鳩山テラス


里山の四季、遥かなる山稜 ・ ・ ・
               グラスを持ってテラスに出よう!

剱岳 (長次郎谷 ~ 平蔵谷) 2013年8月2日 ~ 4日 (夜行2泊3日)

2013-08-02 | 

 
                                                                             ― 北アルプス 富山県立山町 ―

[1日目]  黒部ダム ― 内蔵助平 ― ハシゴ谷乗越 ― 真砂沢ロッジ (テント場)
[2日目]  剱岳往復 (長次郎谷 ― 山頂 ― 平蔵谷) 
[3日目]  真砂沢ロッジ ― ハシゴ谷乗越 ― 内蔵助平 ― 黒部ダム


 1年程前から、剱岳を構成する谷と、夏なお残る雪渓に興味を抱き始めていた。ヤマケイの剱岳特集号を何度も読み返しては憧れを膨らませ、今年の夏期休暇の登山をそこに充ててみようと思った。真砂沢にテントを張って、そこをベースに長次郎谷をつめて山頂に至り、平蔵谷を下ってくるという周回ルート。交通費と日程の節約を考慮し、黒部ダムからハシゴ谷乗越経由での入山とし、帰路もその往復とするルートを考えた。
 

― 1日目 ―

 新宿からの夜行バスで扇沢に入り、始発のトロリーバスで黒部ダムへ。そこからは黒部アルペンルート観光の人々と別れ、ひとり黒部川旧日電歩道へと向かった。
 湿っぽい道をジグザグに下降し、河原まで降り切ったところで、黒部ダムの放水を下から眺めながら対岸へと移る。黒部川の断崖絶壁上に造られた水平の道を行くうち、前方に一組の登山者の姿が見えた。内蔵助出合の手前の岩影で休憩しているところを追い付いたので、話しをしてみると真砂沢ロッジへと向かうと言い、私以外にも登山者が居たことに安堵する。


                                             黒部ダムのすぐ下流を対岸へ。

 内蔵助出合からは沢沿いの急登となり、雪塊の残るガレた沢や、登山道の崩壊箇所を、赤テープやロープを頼りに進む。やがて傾斜がなくなると内蔵助平へと入り、ここで真砂岳への分岐点を分ける。そのそばに藪に囲まれた秘密基地のような草地が現れ、ここで昼食とした。
 ここから先は、藪に埋もれた涸れ沢の中を赤ペンキを頼りに進み、いい加減うんざりしてきた頃、ハシゴ谷乗越に到着。ここで真近に剱岳の一角が望め、いよいよ剱のふところに入ったことを実感する。
 ここから剱沢に向かって一気に下るが、途中に掛かるハシゴの段が幾つも抜け落ちている。帰路にここをもう一度登り返す時、いったい、どうやって登れば良いのだろうか・・・。

 剱沢の流れが近くなったところまで下ってくると、増水時に使う巻き道が現れ、そちらを選択し真砂沢ロッジを目指す。ぬかるみ有り、藪有りのひどい道で、こっちを選んだことに後悔したが、もう一方の道は剱沢の雪渓にかかる所で、対岸に渡るための橋が不通になっていたようだ。先程出会ったもう一組の人達もそこで前進を阻まれ、結局引き返したうえ、この巻き道で私より後にロッジに到着していた。

 真砂沢ロッジでは、小屋の主人がテラスで到着する登山者を迎え、皆に声を掛けていた。私も聞かれるまま、明日の行動予定を伝えると、ヘルメットは付けて行った方が良いと、持参していない私に貸してくれた。
 真砂沢ロッジの建つこの場所は、地形的に剱岳と立山からの谷が交差するところだけあって、山の情報も集まり、こうして小屋の前でみんなに声を掛けながら山の様子を聞き、それをまた伝えているのだ。そしてここは雪渓を吹き下ってくる風の通り道で、真夏でもひんやり。テントを張り終えた身体にこの冷風が心地よい。これからの3日間、暑さ知らずの休暇を送れそうである。
 

― 2日目 ―

 5時半に行動を開始する。まだ陽の差し込まない谷の雪は締まって歩きやすく、30分程で長次郎谷の出合に到着。ここにストックをデポし、ピッケルに切り替えていよいよ長次郎谷の雪渓に踏み込んでゆく。この地点では傾斜もそれほどでもなく、私の他にも何組かのパーティーが長次郎谷に入って行った。
 谷の入り口は両側からの崖で狭められているものの、奥へ登るにつれて雪の斜面は広くなっていった。真夏の青空に映える雪、そして見上げる前方には、天を突くようにそそり立つ八ッ峰の岩峰。この谷に来れたことの喜びに浸れる瞬間だ。台状の熊ノ岩が大きくなり、その一角に緑色のテントが一張り見える。きっとここをベースにして八峰を登攀しているクライマーの人達のであろう。岩のあちこちから声がこだまし、見上げると幾つものパーティーが朝日を浴びながら岩に取りついている。

 斜度もほぼ一定のまま、快調に足を進め、いつしか熊ノ岩を下に見るようになると、稜線の岩峰はさらに近づき、そこを通過するパーティーの声と、その際に落下してくる小さな落石音が頭上に聞こえる。熊ノ岩で少し方角を変えて長次郎のコルに詰め上がって行くつもりが、気づくとそのまま長蔵谷源頭付近に向かっていた。今年は残雪が多かったのか、稜線の直下までこうして雪の上を直登してしまったようだ。雪渓の終わりから稜線に飛び移れそうなところを探し、稜線に無事立った。登り始めて約4時間、快調な雪渓歩きだった。


                 長次郎谷の中間点付近から下方を振り返る。遠方は後立山連峰(針ノ木岳ほか)


                 雪渓上部は傾斜も増し、立山連峰が同じ高さに近づいた。



                               長次郎谷最上部から望む八ツ峰。遠くに鹿島槍が見える。


 稜線の向こう側(富山湾側)は一面の雲海だった。その上をイワツバメがシューッと、飛行音を残し飛び回る。振り返れば、今詰め上がってきた長次郎谷雪渓が剱沢方面へと落ち込み、その向こうに後立山連峰が、左から白馬岳、唐松岳、五竜岳、鹿島槍ヶ岳、針ノ木岳と、その特徴のあるピークを連ねていた。

 大休止の後、いよいよ剱岳本峰を目指すが、稜線には整備された道は無く、長次郎のコルに降りる手前で山頂へのルート取りを確認する。一応、自分なりに登るルートを目算し、コルへ降りる。ここにロープが2本掛けられていたので、これを使って慎重に降りた。ここから山頂へ慎重に登るが、石が結構しっかり踏まれており、歩かれた形跡をたどりながら20分程で簡単に頂上に立つことが出来た。
 頂上からは立山側も望め、まさに360度の眺望が広がる。小説、映画“点の記”にも登場する祠もあり、登山道を経由してやって来る登山者で山頂は賑やかだ。

    
                              剱岳山頂

 
 帰路は平蔵谷を下って真砂沢のテント場に帰る。まずは岩稜につけられた登山道を平蔵のコルまで降りる。途中、剱岳往復時の下りルートにつけられた通称“カニのよこばい”があった。しっかりとしたクサリがあり、言われているほどの恐怖感は無かった。次回、剱岳に来る時には是非、通称“カニのたてばい”と前剱付近の岩場ルートを踏破してみたい。
 平蔵のコルからは登山道から外れ、再びアイゼンで雪渓に降り立つ。いよいよ平蔵谷に足を踏み入れると思うと、いやおうなしにテンションが上がってくるのがわかる。
 上部の岩場に腰を降ろし、足元から切れ落ちる雪渓を見下ろしながら、ルート取りを確認。このあたりは谷の幅も広く、自由に下れるが、後半は、左の源次郎尾根からの岩壁で谷幅が狭まり、落石に注意しながら素早く通過しなければならない感じだ。そして、上から見る限り、誰もいない。とにかく一直線の下りだ。途中、ガスが湧いて視界が無くなったとしても大丈夫なように、谷の地形をしっかりと頭にインプットした。

 降りたった雪渓の最初は、その広さで斜度を錯覚しがちだが、実際の傾斜は急で、一度尻もちをついた時、ピッケルで停止動作をしてもなかなか止まらず、慌てるほどだった。
 谷の半分ほどを下ったところで、右側の草地に逃げてひと休み。ついさっき下り初めた平蔵のコルは遥か上となり、そこから真っ青な空に次々と雲が飛来してくるのを見上げていると、つくづくこの場に居られることの喜びに浸ってしまう。ガスが出る心配も無さそうだし、ゆっくり下りたいところだが、落石の危険が常にあるため、とにかく剱沢の出合までは早々に降りきらねばならない。谷が狭まった先で剱沢の広い雪の斜面に飛び出し、無事、平蔵谷の下降が終わった。

                                   降りてきた平蔵谷上部を振り返る。



                         平蔵谷全景 

                
 平蔵谷を振り返ってみると、ほとんど同じ角度のまま、真っ直ぐに延びた谷だったことがよくわかる。ここからは急ぐこともなく、広大な剱沢を真砂沢のテント場をめざして下るだけだった。顔がひりひり痛むくらいの午後の日差しを受け、長次郎谷の出合まで降り、今朝、デポしておいたストックを回収して、無事、真砂沢のテント場に到着。今日もテラスで明るく声掛けしている小屋の主人に、ヘルメットのお礼を言って、谷の残雪の状況なども伝えた。

― 3日目 ―

 最終日は曇天で迎えた。テント撤収後、一昨日に通った道を通り、黒四ダムをめざす。小屋の主人に、今日の下山コースを告げると、小屋の宿泊者にも同じルートを行く人たちがいるらしく、その人たちに向かって、単独行の私のこと指し、「何かあったらヨロシクねー」と声を掛けてくれた。

 ハシゴ谷乗越への道に入った頃から小雨が降りだし、夕方のような暗い山道となった。ここまで前方に二組のパーティーが見え隠れしていたが、追い抜いて黙々とハシゴ谷乗越を目指す。おとといの往路通過時に確認していた壊れたハシゴの斜面は、何とか乗り越えた。
 ハシゴ谷乗越では休憩せずに、涸れた沢の中を内蔵助平へと下って行く。このころから雨は本降りとなり、眼鏡が濡れて前が見えづらい。眼鏡登山者のつらいところだ。石に記されたペンキマークを忠実に進み、内蔵助平の増水した流れにかかる丸太橋を渡った地点で大休止。もう開き直って、雨に打たれ続けての休憩とした。
 このあと崩れかけた斜面を、ロープを頼りに降りる箇所がいくつかあり、絶対にここで滑落できないと肝に銘じながら慎重に降りた。内蔵助出合まで下ったところで、今日の危険地帯は終了。このころから雨も上がり、ピッチを上げて黒四ダムをめざした。 

       ~  ~  ~  ~  ~  ~  ~  ~  ~

 初めての剱岳。いままで北アルプスのいろいろな場所から遠望するたびに、登攀意欲を掻き立てられる山だった。そして今回、その真っ只中に入り込み、その魅力の一端を味わうことが出来た。遠くから見るととても急な角度に見える雪渓も、そのふところに飛び込めば、そう驚く程の斜度でも無いことも体感できた。
 今後、池ノ平谷や三ッ窓雪渓などのバリエーションルートに興味が移るかは別にして、今後この山を遠望できる場所に立つたび、この3日間のことを思い出すであろう山旅となった。