芳野星司 はじめはgoo!

童謡・唱歌や文学・歴史等の知られざる物語や逸話を写真付でエッセイ風に表現。

ツッコミック 「姑息」の意味

2022年09月30日 | 新・民話
「姑息(こそく)」の意味 好事例

もしもーし、もしもーし、もしもーし、もしもーし(電話をしているふうを装って、マイクを向けながら追いすがる報道陣から逃げる自民党の山本某マザームーン・コンプレックス議員
      (旧統一教会の名称変更を認めた文化庁より)

  ※ 自民党のほとんどが統一教会に汚染されていたのだ。次から次から出てくる
  出てくる。内閣改造しても、任命した奴らが次々に統一教会汚染されていたこと
  が判明して、岸田の支持率を下げ続けた。「アベ的なるもの」の汚染の判明だ。
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ツッコミック 「丁寧な説明」

2022年09月26日 | 新・民話
丁寧な説明

では、丁寧なモノは言い様でございますれば、ご丁寧な物言いによって御説明させていただきたく、重ねて重ねて繰り返し同じ内容なき御説明とお叱りを受けますことは、あえて甘んじてお受けいたしまするが、今回の「アベ元総理の国葬儀」といたしました件でございまするが、まずは我が国の憲政史上最長の内閣総理大臣として国事に御尽力御奔走をされ、それを見事に勤め上げられ、スパイ防止法や一連の安保法制等をお決めになられ、閣議で憲法解釈を拡大せられ、桜を見る会に詐欺師・マルチ商法の元会長を首相官邸枠で御招待されたことやモリカケ問題での野党・サヨクどもの執拗な追求を、実に見事な緩急をつけたノラリクラリ御答弁で、実に実にしぶとくお堪えになり、多くの国家公務員の畏怖と尊敬と忖度を呼び起こし、公文書改竄や危機一髪の文書廃棄によってそれらの危機をお乗り越えになられ、世界各国の首脳の皆様の敬意と尊敬を集められ、国事に奔走されましたことは、誠に「国葬儀」を執り行うことによって、その突然のご逝去を深く深く悼むことにつきましては、誠に正しいことではないか、と考えましたことでございます。

 しかもその突然の死は、さる国政選挙運動中のまさにその最中であり、言論の自由・民主主義の危機と捉えられ、その暴力に屈することはあってはならず、ここに、断固たる抗議の意味も込めまして、また保守派の皆様の強力な御賛同も受けられると考え、取り急ぎまして閣議決定に至りましたのでございます。
 また、こともあろうに、あの偉大なアベ元総理が親子三代にわたって親密な御関係を築きあげられた、偉大な宗教創始者文鮮明様やマザームーン様や旧統一教会に深い恨みを抱く者の手によって奪われましたことは、誠に世界平和統一家庭連合や国際勝共連合や数多くの旧統一教会系の友好団体にも強い衝撃と悲しみと憂慮を呼び起こしたのでございます。
哀号 哀号 哀号
よりまして、内閣法制局の入れ知恵の屁理屈を根拠といたしまして、アベ政権下で常態化いたしました超法規的な閣議決定をもちまして、丁寧で荘厳な「国葬儀」といたす所存でございますです。どうぞ国民の皆々様におかれましては、深いご理解を賜りますよう、重ねて重ねて深く深くお願い申し上げ奉りますでござりまするです。
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ツッコミック 「ヤマガミ、アベ的なるものを撃て!」

2022年09月01日 | 新・民話
「ヤマガミ、アベ的なるものを撃て!」

 だいぶ以前、「しりあす甚一」や「プロフェッショナル列伝」など、救われぬ人間どもをユーモアとナンセンスあふれる作品で描いた、山松ゆうきち という漫画家がいた。私は彼の漫画が大好きだった。
 その作品の中に「ヤマザキ、ノーテンを撃て!」というボクサーの漫画があった。そのヤマザキというボクサーは、元々パチンコの釘師だった。
 彼は長身で不格好なまでに胴長だったため、相手は身体を丸め、低い体勢から彼のボデーを狙い続ける。その執拗なボデー攻撃に、ヤマザキはいつもロープ際やコーナーに追い詰められ窮地に陥るのだった。すると彼のセコンド陣から檄が飛ばされる。「ヤマザキ、ノーテンを撃て!」
 と、その声に目覚めたかのように、彼は低い体勢の敵のノーテン(脳天)の真上から、ハンマーのように拳を打ち下ろすのである。その強烈な一撃で、相手はヤマザキの足元のリングに崩れ落ちるのだ。

 この「ヤマザキ、ノーテンを撃て!」は、むろん奥崎謙三の「ヤマザキ、天皇を撃て!」から題名を取ったものだ。
 奥崎謙三は元陸軍上等兵で、勝新太郎が演じた「兵隊やくざ」のような男だった。彼は不正義、不公正に対して、非常に暴力的なのである。
 奥崎は戦後考え続けた。なぜ日本の兵士たちは、ほとんどが餓死、戦病死で、死屍累々と無残な姿を晒し、全身を蛆虫に覆われ、野豚に食い荒らされたのだろう。許せない。彼らは誰によって、あの戦場に送られたのだろう。何で、あの不合理な命令と上官たちの理不尽な苛めやリンチにさらされたのだろう。誰によって、何で、あの不公正で、不合理な全滅に近い戦場に送られたのだろう。許せない。彼は考え続けた。そして、日本の「天皇的なるもの」に辿り着いた。
 奥崎は皇居の一般参賀で、足元の小石を拾い、二股のパチンコのゴムを引きしぼり、昭和天皇に向けて発射した。その時、飢餓とマラリアで動けなくなった彼を背負って、ジャングルを逃げてくれたヤマザキという兵士の名前が浮かんだ。そのヤマザキもほどなくマラリアの高熱と飢餓で動けなくなってしまったのだ。
 奥崎は叫んだ。
「ヤマザキ、天皇を撃て!」

 奥崎謙三の「○○ 的なるもの」という概念は、その意味が広く、かつ重く、かつ正鵠を得て、象徴的である。つまり「象徴的なるもの」なのである。


 最近の事例に当てはめれば、
「ヤマガミ、アベ的なるものを撃て!」
「ヤマガミ、アベ的なるもののノーテンを撃て!」

「アベ的なるもの」とは、旧統一教会とその友好団体との岸・安倍家三代にわたる親密な関わり、マルチ商法と詐欺商法のジャパンライフ・山口隆祥との親子二代の関係、その詐欺師に首相・官邸枠での「桜を見る会」への招待、森友・加計問題と嘘・詭弁・強弁の連発、アベ的な一強政治が、数多の忖度と公文書改竄と破棄・隠蔽を生む余地と、数多の嘘と数多の弁明・詭弁・強弁・隠蔽を生み続けたのである。

 ヤマガミ、アベ的なるものを撃て!!

    * 自民党と旧統一教会が縁を切ることは至難であろうと、改めて痛感する。
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