日守麟伍の和歌(うた)日記 Ringo Himori's Diary of Japanese Poetry

大和言葉の言霊の響きを求めて Quest for the sonancy of Japanese word

時空を超えた対話

2011年09月26日 | 日記
 しばらく前、知人の紹介で、源平時代に、子どものまま世を去った「霊」(と称する人格)と対話をする機会がありました。こういう現象に知識がない人が多いと思いますので、細かい話はいたしませんが、私の和歌の話題になり、たまたまプリントアウトしたものを持参しており、いくつか読んでもらいました。

 「変な字があるね」と言われたのは、書き込みの数字や記号についてですが、ほぼ正確に理解して、私の知識がぼんやしていたところも、指摘されて、「季語が3つあるのはよくないよ」「自分ならこう詠む」「返歌をしよう」など、臨機応変の対応で、また歴史や政治に関しても首尾一貫した話が続き、なかなか面白い時間を過ごしました。

 通常の人格に戻った当人(おおまかには「霊媒」と呼ばれ得る人)には、まったく古典の知識はないとのことです。この「源平時代に子どものまま世を去った」と称する人格が誰か(霊媒の無意識か、その他)はともかく、面白い会話ができる知識と能力があることは確かで、したがって会話を話題にするのは正当だと思います。

 暑さが終わって、和歌がぱったり出てこなくなりました。仕事が忙しくなって、散歩をしなくなったからかもしれません。散歩をしていると、有縁無縁の人の「言霊」が降ってくるような気がしますから。昨日、つぎのような歌ができましたが、内外とも力が抜け落ちた、妙に影の薄いものになりました。一区切りということでしょうか。

窓近く 物音もなき 淡き日に あをる葉影の ゆらぎかがよふ(麟伍)



***『歌物語 花の風』2011年2月28日全文掲載(gooブログ版)***


なお、霊界通信については、『<霊>の探究』(春秋社、2005)という本に、わかりやすくまとまった記述があります。参考までにご紹介します。













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