ひと日記

お気に入りのモノ・ヒト・コト・場所について超マイペースで綴ります。

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Glen plaid suit

2011-12-02 18:47:18 | 白井さん


  2011年師走。横浜は、冷たい雨とともにようやく冬の訪れを迎えたようです。

  先月、白井さんの着こなしを約一年ぶりに撮影させていただきました。

  紳士服をこよなく愛する皆様、お久しぶりでございます(笑)。是非ご堪能ください(笑)



  今回はグレンチェックのDBスリーピース。なんとも味のある色柄。だが同時に着る人を選ぶ

 ハイレベルな素材という印象も受ける。男の服の世界ではこんな言葉があるそうだ。曰く、

  “柄もののスーツを着こなせたならば、その男は一流である。”

  白井さんはその難しい服をいとも容易く“ふわり”と着る。小物もさりげなく、また、よく主

 に仕えている。

  “自在の境地”に居られる白井さんならではの着こなし。



  昨年末を最後に、ずっと更新をしていなかったにもかかわらず、当ブログには今なお毎日数百

 名の方からのアクセスがあります。皆様ありがとうございます。ですが、かく云う私もその中の

 一人。

  『昨年の今頃、白井さんはどんな着こなしをされていたのだろう?』

 と、季節の移ろいに合わせた色使いや素材選び、組み合わせ方を学ばせていただきながら、自分

 の着こなしを磨く糧としていますが、白井さんの着こなしを、ただなんとなく頭をカラッポにし

 て眺めているだけでも、なんだか自然とお洒落上手になっている気がしてくるから不思議です

 (笑)。



  残念ながら今年は今回が最初で最後の更新になりそうです。ですが、今年は信濃屋さんのホー

 ムページ“SHINANOYA STYLE”で白井さんの着こなしが頻繁に紹介されており、私も多くの皆さん

 同様、毎回ワクワクしながら更新を待ちわびています。

  あ!明日12月3日は白井さんの御誕生日ですね(笑)

  “ワン・ツー・スリー”と憶えてください(笑)

  ブログ上で失礼とは思いますが、白井さん、おめでとうございます!

 

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SHIRAI STYLE

2010-12-31 21:27:51 | 白井さん


 『おしゃれに関して、どんなこだわりがありますか、とよく聞かれるのですが、ちょっと答えに窮してしまいます。私はこれまでずっと、自分がいいと思うもの、その感じる心を大切にしてきました。あえて言うのなら、長く愛着を持って着られる服ということでしょうか。そうなると自然と、ベーシックなフォルムで、仕立てや素材にクォリティの高さが感じられ、それでいて着る人の個性をキラリと主張する、そんな洋服に惹かれるのです。

 私はこれまで、紳士服というものに、一方ならぬ情熱を注いできました。それは持って生まれた性分かも知れませんし、育った土地柄や、時代、あるいは信濃屋との出会いが、私の人生をそのように導いたともいえるでしょう。

 私は1937年に生まれ、小学2年生で終戦を迎えました。疎開先から戻った生まれ故郷の横浜は焦土と化していました。そんななにもない時代に、本牧を闊歩するアメリカ兵たちの、オリーブグリーンの軍の制服が、私の目にはたいへん印象的に映りました。子供心には敗戦国の負い目や敵国という意識はなく、ただ単純にアメリカ兵のカッコ良さが胸に染みたのでした。

 それから中学、高校時代になると、さらにアメリカは未知なる憧れとなり、映画で見るシカゴのギャングのちょっと悪だけれどエレガンスなファッションに心ときめき、伊勢佐木町を流れるカントリー&ウエスタンと闊歩するアメリカ兵を羨望し、その魅惑的な空気が私のファッションへの興味へとつながっていきました。

 高校を卒業して東京の学校でデザインの勉強をしていた頃、アルバイトで働くようになったのが、信濃屋との出会い。この店の魅力に取り付かれてそのまま社員となり、今日まで年月を重ねています。』

 

 『横浜の信濃屋といえば、当時から老舗の洋品店として知られ、政治家から映画関係者まで、お客様はそれこそファッションに目ききの一家言お持ちの方ばかり。店で扱う商品も、それぞれにこだわりのある一級品ですから、二十歳そこそこの若造が簡単に売れるような代物ではありません。最初は「商品がわからないのに、お客様に売るな」と先代の社長に言われて雑用ばかり。でも、せっかく信濃屋で働いているのに、自分で商品が売れないのでは面白くないでしょう。そこで自分なりにもっと勉強をしようと、アメリカの「メンズウェア」など外国のファッション雑誌を買い求めては、いつも知識を貯えていました。英語はそれほど得意ではありませんが、ファッション用語だけはしっかりと頭にはいったものです。もちろん日本でそんな言葉を使っても、誰も知らないような時代ではありましたが……。こうして私がお客様に商品を直接売るまでには10年かかりました。

 ただ、店員として恥ずかしくない知識はあっても、その上をいくお客様がいらっしゃるのが、ここ信濃屋の老舗たる所以でしょうか。こんな思い出があります。

 いつもとてもダンディな着こなしをされていて、フラリと立ち寄られては、サッと好みのものを買っていく。それがまた、私たちをうならせるような品選びをする方がいらっしゃいました。ある日その方が麻のスーツをお求めになられたのですが、そのときに私に向かって「白井君、麻のスーツというのはね、3年くらい着こまないと、本当の麻の良さが出ないんだよ。だから3年目の味わいを出すために、最初の2年間はムダに着るわけだよ」とおっしゃられた。私はこの言葉を聞いて、自分の装いを楽しむゆとりや豊かさ、しゃれ心とはなにかを教えられたと思いました。』



 『ファッションに関する情報も、昔とは違いとても豊富になっていますから、最近のお客様は、スーツなどを選ぶとき、ブランド名や、値段をその基準にされる方が多いのは当然のことでしょう。しかし私はまず、その商品そのものを純粋な気持ちで見ていただきたいと思っています。デザイナーの名前や値段にとらわれるのではなく、自分の気持ちに触れるものをぜひ手にとって欲しい。

 仕立てのよさ、素材の良さも含めて、本当にいいものには人を惹きつける輝きがあります。その魅力があなたの心に共鳴するような、そんな出会いをしていただきたいと思います。』~信濃屋HP“白井俊夫のおしゃれ談義”より~











 今日は2010年の大晦日。私にとって、この一年は、“白井さん”に明け、“白井さん”に暮れる一年になりました。このブログ“白井さん”の最終回、タイトルは、やはりこれを措いて他にありませんでした。

 “SHIRAI STYLE”

 でも、今更私がここで何を言うことがありましょう。私が“白井流”について語るなんて、そんなことは天地がひっくり返っても不可能ですし、もう既に白井さんご自身が、冒頭に引用させていただいた、信濃屋さんのHP“白井俊夫のおしゃれ談義”において簡潔に纏められているのですから。思い返せば、この一年間は、“冒頭の一文”で白井さんが語られていたことを、私自身の耳目で確認する一年間だったのかもしれません。そして、一年が過ぎた今、自信を持ってはっきりこう言うことができます。白井さんの言葉は紛れも無く全てが真実でした、と。

 文中で白井さんは、

 “私はこれまでずっと、自分がいいと思うもの、その感じる心を大切にしてきました。”

 と、ご自身についてそう言います。私が見た白井さんもやはりその通りの方。白井さんは本当にご自身の心に正直な方でした。

 “正直”という徳目は、人が人の世を生きていく上で最上位に位置づけられている規範の一つですが、同時に、人が人の世を生きていく上でこれほど実践し難い規範もまた無いのではないでしょうか。何故なら、人が自分の心に“正直”であるには余程の“覚悟”と“勇気”も必要とされるからです。

 “白井流”が多くの人を魅了するのは、その堅牢な服飾理論、その類稀な美的感覚は勿論のこと、そのスタイルの根底に在る“覚悟”と“勇気”に人々が共感と羨望を感じるからなのかもしれません。もちろん、それは飽くまで私の勝手な意見ですが(笑)。
 
 最終回が近づくにつれ、私の筆が少し変っていたのを白井さんは見逃していませんでした。

 白井さん  『ここのところは好きなことばかり書いてるね。』

 私     『うっ、申し訳ありません(汗)。』

 白井さん  『ふふ、それでいいんだよ(笑)。』

 白井さんを知れば知るほど、端から見れば何気ない言葉のやり取りにも、私はそこに深い意味を感じることがたくさんありました。いつしかこのブログは、私にとって“着こなしブログ”という枠をとうに超え、“人生勉強”そのものになっていました。
 
 12月25日に最後の撮影を終えた後は、なんだか心にポッカリ穴が開いてしまったような寂しい気持ちになりましたが、ここ数日かけて、一年間の全ての記事を読み返してみました。粗ばかりが目立ち、どうしてもっと上手くできなかったのだろうと後悔の念も込み上げてきましたが、私にできる範囲のことは全てやりきったつもりですので、清々しい気分もあり、今はちょっと複雑な心境です。

 このブログをご高覧いただいた皆様、支えてくださった多くの方々、信濃屋の皆様には深く感謝しつつ筆を置きたいと思います。皆様、本当にありがとうございました(笑)。そして、白井さん・・・。

 撮影最終日は、本来ならきちんと白井さんにお礼を申し上げなければならないのに、何だか面と向って言うのは恥ずかしくて、そこで完全に終わりを迎えてしまうことが何故か切なくて、“良いお年を”のご挨拶もそこそこに、私は逃げるように信濃屋さんを急ぎ足で退散してしまいました。ただ、それではあまりに無礼極まりないのは承知のこと。電車を降り、家に向う道すがら、私は白井さんの携帯に電話を入れました。

 私、    『白井さん、一年間、本当にありがとうございました。』

 白井さん、 『はいはい、お疲れさまでした。』

 私、    『あれ~?白井さん今“お疲れさま”って仰いましたよ??』

 実は、白井さんは近頃よく、

 『最近の人はよく“オツカレサマ~”って言うでしょ。あれは嫌だね~芸能人じゃないんだからさ!普通に“さようなら”でいいのに。』

 と仰っていて、え~!その白井さんが??と、大事な最後のお礼の電話にもかかわらず突っ込んでしまいました(汗)。最後の最後まで言わでものことを口走る無礼にもかかわらず、白井さんは、

 『いいんだよ、こういう時は(笑)。お疲れさま。』

 そう静かに仰ってくれました。このブログを始めた当初は近づき難い“不世出の洒落者”だった白井さんは、ふと気が付けば、いつしか私にとってかけがいの無い“人生の先輩”になってくださっていました。もしかしたらそれは、私にとっての、このブログを続けてきたことへの“最高のご褒美”だったのかもしれません。

 白井さん、ありがとうございました。心から感謝しています。

 では、皆様、よいお年を!

                    Dec. 31st 2010  END
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Merry Christmas in YOKOHAMA

2010-12-25 04:00:00 | 白井さん














 『白井さんの魅力って何だと思いますか?』

 先日の信濃屋さんのクリスマスパーティーで初めてお会いしたO様は私にそう訊ねられました。

 O様は以前、信濃屋さんのスタッフとして白井さんと共に働かれていた淑女。当日、信濃屋さんのPCからこのブログを初めてご覧になり、私に親しくお声をかけてくださいました。とても快活な方で、パーティー会場ではデジタルムーヴィーカメラを片手に、カントリーを歌う白井さんの姿を中心に、ゲストの皆さんの楽しげな雰囲気を積極的にカメラに収めておられました。

 不意な質問にぐずぐずしながら答えに窮していた私に、О様はたった一言、

 『私は、白井さんって“横浜の魅力そのもの”だと思うんですよ(笑)。』

 と仰っていました。単刀直入でありながら女性らしい詩的な表現に、私も“まさにその通りです!”と、思わず快哉を叫んでいました。

 
 
 “横浜の魅力”・・・。

 東京に次ぐ有数の大都市でありながら、都市としての歩みは150年あまりと比較的新しく、尚且つその歴史は極めて独特で、個性的な発展を遂げてきた街・横浜。その中でも“開国”と“占領”という2つの歴史的な出来事と、それらをもたらした“西洋文明”は、今も昔も“港街横浜”と密接な関係にあるでしょう。船による海外渡航が一般的だった時代は言うに及ばず、羽田空港ハブ化の話題で賑わう現代でも、横浜港は我が国の輸出入最大の“窓口”であり続けています。日本の近現代史において、戦前も戦後も海外からの“新奇なもの”の多くが横浜から陸揚げされてきたのです。

 白井さんが海外へ仕入れに赴かれると、取引先の外国の方は日本に対する先入観からか、信濃屋さんの所在地を“TOKYO”と勘違いされることが時折あったそうです。もちろんその都度、

 『“YOKOHAMA”だよ。』

 と、白井さんは訂正されたそうですが、そう私に話された時の白井さんの語調はいつもより少し強めで、私は白井さんの中にある、横浜は日本における世界の窓“YOKOHAMA”であるという気概、そして生まれ故郷に対する“誇り”を感じました。

 我がふるさとを誇る心は大なり小なり、誰にでも在ることながら、横浜っ子のプライドを支える精神の中には、新奇なものを常に最初に受け入れてきた人々が培ってきた“進取の精神”と、それら受け入れたものを咀嚼し独自の文化に昇華させてきた“ものづくりの精神”があるのではないでしょうか。小さな日本刀を駆使し銀器に絵や文字を彫り込む技で山手の外国人を唸らせた刀彫り職人、独学で本家英国をも凌ぐ傘を作り続けてきた傘職人、白井さんが古くから愛用してきた横浜メイドのシャツは白井さんと共に海を渡り、その繊細で確かな技術はイタリーのシャツ職人の見本となりました。

 『私はこれまで、紳士服というものに、一方ならぬ情熱を注いできました。それは持って生まれた性分かも知れませんし、育った土地柄や、時代、あるいは信濃屋との出会いが、私の人生をそのように導いたともいえるでしょう。』(信濃屋HP“白井俊夫のおしゃれ談義”より

 横浜が百数十年に渡って醸成してきた“進取の精神”と“ものづくりの精神”は白井さんの中にも濃厚に存在し、それらは白井さんが仕入れや開発に携わってこられた品々において顕れ、その着こなしにおいて結実しています。

 白井さんは私に度々こう仰ることがありました。

 『何にでも関心を持たないとだめ。いつでもよく見てないと。』

 いつもと違う風景、色、形、匂い、肌触り、音、感覚を通して伝わる情報を、そしてそれを感じる心を大切にしなさい、と。何故なら“男の装いは心に共鳴する一着との出会いから始まる”(白井さん談)からではないでしょうか。

 筆が少々大袈裟でとりとめの無いものになってしまいました。やはり私如きには横浜の魅力を語ることは荷が重すぎたようですし、白井さんの魅力についてもまた然りです。もっとゆっくり時間をかけて少しずつわかっていくこと、なんだと思います。

 そして横浜は、昔も今も数多くの人や物が交錯する“出会いの街”。昨年末より続けさせていただいた“白井さん”はいよいよ次回が最終回となります。更新は12月31日を予定しています。このブログを通じて私に多くの出会いを与えてくださった横浜の街、信濃屋さん、支えてくださった皆様、そして白井さんにたくさんの感謝を込めて、
 
 Best wishes for your Merry Christmas !


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Camel hair Polo coat

2010-12-23 04:00:00 | 白井さん










 『今はオーバーコートはお洒落着だから・・・』

 以前、白井さんは私にそう仰ったことがありました。

 帽子がそうであったように、かつて男にとってオーバーコートはお洒落以前に冬の必需品でした。が、今は室内のみならず、電車、自動車、飛行機の中と、外を歩くとき以外は完璧な空調が整えられ、次第に着る人が少なくなりつつあるようです。

 地球温暖化の影響も少なくはないようです。今からほんの30数年前、私が子供だった頃でも、冬は今よりももっと寒くて、街往く人々はたいがい重たい厚手のコートを着ていたような覚えがあります。雪が深々と降りしきる年末、毛糸の手袋と帽子を嵌めさせられ、首にはやはり毛糸のマフラーをぐるぐる巻きにされ、厚手のスウェーターの上にメルトンのダッフルで着脹れし、年越しの買い物に忙しい母に手を引かれ、白い息を吐きながら足早に歩く私の姿もまた、今ではもう遠い記憶の彼方で霞んでいます。雪が降らなくなった21世紀のクリスマスでは、サンタクロースも軽いハイテク素材に身を包んで子供達にプレゼントを運んでいるかもしれません・・・。

 ただ、それでも毎年冬が近づくと、オーバーコートに袖を通す日を待ち焦がれてしまうのは何故なのでしょう。

 目深に被った帽子の鍔影、襟元にゆったりと巻かれたマフラーの感触とドレープが生む陰影、杖をぎゅっと握りしめた革手袋の音と匂い、冷たく乾いた空気を伝い街路に鳴り響く硬い靴音、足元から伸びる灰色の影が映し出す幅広い両肩と大きな背中、重厚なシルエット・・・どんなに時代が変ろうとも、やはりオーバーコートを纏った男にはこの上なくエレガントな雰囲気が漂います。

 “OVERCOAT STYLE”が男のお洒落心を魅了し続けるのは、そのエレガントなスタイルが一年の内の僅かな時間にだけ許される“大人の男の特権”だからなのかもしれません。

 年末まであと僅かとなったこの時期、遂にこの項“白井さん”のタイトルにその名を冠する日がやってきました。“ポロコート”の登場!そして“コート5点セット”で“完全装備”の白井さんです(笑)。

 

 さて、この日の白井さんはたいへんご多忙でしたが、信濃屋顧客列伝中のお一人で、アメリカントラッドならこの方に聞け!というくらいの大のアメトラ通であられるT様が私のお相手をしてくださり、たいへん有意義な時間を過ごせました(笑)。T様、今度人形町行ってみます!

 え~我が家のPCがこの一年間撮り貯めた“白井さん”の画像で遂にパンクしました!前回から仕方なく近所のネットカフェから写真をアップしたところ、これぞまさに不幸中の幸い!我が家のPCより高性能な画像処理ソフトのお陰でこれまでよりもより大きく鮮明な画像をお届けできることを発見!今回からはオール“どアップ”の白井さん画像をお届けいたします(笑)。

 今季初のオーバーコートには“やはり”この“キャメルのポロコート”を選ばれた白井さん。実は密かに私が予想していた通りでした。何故そう予想したかというと、これは当然私の勝手な当て推量ですが、白井さんは“キャメルのポロコート”が一番のお気に入りなのではないかな?と、故に今季の一番に選ばれるのではないかな?と考えたからです。

 そう考えた根拠も一つあるにはあるのです。昨年末、このブログ“白井さん”の連載を始めたその第1回目のお帰りで、写真には写ってないのですが、白井さんは今回と同じコートを羽織られていました。因みに、その回にコートの写真が掲載されていないのは、初めての取材という極度の緊張で私が撮影するのをすっかり忘れてしまったためです(汗)。今では白井さんの自然な表情もかなり写せるようになってきたと自負している(といっても白井さんからは“変な写真ばっかり!”とよく怒られていますが・・・汗)私としては、一年という重ねた月日が偲ばれる良い思い出です。

 白井さんはその日、

 『この冬、初めてのオーバーコートだよ(笑)。』

 と仰っていました。

 “シーズンの初めには一番のお気に入りを着たい”と思うのは自然な人の情、それは白井さんとて例外ではないのでは、と考えたのが私の推量の根拠です。もっとも、“白井さんとポロコート”という図式が私の中で不離のものになっていて、私の只の思い入れの強さが一番の“根拠”なのかもしれません(苦笑)。些か余談が過ぎました、白井さん、勝手なことばかり書いてごめんなさい(汗)。

 

 ポロコートが、白井さんが殊にお好きな紡毛系の服との相性が最も良いコートの一つであることに異論を挟まれる方はおりますまい(笑)。また、その中でも“キャメルヘア”はポロコートに好んで用いられる最も代表的な素材の一つ。誕生以来100年を越える歴史を持つポロコートには多種多用な素材があり、このブログでも何種類かのポロコートが登場していますが、

 『ポロコートの大本命は“キャメル”。』

 とは、かつて白井さんに教えていただいた“至言”。

 天賦の感覚、磨かれた感性、重ねてこられた経験の深さで、着こなしにおいて“自在の境地”に達しておられる白井さんですが、その基本の部分、とでもいいますかベースといいますか、所謂“着こなしの論理”の部分に於いては、白井さんは飽くまで紳士服の“王道”を外しません。長きに渡って伝えられてきた“伝統”や、数多の男たちによって培われてきた“正統”というものをとても重視されているのです。

 『その服地なら夏のスーツに仕立てた方が良いよね。』

 『あの靴に合わせるならやはりツイードだよ。』

 『ブレザーにはこういう釦が一番良い。』

 挙げれば切りが無いほどに、私は白井さんから“正統”を重んじた言葉をたくさん伺いました。白井さんの着こなし、そして携わってこられた数多くの仕入れや商品開発、それら全てはそういう“堅牢な土台”の上に築き上げられたものであり、例えそこにどんな“遊び心”や“感性”を加えたとしても決して“見識の無い”ものにはならないのです。

 “長く着るなら普通が一番。”

 “ベーシックなフォルムで、仕立てや素材にクォリティの高さが感じられ、それでいて着る人の個性をキラリと主張する、そんな洋服に惹かれる。”(いずれも白井さん談)

 きっと“紳士服”という世界には“自らより普遍的であらんと欲する”という属性が本来的に備わっているのだとも思います。だから余分なもの、合わないもの、足りないもの、は次第に排除されていく。その場凌ぎだけの目新しさ、“オリジナリティー”を称した薄っぺらなもの、○○もどき、では一時の隆盛は得られたとしても、最後は儚く消え失せる厳しい世界・・・。

 だいぶ話が逸れてしまいました(苦笑)。“お前に何がわかる!!”と皆様からお叱りを受けそうです(汗)。確かに私は何も分かりません。だから、私にできることは、白井さんのような“本当のプロフェッショナル”を信頼することだけなのです。 


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“MAN OF THE WEST”

2010-12-18 04:00:00 | 白井さん


   

     



  

  

     

            

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