出合った時はお互い素人だった
新米プロデューサーとアイドル候補生
手探りの紆余曲折を経て
俺たちはランクC
いわゆる中流アイドルと呼ばれるところまで届いた
結果的に俺たちは失敗した
何も知らなかった
知らな過ぎた
うまく立ち回ることも
全てに全力過ぎたのだと思う
「プロデューサーさーん」
「う、ああ…春香か…」
光の中に春香を見た
朝になっていたのか
「事務所で朝までって…ダメですよ」
「ふああああー」
返事代わりの大あくび
「でも久しぶりですね、こんな事も」
「そうだなー、やっぱ大変だわ」
心底そう思う
この一年で楽をしすぎたのだろうか
いや、違う
仕事の質が違うのだ
裏方と違い陣頭指揮にはよりリアルな生きた情報が必要となる
ブランク間の流行情報、ライバルの動向、業界内の動き
それを埋めるためのいわば予習でもあるのだが
「うあープロデュースってめんどくせー」
「プロデューサーさーん、アイドル目の前に言わないでくださいよー」
苦笑い、そして
「無理だけはしないでくださいね、私達には少しは貯金があるんですから」
とそっとお茶を差し出してくれる
「春香…」
「そうしました?あっ、もしかしてキュンってきちゃいましたか?」
「いや、水の方がいいなー」
「全くもう…はいはい」
さて
俺に課された目標
1年以内にSランク
わかりやすいんだが難度が高すぎる
一般的にSランクアイドルというのはもう凄いアイドルだ
春香だってブレイクしたアイドルだが絶頂期はCランク
国民栄誉賞や納税ランキングで上位、CDセールスダブルミリオン
そんな世界の話なのだ
たどり着くための道は色々ある
だが、期限付きとなれば話は別だ
道は一つしかない
リスクも大きいがリターンも大きい方法
「オーディション」
知名度とファン人数を急激にアップさせるにはこれしかない
TV、ラジオのレギュラーオーディションとはまた違う
長期的なイメージアップにはならない
瞬間的に輝いて、輝いて
一時的に立てればいい
そこからの維持はたどり着いてから考えればいい
少なくとも
俺にはたどり着くまでの道さえおぼろげでしかない
正直不安しかないのだ
「なんです?難しい顔して」
「いや、なんでもないさ」
コップの水を受け取り口に含ませる
冷たい液体が頭をすっきりさせてくれる
というか考えてた方針がどっかへ行ってしまった
なぜなら水だと思ってたものが異様な酸っぱさだったからだ
「ぐへっ!!なんだこりゃ!」
「プロデューサーさんが難しい事考えてたみたいなのでちょっと」
そういいながら濃縮レモンと書かれた小瓶を見せる春香
「いいですか、考え込むのはプロデューサーさんの悪い癖です」
先ほどまでと違いびしっと、力強く
たしなめる様に
「午後までは一人でレッスンしますから休んでてください」
胸が震えた
なんというか成長している
俺といた時よりもずっと
どちらかといえば受身だった、言われた事に純真に肯定することが多かった
「若いっていいなぁ」
「何言ってるんですか、プロデューサーさんも十分若いじゃないですか」
そう言って出て行こうとする春香に
「飲んでから行きな」
ニコッと笑い俺が差し出したお茶を受け取った春香
艶やかな唇が湯飲みに触れようとした瞬間
「プロデューサーさんの悪巧みって顔に出るからすぐわかるんですよ」
笑った顔のまま自分では無く俺に飲ませる春香
酸っぱさで転げまわる俺
流石のレモン1万個分
「全く、お菓子そこのバスケットに入ってますからよろしかったらどうぞ」
「はーい」
床から見上げる形で答える
お菓子はマフィンだった
お菓子作りの腕は上達している様でとても美味しかった
春香に一つ残しておいたら、いいから食べてくれと言われた
こっちも必死で抵抗したが無理だった
再び転げまわった
残っていた分、全部入れたのが敗因だったと思う