大阪東教会礼拝説教ブログ

~日本基督教団大阪東教会の説教を掲載しています~

2017年1月1日主日礼拝説教 ルカによる福音書2章22~35節

2017-01-05 15:28:11 | ルカによる福音書

説教「万人のための救い」

 <聞きいれられた>

 新しい年が始まりました。2017年です。

 今日お読みしました聖書箇所にはシメオンという祭司が出てきます。シメオンは、おそらく主イエスの生前のみならず復活ののちペンテコステの日に聖霊が注がれる前までの時に、ただ一人、主イエスという存在の本質を理解していた人物であったと考えられます。洗礼者ヨハネも主イエスの道を備えた先見者でありましたが、シメオンは、主イエスの救い主、慰め主としての本質をもっと深く悟っていたと考えられます。主イエスのまことの降誕の意味を聖霊によって示されていた点において、シメオンは、最初の一人であったと考えられます。

 そもそも、シメオンとは「聞き入れられた」という意味です。新しい年、この一年、私たちも私たちの切なる願いが神に聞き入れられるようにと思います。

 さては、シメオンの願いの何が聞き入れられたのでしょうか。25節に「イスラエルの慰められるのを待ち望み」とあります。そうシメオンは待っていたのです。イスラエルが慰められる時を待っていました。彼はイスラエルが慰められますようにと願っていたのです。現実に、確かにイスラエルは慰められなければならない状況でした。シメオンの年齢は、はっきりと記されていませんが、おそらく高齢でしょう。彼はその長い人生において、イスラエルが独立を保っていた時代も知っていたでしょう、しかしその独立王朝が滅び、ローマに支配されるまでの歴史の流れの中で、血なまぐさい時代に翻弄されながら、生きて来たことでしょう。大国にいいようにもてあそばれ、イスラエル人ではない王をローマの傀儡としていただき、本来は神に選ばれた神の民であったイスラエルが、民族としての誇りもぼろぼろになっていた、そのイスラエルの地で、そのかたすみで、なおそのイスラエルの神に期待をしていたのです。

 シメオンは、イザヤがイザヤ書40章「慰めよ、わたしの民を慰めよと/あなたたちの神は言われる」と預言した救い主メシアを待ち焦がれていたのです。その待ち焦がれる思いを神から与えられていました。「主が遣わすメシアに会うまでは決して死なない、とのお告げを聖霊から受けていた」とあります。シメオンは、その生涯をメシアとの出会いに定められていた人であります。その生涯のすべてが、メシアと会う、その一点に絞られていた人でありました。そのような特別な神からの召しを受けた人でありました。

 シメオンにも、長い人生の中、さまざまな思いがあったことでしょう。祭司として神殿に仕えながら、宗教儀式に関わりながら、淡々と日々の為すべきことをなしながら、なおまことのイスラエルの救いを祈り求めていたことでしょう。シメオンは祭司という地位にありましたが、むしろ預言者として生きていたといえます。神の預言に、つまり神のご計画に、未来の希望に生きる人でありました。切に慰めを求めていた人でありました。

 慰めとはギリシャ語でパラクレーシスと言います。救いへの導きであるとか、励ます、また力が出るように安心させるというニュアンスがあります。日本語の慰めという言葉よりもっと積極的な意味があります。救いへ向かって、力へ向かって導いていくような強いイメージがあります。シメオンは慰め主パラクレートスをその両腕に抱きました。実際、その腕にいるのはただの力ない生後40日の赤ん坊です。貧しい夫婦の子供に過ぎない赤ん坊です。しかしなお、この赤ん坊にシメオンは見たのです。力強い救い主としての姿を、打ちひしがれているイスラエルとその民を奮い立たせる者である姿を。救いへと、力へと導く強い慰め主であるとそのみどりごを見て確信したのです。そして言います。「主よ、今こそあなたは、おことばどおり/このしもべを安らかに去らせてくださいます。」

 シメオンが新約聖書に登場するのはこの場面だけです。ただ律法の規定通り神殿に捧げられたみどりごイエスを両腕に抱いた、それだけの救い主との交わりでした。そしてそのひとときのために、そのひとときだけのためにシメオンの人生があったこと、それは今日的な価値観からしたらあっけないような、もう少しいろんなことがあってもいいのではないかとも思えることかもしれません。しかしそれだけに「このしもべを安らかに去らせてくださいます」という言葉は極めて大きな重みがあります。ただ救い主と出会う、それだけのためにシメオンは生きてきていた。そしてその願いは聞かれ、その救いを目の前に見た、両手で抱いた、もう良い、これで十分だ、彼の心は安らかにされたのです。

 彼の目に見えていたのはさきほども申し上げましたように貧しい夫婦の憐れな赤ん坊でした。律法によれば、赤ん坊を神殿に捧げる時、小羊を捧げないといけなかったのですが、貧しい夫婦は山鳩しか捧げることができなかったのです。職業的な祭司として、たくさんの、神殿に子供を捧げる夫婦を見て来たことでしょう。裕福な夫婦もたくさん見て来たことでしょう。しかしいまシメオンの前にいるのは、ただの貧しい若い夫婦です。

<異邦人を照らす光>

 しかし、聖霊によってシメオンは語ります。預言者として語ります。

 「これは万人のために整えてくださった救いで、異邦人を照らす啓示の光、あなたの民イスラエルの誉れです」

 万人のために整えてくださった救い、異邦人を照らす啓示の光、この言葉はみどりごイエスの父と母を驚かせました。なぜなから彼らはこの幼子がダビデの末裔として特別な存在になることは天使ガブリエルから聞いていましたが、それはユダヤ人への救いと理解していたと考えられるからです。異邦人を照らす啓示の光、つまり、神の救いがイスラエルだけでなく、異邦人にも届けられる、これは当時のイスラエルでは考えられないことでした。しかし、この光はまさにシメオンの預言ののち、1000年以上の時を経て、この東方の島国にまで届いたのです。日本にまで届いたのです。そして、私たちも今また異邦人を照らす啓示の光の中に照らされています。

 これはイスラエルの人々にとって大きな転換点でした。理解しがたい転換点でした。救いは特別に選ばれた民イスラエルのもの、それが当たり前のことでした。こののち、ペンテコステののち本格的に福音伝道が開始されたのちであっても、使徒言行録などを読みますと、なお、異邦人への伝道は、当時の伝道者の間で問題となり物議をかもしたことがわかります。

  ところでパラダイムシフトという言葉が少し前よくつかわれていたと思います。このパラダイムという言葉自体にそもそもは深い意味があるようですけれど、広い意味では意識の変革とか社会構造の変化みたいに比較的軽く使われていたようです。会社員時代も、新規技術によるマーケットの変化をパラダイムシフトと呼んでいたりしました。 本来のパラダイムシフトというのは天動説が地動説に代わるような根本的な人文学的変化、あるいは生物学的史上における先カンブリア紀のカンブリア生命大爆発のような決定的な変化が起こるようなことです。聖書に記された神のご計画された歴史の中でもしパラダイムシフトという言葉を使うとするならば、シメオンが抱いたおさなごによって、起こったことがパラダイムシフトでありましょう。つまり神のご計画が一民族から異邦人への救いと全人類への救いへと一気に爆発的に広がったということです。神の救いということの価値観がまったく変わってしまったということです。

<私たちのパラダイムシフト> 

 しかし、そもそも神の業というのは人間にとって、一人の人間にとっても、根本的なパラダイムシフトを起こすものでした。マリアの母が主イエスを身ごもった時、ルカによる福音書の2章46節からマグニフィカートと呼ばれる神への賛美を歌いました。その中に「主はその腕で力をふるい、思い上がる者を打ち散らし、権力ある者をその座から引き下ろし、身分の低い者を高く上げ・・」と歌っています。つまり自分のような辺境のガリラヤの貧しい女が神の目に留められ、いま、権力の座にある豊かな者身分の高い者が引き下ろされると歌っています。つまりここにも決定的な神によるパラダイムシフトが伝えられているのです。価値観がひっくり返ってしまう出来事を神は人間ひとりひとりに起こされるのです。

 母マリア自身、たしかに、すべてのことがひっくりかえる信仰的霊的な啓示を受けたのです。しかし話はそれにとどまりません。シメオンはマリアにいます。

「御覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人を倒したり立ちあがらせたりするためにと定められ、また反対を受けるしるしとして定められている」

 救い主、万人のための救いである、このみどりごが、イスラエルの多くの人を倒したり立ちあがらせたりする、とシメオンは言いました。万人のための救いなのだから、本来は、万人が救われるはずです。万人がたちあがるはずです。しかし現実には、このみどりごによって倒される人々もいるということです。救いを受け取らない人々もいるということです。この万人への救いであるみどりごは、人を立たせもし、倒しもする、つまりこのみどりごのまえで人間は決断を迫られるということです。救いを受け入れる者は立ちあがり、救いが来たのに受け入れないものは倒されるのです。

 さらにシメオンは言います。「あなた自身も剣で心を刺し貫かれます。多くの人々の心にある思いがあらわにされるためです。」

 多くの人々にある思いは、やがてこのみどりごを十字架に付けようとする思いとしてあらわれます。救いを拒否し、30年後のこのみどりごを「十字架に付けよ」と叫ぶ心です。そのあらわにされた人間の罪の前で母マリアの心は貫かれます。

 しかし、また私たちの心も貫かれます。

 私たちがまことに救いを受け入れていくとき、私たちもまた私たちのうちなる罪の思いが露わにされ、貫かれます。しかし貫かれたゆえ、私たちは立たされました。罪によって倒れていた私たちは立ちあがることができるようになったのです。倒れていた私たちが立ちあがるようにされた、それこそが救いであり、慰めです。慰めは力へと向かう強い言葉だと申し上げました。倒れていた私たちは万人を照らす光のうちに力を得て立ちあがるようにと慰めの言葉をいただきました。キリストと出会い、罪の心を刺し貫かれました。そして新しくされました。立ち上がらることができました。これこそ神によるパラダイムシフトです。

 新しい一年が始まりました。

 私たちは立ちあがります。まったく新しい歴史の中に立ちあがって行きます。起きよ光を放て、イザヤ書60章のことばは、私たちを万人を照らす光のなかに目覚めさせるものです。私たちは万人を照らすキリストの光のうちに、2017年を目覚めて生きていきます。世界は混沌として、私たちの日々も明日のことは分かりません。しかしなお、いま万人を照らす光の中に私たちはあります。その光の前で罪の心を貫かれ、新しくされ、日々新しくされ、起き上がります。

 世界は変わって行くでしょう。日本も変わって行くでしょう。劇的な変化、とんでもないことが起こるかもしれません。しかし、すでにキリストによって、新しくされている私たちはやがてキリストがふたたび来られるその日まで揺らぐことなく力強く生きていきます。

 シメオンはたしかに願いを聞き入れられました、イスラエルの慰められるのをまっていたシメオンは、イスラエルのみならず、万人の慰めを見たのです。私たちの願いも聞き入れられます。キリストの前で決断し、キリストを受け入れ信じる者の願いは聞き入れられます。そして神の業は私たちの願いを越えるものです。シメオンの願いがシメオンの願いを越えて聞き入れられたように、私たちの願いも、私たちの願いを越えて、もっと豊かにもっと大きくもっと光を放つ神の業として私たちの前におかれます。

 大いなる期待をもって歩みましょう。

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2016年12月25日主日礼拝説教 ルカによる福音書2章8~20節

2017-01-05 15:15:37 | ルカによる福音書

説教「飼い葉桶の救い主」

<ある国でのクリスマス>

 7,8年前でしたか、12月にある国に出張に行ったことがあります。この国はキリスト教を迫害している国でした。しかし、教会の数はとても多く、クリスチャン数もかなりの数になるそうです。そのほとんどが非合法な地下教会につながるクリスチャンです。迫害と言っても、大きな迫害を加えるのは特殊な時で、通常は見て見ぬふりをしているようです。そんな国のそれほど大きくない町に仕事で行った時、知識としてキリスト教を迫害しているというのがあったのですが、町にある商店の壁に日本で言うと年末セールみたいな宣伝ポスターが貼ってありました。わたしはその国の字は読めないのですが、クリスマスツリーのような絵も書かれていて、あ、これはクリスマスセールのポスターなんだと思いました。キリスト教を公には認めていない国の町で、ごく普通にクリスマスセールがされている、なんだか妙な気分でした。2016年、今年も、日本で、世界で、クリスマスが祝われています。その祝い方はさまざまです。日本では、もう今晩、スーパーマーケットに行ったら一気にお正月の雰囲気になっていることでしょう。クリスマスがいっきにどこかに行ってしまいます。日本でのクリスマスの扱いも、本質的にはキリスト教を迫害している国とさほど変わりません、経済効果のみを期待した扱いであるように感じます。しかしなお、どのような扱いを人間がしようと、神はそういうこともすべてご存知で、なお、救い主がこの世界に与えられたことを告げ知らせられます。2000年前から現在に至るまで、キリストの到来は途切れることなく告げ知らされ続けました。人間がそれを無視しようと、あるいは別の目的で利用しようと、なおキリストの到来は告げ知らされてきました。教会において告げ知らされたのです。キリストの体なる教会で神が働き告げ知らせておられるのです。

<クリスマスへ態度>

 現代でも、キリストの降誕に関して、人々の態度はさまざまですが、2000年前、救い主イエス・キリストがお生まれになった当時も、そのことに関していろいろな人が関わりました。いうまでもなく、もっとも重大な関わりを持ったのは、母マリアでしょう。彼女はほかならぬ神の御子をみずからの体内に身ごもったのです。そしてそのマリアを妻として迎えるヨセフ、さらにはすぐる週、共にお読みしました洗礼者ヨハネとその両親、そのほかに、さまざまな人がさまざまな在り方で救い主の誕生と関わっています。

 今日お読みしたルカではなくマタイによる福音書には、東方からやってきた博士たちがユダヤ人の王が生まれたことをエルサレムのヘロデ王に告げると、ヘロデ王やエルサレムの人々は不安になったと記されています。救い主、新しい王の誕生を聞いたヘロデ王はイエス・キリストを亡きものにしようとすらしたのです。

 つまり、すべての人々を救うために来られた救い主が、すべての人々から大歓迎されたわけではない、そう聖書に記されています。むしろ、ほとんどの人には知られず、一部の者からは猛烈な嫌悪感を持って迎えられたのが神の御子の誕生であり、私たちの救い主の降誕でした。そしてそのことは2000年前の遠い国の出来事ではありません。さきほど申しましたように今日においてもやはりそうなのです。イエス・キリストをどう考え、どのように自分の態度を決めるかというのは千差万別なのです

<顧みてくださる神>

 今日お読みいただいた聖書箇所は毎年のようにクリスマスの時期に読まれる箇所でもあります。讃美歌「まきびとひつじ」に歌われている場面です。「まきびとひつじ」は英語の題名では「ファーストノエル」。つまりはじめてのクリスマスということになります。はじめての救い主への礼拝ということです。その初めてキリストを礼拝したのが羊飼いたちだったと聖書は記しています。本来、羊飼いたちは、羊から離れることはできません。夜も羊を守らなければなりません。ですから野宿をして夜通し番をしていたのです。当然、律法で定められた安息日も守れません。当時の人々から見たら、生活の面でも宗教的な面でもさげずまれていた人々でした。その人々に初めてのクリスマスが告げ知らされました。辺境の土地、誰からも顧みられないガリラヤ地方の貧しい少女マリアに天使ガブリエルが現れたように、神はここでも、誰からも顧みられない人々のうえに素晴らしい知らせを届けられました。

 私たちは、そのことを毎年のように繰り返し聞きながら、すべての人を顧みてくださるお方、神様って素晴らしいと思います。たしかにそうです。でも神様が素晴らしいのは、マリアを顧みられたからでも、洗礼者ヨハネの母を顧みられたからでも、羊飼いたちを顧みられたからでもありません。ほかならぬ私、自分を顧みてくださったからです。ここにいる一人一人が個別に神に顧みられたのです。今も顧みられています。

 私たち自身が、暗闇の中にいました。野宿をしている羊飼いのようによるべなく日々を送っていたのです。神を知らなかった私たちは本当の平安を知ることがありませんでした。そんなわたしたちにクリスマスの出来事が告げ知らされたのです、私たちの上にも天使がやってきて、私たちも天使と天の大群の讃美の声を聞いたのです。これは遠い遠い国のおとぎ話ではありません。私たちの物語です。

 そんなことはない、私は野宿をしているわけでもない。セレブや大金持ちではないけれど、それなりにちゃんと社会生活を送っている。天使などやってきていないし、まばゆい神の栄光も見ていない、天使と天の大群の讃美など聞いたこともない。そう言われるかも知れません。たしかにこの耳で天使のお告げは聞かなかったかもしれません。まばゆい神の栄光を見ることはなかったかもしれません。天の大群の讃美は聞こえなかったかもしれません。しかし、いまここにいる私たち一人一人に最初のクリスマス、ファーストノエルがあったのです。そして繰り返し繰り返しクリスマスの出来事は告げ知らされています。そしてそれは個人的な神秘体験ではありません。

<わたしのファーストノエル>

 今年は12月25日が日曜日で、クリスマスの当日にクリスマス礼拝をお捧げすることができています。日本のプロテスタントの教会の多くは、通常なら25日の前で25日に一番近い日曜にクリスマス礼拝をお捧げします。そして年内にもう1週日曜日の礼拝があり、元旦の礼拝と続いていきます。でも今年は今日が年内最後の礼拝で、元旦は通常の主日礼拝となります。私が初めて教会の礼拝に行ったのは、25日が平日の年で、クリスマス礼拝の翌週の12月最後の礼拝でした。「クリスマス礼拝のときに初めて教会に行く人は多いですが、その翌週にはじめて教会にくる人は珍しい」とあとから言われました。珍しいと言われましても、その前の週がクリスマス礼拝だなんて、当時の私は知らなかったのです。たまたま教会に行きやすかったのが会社が冬休みに入った最初の日曜日だったのです。クリスマス礼拝には100人以上が集う教会でしたから、おそらく前の週の礼拝やら祝会はさぞにぎやかだったことでしょう。それに対して年内最後の礼拝は、帰省する人などもいて、人数も少なく、寂しい礼拝だったかもしれません。そういうことは当時の私にはよくわかりませんでした。たしか説教の箇所もぜんぜんクリスマスとは関係のない旧約聖書のモーセの話だった記憶があります。

 でも、クリスマスの讃美歌もページェントもごちそうもない地味な日曜日でしたけど、私はあの時、ファーストノエルを体験したのだと思います。礼拝において、飼い葉おけに眠っている幼子イエスに出会ったのだと思います。

 なぜそういえるのか?

 その翌日から、一気にというわけではないのですが、それからわたしの生活は変わって行ったからです。最初は興味半分で礼拝に行ったようなところもありました。でも気がつくと毎週礼拝に行くようになっていました。やがて洗礼を受けました。その直後、職場と家庭で大きな変化がありました。劇的というのではないですが、確実に、わたしの中のなにかが変わって行き、また私を取り巻く環境が変わって来ました。

 その変化の基点にあるのは、地味な、寂しい12月最後の礼拝がありました。そのときは、ああ礼拝ってこんなものかと、ただ「ふーん」と自分では聞いていたつもりでした。でもそのとき、すでに飼い葉桶のみどりごはわたしの救い主となられるためにわたしと出会ってくださったのです。

<羊飼いたちの行動>

さて、2000年前の羊飼いたちは天使のお告げを聞いて、ただちに行動を起こしました。仕事をそのままにしてベツレヘムへ向かいました。もういてもたっても居られなかったのです。神が語りかけてくださった、そのことを見に行こうではないか、すぐに行こうではないか、神に語られた人はすぐに行動を起こすのです。明日、とか、来週ではないのです。創世記のアブラハムの物語で大事な大事な息子イサクを捧げよと夜神に言われたアブラハムは翌朝、すぐに旅立ちました。マリアを妻として迎えなさいと告げられたヨセフもすぐにマリアを妻として迎えました。羊飼いたちもすぐにベツレヘムへ向かいました。

そこでまさに見たのです。飼い葉おけに眠っている赤ん坊を。神の救いの業を見たのです。ある方はこの場面をけっして美しい場面ではなかったであろうとおっしゃっています。わたしもそう思います。クリスマスのページェントでは美しく描かれる場面ですが、そのようなものではなかったでしょう。若い夫婦が初めての出産を体験したのです。それだけでもたいへんなことです。2000年前であれば今以上に出産にともなう危険は大きかったでしょう。しかも、若い貧しい夫婦は長い苦しい旅をしてきました、そして子供を産むにはふさわしくない非衛生的な環境でどうにか子供が生まれてきた。飼い葉おけに寝かされていた赤ん坊は、貧しさとこの世の暗さのただ中に生れて来たのです。この世の悲惨のゆえにそのような生まれ方しかできなかったのです。その飼い葉桶のみどり子を羊飼いたちは見ました。普通に見たら悲惨なかわいそうな赤ん坊でしかないみどりごを見たのです。しかし、羊飼いたちはそこに神の業を見ました。そして羊飼いたちは帰って行きました。元の場所に帰って行ったのです。

帰って行った彼らの生活が表面的には変わったわけではありません。羊飼いが別のものになったわけではありません。羊飼いは羊飼いのまま、やはりそれからも野宿をしながら羊の世話をしながら、たいへんな生活をしつづけたのです。救い主を見たから大金持ちになったとか、出世したということはないのです。でもやはり彼らは元の自分たちの生活に帰りながら、なお変えられたのです。

救い主と出会った者は変えられるのです。人々からさげずまれていた彼らは人々に自分たちが体験したことを伝えたのです。社会的な地位の低かった彼らは仕事などで必要な事柄以上は、世間の人々と話をすることはあまりなかったでしょう。そんな彼らが飼い葉おけにおられた救い主のことを人々に伝えました。伝えずにはいられなかったのです。そのように変えられました。そんな彼らの言葉を人々は不思議に思ったとあります。これは驚いた、びっくりしたということです。でも聖書はそれを聞いた人々が、聞いて驚いた人々が、さらにヨセフとマリアのもとへ飼い葉桶の主イエスを見ようと押しかけた、とは書いていません。多くの人々の主イエスへの姿勢は、すぐに救い主を見に行った羊飼いたちと同じではなかったのです。おそらく多くの人は、クリスマスを体験することができなかったのです。

<わたしたちのファーストノエル>

 いま、私たちはクリスマスを体験しています。飼い葉桶のキリストと共にあります。それは、私たちもまたここからそれぞれの場所へ送りだされるためです。私たちの住む地上にはたくさんの悲惨があります。私たちの人生にも悲惨があります。罪の悲惨があります。その悲惨を平和へと祝福へと変えてくださる、それが飼い葉おけに寝かされているみどりごの主イエスです。やがて十字架に向かわれるキリストです。悲惨な世界に悲惨な形でおうまれになったキリストです。しかしそのことのゆえに私たちは私たちの悲惨から救われています。そして変えられていきます。それぞれの場所に私たちは戻ります。昨日と何一つ変わらない日々に。でも飼い葉おけに寝かされた赤ん坊によってその日々は変えられていきます。飼い葉おけに寝かされた赤ん坊を礼拝した者たちはすでに希望を持って生きていきます。クリスマスに与えられた希望のゆえに、本来は悲惨でみじめな非衛生的な馬小屋の場面が、礼拝をする者にとって喜びに満ちた美しい場面となるのです。

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2016年12月18日主日礼拝説教 ルカによる福音書1章57~66節

2016-12-19 11:45:08 | ルカによる福音書

2016年12月18日主日礼拝説教 ルカによる福音書1章57節~66節

「喜びの前の沈黙」

 キリストの到来は、新しい王の登場にたとえらえます。実際にキリストは王だったのです。人間の王を越えた王でした。王の王と言って良いでしょう。王の到来を人々はお迎えせねばなりません。新しい王さまがやってくる、その王を迎えるにはそもそも人々は王の到来を知る必要があります。「新しい王が王位につかれたぞ」あるいは「王がもうすぐ到着されるぞ」そういうことを知らせる伝令が必要です。その伝令の言葉を聞いて、人々は王の住まわれる王宮までの道を整えます。礼を尽くして準備をするのです。

 そのような伝令として、救い主たる王キリストの到来を告げる伝令として、登場したのが洗礼者ヨハネです。

 その洗礼者ヨハネの母エリザベトは高齢であったといいます。老人と言っていいような年齢であったと言われます。そのエリザベトが子供を産みました。その子供、のちの洗礼者ヨハネについては、アドベントの期間に語られることも多いのですが、受胎告知や、ベツレヘムの物語に比べて少し地味な印象を与える聖書箇所かもしれません。しかし、すべての福音書は洗礼者ヨハネについて語っているのです。受胎告知の場面がなくても、東方の博士の話がなくても、洗礼者ヨハネについてはどの福音書でも語られています。キリストの到来ということについて、また福音伝道のはじまりについても、洗礼者ヨハネ抜きで福音書は語ることをしていません。さきほど伝令と申しました。私たちは聖書にかぎらず歴史を学ぶとき、どこの国のなんという王があるいはなんという皇帝や大統領がどのようなことをしたかについて学びます。この王はこの皇帝は大統領はどんな人物だったかについては聞かされます。その実績をきかされます。しかし、その王が戴冠したときの伝令がどんな人間だったかといった話など通常は語られません。

 もちろん洗礼者ヨハネは単に伝令だっただけではなく、その名前のように、主イエスに洗礼を授けるというとてつもなく重要な役割をも担ったのです。その主イエスへの洗礼は、主イエスご自身が神の愛する御子として聖霊を受けて伝道を始められる合図でもありました。いってみれば王キリストへの正式な戴冠がなされたような出来事でした。しかしそうであったとしても、やはり戴冠を施した司式者に多くのことが語られることは通常ありません。

 しかし、福音書では比較的丁寧にこの洗礼者ヨハネについて語られます。礼者ヨハネはそれぞれの福音書の書き出しの部分に登場して、比較的すぐに福音書の表舞台から消えます。それにしても、やはり洗礼者ヨハネについては、かなり重きがおかれて記述されているといえます。ことにルカによる福音書では、洗礼者ヨハネの誕生について詳細に記しています。

 それは、洗礼者ヨハネによって、キリストの到来が突然あったわけではないということをしめすためです。今日読んでいただきました旧約聖書のイザヤ書40章をはじめ、マラキ書など、救い主到来に先立ち、道を備える者が現れることは旧約聖書にしるされています。洗礼者ヨハネの誕生はその預言が成就したということになります。それは単に預言が当たったということだけではなく、大きな神の救いの物語の中に福音書の出来事も入れられているということです。福音書に記されているのは2000年前のごく短い時間の物語です。キリストの生涯は30年ほど、そのなかの宣教の期間は三年ほどであったと言われます。しかしそのような数年や数十年の物語が私たちに示されているわけではない、天地創造からキリストの再臨にいたるまでの壮大の物語の中に、キリストの降誕がある、そのことを洗礼者ヨハネの登場によって福音書は示しているのです。そのために洗礼者ヨハネは旧約聖書と新約聖書を橋渡しする存在であると言ってもいいでしょう。

そして福音書において知らされる神の物語は、夜明けに向かう壮大な夜の出来事であるともいえます。わたしたちはまだ救いの物語のはじまりのところにいるのです。洗礼者ヨハネの誕生そしてキリストの降誕から2000年たった現在でも、わたしたちは未来へ続く壮大な物語の入り口にいるにすぎません。パウロは「いまは鏡におぼろに映った者を見ている。だがそのときには、顔と顔とを合わせて見ることになる」と言いました。そのパウロの言葉のように私たちにはいまはおぼろにしか知ることができません。そして2000年前、まだおぼろにすら明けていなかった夜の闇の中で、叫ぶ声がしました。それが洗礼者ヨハネでした。夜があけるぞというヨハネの声によって、福音の到来の物語は始まるのです。そして暗闇にたしかに光がきました。夜明けの光がきました。でもまだ完全に夜明けではない、わたしたちはまだおぼろにしか見ることはできません。しかしヨハネの声によって、それが確実な夜明けの光であること、壮大な救いの物語が確かであることを私たちは知らされます。おぼろなうすらあかりのなかに、しかし確かに私たちは夜が明けるぞ、新しい王が来られるぞという声を聞くのです。その声のゆえに、光がまことの光であること、神のご計画の中にある光であることを知るのです。

  ルカによる福音書の第一章には洗礼者ヨハネの父と母について記されています。マリアへの受胎告知のように、天使ガブリエルがやってきて父ザカリアに子供の誕生を告げます。そのとき天使の言葉をすぐには信じることができなかった父ザカリアは今日お読みしていますヨハネが生まれて名付けの時まで口がきけなくなっていました。

 ザカリヤは口がきけませんでしたが、今日の聖書箇所は喜びの場面です。年老いたエリザベトに子供が生まれた。なんという神の恵みであろうと人々は喜んだのです。「主がエリザベトを大いに慈しまれたと聞いて喜び合った」いぶかしんだのでもなく、ねたんだのでもなく、喜び合った、ここには純粋な人々の心があります。

 その喜びのピークに名付けの場面があります。先週もお話ししましたが、子供が生まれて、その子供に名前を付けるというのは大きな喜びの行為です。親類縁者たちは「ザカリヤ」という名をつけようとします。当時、親類の名前を付けるのが一般的だったかどうかは歴史的にははっきりとはしません。しかし、「ザカリヤ」という命名は誰が聞いても納得するものだったのでしょう。しかし、その喜びの集まりのピークで母はいいます。「いいえ、名はヨハネとしないといけません」きっぱりとした言葉です。集まった人々はたいへん驚いたことでしょう。誰が聞いても納得する名前を人々がつけようとした、そこに母親からきっぱりと否定の言葉があるというのは、ありえないことだったでしょう。喜びの場面が混乱します。

 結局、父であるザカリアも「ヨハネ」という名に同意をします。人々はますます驚きます。ヨハネという名は「主はいつくしみぶかい」という意味があるといいます。まさにかみにいつくしまれた年老いた夫婦は、天使ガブリエルから告げられたとおりに名付けるのです。ここに神への従順な姿勢があります。

 そのとき父ザカリアの舌がほどけて声が出るようになります。声が出るようになったザカリアは、まず親類縁者たちになぜヨハネと名付けるのかという説明をしたのではありません。神を賛美したのです。人々は恐れを感じたとあります。神を賛美するザカリアの姿に、人々は説明はされなくても、なにかとてつもない神の力がこの夫婦に働いたことを悟ったことでしょう。

 ところで、ザカリアが口がきけなくなり、本日の場面で舌がほどけたということがらを、ザカリアが、主イエスの母マリアのようにすぐにガブリエルの言葉を受け入れなかったことへの懲罰的な解釈をすることがあります。たしかに1章で天使ガブリエルは「あなたは口が利けなくなり、この事の起こる日まで話すことができなくなる。時が来れば実現する私の言葉を信じなかったからである。」と言っています。

 しかしこのことは、単にザカリアへの懲罰、懲らしめ以上の意味があります。

 ザカリアは喜びの前に沈黙しました。沈黙を余儀なくされました。わたしたちもまた神の与えられる喜びの前に沈黙をするのです。神の出来事は人間にとって恐れと不可解に満ち満ちているからです。わたしたちは沈黙をせざるを得なくなるのです。主イエスの母マリアは天使ガブリエルに対してはお言葉通りこの身になりますようにと語りました。しかしマリアは主イエス誕生ののち、さまざまな信じがたい出来事、理解しがたい出来事と遭遇し、そのつど「思い巡らし」「心に納めていた」と聖書にしるされています。羊飼いたちが赤ん坊を見に来たとき、少年イエスが神殿で学者たちと話をしていた時、マリアはそれらのことをすべて心の中に納めたのです。神のなさることの前で沈黙したのです。

 神に心が向いていない時、私たちは饒舌になります。神のいないクリスマスは、ただのバカ騒ぎをするパーティであるように、神に心がむいていないとき、私たちは騒々しくなります。あのことこのことをしゃべります。しんどいとき愚痴をこぼします。またいろいろなことに腹を立てて怒ります。しかし、現実に神の働きを見る時、私たちは沈黙するのです。あるいは一人でいても、心が自分だけを見ている時、心は騒がしくなります。自分のことばかり考えている時、あああの時こうすればよかった、あしたのことが不安で不安でたまらない、と心の中で思いが渦巻いて心が騒ぎ立ちます。心は沈黙していないのです。

 しかし私たちは沈黙するとき、心を静かにするとき、神の業を見るのです。そしてまた逆に神の業の前では沈黙せざるを得ないのです。 ザカリアも、神の業を見るために沈黙を与えられました。 そしてその沈黙は神の業をはっきりと見た時、賛美によって破られます。

  数年前「失語の時代」という言葉を聞きました。現代は、言葉が失われていく時代であるといいます。かつて抒情豊かな言葉がこの国にはありました。万葉の昔から、日本は言葉の豊かな国でした。明治時代にも外国からの文化を取り入れて、さらに豊かな言葉がこの国にはあふれていました。しかし、現代はどうか?記号のような言葉があふれています。そしてまた人の揚げ足を取るような、人を監視するような言葉が満ちています。特にネットでは毎日、だれかの発言に対して炎上しています。一方で現代には、言葉を失うような出来事があまりに多くあります。大きな自然災害の前で、理不尽な事件事故のの前で、私たちは言葉を失ってしまうのです。嘆くこともできない現実のなかで私たちは言葉をなくしてしまいます。言葉をなくしながら、なお、騒々しいのです。ほんとうのことや、豊かなことは語られていないのに、テレビ画面にはたくさんのテロップが流れているように、むなしい言葉だけが満ちています。それは神の前の沈黙ではありません。虚無へ向かっていく事柄です。

 私たちは神の前で沈黙をしないといけません。言葉を失うような現実の前で静まるのです。心かき乱す現実の中で静まるのです。

 

 沈黙ののち、まことの喜びが与えられます。神が与えられる喜びです。ザカリアが子を与えられ、そしてその誕生によって神の御業をしったように、私たちも知ります。神のご計画を知ります。そのとき、私たちは本当の言葉を与えられます。賛美の言葉です。賛美の言葉は祈りの言葉でもあります。今日の聖書箇所のあとの部分で、言葉を与えられたザカリヤは預言をしています。救い主の到来と、生まれてきた赤ん坊がいと高き方の預言者となることを語っています。まことの言葉を語りました。

 誕生した赤ん坊、洗礼者ヨハネは伝令だと申しました。王の到来を伝える使者、夜明けを告げる使者でした。そのヨハネののちにたしかにキリストが来られました。私たちに光が与えられました。いまはおぼろげであっても確実な光です。そのおぼろげな光のなかで、わたしたちもひとりひとりが洗礼者ヨハネとして召されています。神の前で沈黙し、静まり、そして新しい言葉を与えられるのです。私たちはだれかにとっての洗礼者ヨハネとなるのです。喜びの使者となるのです。

 クリスマスが近づいています。わたしたちもいま、クリスマスの喜びの前に静まります。沈黙をします。静かに神の前に新しい言葉を待ちます。クリスマスの喜びが増し加えられるように。神にある喜びが豊かにあるように静まります。クリスマスの喜びを隣人に告げ知らせるために喜びの使者となるために静まります。

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2014年4月20日ルカによる福音書24章13~35節

2014-06-12 18:25:03 | ルカによる福音書

大阪東教会 2014年4月20日主日礼拝説教(イースター礼拝)

ルカによる福音書24章13~35節

「心を燃やして」    吉浦玲子伝道師

 今日の聖書箇所では「暗い顔」をしている人が出てきます。
 わたしも小さいころから20代くらいまでの時期、「暗い」ってよく言われました。あまり明るい顔はしていなかったんです。むかし、ネクラという言葉がはやっていましたけど、その「ネクラ」でした。ただ社会生活をしていて、「ネクラ」というレッテル付けされると、社会人としてやりにくいので、ある時期から、職場で仕事するときとか、人と接するときは、出来る限り明るくしてました。が、心の底は、ずっと「ネクラ」でした。

 逆にですね、本当のところは、なんでこんなこの世の中に生きていて、明るくしてられるのか良く分からなかったのです。太陽に向かってすくすく育ってニコニコしてる人なんて、ちょっとこの人おかしいんではないかと思っていました。自分の方がおかしかったんですけど。
 では、なぜ人間は暗くなるのでしょうか。それは端的に言って、「希望が見いだせないから」ではないでしょうか。挫折した時、不幸な出来事に遭遇した時、私たちは当然暗くなります。痛みや傷の大きさによって、またその痛みや傷の種類によって、そこからの回復の時間は変わります。しかし、なかなか回復できない暗さというのもあります。つきつめて考えると未来に希望が持てないと感じる時、現在は特に不幸ではなくても暗くなるでしょう。せめて若くて健康であれば、まだ将来に希望を見いだせるかもしれません。でも現代においては若年層でも希望は持ちにくいようです。仮に希望を見出したとしても、その希望は突き詰めていけば、やがて死、この地上における命の終わりによって絶たれます。

 今日の聖書箇所に出てくる暗い顔をした人たちも、希望を失っていました。でも彼らは主イエスの復活の出来事をすでに聞いているんです。主イエスはよみがえられた。それを聞きながら、暗い顔をしている。さらには復活された主イエスご自身と話をしているんです。それなのに彼らは暗い顔をしていました。なぜでしょうか?なぜなのかご一緒に読んでいきたいと思います。

 今日の聖書箇所の少し前、24章の最初のところになりますが、週のはじめの日に主イエスの墓にいった婦人たちが主イエスの遺体のないことに気付きました。そして天使たちと出会いました。天使は主イエスの復活の出来事を伝えました。その天使が語った復活の出来事を9節で婦人たちは「11人とほかの人皆に一部始終を知らせた」とあります。
 この「暗い顔」をしている人たちは、婦人たちから一部始終を聞いた人たちのメンバーです。新共同訳ではわかりにくいですが、13節の二人の弟子が、というのは話を聞いた彼らの内の二人ということで、12節から継続した物語になっています。
 彼らは復活の出来事を信じられなかったのです。主イエスが死んでしまい希望を絶たれた状態で暗い顔をして、おそらく彼らの家があったエマオへと向かっていました。60スタティオンというのは1スタディオンが185mですからだいたい11キロくらいの距離です。その道を歩きながら二人は一切の出来事を話しあい論じ合っていたのです。当然、主イエスの十字架の死について話し合っていたのでしょう。堂々巡りの結論の出ない、実りのない議論だったことでしょう。
 そこにイエスご自身が近づいてきて一緒に歩き始められた、とあります。すっと近づいてこられたんですね。そして一緒に歩いてくださった。でも弟子達にはイエスさまだと分からないんです。不思議な場面です。似たような場面がヨハネによる福音書の20章14節にあります。復活のイエスご自身と出会ったマグダラのマリアもまた、目の前におられるのが主イエスだとわからないのです。
 ここで間違ってはいけないのですが、主イエスの復活という時、主イエスは肉体をもって復活されたということです。復活の出来事を、主イエスが弟子たちの心の中によみがえったとか、主イエスの教えを守る時、主イエスが私たちと共にいるというような精神論で理解するのは間違いです。主イエスは身体を伴って復活されたのです。
 にもかかわらず、この暗い顔をした弟子達も、マグダラのマリアも、最初、復活の主イエスをイエスさまであると認識できなかったのです。さきほど申しましたように、復活の主イエスと出会うことは、肉体をもった主イエスと出会うことです。しかし、その体は見えても、信仰を伴わないと、そこにまさに神である主イエスがおられることを認識できないのだということを示しています。復活は精神論ではないと言いながら、信仰を伴わないと認識できないということは、矛盾しているように感じられるかも知れません。しかし、これは矛盾ではありません。もう少し聖書を読んでいきたいと思います。

 18節から彼らは主イエスご自身にエルサレムで起こった出来事を話します。そしてその話の中でわかることは、19節に「ナザレのイエスのことです。この方は、神と民全体の前で、行いにも言葉にも力ある預言者でした」つまり彼らは、イエスさまが特別な人、力ある人であることは理解していたんです。また、21節に「あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。」ともあります。つまり、他の弟子たち同様、彼らも、主イエスがローマに支配されていたイスラエルを解放してくれると期待していたんです。でも、これは厳しい言い方をしたら、彼らの勝手な希望だったんです。主イエスご自身は一度も、自分が政治的な意味で王になるとかローマを倒すなんてことはおっしゃってはおられなかったのですから。
 そしてまた彼らは復活の出来事についても語ります。イエスの遺体が見つからなかったこと、婦人たちに天使が現れたことなどを語るのです。
 その言葉を聞いて、主イエスはおっしゃいます。「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち」
 「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く」この暗い顔していた弟子たちは、もちろん、まだ主イエスが見えていないのですから、たしかに物分かりが悪く、心が鈍いと言えます。ただここで救いがあるのは、彼らのことを、主イエスは信仰のない人たち、とは言われなかったんです。信仰のない、箸にも棒にもかからないとは言われなかった。
 彼らに主イエスは聖書、ここでいう聖書は旧約聖書ですが、そこから説明を始められた。主イエスご自身が聖書研究会をしてくださっているというのはすごいことです。その話を聞きながら、彼らの心が少しずつ変化していったと思われます。彼らの光を失っていた目に輝きが戻り、表情にも生気が戻って来たのではないかと思います。少しずつ、彼らは明るさを取り戻していきます。

 彼らは、主イエスに共に泊ってくださいと申し出ます。そしてそこでの食事の席で、主イエスがパンを裂いたとき、二人の目が開け、イエスだと分かったとあります。この食事の場面も不思議なのです。ほんとうは主イエスは客人なのですから、食事の提供を受ける側です。しかし、むしろ主イエスは主人のようにふるまっておられる。テーブルマスターとしてパンを裂かれたのです。
 このパンを裂いた、というのは、聖餐を暗示しています。さらに前の箇所に戻れば、二人の弟子に聖書を主イエスが教えられている場面は説教を示していると言えます。
 「物分かりが悪く、心の鈍かった」弟子たちに、主ご自身が聖書を語り、そして聖餐の食卓についてくださった、そして彼らの目は開かれたのです。真の信仰が与えらてその目が開かれたのです。
 今日、教会において、私たちは礼拝をお捧げして、説教を聞き、また聖餐にあずかります。その原型が今日の聖書箇所に記されていると言えます。主イエスご自身が説教をされて、聖餐を執行してくださった・・・なんと贅沢な礼拝!、2000年前は良かったなあと思われるかもしれません。
 しかし、今日、たとえば、説教をしているのは主イエスではなく、この補教師であるわたしであり、来月、聖餐を執行してくださるのは千里丘に住んでおられる隠退牧師です。しかしながら、やはり説教者や聖餐執行者は、主イエスご自身ではなくても、この礼拝の場には主イエスがおられます。
 私たちが物分かりがよくて、心が鋭ければ、それがわかるのです。もちろん、目に見えるというわけではありません。それは信仰において認識するのです。さきほども申しました復活の主を見るには信仰が必要といいましたが、それと同じです。そう言われても、と、なにか煙に巻かれたような気がなさるでしょうか。

 ところで、ペトロの手紙Ⅰの1章8節に「あなたがたは、キリストを見たことがないのに愛し、今見なくても信じており、言葉では言い尽くせないすばらしい喜びに満ちあふれています」とあります。この言葉はペトロ喜びと驚きに満ちたものです。わたしたちは主イエスを肉眼でこの目で見ることはできません。しかしなお、主イエスがいまここにおられることを理解し、感じることはできます。
 物分かりが悪くて、心の鈍かった二人の弟子が、主イエスだと分かった瞬間、主イエスの姿は見えなくなったとあります。もう見える必要はなくなったからです。彼らははっきりと主イエスの十字架の贖いの業、復活のことがわかったのです。まことの信仰を得たのです。だから彼らはいつまでもの肉眼で主イエスを見ている必要はなくなったのです。彼らはイエスの弟子としてずっと行動を共にしていたのです。肉眼で主イエスを見ていたのです。でもそのときには本当のイエスの姿を理解することはできなかった。自分たちの都合の良いヒーロー、勝手に祭り上げた救い主として理解していのです。でも今は違います。本当のイエスの姿が見えたのです。死を乗り越えて、永遠の希望を与えてくださる方であることがわかったのです。それがわかった瞬間、肉眼で主イエスを見る必要はなくなったのです。
 そして彼らは言います。「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」
 この燃えるというのはぼうぼうと激しく燃えるというのではなく、しずかに、しかし確実に燃えている状態です。今日、もう一か所お読みした聖書箇所に有名な聖句があります。「傷ついた葦を折ることなく、暗くなってゆく灯心を消すことなく(イザヤ書 42章1~4節)」という言葉です。弟子たちは、たしかに物分かりが悪く、心が鈍かった、しかし、そのような弟子達を主イエスは、神は、見捨てられたわけではないのです。箸にも棒にもかからない、不信仰ものとして切り捨てはなさらなかったのです。その希望を失って傷ついていた心を癒し、暗くかききえそうになっていた灯りをともしてくださったのです。柔らかな、あたたかい火、そしてけっして消えることのない火を彼らの心にともしてくださった。永遠へつながる火をともしてくださったのです。

 わたしたちもまた、主イエスによって、心に火をともされたものです。いま教会に皆さんは招かれてきている。ですから、すでに火をともされているのです。心を燃やされているのです。
 しかしなお、わたしたちは折々に「物分かりが悪く、心が鈍く」なります。そして暗い顔をします。消えない火をあたえていただいていても、この地上で生きる時わたしたちは、時に、物分かりが悪く、心が鈍くなります。そのようなわたしたちに、そっと主イエスは近づいてこられます。エマオへの道で弟子たちにさりげなく近づいてこられたように。私たちにはその時、それが主イエスとはわからないかもしれません。それは友人の顔をしていたり、偶然出会った人の顔をしているかもしれません。そのような人間を用いて主イエスは語られます。
 そしてその言葉は、やがて聖書の言葉になります。みことばになります。わたしたちはなにより礼拝において主イエスと出会い、言葉を聞きます。そこからわたしたちは力を得ていきます。心を燃やされます。今日はイースターです。心を燃やされたわたしたちには、いまここにおられる主イエスを感じることができます。その主と共にこのイースターを祝いたいと思います。

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2014年4月13日ルカによる福音書22:54-62

2014-04-15 18:32:08 | ルカによる福音書

大阪東教会 2014年4月13日主日礼拝説教(棕櫚の主日)

ルカによる福音書22章54節~62節

「見つめられる神」    吉浦玲子伝道師

 

 受難週を迎えています。主の御受難をおぼえる1週間です。今日は棕櫚の主日。主イエスが「ホサナ、ホサナ」とイスラエルの人々に大歓迎されて、エルサレムに入城した日です。その大歓迎からほんの数日後に、主イエスは今度は群衆から「十字架につけろ」と叫ばれ、十字架にかかられます。その十字架へと向かわれる主イエスの姿を、ルカによる福音書からご一緒に読んでいきたいと思います。

 

 受難週の思い出として、少しお話します。わたしの母教会では、受難週の木曜日、洗足木曜日礼拝を夜にもっていました。これはイブ礼拝などと同じ、キャンドルサービスでした。聖書の受難物語の箇所を朗読し、讃美歌を繰り返し歌います。イブ礼拝と異なるのは、イブ礼拝は終了後、会場の明かりがついて、「メリークリスマス!」と喜びの時間となりますが、洗足木曜日礼拝では、最後にろうそくの火をすべて消して、暗闇の中を無言で帰るんです。

  受洗してまだ間がないころ、はじめてその礼拝に出た時、プログラムに「礼拝後はキャンドルを消して暗闇の中を無言でお帰りください」と書いてあって、うわーと思いました。めっちゃ暗そう・・・。自分の罪をいやというほど思いながら、がっくり肩を落として帰っていかないといけないのかって思いました。

 

 実際、礼拝では主イエスの受難の聖書の朗読ばかり聞き、受難の讃美歌ばかり歌ったんです。そしてキャンドルが消えて真っ暗な教会を出て、無言で帰って行ったんですけど、その帰り道、ぜんぜん、気持ちが暗くなかったんです。むしろ明るかった。うまく言えないんですが、主の受難を覚える今が、暗黒の極み、罪の極みを覚える時なんだ、その暗黒を知ったときが一番暗いんだ。そして、いま一番暗いんだから、これから明るくなる一方だと、ちょっと安易ですけど、そう感じました。十字架の出来事は暗闇ですがそれは光へ向かうためのものなんだと、帰り道に思ったんです。

 さて、今日の聖書箇所は、イエスのいわゆる一番弟子といわれるペトロが三回にわたって、主イエスを知らないとイエスを否認するという有名な場面です。ペトロという人は福音書の中の役回りとしては、ちょっと軽率な愛すべき人として描かれています。主イエスと共に三年を過ごしながら、他の弟子達と同様、ちっともイエスのことがわかっていない弟子、そして十字架の出来事の前にはとうとう主イエスを否定してしまう弟子であったペトロ。今の目でわたしたちが見るとき、なんて情けない・・と思ってしまうかもしれませんが、まだペテロも他の弟子たちも、主イエスの十字架や復活の意味を知らなかったのですから、ある意味、致し方ないとも言えます。

 そんなペトロや他の弟子達には、信じていた主イエスの逮捕というのはたいへん過酷な出来事でありました。

 

主イエスの数々の奇跡を目の当たりにしてきたペトロたちにしてみたら、そのイエスがあっけなく逮捕されてしまう、そのようなことがあろうとは思ってもみなかったことでしょう。主イエスは、イスラエルの王になると考え、その王になるべきイエスの弟子として自分たちは、王国の主要な人物になるんだという希望をもっていたことでしょう。しかしその希望がまったく潰えてしまったのです。

 

 ペトロは主イエスの逮捕の前、勇ましいことを言っていました。「主よ、ご一緒になら、牢に入っても死んでもよいと覚悟しております。」ところが彼は一緒に牢に入るどころかイエスが捕まった時、主イエスを置いて逃げてしまいました。ルカによる福音書にはペトロが逃げてしまったことは明確には書いてありませんが、他の福音書には記してあります。ペトロは怖かった、恐ろしかったのです。だからといって彼がまったく無責任であったかというとそうでもないのです。オリーブ山でイエスを捕らえようとしてやってきた者たちに、いったんは、剣を抜いて向かっていっているのです。ルカによる福音書には名前は記載されていませんが、ヨハネによる福音書ではペトロが剣を抜いたことが記されています。

 

 そして今日の聖書箇所では、恐る恐るではありますが、主イエスに遠く離れてついてきて成り行きを見守っているのです。ここには、ヒーローでも聖人でもない、ごく普通の人間の姿があります。主イエスと一緒に牢に入る勇気はないけれど、まったく見捨ててしまうほどずるくはない、どっちつかずの在り方、それはごく普通の人間のよくある姿です。逆に言いますと、臆病だけど、自分自身の小さな良心を捨てきれない姿でもあります。

 

 54節に遠く離れて従った、とありますが、この「遠く」はたとえばルカによる福音書1520節で、帰って来た放蕩息子を遠くからみつけた父親が走りよる場面があります。この父親が息子を見つけたのと同じ「遠く」です。つまり、主イエスのご様子をかろうじてうかがうことはできるけど、十分な距離があったのです。場合によっては、すぐに逃げ出せる距離を保っていたとも言えます。まさにおどおどと彼は主イエスに従ったのです。

 

 そののち彼は一緒に焚火の火にあたっていた女中さんに、あなたはイエスの仲間だと指摘されます。そしてまたしばらくして他の人からも指摘されます。これはたいへん皮肉なことです。ペトロは主イエスに一緒に牢に入ります、一緒に死んでもかまいません、と言っていた。その言葉の中には、これから仮になにか悲劇的なことがおこっても、自分はそこで英雄的な行為をなすのだというような感覚が垣間見られます。いさましく戦って、殉教をする。その相手は祭司長や律法学者、ローマの兵を意識していたかもしれません。しかし、実際は、いっしょに火にあたっていたごく普通の人々、権力者でもなんでもない、社会的にはむしろ低い位置にいたであろう人々によって、彼の本当の姿が露わにされてしまったのです。慌てふためき、自分の正体を隠し、主イエスを否定してしまう弱さを彼は知らされたのです。拷問にあったのでもない、剣で切り付けられたのでもない、ただ一緒にいた普通の女性の一言で、彼は自分自身の姿をいやというほど知ることになったのです。

 しかし、彼が自分自身の弱さを本当に知ったのは、61節の主は振り向いてペトロを見つめられたとある、この主イエスのまなざしによってです。

 

 「今日、鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」その主の言葉を彼は、主イエスのまなざしを受けた時、思いだしたとあります。

 このまなざしが具体的にどのようなものであったのか、それはわかりません。しかし、けっしてそれは憎々しげなうらみがましいまなざしではなかったでしょう。静かなまなざしであったでしょう。このときペトロは22章の32節で主イエスが「しかし、わたしはあなたのために、信仰がなくならないように祈った。」とおっしゃったことまで思いだしたと思います。

 

 主イエスがすでに自分のために祈っていてくださった。

 

 たった一人の女性の言葉で露呈するほど弱い自分、惨めな自分のために、主イエスはすでに祈ってくださっていた。そのことを思い出したとき、ペトロは救われたのです。もちろん主の十字架と復活、そしてペンテコステの出来事は、まだこれから先のことです。罪の贖いの業について正確に彼が理解することになるのは先のことです。

  しかし、このとき、主イエスのまなざしと出会った彼は、自分が主イエスのゆえに救われることが分かったのです。

 

 ペトロは漁師でした。しかし漁師として大事な舟を捨て、それまでの生活を捨ててイエスに従ってきたのです。三年半だったといわれる主イエスとの生活の中で、弟子の中には脱落していくものもあったでしょう。喝采していた群衆がイエスを見捨てて去っていったこともありました、そのようなことを彼は見てきました。しかし、それでも彼は最後までイエスに従ってきたのです。弟子や群衆の中で、いつもイエスのすぐそばにいた。イエスから派遣されて、多く人の病を癒し、悪霊を追い出しもしました。こんなに一生懸命、主イエスに従ってきた自分、そんな自分に自信も持っていたかもしれません。

  でもその一生懸命は意味がなかったのです。いやまったく意味がなかったわけではないのですが、少なくとも、救い、という点においては意味がなかった。

 自分がこんなことをした、こんなに頑張った、そんなことは意味がない。

 

 ただ、自分のみじめさ、弱さ、罪を知る、そのことだけが意味があることだったのです。ペトロは自分の弱さ、情けなさのただ中で、主イエスのまなざしと出会いました。これまでもずっと一緒にいたイエスさま。しかし、自分の情けなさのただ中で、ペトロははじめてほんとうに主イエスと出会ったのです。なぜ出会えたのか、それは主イエスご自身がペトロのために祈っていたからです。そしてまたペトロが本当に自分の弱さみじめさに気付いたからです。

 

 わたしたちは自分が正義の側、強さの側にいる時、自分の弱さやみじめさ、罪を知りません。そのときわたしたちは神と共にいません。いや実際は神はそばにおられるのです。ペトロのために祈ってくださっていた主イエスは、わたしたちのためにもまた、祈ってくださっている神です。しかし、わたしたちは自分が正義の側、強さの側にいる時、そのことがわかりません。

 

 有名な詩編51編は、ダビデ王の悔い改めの詩として知られています。ダビデ王は神に従った正しい王でしたが、それでもやはり人生においていくたびか罪を犯しました。そのもっとも大きな罪が、バト・シェバとの不倫でした。彼はそのバト・シェバの夫を殺しました。その自分の罪を悔いる詩編51編は、自分がいかに罪深いか、そしてその罪をぬぐうことのできるのは神以外にいないことを歌っています。「あなたに背いたことをわたしは知っています。わたしの罪は常にわたしの前に置かれています」そうダビデは語ります。

 

 ところで、よく、キリスト教は、罪、罪と言って人間を凹ませる、人間の良くない面を強調して後ろ向きにさせるという人がいます。しかしそうではないんです。わたしたちは自分の罪を知り、それを悔い改めることができ、救われるということを知った時、ほんとうの人生の喜びを知ることができるのです。

 

 ペトロもこの主のまなざしによって自分の罪を知りました。それは辛い苦しいことです。彼は外に出て激しく泣いたとあります。この部分は「泣き続けた」とも「男泣きに泣いた」ともあるいは「苦く泣いた」とも訳せます。

 しかし、彼は泣けたのだとも言えます。

 

 子供がころんでもすぐに泣かないことがあります。おかあさんが駆け寄ってきて、はじめてワーンと泣きだす。あるいはおとなの顔を確認してから、泣きだすということがあります。泣いている自分を受け入れてくれる人がいるという安心感があるとき、こころおきなく泣くことができる、泣くということはそれだけで痛みや傷からの回復がはじまっていることでもあります。

 

 もちろん大人は簡単には泣けません。わたしは良く泣く方ですが。普通の大人は、人前ではもちろん一人でもなかなか泣けません。傷や痛みが大きければ大きい程、泣けないときがあります。あるいは逆に「涙も枯れた」という状況もあります。しかし、今日の聖書箇所でペトロは泣いています。泣くことのできたペトロは立ち直っていくことができました。そこが彼とユダの違いでもありました。

 

同じくイエスを裏切った弟子であるユダのことを、主イエスはやはり祈っていたでしょう。しかし彼はみずから命を絶ち、主イエスのまなざしと出会うことがありませんでした。いっぽうで主イエスのまなざしと出会ったペトロは、主イエスが自分のために祈ってくださっていたことを知り回復へ向けて、泣くことができたのです。三回、主イエスを知らないと言ってしまったとき、彼は一番の闇を知ったのです。その暗闇の底で主イエスのまなざしと出会った。そこから彼は新しい歩みを始めることができた。主イエスご自身がこれから自分を回復させてくださる、そのことはまだはっきりとはわかっていなかったかもしれない。しかし、主イエスのまなざしと出会ったペトロは一番の暗闇から明るさのなかへ向かっていったのです。

 

 わたしたちも同様です。もっとも深い自分の闇と出会う時、それは絶望ではありません。そこでわたしたちは主イエスのまなざしと出会います。最初からわたしたちを愛し、いつくしみ、祈っていてくださったイエスを知ります。わたしたちは地上にある限り、罪から逃れることはできません。でもだからこそ、いくたびもいくたびも主イエスと出会うのです。私たちはそこから光に向かって歩んでいきます。自分の力で歩くのではありません。主イエスに祈っていただきながら、主イエスの十字架を仰ぎながら、その十字架の上に射す光へ向かって歩むのです。主イエスご自身に手を引いて歩ませていただくのです。

 

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