』
私 『くぅ~さっぱり判りませんでした(汗)。』
白井さん 『それ(判らないの)が良いんだよ(笑)。』
私 『やっぱり着心地は軽いんですか?』
白井さん 『着てみればいいじゃぁ。』
白井さんは惜しげもなくジャケットを脱いで私に貸してくださった。白井さん曰く、平織りのカシミアはなかなか無い素材、とのことなのでこれは貴重な経験。当然、着心地は軽く、柔らかいカシミア生地が身体に吸い付いてくる感じだった。
更に、今回のジャケットは“un-constructed”、裏地や肩パッドなどを省いた軽量仕立て、所謂“アンコン”ジャケットだ。それ故、カシミアの軽さ柔らかさをまるで“カーディガンを羽織るように”(白井さん談)身体に感じた。白井さんは夏でも裏地の付いた上着をお召しになることが殆ど、と私は予てから伺っている。今回の更新は希少な回となるだろう。
パンツはコットンに少しリネンが混紡した素材のもの(タイ・ユア・タイ)。もちろん彼の地(伊)での購入とのこと。今日のパンツの色は、白井さんがこれまでご披露してくださったパンツの中で最も純白に近い。
コンビネーション・シューズは、 『SOLARO』の回でご紹介したキャップトウと同じく、日比谷の三信ビルに在った靴屋『ウォーカー』で購入されたもので、なんと“ナイロンメッシュ”と揉み革(カーフ)のコンビだ。やはり素材が素材なだけに“出番は夏”ということで、今回は久しぶりの登場とのこと。
『久しぶりだから洗濯してきたよ。』
と仰っていた(笑)。因みに、白井さんが常々仰っていることだが、靴を長持ちさせる秘訣の一つは“履くこと”なのだそうだ。
前回の補足を一点。名パターンナー、ケッキーノ・フォンティコリ氏についてですが、現在、氏はブリオーニに在籍はされていません。このくだりの私の記述が曖昧だったのを白井さんが心配されてご指摘下さいました。もしかしたら誤解を招いたかもしれませんので関係各位にお詫びを申し上げます。申し訳ありませんでした。
さて、『まだ3日目くらいだよ。』とのことだったのであまり目立たないが、この日の白井さんは顎鬚を蓄えておられた。私はもちろん初めて拝見したのだが、いつものピシッとした白井さんとは少し違う、ちょっぴり翳のある、浮世とは少し離れた所に居る紳士、そんな雰囲気だった。