大阪東教会礼拝説教ブログ

~日本基督教団大阪東教会の説教を掲載しています~

ローマの信徒への手紙14章1~12節

2018-01-29 19:58:38 | ローマの信徒への手紙

2018年1月28日 主日礼拝説教 「主のために生きる」吉浦玲子

<なんでもありではない>

 社会において「多様性」という言葉が良く使われます。性別や国籍やバックグランドやさまざまな思想信条の異なる多様な人を受け入れていくことが必要だと言われます。会社員時代も「多様性」という言葉は良く使われました。さまざまな違う立場の人を受けいれ、共に力を合わせていく時、企業も成長していくということが建前としては語られていました。しかし、そういわれながら、現実的には、日本の社会においては、多様性を受け入れることは難しいことです。多様性どころかむしろ近年、異質なものを排除する傾向はかつてより強まっているようにすら思えます。これまでも出る杭は打たれるということは日本においては往々にしてありました。目立つ人、特出した人は疎ましがられる傾向がありましたが、もっとあからさまにバッシングされたり、陰湿にいじめられたりするようなところが増えて来たように感じます。いわゆる「不寛容」な社会になってきているように思います。

 主イエスの弟子たちに目を向けて見ますと、実に多様でした。政治的に言えば熱心党の右翼から、まるきり逆の左の人までいたようです。ごちごちのユダヤ教徒もいれば、ユダヤ教徒からはゆるしがたいローマ帝国の手先の徴税人もいました。

 さらにペンテコステののち教会が立ちあがった時、そこには、ユダヤ人もいれば異邦人もいるという状況でした。それは単に今日における国籍や民族の違いを越えて交わったということではありません。長い長い歴史的な背景のもと、ユダヤ人と異邦人の間の乖離は大きなものでした。ですからローマの信徒への手紙の前半で繰り返しパウロはユダヤ人と異邦人の問題を取り上げて語っていたのです。また、一方で、教会の中には医者もいれば、奴隷もいる、社会的身分も様々でした。その多様性のなかで教会は豊かに活力に満ちて成長していきました。たび重なる迫害で散らされながら、しかし散らされた先でさらなる多様な人々を主イエス・キリストへと招き、広がって行きました。

 1世紀から2世紀、生まれたばかりのキリスト教会は実に多様な人々の信仰によって建て上げられていったと言えます。しかし、多様性と「なんでもあり」ということは当然違います。産声を上げたばかりの教会が、キリスト教は愛の宗教なのだから、何でもかんでも受け入れましょうと単純に考えていたのであれば、教会はおそらく2世紀か3世紀ごろに消滅していたでしょう。教会の根幹にかかわる教理や教会のあり方については極めて厳密であったのです。厳密に整えられてきたのです。さまざまな異端的な考えは厳しく否定されてきました。そのことにおいて、教会は教会であり続けたといえます。

今日の聖書箇所ではパウロは信仰におけるグレーゾーンの部分を語っています。徹底的に議論をしなければならない根幹の部分と、ある程度の幅を持たせても良いグレーゾーンへの対応についてパウロは語っています。教会がその構成員のいろいろな意味での多様性を保ちながら、なお、信仰においてひとつのものであること、逆に一つの信仰を信じることにおいてこそ、まことの教会であり続けるのだという重要なことが語られています。

<食べる食べないと信仰の根幹>

 本日の聖書箇所で「信仰の弱い人を受け入れなさい」とパウロは語り始めます。信仰が強いとか弱いと言われると、私たちは少し抵抗を感じます。目に見えるバロメーターがあって私たちはそれぞれの信仰を測れるわけではありませんし、他の人を見てあの人の信仰は弱いなどということは、むしろそんなことを言うこと自体が不信仰な気がします。パウロがここで「信仰が弱い」ということを語っているのには特別な背景があるようです。2節以降を読みますと、食べ物の話が出てまいります。また特定の日の話がでてきます。つまり食べ物や日に関わることで、教会の中に対立が起きていたようです。これと似たような話がコリントの信徒への手紙Ⅰ8章にも書かれています。偶像に備えられた肉を食べていいのか食べない方がいいのかということです。キリスト教ではない異教の偶像に供え物とされていた肉が、当時、コリントの市場に出回っていたようです。当時は市場で売られている肉の中のどれが偶像に備えられていたのか区別がつかなかったようです。ですから偶像に備えられていた肉を汚れたものと考えて、それを食べないようにするために、いっさい肉を食べないという人がいたようです。ローマの信徒への手紙における背景は明確ではありませんが、コリントの信徒への手紙と同じような問題があったのかもしれません。あるいは別の理由で禁欲的な人々がいたのかもしれません。

 もしそれが偶像がらみの問題であれば、そもそも偶像は虚しいものであって、力がないものです。従ってそこに備えられていた食べ物は汚されていないのです。ですから食べても問題がないということになります。しかし、当時の教会の中には、やはりそういう肉は食べたくないと言って食べない人々がいたようです。そういう人に向かって、そもそも汚れていない肉を食べないなんて「あなたたちは信仰が弱い」といって批判する人々もいたのです。あるいは特別な禁欲的な傾向があった人々にも「信仰が弱い」と批判が向けられたと考えられます。パウロ自身も、食べる食べないということで言えば食べて良いという考えでした。ですからあえてパウロ自身も食べない人に対して「信仰の弱い人」という言い方をしています。また、5節にはある日を他の日より尊ぶ人もいれば、とあります。これは日本で言うところの大安とか仏滅というような感覚に似たものかもしれませんし、あるいは何らかの宗教的な特別な日を設定して尊重していた人々がいたのかもしれません。特別な日の感覚は分からないでもないですが、食べる食べないということに関しては、私たちはあまりピンとこないかもしれません。でも、日常的な宗教的判断に迷うことを思い浮かべると理解できると思います。神社仏閣が数多くあるこの日本に住む私たちは、キリスト教以外と接することは多く、似たような宗教的な判断に困る問題にはいくらでも遭遇するからです。たとえば、仏教式の葬儀に出席した時、クリスチャンは焼香をすべきなのかしないようにするのか、ということです。観光旅行に行った時、神社やお寺の中に入っていいのか、ということです。絶対に焼香はしない人もいますし、あるいはしてはいけないと指導される牧師もいます。偶像崇拝になるので神社仏閣にはその敷地にすら一歩たりとも足を踏み入れないという人もいます。最近で言えば、ハロウィンは悪魔崇拝につながるからクリスチャンはやってはいけないという人もいれば、いやあれは単なるお遊びのイベントだから楽しんでいいのだという議論もあります。

そういう事柄について、パウロは「各自が自分の心の確信に基づいて決めるべきです」と語っています。これは単純に自分で考えて勝手にやればいいと言っているわけではありません。「心の確信」に基づいて決めるのです。信仰において、自分の確信を問うのです。昔勤めていた会社では、神道ではないのですが、妙な神様を祀っていました。見た目は神社に似たものが各事業場にあって、そこで毎月、まつりごとが行われていました。そのまつりごとは経営者クラスが出席するのですが、その時の供え物を上司が職場に持ってくることがありました。バナナとか饅頭とかです。当時はクリスチャンではなかったので、ありがたく頂いて食べていました。クリスチャンになったころ、職場を異動して、そういう供え物を持ってきてくれる人がいなくなりました。しかし、後からパウロの文書を読んだとき、いま、妙な神社風のものに備えられていたものを食べろと言われたいやだったろうなと感じました。理屈では食べて良いのですが何となくいやだったろうと思うのです。昔のわたしに、今の私ならいいます。「なんとなく嫌な気がして迷うようなら食べない方がいい。これは問題はないと確信を持てるのなら食べたらいい」と。

<すべてを主のために>

パウロはそもそもこのような問題に関して、信仰の根幹にかかわる問題ではないと考えていました。肉を食べようが食べまいが、それによって救いから切り離されたり、教会がひっくり返るような問題ではない、それよりも、食べる食べないというそのようなことで教会の中に分裂が起こり、相互に、相手を見下したり、裁くようなことが起こるそちらの方が問題だとパウロは語っています。

逆にいいますと、分裂や争いというのは、往々にして食べる食べないのレベルの問題で起こるのです。信仰の根幹にかかわることなら徹底的に議論をしたらいいのです。そこにおいてはなんでもありではありませんでした。実際、議論をして教会は2000年生きてきたのです。その信仰の純粋さを継承してきたのです。しかし一方で、食べる食べない、言ってみれば、些末の問題で、議論以前のくだらない争いが起きてしまうのです。議論以前の争いで共同体が疲弊してしまうことが往々にしてあるのです。

そして信仰の根幹に関わらないことで争いが起こるのは、信仰の根幹が見失われているからだとパウロは語っています。「食べる人は主のために食べる。」また「食べない人も主のために食べない」と6節でパウロは語っています。どちらも主に感謝をしているのならいいではないかと語っています。わたしたちの行いが「主のため」であるならば、それで良いのです。なぜならば私たちは「主のもの」だからです。

私たちが自分が「主のもの」であることを忘れ、「自分のために」「自分の考え」を主張しているところに不毛な争いが起こります。少し前の節に戻りますが、4節に「他人の召し使いを裁くとは、いったいあなたは何者ですか」とあります。食べる食べないで争う相手もまた「主のもの」なのです。主に仕えている人なのです。そのことをわきまえないとき、争いが起こります。その人のためにも主イエス・キリストは血を流し、肉を裂かれたのです。

しかし、そもそも主イエス・キリストは私のために、他ならぬ私のために血を流し、肉を裂かれたという意識が希薄な時、他の人のためにキリストが血を流し、肉を裂かれたという感覚を持つことはできません。自分自身が「主のもの」である、という意識がなければ、あの人も、この人も「主のもの」であるとは思えません。そこに争いの源があります。

主イエスが十字架でご自身の命を差し出してくださいました。神の裁きの前で滅びるべき私たちが命に生かされる存在とされるために、わたしたちを自分のものとしてくださった。壮年婦人会でヨハネの黙示録を学んでいますが、今月学びました箇所には、救われる人々には「小羊の名と小羊の父の名」がしるされているとありました。名が刻まれているというのは、前にも申しましたが、所有者を明らかにすることなのです。「小羊の名と小羊の父の名」というのは「主イエスと父なる神の名」ということです。

主イエスを信じる者にはすでに「主イエスと父なる神の名」がしるされています。私たちはすでに主の所有物とされているのです。「わたしたちは、生きるとすれば主のために生き、死ぬとすれば主のために死ぬのです。」パウロは語ります。すでに主のものとされている私たちは生きる時も死ぬ時も主のものとして生きて、また、死にます。命は私たちの勝手にすることはできません。私たちの命が輝かされるのは、「主のもの」として生きる時です。「主のため」に生きる時です。

「自分のため」に生きないことは不自由なことでしょうか?束縛でしょうか?そうではないことをみなさんはすでにご存じだと思います。自分のために、あるいは家族のためにでも、会社のためにでもいいでしょう、主以外のもののために生きていたときそこに本当の喜びがあったでしょうか?素晴らしい達成感を得ることはあるでしょう。家族に感謝されることもあるでしょうし、会社で評価されることもあるでしょう。でもそれは永続的なことではありません。世の中では、素晴らしい才能を持った人がたいへんな業績を上げたり、記録を残した人が、晩節を汚すことも往々にしてあります。

わたしたちは「主のもの」として「主のため」に生きる時、本当に自分自身が生き生きと生きがいに満ちて歩むことができます。本当に意味で隣人のために生きることができます。自分のため家族のため会社のために良きことをなしていくことができます。私たちにはすでに神様のしるしがつけられているからです。「主のもの」として「主のため」に生きる私たちを主は限りなく慈しんでくださいます。あふれるほどの祝福を注いでくださいます。

 

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ローマの信徒への手紙13章11~14節

2018-01-22 19:00:00 | ローマの信徒への手紙

2018年1月21日 大阪東教会主日礼拝説教 「キリストを身にまとう」吉浦玲子

<救いは近い>

 ついこの間、アドベントだとかクリスマスだとか言っていたような気がします。しかし、もう一月も後半となりました。暦では昨日が大寒、最も寒い季節を迎えています。しかし、もう少したてば春の気配がしてくるでしょう。さらに、やがて気配だけでなく本当の春がやってきます。日本は季節の移り変わりがはっきりしている、四季が明確な気候だと言われます。ただ、昨今は異常気象なのでしょうか、昔ほど、四季がゆたかという感じは、殊に都会においては持ちにくいですが、それでも私たちは春夏秋冬の季節の巡りを感じて生きています。季節は巡り循環しても、私たちの生きていく時間は、いうまでもなく、一方の方向を向いて進んでいきます。後戻りすることはなく進んでいきます。聖書において、『創世記』の天地創造からはじまる世界の時間は『ヨハネの黙示録』に記されている終末へと向かって、後戻りすることなく確実に進んでいきます。いまこのときもその時の歩みは止まることなく進んでいます。

 はじめがあって終わりがある、それが神がお造りになった私たちの世界です。私たちの時間は終わりに向かって進んでいます。それは世界もそうですし、私たち一人一人の人生もまた終わりへと向かっています。<世界の終わり>というとき、聖書を知らない人たちは、世界の破滅のようなことを考えてしまいます。しかし、聖書における世界の終わりは破滅ではありません。もちろん、ヨハネの黙示録には、終わりの時の前に、天変地異や大規模な戦争といった恐ろしいことが起こると記されています。しかし、それで人類が滅びてしまうということではありません。終わりの時は、神の裁きの時、つまり審判の時です。そして、同時にそれは完全な救いの時です。キリストの十字架によってなされた救いが世界全体、宇宙全体で、完全に完成するときです。キリストを信じる者にとっては、それはまことの希望の時であります。

 しかし、多くのカルト的な新興宗教で、終末という言葉が恐怖を煽るために用いられてきました。最近、久しぶりにかつての教祖のことがニュースになっていましたが、20数年前、地下鉄サリン事件などを引き起こしたカルト集団もヨハネの黙示録に出てくる「ハルマゲドン」という最終戦争を指す言葉を、悪用して恐怖を煽り人々を誤った考えに引き込むために使っていたことを記憶されている方もおありかと思います。

 しかし、さきほども申しましたように、終わりの時は、聖書では救いの時なのです。希望の時なのです。そのような終わりの時を、パウロはかなり切迫して感じていたようです。多くの神学者は、パウロは自分の生きている間にキリストが再び来られ、審判の時が来ると考えていたと言っています。実際、パウロの書簡を読むとそう読み取れる箇所があります。しかし、パウロの時代から2000年たった現代でもまだヨハネの黙示録で記されている終わりの時は来ていません。キリストが再び来られる日、今日の聖書箇所に記されている「救い」の日は来ていません。しかし、キリストが再び来られ、世界全体が完全に救われる日はまだ来ていません。

そもそもそんなことがあるのか?ほかならぬキリスト教会の中でも終末、終わりの日、裁きの日、そして最終的な救いの日をはっきりと語らない時代がありました。現代でも、そのようなことをどちらかというと軽んじる傾向のある人々もいます。

 しかし、私たちは明確に終わりの日が来ること、そして世界が完全に救われる日が来ることを、覚えなければなりません。とはいえ、自分自身を振り返っても、信仰を得たころ、たしかに、終わりの日や裁きや、また御国のことなどを聞くには聞いたのですが、なにかそれは遠いぼんやりとした物語のようでした。当時は、ただとにかく現在の自分のいっぱいいっぱいな生活の中で、なにか救いが欲しい、何か平安が欲しい、安らぎが欲しい、そのような願いでいっぱいだったように思います。

 しかし、私たちが今日一日を生きることを考える時も、終わりの日をはっきりと覚えていなければ、本当の意味での平安は得られません。パウロは「あなたがたは今がどんな時であるか知っています」と語りかけます。「あなたがたが眠りから覚めるべき時が既に来ています」。ここは原語ではなだらかに続けて語られています。つまり「あなたがたは、いまが眠りから覚めるべき時であることを知っているでしょう」とパウロは語っています。そしてその言葉は、さらにその前の部分からなだらかにつながっています。つまり隣人愛の箇所からつながっているのです。

 私たちが互いに愛し合う生活をすることにおいても、終わりの日への意識がめざめているかどうかということが関わってくるのだとパウロは語っています。終わりの日を考えることなく、ただぼんやりとまどろんでいるようでは、私たちはキリストにあって互いに愛し合う生活もおぼつかないのだとパウロは語っています。

<朝が来るから>

 ところで、小島誠志という説教者は、<夜から朝>という言葉を良く語ります。聖書の信仰は夜から朝に向かう信仰なのだというのです。今は夜であっても、かならず朝が来る、それは単に<明けない夜はない>ということではありません。今は夜でも辛抱したら朝が来る、それまで頑張ろうということだけではありません。単に<明けない夜はない>と言うだけであれば、朝が来てもまた再び夜が来るのです。しかし、最初に言いましたように、聖書において、神の時間は一直線に進んでいきます。循環しません。夜を貫いて朝へと向かうのです。夜通しガリラヤ湖で漁をしていた弟子たちを、復活されたキリストが夜明けの岸辺で待っておられたように、私たちの信仰もまっすぐに夜明けに向かって、キリストとあいまみえる光の朝へと進みます。朝を待つ信仰、光を待つ信仰こそが、聖書で語られている信仰です。

 私が子供のころ、まわりの大人は戦争を経験していました。自分の親もそうでした。私の親は、戦争中の話はほとんどしませんでした。両親ともに大陸からの引揚者でしたが、辛い時代のことを思い出したくないと言って、当時のことはあまり語りたがりませんでした。終戦記念日近くにテレビで特集番組があっても見たくないとチャンネルを切り替えていました。そんななか、母の和裁の仕事の発注先の一つで呉服屋をしていたおじさんは、仕事の依頼で、家に来たとき、待ち時間に、ときどき戦争の時の話をぽつりとしてくれることがありました。母より10歳くらい年上で、現在生きておられたら100歳近い年代の方でしたが、戦争中、召集され、南方の戦線での従軍経験があったようです。もともと口数の少ない方で、そして戦争を知らない子供相手、それも女の子相手なので、細かいの話はされませんでした。でも、繰り返し聞かされたのは、夜、見張りに立つ時が一番怖かったということです。当然、敵にわからぬよう暗闇の中で明かりもない中で立っていたのです。ただ一人暗い闇の中で敵が来ないか、怪しい気配はないか、どこからか狙われて弾が飛んでこないかと見張っていたとき、心細くて心細くてたまらなかった。南方ですから、敵だけでなく野生動物に襲われる危険もあったでしょう。おじさんは、「怖かった」という意味の言葉の佐世保の方言で「えすかった」と繰り返し言いました。「あんときは、えすかったばい。えすかったー。はよう朝のこんかと、そればかりおもっとたばい」とおっしゃっていました。昨年、詩編交読で交読していた詩編130編で「わたしの魂は主を待ち望みます/見張りが朝をまつにもまして/見張りが朝をまつにもまして」と言う箇所を読みました。その<見張りが朝を待つにもまして>とリフレインされていたところが印象的でした。この箇所を読む時、まさに戦争中に南方で見張りをしていたおじさんの「えすかったばい」という言葉の切実さを思い出しました。詩編130で例えられている見張りは切実に朝を待っていました。詩編の詩人はその見張りのように切実に主とあいまみえる時を待ち望んでいました。

 私たちもまた詩編の詩人のように主と出会う朝を待ち望みます。そしてその朝は必ず来るのです。その朝が今日の聖書箇所にある救いの時です。

<光の武具を身に着けて>

 戦争中の見張りは恐怖の中で朝を待っていたでしょう。でも私たちは怯えながら救いの朝を待つのではありません。少し変な言い方になりますが、いまは闇であっても、それは真っ暗闇ではないからです。それはキリストが既に来られたからです。クリスマスの降誕のとき闇の中に光が輝きました。そしてまたキリストの十字架と復活によって救いの業はすでになされました。ですから、今現在の闇は、確実に朝に向かっている闇です。闇であっても、かなたの方に光の気配を感じる闇だからです。ですから私たちは闇の中に生きるように生きるのではありません。すでに朝が来ている者として生きるのだと聖書は語ります。朝が来て目覚めるのではありません。もうすでに光の中にあるように目覚めていきるのだというのです。いえ信仰においてすでに朝は来ているのです。ですから、もう眠りから目覚めるべき時が来ているのです。

「闇の行いを脱ぎ捨てて光の武具を身につけましょう」とパウロは語ります。闇の行いというのは、一般的に良く考えられることです。私たちは光が当たっている昼間は、それなりにしっかりと生きるのです。世間の目もあります。昼日中、きちんとして生きていきます。しかし、夜になると、昼間はバリバリ仕事をしていたサラリーマンが酔っぱらって、みっともない姿をさらしたりします。私たちも、いまは夜だと思うと、つまりまだ主の終わりの時が遠いと思っていると、自分本位な勝手なことをして生きていくのです。

 「酒宴と酩酊、淫乱と好色、争いとねたみ」というととてもひどいことのように感じられるかもしれません。私はそんなひどいことはしないと思われるかもしれません。実際、ここにおられる方はなさらないと思います。しかし、人間はだれにも見られていなければ、闇に乗じて闇の行いをなす性質を持っています。つまり、罪の性質を持っています。イエス・キリストを信じ、罪を赦された者であっても、罪の性質の古い人間の部分があります。その古い部分は闇に乗じていくのです。ですから、私たちは意識的に目覚めて生きていかねばなりません。救いの日はまだまだ遠い、と、まどろんでいてはたちまち闇に、罪に身を掬われてしまいます。ひそかに闇の行いを心ならずもなしてしまいます。私たちは弱いのです。

 「主イエス・キリストを身にまといなさい」とパウロは言います。キリストこそが弱い私たちの光の武具です。私たちは闇に勝つことはできません。しかし、キリストを身にまとうとき、光を放ち、闇に打ち勝つことができます。キリストを身にまとうというのは、ごく当たり前の信仰生活を送るということです。御言葉を聞き、たえず祈りの生活をするということです。

ヒーローもののアクション映画やドラマでヒーローがパワースーツのようなものを身に着けて超人的な戦闘能力を身に着け、悪者をやっつけるというようなものがあります。危険が迫るとヒーローは自分の意志でスパッと変身をします。パワースーツを身につけます。しかし私たちは、私たちが主体となってパワースーツを身にまとうのではありません。あるいは、服を着替えるようにイエス・キリストを身にまとうのではありません。ある説教者は、ここの言葉は「主」イエス・キリストをまとうというところが重要なのだと語っています。キリストご自身が私たちの「主」となって、私たちを守ってくださるのです。気に入らなくなったら捨てたりバザーに出す服のようにキリストをまとうのではありません。キリストが主であり私たちが従う者である時、まことにキリストは私たちの光の武具となってくださいます。その時キリストご自身の品位が私たちから醸し出されてきます。品位というとこそばゆいような、自分には到底無理と感じてしまいますが、これはキリストにある品位です。私たちは生涯をかけてキリストによってキリストの品位を与えられて歩んでいくのです。とこしえの朝へ向かって、怖れることなく、喜びに満ちて歩んでいきます。すでに光が見えているからです。

 

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ローマの信徒への手紙13章1~10節

2018-01-15 19:00:00 | ローマの信徒への手紙

大阪東教会 2018年1月14日 主日礼拝説教 「愛の義務」 吉浦玲子

<権力とキリスト者>

 私たちの本国は天にあります。私たちの本籍は御国にあります、そう私たちキリスト者は信じているのです。キリストを信じて歩むとき、この地上では寄留者、旅人となります。私たちの心の半分はすでにキリストが父なる神の右に座しておられる天と結ばれており、私たちは、この地上を歩むときどこかよそ者のような気持ちになります。

 逆に私たちがこの世だけを見て、この世の原理の中だけで生きているならば、それはキリスト者の歩みとは言えません。パウロは、この世において「上に立つ権威に従うべきです」と言っています。これはこの世の支配者、権威から迫害されてきたパウロが語る言葉だと思うと不思議な気がします。これは、この世ではこの世に従ってうまく世渡りをしながら、信仰は信仰で別物として守りなさい、ということではもちろんありません。

 どのようなこの世の権威であっても、神の権威の元にあるという聖書の考え方が根底にあるのです。旧約聖書においてもそうでした。イスラエルの王は、優れた王であれ、悪性を行った王であれ、神から権威を委託されたものでした。さらにいえば、イスラエルを裁くために、異国の王すら神は用いてイスラエルを打たれ、逆に国が亡びバビロンに捕囚になっていた民を解放するために異邦のペルシャ王キュロスを用いることもありました。

 そもそも、主イエスは、この世の権力と戦われませんでした。だからといって、もちろん、迎合したり媚びたりもされませんでした。結果的に、主イエスは、たしかに律法学者、当時の議会であるサンヘドリンといった当時の権威を敵に回しました。しかし、それは当時の権威に対して反発をしたわけではなく、律法の誤った解釈、愛の欠けた行為を批判されたのです。議会を倒そうとか、領主ヘロデを倒そうとか、ローマと戦おうとしたわけではありません。

 主イエスと権力を象徴する有名な話があります。「カエサルのものはカエサルに」あるいは「皇帝のものは皇帝に」という言葉を聞かれたことがありますでしょうか?以前、マタイによる福音書をお読みしていた時、読んだ言葉です。マタイによる福音書の22章21節にあります。主イエスを陥れようとした権力者の手先たちが、わざとイエスさまに謎を掛けられます。それは「皇帝に税金を払うべきですか?」という問いでした。皇帝とは当時イスラエルを支配していたローマの皇帝のことです。「税金を払うべきか」と言われると、現代的な感覚で言えば、当然、払うと言うのがもっともな答えのように感じます。しかし、当時の状況のなかで、これは答え難い質問でした。それがわかっていて権力者たちはあえて主イエスに問うたのです。この税金はイスラエルを支配していたローマへの人頭税でした。これはイスラエルの人々をたいへん苦しめる税金でした。ことに貧しい人には大きな負担となる税でした。ですから、「払うべきだ」と答えると、多くの民衆が主イエスへの怒りを現わすことになります。それまで社会的に弱い立場の人々に人気があった主イエスがその民衆を敵に回してしまうことになります。一方で、「払うべきでない」と言えば、今度はローマへの反逆者として訴えられます。どう答えても、主イエスは追いつめられることになるという意地悪な質問でした。その主イエスは税金を納めるために用いる銀貨をもってこさせ逆に問われました。銀貨に刻印されている肖像と銘について「これはだれのものか?」と問われたのです。その納税用の銀貨には、皇帝ティベリウスの肖像が記され、さらに「いと高き神の子、皇帝にして大祭司なるティベリウス」と記されていたのです。つまり皇帝を神の権威に置くという言葉でした。主イエスから肖像と銘は誰のものかと問われた人は「皇帝のものです」と答えました。その答えを聞かれた主イエスは「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」とおっしゃいました。「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」という言葉は、この世のことと、神のことを分離して、それぞれ大事にしなさいと言う言葉ではありません。あくまでも重きは後半の「神のものは神に返しなさい」にあります。

 当時のローマ皇帝はたしかに世界の覇者でした。自分を神として崇めろと言うくらいの権力者でした。しかし、その皇帝すら、神のご支配のもとにあり、最も大事なことは神のものを神のものとするということです。神の栄光を人間のものとしてはならない、神に帰すべきものは神に返し、その神のご支配の中にある権力である皇帝に対しても従って行くのだと主イエスは答えられたのです。

<暴君にも従うのか?>

 しかし、今日の聖書箇所のパウロの実に単純明快な「上に立つ権威には従うべきです」という言葉にはやはり疑問もわきます。たとえばヒトラーのような権力者にも従うのかという問題があります。あきらかに不正や腐敗のある権力にも従うのでしょうか。国家や政治レベルの話ではなくても、身の回りにいるパワーハラスメントをする上司にも従うのか、社会倫理に反する活動をする職場にも従うのかという問題があります。聖書の中でも、たとえば先週共にお読みしました主イエスに洗礼を授けた洗礼者ヨハネは、ヘロデ王の不正を指摘したため、投獄され殺されました。洗礼者ヨハネはヘロデ王に従うべきだったのでしょうか?

 ただ一つふまえておかねばならないことは、パウロの時代は現代と政治や権力のあり方が違うということです。近代以降のまがりなりにも国民一人一人に主権が与えられている国家の権力のあり方とパウロの時代のローマ帝国とは話が違うということです。しかしだからといって、自分自身、ローマ帝国の役人から不条理な鞭打ちを経験したことのあるパウロが単純に、上に立つ権威に従えといっているわけではありません。

 神学者のカール・バルトは、ここで言われている「従う」と言うことは、盲目的服従ではないと、解説をしています。バルトは第二次世界大戦の時、ドイツの教会を支配しようとしたヒトラーに対抗した告白教会のグループのリーダーでした。ナチスに対抗するバルメン宣言を中心になって作成したのがバルトでした。もちろん当時の状況は単純ではなく、バルトたちのグループだけがナチスと戦った正義のヒーローで、それ以外は間違っていたとは割り切れないところもあります。しかし、そのバルメン宣言の第一のテーゼというのには「聖書においてわれわれに証しされているイエス・キリストは、われわれが聞くべき、またわれわれが生と死において信頼し服従すべき神の唯一の御言葉である」つまり私たちの依るべきところはイエス・キリストにみである、ということが宣言されています。そしてさらに続きます、「またそれと並んで、さらに他の出来事や力、現象や真理を、神の啓示として承認しうるとか、承認しなければならないとかいう誤った教えを、われわれは退ける」とも宣言しています。つまり、イエス・キリストを越える権威はない、ということを言っているのです。つまりイエス・キリストの権威を越える権力の横暴はゆるさないということです。これは「皇帝のものは皇帝へ、神のものは神のものへ」という主イエスの言葉とも、「上に立つ権威に従え」というパウロの言葉と矛盾はしていません。神の権威は神のものであり、その権威のもとにある限りにおいて、この世の権威に従うと言うことです。逆に神の権威への越権はゆるさないということがバルメン宣言では宣言されているのです。

 パウロ自身、迫害を体験しながらも、この世の権力というものを絶対的なものだとは全く思っていませんでした。「権威者は、あなたに善をおこなわせるために、神に仕える者なのです」とパウロは言っています。たとえ皇帝であって神のご計画の中で神に仕える神の僕に過ぎない、だから従ってやろうではないかと言っているのです。それは皮肉や負け惜しみで言っているのではありません。本当に恐るべきお方は神であり、本当に恐るべきものは神の裁きだとパウロは考えているからです。その神のご支配のもとで、この世の権を含め、すべてのことを、善をおこなう契機としてとらえようと言っているのです。

 7節には、貢を納め、税を納め、恐れすら支払い、敬ってもやりなさいとパウロはいっていますが、これはむしろ余裕の言葉なのです。皇帝のものは皇帝に返してやりなさい、そのくらいやってやってもいいだろう。そうパウロは言っているのです。「すべての人々に対して自分の義務を果たしなさい」という言葉は「すべての人々に借りが残らないように支払ってしまいなさい」という意味です。皇帝のものは皇帝に、皇帝に借りを残してはいけない、この世の上に立つ者にも借りを残してはいけない、そうパウロは語っています。

<神の権威の元の隣人愛>

 さらに「互いに愛し合うということのほかは、誰に対しても借りがあってはなりません」という言葉があります。これは「すべての人々に自分の義務を果たしなさい」、つまり「すべての人々に借りが残らないようにしなさい」という言葉と響き合う言葉です。

 さらっと読むと、この世の権威の話から唐突に隣人愛の話に変わっているようでとまどうのですが、上に立つ権威に従うという義務を果たすことよりも困難なことが私たちにはあるということをパウロは語っています。皇帝のものを皇帝に返す、皇帝に対して借りは造らないようにすることは私たちにはできても、私たちにはそもそも大きな借りがあることをパウロは語っています。私たちには返しきれない借りがあります。

 私たちには愛の借金があるのです。大きな大きな借りがすでにあります。

 キリストの十字架において示された愛に対して借りがあるのです。キリストは私たちの罪を贖われました。贖いという言葉は文字通り、借金を代わりに支払うということです。聖書の時代でいえば、借金のために身売りをした奴隷を買い戻すということです。罪のために奴隷となっていた私たちのためにキリストは十字架にご自分を捧げられました。御自分の肉と血によってわたしたちの罪の贖いをされました。キリストの命によって私たちは贖われました。私たちはキリストに支払いきれない愛の負債を負っています。

 上に立つ権威に対しては借りを造らないようにできても、私たちには永遠の愛の負債が残っています。私たちは、とんでもない金額の愛の負債を負っている、そのことを聖霊によって、ほんとうに理解するとき、私たちは少しずつ、隣人を愛することができるようになります。「姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな」という言葉は、十戒にある言葉です。この掟の字面だけみると、厳しい戒めであって、愛という言葉から遠いように感じます。しかし、年末の説教で出エジプト記から少し十戒について触れましたときにも語りましたが。十戒はは前半が神への愛について記されているのに対して、後半にある「姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな」は隣人への愛を示しています。パウロもこの言葉について「隣人を自分のように愛しなさい」という言葉に要約されますと語っています。愛はただ情感的なことではありません。なんとなく仲良くすることではありません。愛は愛の実践を伴うものです。愛するということは端的に相手に善をなすことです。

 権力者に対して、善をなしなさいとパウロは語りました。同様に、隣人に対しても私たちは悪ではなく、善をなすのです。しかし、権力者に従うことよりも隣人と愛し合うことの方が私たちにははるかに難しいのです。

 私たちはすべてを捧げて、私たちのために善をなしてくださったキリストへの愛の借金を返すことができません。そして自分たちの現実を見る時、隣人とも愛し合うことがなかなかできないのではないでしょうか。ごく身近な人に対しても、いえ、時には身近な人であるがゆえに十分に愛することができない自分であることを思います。そう思ううとき、私たちの愛の借金は日々増えているように感じます。私たちは地上を去るその日までその借金を増やしていくかもしれません。だからこそ私たちは祈り求めます。愛する者と私たちを変えてくださるように祈り求めます。そのとき神のご支配の中にある私たちは愛をまっとうすることができます。愛の律法をまっとうすることができます。

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ルカによる福音書3章21~22節

2018-01-08 19:59:09 | ルカによる福音書

2018年1月7日 主日礼拝説教 「あなたはわたしの愛する子」吉浦玲子

<ヨハネの洗礼>

 昨日1/6は、公に現れる日と書いて、公現日でありました。教派によっては顕現日という言い方もします。英語でエピファニーといいます。ローマ・カトリックやプロテスタントと言った西方教会では、異邦人へ救い主が現れた日として、占星術の博士たちの来訪の日をエピファニーとして祝っています。それに対してロシア正教会と言った東方教会では主イエスの洗礼をもってエピファニーとしています。起源としてこちらが古いように思われます。いずれにせよ、イエスさまが公にお現れになった日がエピファニーなのです。

 私たちは西方教会に属するものではありますが、今日は、公現日を受けて、主イエスの洗礼の箇所を共に読んでいきたいと思います。「民衆が皆洗礼を受け、イエスも洗礼を受けて祈っておられると」とあります。これは洗礼者ヨハネによる洗礼の場面です。洗礼者ヨハネは、主イエスに先だってイスラエルに現れ、その道を先備えしました。イザヤ書40章で「主のために、道を備え/わたしたちの神のために、荒れ野に広い道を通せ」と預言されていた預言者といえます。その洗礼者ヨハネはイスラエルの母なる川ヨルダン川で洗礼を授けていました。洗礼ということは当時のパレスチナ地方の宗教的儀式としてまったくないことではなかったようです。そのようななかで、洗礼者ヨハネが授けていた洗礼の特徴というのはどのようなものかと一言で言いますと、「悔い改めの洗礼」でした。今日の教会では「父と子と聖霊の名によって」洗礼を授けますが、その洗礼と当時のヨハネの洗礼は意味が違います。今日の教会の洗礼は、罪からの救いと聖霊が与えられる洗礼です。しかし、洗礼者ヨハネの洗礼は、まだ主イエスによる罪の赦しのための十字架の業がなされる前でしたから、人々が自分の罪を自覚して神の方を向くための洗礼でした。

 今日の聖書箇所の前のところには、そのヨハネの宣教の様子が記されています。ヨハネは来るべきメシアがお越しになったら、人間の罪が裁かれることを語りました。洗礼者ヨハネは先ほども申し上げましたようにイザヤ書に預言されている力ある預言者でありましたから、人々はその力ある言葉に心を打たれました。ヨハネは罪とその裁きを厳しく語ったのです。「斧はすでに木の根元に置かれている。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。」と語っていたのです。人間は普通、厳しく語られるとあまり聞きたくはないものです。でも、ヨハネの言葉には力がありました、その厳しい言葉を聞いて人々は心打たれ、「では、わたしたちはどうしたらよいのですか」と聞いたのです。当時の人々はイスラエルを救ってくれる救い主メシアを待っていました。メシアはまた裁き主でもあります。人々は悪いローマを裁いてほしかったのです。ローマだけではなく、不公平な政治、経済、自分を苦しめる環境を生み出している人々を裁いてほしかったのです。それらを裁いてくれるメシアを待っていました。しかし、ヨハネはそんな人々に自分自身を振り返りなさいと語りかけたのだと言えます。自分自身を神の前に置いたとき、自分は正しいといえるのか?そう問いました。来るべきメシアはローマではなく、あなたがたを裁くのだとヨハネは激しく語ったのです。ですからメシアがお越しになる前に、悔い改めて備えなさいとヨハネは勧めました。ヨハネはそれを聞いて心打たれた人々に具体的な生活上の指示を与えると共に洗礼を授けたのです。

<主イエスはなぜ洗礼をお受けになったのか>

 その洗礼を主イエスは洗礼者ヨハネからお受けになりました。今日の聖書箇所を読むと、他に人々と全く変わりない様子で主イエスは洗礼をお受けになったようです。他の福音書を読みますと、洗礼者ヨハネが、主イエスには罪がないことを見抜き、むしろ<自分の方が主イエスから洗礼を受けるべき者なのだから、主イエスに洗礼をお受けにならないように>と止めるという場面もあります。本日お読みしましたルカによる福音書ではそういう場面はありません。主イエスが、他の人々交じり、他の人々となんら変わらないご様子で洗礼をお受けになったことが強調されているのでしょう。しかし、これは不思議なことだと思われませんか。神の御子であり、罪のないお方が、なぜ罪の悔い改めのための洗礼をお受けになる必要があったのでしょうか?やはり、実際は、主イエスご自身にも罪があり、ご自分の罪を悔い改めようとなさったのでしょうか?もちろんそれは違います。

神の御子である主イエスが、人間である洗礼者ヨハネから洗礼をお受けになった意味の一つは、主イエスご自身が罪びとである人間と同じ者として謙遜になられたということです。へりくだられたということです。主イエスは罪なきお方でありながら、罪人であるわたしたち人間を上からご覧になって、導かれたのではありません。罪人と共に歩まれたのです。罪人が浸かった水に共に浸かり、罪人とともに食事をし、罪人と語り、罪人とともに歩かれ、罪人を癒し、罪人のために涙を流されました。最後には二人の罪人と並んで、十字架にかかられました。この洗礼ののち、主イエスは福音の宣教を開始されます。宣教の開始のその前に、罪人と共に、洗礼を受けられたということは大きな意味を持ちます。

そしてもうひとつ大事なことは、洗礼をお受けになることが主イエスご自身の意志ではなく、父なる神の意志であったということです。洗礼を受けられた主イエスに、聖霊が鳩のように降ってきました。そして「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が天から聞こえた、とあります。ここで主イエスは、ご自分が洗礼をお受けになったことが御心に沿ったものであることを確認されました。そしてまたこれから新たな宣教活動を始めることについて、それが、父なる神の御心である確信を得られたのです。神の御子として、父なる神と深い交わりをこれまでも主イエスはお持ちになっていたことでしょう。福音書は公の宣教活動を開始される前の主イエスのご様子は記述していません。唯一、ルカによる福音書2章では少年時代のエルサレムの祭りのときの主イエスのご様子が記されています。すでにナザレへの帰路についていた両親とはぐれて神殿にとどまっておられた主イエスが、主イエスを探してエルサレムに戻ってきた両親に対して「わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを知らなかったのですか」と主イエスは語っておられます。神殿は父なる神の家であり、その家に自分がいるのは当然だとおっしゃったのです。その記述からも主イエスは幼いころから神の御子であるという御自覚のもとにあられたことがわかります。しかし、その父なる神その主イエスであっても、なお、父なる神の御心を確認されながら歩んでいかれたのです。洗礼は、ことにこれからの新しい働きの開始の出来事でもありました。新しい働きのための、神からの新しい認証、新しい召しを確認なさったのです。主イエスの宣教の開始には「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声がぜひとも必要だったのです。

御子ですら、ご自身の歩みの上に、父なる神の御心を問いながら、確認しながら歩まれたのです。「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声を聞いて新しい一歩を踏み出されたのです。ましてわたしたちは、いっそう、その一歩一歩を御心を問いながら歩んでいく必要があります。

昨年末、一年を振り返りながら自分自身が反省したことは、やはりまだまだ御心を徹底的に問う、伺うという姿勢が足りなかったと思いました。「神の心に適う者」ではなかったと思います。イエスさまだから御心に適うのであって、普通の人間が神の心に適うには到底、無理なのではないか、そう考えられますでしょうか。たしかにそうともいえます。御子と罪人の人間とはもちろん違います。しかし違うからこそ、到底、神の心を適うことのできないものであるからこそ、いっそう、御心を問いながら歩むという歩みが必要なのではないでしょうか。

ところで、詩編2編7節には「お前はわたしの子/今日、わたしはお前を生んだ」という言葉があります。これは主イエスを指したものであると言われます。そしてこの言葉は「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という言葉と対応していると考えらえます。詩編2編はきたるべきメシアの即位を現したものです。ですからそれと対応している「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という言葉は、主イエスに対するメシアへの即位の認証の言葉であるといえます。父なる神からメシアとしての任命を受け、主イエスはそのメシアとしての働きをいよいよはじめられたのです。

<宣教の力の聖霊>

そしてもう一つ大事なことは、「聖霊」が鳩のように降ってきたということです。聖霊は神の力であります。福音を宣べ伝えるには、聖霊、神の力が必要なのです。聖霊という言葉には聖なる風というニュアンスもあります。神の清い風に満たされた時、力が与えられます。主イエスがこれから宣教を始めるのに必要な力が与えられたということです。

聖なる風は宣教の力です。この風はやがてペンテコステの日に、弟子たちに与えられた風でもあります。ペンテコステの日、弟子たちにも聖霊が下り、そこから教会は宣教を開始したのです。さらに使徒言行録には弟子たちが聖霊に満たされたことが記されています。 その聖霊の力によって、教会は成長しました。世界中に教会ができました。そのひとつがこの大阪東教会です。主イエスの洗礼の日に降った聖霊が、この大阪東教会にも降りました。「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という言葉はこの大阪東教会にも与えられました。教会はこの世のどの組織、共同体とも異なります。それはキリストの体であるということだからにほかなりませんが、聖霊の風が吹いているということでも他の組織、共同体とは異なるのです。逆に聖霊の風の働きが人間の思いによって阻害されてしまうとき、それは教会ではなくなります。

そしてまた、私たち一人一人にもこの聖なる風は吹きました。それが洗礼の日です。その日、私たちにも聖霊が降ったのです。私たちにも宣教の力が与えらえました。しかし、洗礼の日だけではありません。私たちの生涯にわたり、聖霊に満たされ、力を与えられ歩みます。

宣教は、単にキリスト教や教会の宣伝をするということではありません。まずなにより愛の力です。神を愛し、隣人を愛するという、愛の力こそが宣教の力です。私たちが日々に与えらえている隣人との愛の関係を持つということが宣教です。そして私たちをキリストの愛で満たすのが聖霊です。

洗礼者ヨハネは、来るべきメシアは、斧のように罪人を切り倒し火に投げ入れる方だと宣べ伝えました。しかし、実際に来られたのは、罪人を切り倒し火に投げ入れる方ではありませんでした。御自身が、鞭打たれ、肉を切られ、倒され、十字架におかかりになりました。神の裁きをお受けになる方でした。罪なき方が、父なる神の怒りの裁きをお受けになりました。御自身が切り倒され火に投げいれられたといえます。それがメシアの愛でした。罪人と共に水につかり洗礼を受けられた方は、聖霊に満たされ大いなる力を得て、人々と共に生きられました。痛みを負われました。苦しまれました。御自身の罪のために苦しまれたのではありません。私たち人間のために苦しまれました。それが愛であり、福音の宣教でした。それは神の御子だからできたことでしょうか?

わたしたちにもできるのです。もちろんメシアであるキリストとまったくいっしょにはできません。しかし、聖霊の力で、私たちは少しずつ、キリストに似た者とされていきます。わたしたちの内にはすでに聖霊が与えられています。その力でみたしていただきましょう。そのとき私たちはまことに神と隣人を愛することができます。そして「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という言葉を私たちも聞きます。

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出エジプト記20章1~17節

2017-12-31 12:34:20 | 出エジプト記

2017年12月31日 主日礼拝説教 「あなたの神」吉浦玲子

 今日、お読みいただきました出エジプトの20章には、「十戒」が記されています。十戒は<主の祈り>、<使徒信条>と合わせて、三要文と言われます。教会が長く大事にしてきた重要な三つの文書ということです。数年前、何回か礼拝説教の奉仕に伺っていたある教会では、この<十戒>を毎週礼拝の中で唱えていました。今日の教会で、<十戒>を礼拝の中で唱える教会はおそらくそれほど多くはないと考えられます。実際、昨年、ある勉強会でさまざまな教派の礼拝式文の比較をしたことがあります。集まったデータの数は多くはなかったので統計的な正確さという点では微妙ですが、おおよそ想定していたような傾向がみられました。そこで分かったことは礼拝の式文の中に<十戒>が入っている教会は1割程度ということでした。同じ三要文でも<主の祈り>や<使徒信条>は教派を問わず礼拝の中で唱えられることが多いのですが、十戒は、正確な理由は分かりませんが、あまり唱えられません。

 ところで、主イエスは、この世界に来てくださいました。過ぐる主の日に私たちはそのキリストの降誕を祝いクリスマス礼拝をお捧げしました。キリストとはメシア、救い主であり、その到来と十字架によって救いは完成されました。私たちはすでに救い出されたのです。

 <十戒>を読みますと、すでにキリストのゆえに救いを得ている私たちが、まるで律法の時代に遡るかのような気持ちになるかもしれません。神の山、シナイ山からモーセがふたつの石を持って降りて来た、古い映画「十戒」の場面を思い浮かべられる方もおられるかもしれません。そのモーセが抱えていた石に記されていたのが<十戒>です。今日の聖書箇所の前の出エジプト記19章を読みますと、シナイ山は神の臨在によって雷鳴がとどろき、激しく揺れ動いたと記されています。その情景を思い浮かべるだけで、怖いイメージがあります。モーセの問いかけに対して雷鳴を持って応えられる神から授与された言葉と思うと、山が震えるように人間もまた震えながらその言葉を受けたのではないかと思います。

しかし、人間は律法を守れませんでした。旧約聖書で明らかにされている歴史を読みますと、特に神に選ばれこの十戒をはじめ律法を授与されたイスラエルの人々でさえ、律法を守れなかったことがわかります。神の戒めを守れなかったのです。新約聖書を読んで私たちが理解していますことは、戒めを守れない、そんな人間のために来てくださったのが主イエスだということです。主イエスは律法を守れない私たちのために、十字架にかかってくださいました。戒めを守れない私たちのために罪を犯す私たちのために、主イエスは贖いの業をなしてくださいました。

 もう十字架と復活で私たちの罪の贖いがすんでいることが明らかなのであれば、主イエス到来以降の教会にとって、<十戒>というものは意味を持つものでしょうか?<十戒>というのは旧約聖書の時代のものであって、過ぎ去ったものではないか。救いの歴史を学ぶために知っておくことは大事なものだけれど、新約聖書以降の時代を生きる私たちには直接は関係ないのではないか?そう考える方もおられるかもしれません。

 また、一方でこの<十戒>を読んでみますと、特に人間同士の関係について記されている後半は、父母を敬え、姦淫してはならない、盗んではならないといった内容で、キリスト教に限らず、ある意味、普遍的な倫理項目のようでもあります。

 すでにキリストが来られ救われている私たちにとってこの<十戒>は不要なものでしょうか?ことにキリスト教に固有なものとも思えない倫理的な項目はいまさら私たちが大事にしないといけないことでしょうか?

<あなたの神>

 もちろん大事なものであるからこそ、三要文として教会はこの<十戒>を重視してきたのです。その<十戒>において、まず最初に私たちを招く言葉があります。それは<十戒>の10の戒めに先だって記されている言葉です。「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である。」人間に対して、神が人間との関係をはっきりとお語りになっている言葉です。「わたしは主」であり「あなたの神」である、と宣言をされています。もちろん神は私たちを創られた神です。人間のみならずこの世界のすべてのものの神であるのは当然のことです。しかし、ここで改めて神は「わたしは主であり、あなたの神である」とおっしゃっているのです。言い換えれば「わたしはあなたの主となり、あなたの神となる」と仰っているのです。これは神の約束の言葉です。「私はあなたの神となる」と約束されているのです。あなたと特別な関係を持つのだとおっしゃっているのです。「あなたの主となり、あなたの神となる」というのは聞きようによっては、なにか主従関係を結ぶもののようにも聞こえます。しかし、ここで神がおっしゃっているのは、愛の関係を築くということです。愛し愛される関係を築くのだと神はおっしゃっています。それまでみなしごだった子供を自分の家に連れて帰り「私が今日から君のお父さんだ、私の家は君の家だ」といって心から面倒を見てくれる後見人、新しい父親のように神がイスラエルに臨んでおられるということです。親しい関係を求めておられるということです。

 そもそも「神は愛」であると私たちは知っています。ヨハネの手紙のⅠの4章にも「神は愛なり」という有名な言葉があります。愛はその性質上、対象を必要とします。愛し愛される関係が愛の本来の姿です。愛なる神は愛する相手としてイスラエルを選ばれたということです。そして漠然とイスラエル全体を愛しますということではなく、一人一人を愛するということです。「あなたの神」となるというのは明確に一人一人との関係を築いて愛するということです。愛は明確な相手との関係性の上に成り立つものだからです。相手と関係を持たない愛というのはあり得ないからです。

さらにここでは「わたしは奴隷の家からあなたを導きだした神である」と語られています。実際に神はエジプトで奴隷になっていたイスラエルの人々を救い出されました。奴隷であったイスラエルを解放したくない、かたくななエジプト王ファラオとのやり取りがあり、数々の奇跡を起こされ、ついにエジプトをイスラエルは脱出することができました。さらには映画でもおなじみの場面ですが、いったんイスラエルを解放しながら、ふたたび心を変えたファラオの軍隊にイスラエルが追われたとき、海が割れるという奇跡を起こし、イスラエルを救われました。その出エジプトの救いの出来事を前提として神はここで語られているのです。神は愛の関係を築くためにイスラエルを救い出されたのです。出エジプトは神の約束へといたる物語です。海が割れたりといった数々の奇跡が出エジプトの出来事のピークであったのではなく、神の救いと愛の約束であるこの十戒の授与が出エジプトのピークなのです。

それまでのすべての出エジプトの奇跡は神との愛の関係を結ぶための救いの出来事でした。つまり<十戒>の前文に語られているのは、戒めに先立つ神の救いの現実だということです。人間を導きだし、救い出される神の恵みが、なにより先に先にあったということです。人間が戒めを守ったら、神が人間を愛し救い出されるのだと、よく勘違いされますがそうではないということです。奴隷の家から導き出されたこと、救いが先にあるのです。

 イスラエルの人々は、エジプトで奴隷であったが、いまや自由なものとされました。神と自由な人間との愛の関係を約束したものが十戒であり、律法でした。その十戒をうける人間の側からすると、神に救い出され新しく生きるにふさわしい神への感謝の応答が十戒の約束でした。

 救い出された者であれば、そして神と新しい関係を結ぶ者であれば、神からの祝福のうちに、これらの戒めを守れるはずだと与えられたのが十戒でした。救い出してくださった神への愛の応答のあり方として十戒はあるのです。ところで、十戒は二つの部分からなっているといわれます。これは福音書の中で主イエスが律法学者から「掟の中でどれが第一でしょうか?」と尋ねられ、お答えになった言葉と対応します。主イエスは「第一の掟は、これである。『イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は、唯一の主である。心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』」と応えられました。これは申命記の6章から引用された言葉です。主イエスはここで神を愛することが第一の掟だとおっしゃっているのです。これは十戒の「あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない」に始まる最初の4つの戒めにあたります。さらに主イエスはこうも答えられました。「第二の掟は、これである。『隣人を自分のように愛しなさい』」これは十戒の「あなたの父母を敬え」からの後半の戒めに当たります。つまり、神を愛し、隣人を愛しなさいと<十戒>は語っているのです。

そしてこの大事な掟は、先ほども申し上げましたように、救われる条件ではなく、神に救い出された者の感謝の応答として当然守れるはずのものとして与えられました。神に救い出された者は神との健全な関係を持つことができるでしょう。つまり神を愛することができるはずです。そしてまた神との関係が健全になった者は他者との関係をも健やかにできる、隣人を愛することができるのだということです。これは、単なる宗教的戒律や倫理的な道徳ではなく、新しい神との関係を土台にした掟なのです。

逆に「あなたの神」となってくださる神との関係が造れなければ、神との関係だけでなく、隣人との関係もすこやかにはできないのだということです。たとえば今日はすべての戒めについては語りませんが、「あなたの父母を敬え」という戒めにしても、儒教的な親孝行を説いているのではありません。荒っぽい言い方をしたらニュースなどを見ると、この世界には、子供を虐待したりする、あるいは犯罪を犯したりする、とても敬えないと感じる親もいるのです。しかし、一方で自分自身を親として振り返っても、神の前で100%胸をはれるような立派な親ではなかったと感じられることはあるのではないでしょうか。もちろん情感的な親しさを感じる親子関係はあっても、突き詰めれば敬われるにふさわしい父母はこの世界にはいないのです。しかしなお神は「あなたの父母を敬いなさい」とおっしゃっています。自分の命にとって最初に関わりを持つ関係である父母は、子供の側からは選ぶことのできなかった関係でした。つまり、そこには神の摂理が働いているということです。神の摂理の内にある関係であるゆえ、敬いなさいと語られているのです。神という土台がなければ、父母を敬うということはできないのです。

<神の民として歩む>

 しかし、最初にも申しましたようにイスラエルはこの戒めを守れませんでした。神を愛し人間を愛することができませんでした。奴隷の家から導き出された者としての応答ができませんでした。そしてこの戒めを神への応答ではなく、救いの条件にすりかえました。戒めを守れば神に救われるということに、すり替えてしまいました。それが主イエスの時代のイスラエルでした。

 人間は神に恵みを受けながら、なお神との関係を正しくすることができなかったのです。本来は神の愛への応答の掟が、人間を縛るものとなりました。神を愛し、隣人を愛するという根本から離れてしまいました。

 その神との関係を正すために来られたのが主イエスでした。主イエスは壊れた神と人間の関係を十字架によって修復してくださいました。主イエスによって、神と人間の間に新しい契約がなされたのです。神と人間の関係が新たにされました。では、古い契約、古い約束である<十戒>はいまや無意味なのでしょうか?そうではありません。古い契約は今も生きています。そして、そもそもその古い契約もまたキリストの到来を指ししめていたのです。古い契約は破棄されるものではなく、キリストによって、完成されました。イスラエルのみならず、すべての人間にほんとうの命を与えられ、生き生きと輝く掟とされたのです。私たちもキリストのゆえに、神はわたしたちの神となってくださいました。わたしたちはキリストのゆえに神の民とされました。神と愛の関係を築くことができるようになりました。隣人と愛の交わりを持つことができるようになりました。

 私たちは新しい年も神の民として歩みます。生き生きとした信仰の内にキリストによって完成された神の戒めを与えられて歩みます。教会は終わりの日の新しい天と地をめざす、新しい出エジプトの民です。私たちはただキリストによって新しくされ、神を愛し、隣人を愛する者として喜びながら歩んでいきます。

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